「………まさか、こうして再び話し合える機会が訪れるとはな」
椅子に座りながら目を伏せるアリウススクワッドのリーダー───錠前サオリ
彼女は俺の方に鋭い視線を向けると、暫く見つめてから再び目を逸らしてしまった
「……で、何の用だ」
────あー……マダムの……ベアトリーチェの件でお礼が言いたくて……
「……私がした事など道案内程度だ、礼を言われる程の事ではない」
────その道案内のお陰で助かったんで……ありがとうございます
向こうの言い分を無視して礼を言うと、錠前さんは完全に黙り込んでしまう
そのまま何か考え始めたかと思うと、十数秒経ってから口を開いた
「……お前が私達を助けた理由は〝自分の目的の為〟………らしいな?」
────そうですけど……もしかして気に障りました?
「いや……私も似たような理由だと伝えたくてな」
────……似たような理由?俺を助けてもアンタにメリットなんて……
「……光が……無くなる気がしたんだ」
────はぁ?
突拍子も無い事を言われて思わず失礼な返事をしてしまう
だが、錠前さんはそれを気にする事なく話を続ける
「私がマダムの手先に捕まった日……私を助けてくれたお前の手は確かに〝光〟だったんだ」
「アツコを失ったまま取り戻すこともできず、ミサキやヒヨリとも会えず、ただ死を待つのみ………そんな暗闇の中に、私の家族を引き連れてお前は現れた」
「全部そこにあったんだ……私が〝失った〟と思ったものは、全部お前が護ってくれたんだ」
「……だから……奪わせたくなかった、私の光を……マダムなんかには……!」
手に痛みを感じて視線を下ろすと、錠前さんがいつの間にか俺の手を強く握っていた
そのまま両手で俺の右手を包み込むと、錠前さんは俺に視線を合わせて優しく微笑んできた
「……無事でよかった……本当に……」
そんな彼女に対して俺は……
────は、ははっ……そ、そっすか……いやぁ……ははは……
「………?」
引き気味に返す事しかできなかった
……とりあえず変な宗教にはハマらないでほしい
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──────
────……まあ、こんな感じで錠前さんとも話してきましたよ
「………相変わらずお前は誰彼構わず手を差し伸べているんだな」
────別にそういう訳じゃないっすよ……全部自分の目的の為ですから
「……素直に礼は言えるのに、そういうところだけ恥ずかしがるんだな」
ニヤッとからかう様に笑いながら皿に乗っているはんぺんを箸で掴む尾刃さん
……パッと見だと仕事帰りの社会人が屋台で一杯やっているようにしか見えない
これでも年齢的には学生なんだよな、尾刃さん……貫禄すげえな
「……今、何か失礼な事を考えなかったか?」
────い、いえ!尾刃さんって大人っぽいなぁって……
「ほう?つまり〝老けて見える〟……と?」
全然そのつもりは無かったのに余計な一言のせいで事態を悪化させてしまった
ていうか何で俺の思考が分かるんだよ……どんな嗅覚してんだ
これがヴァルキューレの狂犬かぁ……
「……また余計な事を考えているだろう」
────いやいや、尾刃さんの勘の鋭さに感心していただけですよ
「全く……相変わらずよく回る舌だな、その舌で一体何人の女を怒らせてきた?」
────人聞きが悪いっすね………俺は肉体がよわよわなんでその分を煽りスキルでカバーしてるだけっすよ
────……まあ……そもそも実力者相手にはそんな効果無いですし、逆に簡単に挑発に乗るような奴が相手だと煽るまでもなく制圧できちゃうんですけどね
「……いずれ恨みを持つ者に背中を刺されても────いや、実際にその事件が起きた結果が今回の件か」
痛いところを突くな……まあ、俺の場合は恨みよりも〝俺の中の情報〟の方が目当てだったんだけどな
……大勢の人達に迷惑掛けちまったな
「これに懲りたら一人で派手に行動しないよう心掛けておく事だな」
────そんな派手でしたっけ……?
「一個人がカイザーグループの機密情報を握っている事自体おかしな話なのに、それを利用してカイザーと癒着していた不知火防衛室長を脅したとなると………」
────………そりゃ目立ちますわ
「……今更気づいたのか」
もしかして……俺って結構前から危ない橋を渡ってた?
むしろ今までよく手を出されなかったな……
「はぁ……何故私はこんな考え無しのアホに絆されてしまったのだか……」
────むっ……失礼ですね、あの時はちゃんと作戦を考えて行動してましたよ
「………私が汚職に手を染める暇を与えずに突撃し続けるのは作戦でもなんでもないだろ」
恐らく尾刃さんは過去の事を………自分が上層部と共に汚れそうになってしまった時の事を思い出していたのだろう
あっ、先に言っておくと俺は尾刃さんに対して説得らしい説得はしていない
尾刃さんの過去も尾刃さんの心情も知らない俺では、どのタイミングでどんな言葉を掛ければいいのか分かるはずがないからな
だから毎日凸った
……いや、冗談じゃなくてマジで
とにかく毎日尾刃さんの所に通って突っ掛かりまくっただけだ、それはもう滅茶苦茶ウザがられるぐらいに
少しでも怪しい気配を感じたらしつこく付き纏い、少しでも表情に曇りが見えたらひたすら何があったのか突っつきまくった
「あの時のお前はしつこいくらいに手を伸ばしてきたからな………時には別の意味で手を出しそうになった事もあった」
────実際に出してましたよね
「……気のせいじゃないか?」
ちょっと突っ掛かりすぎたせいで拳が飛んできた日もありましたねぇ……(まあ!俺の〝眼〟には通用しなかったんですけどね!HAHAHA!)
そんなクソガキムーブに呆れたのか、尾刃さんも多少は此方の話を聞いてくれるようになっていった
……ぶっちゃけ、俺が面倒すぎて仕事どころじゃなかっただけだろうな
「あの頃は本当に大変だったな………上からの〝命令〟と己の信念に板挟みにされている中、私の気苦労も知らずどこぞのクソガキがしつこく絡んでくるんだからな」
────う゛っ……わ、悪かったと思ってますよ!だからこうしてちょくちょく愚痴に付き合ってるんじゃないですか!
「そうだな……だが、それは〝昔の借り〟を返しているだけだろ?」
────……はい?
「今回の事件では私も色んな現場を回ったからな………カイザーグループやその子会社だけでなく、関わりのありそうな別グループまで調べる羽目になったぞ」
────そ、それはぁ……
「〝昔の借り〟だけじゃなく〝今回の借り〟もキッチリと返してもらわないとな……?」
珍しく意地の悪い笑みを浮かべたかと思えば、店主さんの方へ指を四本立てる尾刃さん
「店主、餅巾着とこんにゃくを二個ずつ追加で……それと……特製ウーロン茶を二杯」
その頬は湯気のせいか、お酒を飲んでいないのにも関わらず酔っているかの様に赤く染まっていた
……ところで
────尾刃さん、奢ってくれるのは嬉しいんですけど………俺、右手の怪我はまだ治ってないんですよね
「ああ、その事か………」
────他の部分はもう殆ど痛みは感じないんですけど……
「ほら、口を開けろ」
────利き手だけはまだ使え………はい?
「どうした?自分では食べられないんだろう?」
────いや、そういう訳では……ただ箸を使う物は食べづらいんで焼き鳥とかにしてもらえると……
「……遠慮するな、私が食べさせてやる」
────そこまで迷惑を掛ける訳には……
「……いいから黙って食え」
────いや、ちょっ……普段は焼き鳥を多めに頼んでるのになんでこんな時だけ……熱っ!!?熱いっ!!?
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「……なんか、この感じも久しぶりだね」
────そうですね、先生
シャーレのオフィスにて、二人の男女が隣り合わせで仕事をしている
少し前なら男の方から〝この距離はおかしいだろう〟と拒否していただろうが、それを言い出さないところを見るとすっかり慣れてしまったのだろう
「……っと……はい、酒泉。これお願いね」
酒泉は先生から渡された書類を正面に置くと、その書類にミスが無いかじっくりとチェックを開始する
包帯を巻いている右手で紙を押さえ、完治した左手で一枚ずつ捲っていく
「……ねえ、酒泉……やっぱり────」
────先に言っときますけど、俺が働きたいから働いてるだけですからね。流石に何日も休みっぱなしってのも身体が鈍っちゃいますし……
「でも………」
────それに……〝支える〟って約束しましたからね
「……うん、ありがと」
先生は包帯で巻かれている酒泉の右手に触れると、顔を伏せながらポツリと呟いた
「ごめんね……私のせいで右手を怪我させちゃって……」
────あれに関しては勝手に飛び出した俺に責任が……いや、ベアトリーチェに全責任がありますね、アイツに全部押し付けちゃいましょう
「ふふっ……うん、そうだね」
酒泉なりに気を遣ってくれたのだと一瞬で理解した先生は彼の思いを無駄にしないようにと微笑んで返す
そして例の事件絡みの話をして何かを思い出したのか、先生が両手を叩いて話題を変える
「あっ……そういえばカイザーグループの事だけど……」
────あー……なんか罪は認めたらしいっすね、言い逃れできない量の証拠を突きつけられて
「うん……でも、問題はその後で……何やら内部で責任の押しつけ合いが始まったらしいんだ」
────あれ?また簡単にトカゲの尻尾切って言い訳でもするのかと思ってたんですけど……
「その大量に生えてた尻尾を切る役目だった人達も捕まっちゃったからねー……」
過激な行動に出た結果、スケープゴートすら失うという愚かな結末に至ったカイザーグループ
そんな彼等に対して酒泉は呆れたように溜め息を吐いた
────まあ、あんな小物連中は置いといて……アリウス生達はどうなったんです?確か聖園さんに気絶させられた人達が居ましたよね?
「あの子達もアリウススクワッドと同じだよ。専門家によるカウンセリングを定期的に受けてもらったりマダムに植え付けられた価値観を少しずつ直していって、それで………」
────なんとかトリニティで過ごせるようにする、と………大変っすね
「でも、不可能なんて事はないと思うよ。だって……現にサオリ達が歩み寄れてるんだから」
自分の命を狙っていた生徒達にすら慈愛の心を持つ先生
そんな彼女を見て酒泉はニッと笑った
「さて、お喋りもこの辺にして仕事の続き……の前に!」
先生は仕事を再開しようと立ち上がるが、その指はシャーレのオフィスに掛けられている時計に向けられていた
時刻は十二時過ぎ、腹に空きを感じ始める時間帯だった
「ここらでちょっとお昼にしない?仕事もそんなに残ってる訳じゃないしさ!」
────そうっすね……じゃあ、一旦休憩にしましょっか…………って、もう準備してるし……
「~♪」
先生はデスクの上の資料を片付けてそこにコンビニ弁当を置くと、両手を合わせて〝いただきます〟と言おうとする
だが、席を立ったまま鞄の中を漁る酒泉の姿を見て首を傾げる
「あれ?酒泉は食べないの?」
────いや、ちょっと弁当買い忘れちゃって……
「ああー……酒泉ってシャーレに来てる日はいつも手作り弁当だったけど、その手の怪我じゃ作れないもんね……」
────とりあえずエンジェル24でなんか買ってきます……
「……ねえ、お弁当買ったとしてもさ……その右手じゃ食べにくくない?もし良かったら私が食べさせてあげよっか?」
────いえ、そこまで迷惑を掛ける訳には……おにぎりとかサンドイッチみたいな片手で食べれるもん買えばいいんで……じゃあ、行ってきます
「あっ……………もう、この前〝これからは迷惑を掛けさせてください〟って言ってくれたのに」
先生の言葉を待たずにそそくさと去っていく酒泉
……酒泉的には前日のカンナの時のように無理やり口の中に熱々の食べ物を突っ込まれるような事態を避ける為に断ったのだが、先生がそれを知る由は無い
「……まだ遠慮されてるのかなぁ」
思い起こすのは旧・アリウス拠点での会話
もう一人で無茶はしないと約束してくれた少年の事
「……そういえば……あの時は結構恥ずかしいこと言ってたよね、私」
ある程度時間が経って冷静に当時の事を振り替える余裕が出来たのか、先生は自分の発言の一つ一つを思い出す
「〝もっと私を頼って〟とか〝勝手に居なくならないで〟とか……これじゃただの面倒な女だよね……」
生徒の前……それもアロナを除いてキヴォトスの誰よりも長く共に過ごしてきた少年の前で泣きながら発した言葉
その記憶によって先生は今更恥ずかしさが込み上げてきてしまった
「いや、これはまだマシな方だよね……問題はその後の発言……」
〝…………ずっと……私の隣に居てくれる?〟
「……これじゃまるで……プ、プロポーズみたいじゃん……」
あまりにも手遅れな事実に気づく、気づいてしまう
……だが、それ以上に
「……でも、酒泉は〝先生が望む限りは一緒に居る〟って答えてくれたんだよね……」
心が〝喜び〟で包まれ、恥ずかしさが上書きされていく
あの時の酒泉の言葉を思い出す度に先生の口元がにへらと緩む
「ま、まあ?私はそういうつもりで言った訳じゃないけど?でも……もし!仮に!万が一!酒泉がプロポーズとして受け取ってたら……わ、私は嫌じゃないけど……」
〝私は教師だ〟
そんな感情が邪魔しているのか、なかなか素直に思っている事を喋れない先生
「で、でもでも……立場的にOKは出せないよね……ぜ、全然嫌じゃないけどね!?むしろ嬉しいんだけどね!?」
一人で勝手に盛り上がり、一人で勝手に首を横に振る先生
「………何やってんだろ、私」
自分のテンションがおかしい事に気づいたのか、突然肩を落として大人しくなる
「はぁ……あの時酒泉は真剣に答えてくれたっていうのに、私だけおめでたい事ばかり考えて……大人として恥ずかし────」
そこまで喋り掛け、先生は何かに気づく
「……待て」
「待て待て待て」
「……えっ……待って……私はさっき………何を考えてた?」
少し前に〝もし酒泉にプロポーズとして受け止められていたら〟という、これまでのリアクションからして有り得ない事を考えて
(それで……)
〝ぜ、全然嫌じゃないけどね!?むしろ嬉しいんだけどね!?〟
(〝むしろ嬉しい〟?どうしてそんな事を?それじゃ、まるで……私が生徒に対して……)
「酒泉に対して………恋愛感情を持ってるみたいな────」
────うーっす、買ってきましたー
「わっひゃいっっっ!!?!?」
────わっひゃい……?