「はぁ……はぁ……は、早く逃げないと……捕まったらおしまいですううううう!」
「走りながら叫ぶ余裕があるなら大丈夫そうだね」
何かに追われているように全力で足を走らせる二人の少女────戒野ミサキと槌永ヒヨリ
彼女達は本来なら追う側の存在だったはず、それがたった二人の乱入者によって一気に追われる側へと立場が逆転していた
《待てえ!殺人者ぁ!!!》
「ひいいいいいっ!?追い付かれましたあああ!?」
背後から急接近してくる機体を見て悲鳴を上げるヒヨリ
その機体のフェイスはお世辞にもカッコいいとは言えないが、その癖して無駄に高い戦闘能力がヒヨリの恐怖心を煽っていた
「ち……近寄らないでくださいいいいい!」
ヒヨリはそう怯えながらもしっかりと反撃の体勢に移る
成人男性ですら担ぎながら走るには相当体力を使うであろうその銃────アイデンティティーを少し腕に力を入れただけでヒヨリは軽く銃口を上げる
目標は再び機体のモニターに向かって……しかし激しい音を立てながら放たれた弾は、今度は機体の腕によって防がれた
その際、機体の腕に多少凹みが出来た為、全くのノーダメージという訳ではないが……それは人間で言うところの掠り傷程度だった
《アリウス生になぁ!アバンギャルド君の破壊など!出来るわきゃねぇだろおおおお!!!》
「何を突っ立ってんの!ヒヨリッ!」
「えっ……きゃあ!?」
想定以上のダメージの無さに唖然と佇むヒヨリを機体の両肩のキャノンが容赦なくロックオンする
ミサキが咄嗟にヒヨリの後ろ首を掴んで下がった事で直撃は避けたが、その際の爆発の被害をもろに食らったことで二人は大きく吹き飛ばされる
「っ……はぁ……油断しないでよ」
「うぅ……ごめんなさい、ミサキちゃ───ひい!?」
ヒヨリが謝罪の言葉を口にしながら顔を上げると、地に転がる二人を見下すように機体が立っている
銃口は変わらず二人へ、これで終わりだと言わんばかりに機体の眼光が光る
(……はぁ、結局捨て駒か)
奇襲は失敗、先生の殺害にも失敗、逆に敵側には未知の戦力
まともに正面から挑んだとしても勝ち目は低い、そこでアリウスが取った選択は囮作戦だった
何故かは知らないが敵の機体達はゲヘナやトリニティとは合流しようとせずアリウス生やユスティナ達の各個撃破へと走っている
ならば此方も少数の戦力を敢えて見つかりやすい場所に配置し、そうして敵を引き付けている間に本命を……シャーレを墜とす、それが狙いだった
……だが、この作戦を命じたのはミサキ達のリーダーである錠前サオリではない
この作戦の立案者は────マダム、生徒の命を何とも思っていない女からの命令だった
(まあ、あの女に痛めつけられるのも自分から痛みを受けるのも大して変わらない───かっ!)
「ミ、ミサキちゃん!?」
《なぬぅ!?》
ヒヨリ達を撃つ為に降ろされた機体の腕、その一瞬の隙を見逃さずミサキはスティンガーミサイルを持ったまま腕に飛び乗る
人間の腕よりも太いとはいえ、それでも両足を広げられる程のスペースは無い機体の腕だが、ミサキはその上をするするとスムーズに移動する
そして最後には機体のフェイスの上に飛び移り、そのままゼロ距離でスティンガーミサイルを密着させた
「ま、まさか自分ごと!?」
《馬鹿な……戒野君!聞こえているならやめろ!このままではお互い大怪我することになる!》
「やめない」
短く一言だけ答えるミサキ
その直後、機体の頭部を中心に炎が燃え広がった
《────なんてなぁ!?ところがギッチョン!!》
「……っ!?」
などと言う結末を迎える前に、酒泉は即座に機体のキャタピラを変形させて二足歩行に切り替える
そのままスラスターを吹かせながら両足で後方に飛ぶ事によってバク転の様な動きを実現させ、スティンガーミサイルを放とうとしているせいで両足でしかバランスを保てないミサキをいとも簡単に振り下ろす
《切り札!?こっちにもあるんだよぉ!》
足を再びキャタピラに変形させながら距離を取る酒泉、それは先程の様なゼロ距離での攻撃を警戒しての行動だった
反撃される可能性を減らす為、つまりリスクを避けてリターンのみを求めた行動
《これで終わりだぁ!アリウスのガキィ!》
しかし、距離を離したタイミングでミサキも自ら横に飛んで射線から外れる
それは酒泉が安定択を選んだせいで生まれてしまった隙だった
もし彼が生身での実戦に慣れていればあそこでリスクを承知で追撃を加える選択を取れていたかもしれない、なんならリスクを軽々と踏み越えていく程の実力で敵を追い詰められたかもしれない
だが、生身での戦闘より機体の操縦技術に重きを置いて鍛練を積み重ねてきた彼にはその判断ができなかった……それでもネルの指導によって最低限の自衛力は身に付けているが
《ちぃっ!しぶとい……!》
それでも戦況の有利は変わらない、それ程までに彼の駆る機体は強力なのだから
そんな状況で彼女達が選べる択はただ一つ
「ぅ……うわああああああん!!!」
「っ、ヒヨリ!?」
突如、大声で泣き叫びながらミサキを抱えて走り出すヒヨリ
つまり────逃走
格上相手にも身を守りつつ時間を稼ぐことができる最良の手段、相手が自分達を追うのに夢中になればなるほどより効果を発揮する
《逃がすかよぉ!》
スラスターを吹かし、機体を一直線に走らせる
機体のその手に握るライフルで本体を、肩のキャノンで逃走先を狙う
一人で挟み撃ちにするような形で攻撃を仕掛け、少しずつミサキとヒヨリの身体を傷つけていく
《くそっ!さっきからちょこまかちょこまかと逃げてばかりで……俺を見ろおおおおおおお!!!》
機体の背のポッドからミサイルが空に射出され、ミサキとヒヨリの元に急降下していく
それに加え、地上からも先程同様に逃げ道を塞ぐような攻撃を仕掛ける
《ゲームオーバーだド外道───ッ!!!》
勝った、それを確信しながらも攻撃の手を緩めずに弾幕を激しくする
酒泉はトドメとばかりに放った弾の後ろから新たに弾を放ち、万が一防がれても二度目の攻撃で仕留められるように念を入れる
両肩のキャノンから放たれた弾はミサキとヒヨリの頭上を飛び越えて逃走経路に着弾し、ミサイルは二人の真上から降り注ぎ、両手の銃から放たれた弾は正面から二人に向かう
そして、それらの弾は全て────地面から吹き出した青い炎によって包み込まれた
《……は?》
勝利を確信した矢先、突如現れる未知の攻撃
それに困惑した酒泉は短く声を溢す一方、ヒヨリは大きく泣き叫びながらも安堵の声を出す
「や……やりましたぁ!やっとここまで辿り着きましたよぉ!」
「……別に抱えてもらわなくてもここまで走ってこられたんだけど」
「す、すみません……でも私が抱えて走った方が早く着きそうでしたので……」
「……確かに逃げ足だけはアリウスで一番だもんね」
「えっ」
紙一重で回避に成功していた状況から一転、ヒヨリとミサキを取り巻く空気に余裕が生まれる
二人の周囲には無数のユスティナが降り立ち、更に地中からは一つ目の怪物が姿を現す
そして、そんな一つ目の怪物の隣にもう一人ユスティナが降り立つ……が、その聖女は他のユスティナと違って重装備だった
《アンブロジウス!?それにバルバラだと!?》
あり得ない、それが酒泉が真っ先に考えたことだった
彼の持つ原作知識ではバルバラの出番はまだ後の筈、もしアリウスがこのタイミングで切り札を切ることにしたのだとしたら、その決断をしたのは────
(ベアトリーチェ……巡航ミサイルによる奇襲が失敗した時点で戦力の増強を行っていたのか?)
折川酒泉のアリウスへの怒りと必ず彼女達を捕らえようという強い決意が、逆にこの場まで自身を追い詰めることを手助けしてしまっていた
追い詰めていたつもりがいつの間にやら追い詰められる側へ一転……やはりこれに関しても酒泉の実戦経験不足が原因だろう
もし酒泉がC&Cの様に戦場に身を投げ入れることがある部に入っていれば、彼は戦場慣れしたその頭でヒヨリ達の逃走が罠であることを考えられたかもしれない
しかし先程も述べたように実際に彼が行ってきたのは最低限の戦闘行為のみ、ゲヘナの風紀委員会やトリニティの正義実現委員会のように日頃から訓練をしていたわけでもない
(この数は流石に面倒だな……相手に出来ない訳ではないが……)
無茶だけはするなというリオの言葉を思い出した酒泉は機体を二足歩行モードに変形させようとレバーに手を掛ける
そのついでにリオと通信を繋ごうとモニターの隅に表示された〝調月リオ〟の名を押す
《……っ?》
しかし、次に聞こえてきたのはリオの声ではなくテレビから流れる砂嵐の様な音
リオの声もウタハの声も聞こえてくることはなく、ただザーザーと騒音のみがコックピットに響き渡る
《調月さん?白石さん?……どうしたんですか!?何かあったんですか!?》
慌てながら安否を確認するも以前変わりなく返事はない、自身が罠に掛けられても冷静さを取り戻していた酒泉にその時以上の焦りが生まれる
恐らく折川酒泉という少年にとっては自身のピンチより仲間の安否の方が重要だったのだろう
(いや、落ち着け……調月さんは基本的に俺が戦闘中に何か問題が起きた時以外は自分から声をかけてこない、それは俺の集中を乱さない為だとか様々な理由があるが……とにかく、もし連絡が取れなくなる直前に敵からの襲撃が発生したのだとしたら俺にもその情報を伝えてくれる筈だ)
(つまり敵にやられたから連絡が取れなくなった訳じゃ────本当にそうか?もしかしたら俺に連絡する間もなくやられてしまったんじゃ……いや、あの場には白石さんだって居たんだ、そんな一瞬でやられる筈が……)
(……駄目だ、悪い方向に考えすぎるな。ただ単に俺が敵地に突撃しすぎたせいで強力な通信妨害を食らっただけの可能性もある、だからここは一旦退いて────駄目だ、もし調月さん達が無事なら仲間の元に敵を引き連れてしまう可能性がある)
どんな方向に考えても必ず最悪のパターンが頭を過る、そんな状態に酒泉は陥る
《…………ふうぅぅぅぅぅぅ》
一度両手をモニターとレバーから離した酒泉は自身の胸に手を当てて長く息を吐く
ほんの少しだけ落ち着いたその心で、再び目の前の状況を整理する
敵はアンブロジウス、バルバラ、アリウススクワッド二名、そしてトリモチが尽きそうな状態で相手しなければならない多数のユスティナ
つまり自分がするべき事は速やかにアンブロジウス、バルバラ、そしてミサキとヒヨリを撃破すること
そしてユスティナの手を振り切り、すぐにリオ達の拠点に戻ってリオとウタハの安否を確かめる
《……アリウスは殲滅する!》
この機体ならそれぐらいこなせる筈だ、自身が一番頼りにしている存在────調月リオが与えてくれたこの機体なら
そんな想いを鋼の身体に背負い、機体は両の脚で立ち上がった
本当はサブタイトルに〝舞い降りるアバンギャルド君〟とか付けようとしたけどあまりにもダサすぎるのでやめておきました