アビドス高等学校の教室で一人の男子生徒が正座させられている、アビドス生にとっては割と見慣れた光景ではあるのだが今日はやけに空気が重い
……まあ、空気が重い原因はその男子生徒にあるのだが
彼はゆっくりと視線を上げるが目の前で立っている女性と目が合った瞬間、「ヒッ!」と小さく声を漏らしてすぐに俯く
そしてその度に不快そうな顔をする目の前の女性、まさに悪循環だ
「………」
あの……小鳥遊さん?そろそろ動いても……
「は?」
何でもないです
「………だ、大丈夫でしょうか?」
「ん、自業自得、乙女心を理解するべき」
酒泉が立ち上がろうとした瞬間、ギロリと睨み付けて威圧感だけで酒泉の動きを止めるホシノ
周りが沈黙に支配される中、突然教室の扉が開かれる
「みんな~!遊びに来たわよ………あれ?」
勤労を終え、休日を迎えたユメがアビドスに遊びにやって来る
しかし教室に入った途端、一気に重い空気を味わうことで何が起きたのかと困惑してしまう
「あ、こんにちはユメ先輩」
「お久しぶりです!」
「うん、久しぶりだね!………ところでこの状況は……?」
「いつも通りホシノ先輩の可愛い嫉妬です☆」
「………酒泉君、また何かやっちゃったの?」
た、たすけて……
「……ユメ先輩は気にしないでください」
軽く事情は把握したものの、具体的な内容が分からないため首を傾げるユメ
とりあえず余計な口は挟まずに酒泉とホシノの会話を聞くことにした
「……それで?一体どういうことなの?」
いや、俺もよく分かんないっていうか……
「あの時一緒にいた人達ってさ……」
「SRT特殊学園のFOX小隊の人達だよね?」
…………
「……三日前も一緒にいたよね?」
……ノーコメントで
「何か貰ってたよね?」
……ノ、ノーコメントで!
「最近よく声を掛けられてるよね……いつの間にあんなに仲良くなったのかな?」
い、いや!本当に分からないんですよ!切っ掛けも何も!
「…………」
彼女達と会う機会なんて連邦生徒会の防衛室長様とお話した時くらいしか無かったですし!
「………美味しかった?」
……な、何がです?
「お弁当」
………お、おいなりさん美味しかったです
「…………」
下手に嘘を吐けず、正直に答えてしまう酒泉
そのせいで更に空気が冷え込み、ホシノの眼が更に鋭くなる
「四人に囲まれながら楽しそうにしてたよね?」
あれは戦闘訓練に参加させてもらってただけですよ!?
「……どっちから声をかけたの?」
……お、俺から───
「正直に答えて」
───すいません向こうから誘われました
「………警戒しておかないと」
「まあまあ!二人とも落ち着いて!」
─────頭にメロンがっ!?
空気を変えようとしたのか、ユメが後ろから正座している酒泉に抱きつく
後頭部が柔らかい何かに包まれる感触を味わった酒泉は昔と何も変わらず脳がキャパシティオーバーを迎える
……喧嘩を止めるだけなら酒泉に抱きつく必要は無いのだが、果たしてそれは独占欲から来た行動なのかただのスキンシップなのか
「酒泉君も悪気があった訳じゃないもんね?」
そのとおりですだからはなしてくださいしんでしまいます
「ただいつも通り女の子に優しくしちゃっただけだよね?」
やわ、やわら、やわらかかかかか
「誰かに声を掛けられたら無下にできないだけだもんね?」
つつまれてゆく……
「─────でもね、私もちょっと気になってることがあるのよね~」
……え?
突如ユメの声が冷たくなる、あまりの変わりように思わず酒泉も正気に戻ってしまう
「私、仕事の都合で偶然ゲヘナ学園の近くを通ったことがあるんだけど……」
酒泉を抱きしめている腕を少し動かすユメ
「その時にゲヘナ学園の風紀委員長ちゃんがレストランに居たのを見かけたの」
そして腕による抱擁を解いたかと思えば、今度は背後から右手を酒泉の胸元に近づける
「あの子って有名な子だから、つい目で追っちゃってね?………そしたら彼女の目の前に男子生徒が座っていたの」
酒泉の胸元にピタリとついた指をツーっと上になぞらせていくユメ
「このキヴォトスで人間の男子生徒なんて一人しか存在しないわよね?」
どんどん上へ移動していく指、やがて酒泉の唇へと到達し、まるで口を塞ぐかの様にピタリと止まる
「ねえ、酒泉君」
「あの子とどんなお話をしていたの?」
凍らされたかの様に固まる酒泉………いや、酒泉だけではない、ホシノ以外のその場にいる全員が固まる
「……なんちゃって!酒泉君が私達に隠し事をしてるのは今に始まったことじゃないから!」
しかし次の瞬間、すぐに普段通りのユメに戻る
「それに、酒泉君は約束してくれたもんね?」
ユメは背後から酒泉の前に回り込むと、顔をゆっくりと近づけ………
「これからもアビドスに居てくれるって……」
そして────
「先輩、顔が近すぎます」
────ホシノがユメの服を引っ張って無理やり距離を取らせた
「きゃっ……もう、ホシノちゃんってばもう少し優しくしてよー!」
「……あのまま見てたら思いっきり口と口がくっついてましたよ」
「え……?………あっ!?」
ホシノに指摘され、頬を染めるユメ
その様子を見たホシノは眉間にしわを寄せる
「ご、ごめんなさい、酒泉君!その、そこまで頭が回らなくて……!」
「先輩……まさか無意識だったんですか?」
「私ったら何てことを……ち、違うのよ!?普段からこんな事してるわけじゃなくて、こういうのは酒泉君にしか……」
「………先輩?」
「あっ!?えっと、酒泉君にしかしないっていうのはそういう意味じゃなくて………で、でも、酒泉君がそういう意味で受け取りたいならそうしてくれても構わないっていうか、むしろ嬉しいっていうか……」
「………もう口を閉じててください」
「あうぅ……」
「……嘘でしょ?まったく自覚せずにあんな病んだ感じの雰囲気出してたの?」
「無自覚な分、むしろ危ないといいますか……」
「危険な恋ですね☆」
「………私達と違っていつも一緒に居られる訳じゃないから、その分溜め込みやすいのかも」
まるで人格が二つあるかの様に雰囲気が変わるユメを少し引き気味に眺める部員達
……まあ、後にこの面子も似たり寄ったりになるのだが、その話は置いておくとしよう
「……で、結局その風紀委員長さんとは何の話をしてたわけ?」
……本当に大した話じゃないですよ?
「いいから答えて」
調印式の時のお礼を言われただけですよ
「……今更?」
いや、お礼自体はあの事件が終わった後にすぐ言われたんですけど、その時からちょくちょく連絡を取り合う仲になりまして……
「………よっぽどあの委員長さんのお眼鏡にかなったんだね」
んー……そうなんですかねー……?
「何か気になることでもあるの?」
何て言うか……調印式の時に初めて会った程度の関係にしてはやけに心を開いてくれてるんですよねぇ……
「………」
特別何か気に入られる行動をしたってわけじゃないんですけど………
「……酒泉、この後何か予定ある?」
この後は空崎さんと食事した後、FOX小隊の皆さんに夜営訓練に誘われてるんでお邪魔しに行く予定ですけど───
「それ全部キャンセルしといて」
えっ
「今日は一日中借金返済の対策会議に使うから」
あの、小鳥遊さん……流石にそれは………
「決定事項だから」
えっ
「拒否権は無い」
えっ
「………逃がさない」
………えっ
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なんて事があったんですよ、ちょっと酷くないですか?
「うん、多分私の所に相談しに来たってバレたらもっと酷いことになると思うよ?」
シャーレのオフィスで酒泉と先生が会話している
この二人はキヴォトスにおいて互いに共通点の多い存在であるため、割とすぐにプライベートでも会う仲になった
……その結果、先生のことを想っている女子生徒の誰よりも先生と親密な関係になるという事態が発生しているが
「うーん……酒泉は一度乙女心の勉強をした方が良いかもね?恋愛漫画でも買ってみれば?」
そんなもん読むぐらいなら特撮見ますわ
「分かる」
無言で握手する二人、ちなみに今の二人のトレンドはカイテンジャーである
……あ、そういえばめっちゃ旨そうなモンブランロールケーキ買ってきたんで一緒に食べません?
「いいの?それならご馳走になろうかな?」
それじゃ、早速用意してください───
──────不知火さん
「私のことをパシリか何かと勘違いしていませんか!?」
大声で叫ぶ少女は連邦生徒会の防衛室長・不知火カヤ
彼女は酒泉の言葉を無視してそっぽを向いている
「言っておきますけど貴方の指示など────」
カイザー、狐、サーモバリック爆弾
「────喜んで準備いたしますので、少々お待ちを」
袋から箱を取り出し、一緒に入っていた紙皿やプラスチックのフォークを並べるカヤ
「……酒泉、彼女は?」
先生もご存知の通り、防衛室長様ですよ
社会勉強の一環として一緒に行動させてもらってるんですよ
「どっちかというと酒泉がカヤを従えてる様に見えたんだけど……」
「ぐぬぬ……何故私がこのような事を────」
さっすが不知火さん!準備が早い!
「────は?この程度の事で褒めるなんて馬鹿にしてるんですか?」
マジで手際が良い!ここまで気配りできる人なんて見たことない!
「……そんな分かりやすく煽てられたところで何とも思いませんよ」
完璧で究極の超人!
「…………」ピクッ
優秀!誠実!超人!
「…………」ピクピク
可愛い!美少女!最っ高!天っ才!超人!
「………ま、まあ?連邦生徒会の要である防衛室長としては当然のことですが?」
不知火さん最高!不知火さん最高!
「ふふふっ!何を当たり前のことを言っているのですか!」
「………酒泉、そういうところだよ」