避難警報が発表されてから一週間後、反応は渋谷に向かって移動していた。
人々は情報提供を求めたが、発表されたのはゴジラとは別物であること、大きさが人ほどに小さい事、更に強力な力を持っているかもしれない。という事だけであった。
ネット上ではインターネットを経由して見ることが出来る防犯カメラなどを使い姿を捉えようとしている者が居たが、強力な放射線によって歩くEMP爆弾と化した彼女は電子機器では近づいた瞬間に作動しなくなるので捉えられなかった。
現在彼女が居るのは山手線恵比寿駅の中である。トイレの中で自分の姿を確認していた。
「鏡で見ると一層とんでもないな…何を間違えたらニートがこうなるんだよ。」
ゴツゴツとした鱗のような物が見える本来の肌…色は何故か幾らか白くなっている。髪色は黒いままで、足は太ももの部分に同じような鱗みたいな物が付いている。
背中にはあのゴジラのヒレ?のような物が付いている。特に何か光っているわけでもない。
…それより、今の服装が問題だ。
羽田空港から掻っ攫ってきたデカめのタオルを腰に巻いて、I♡TOKYOと印刷されているTシャツを背中の部分を破って着ている。靴も少し大きい気がするが履いてきた。一応の貞操は保護しているつもりだが、この容姿だ。今は人が何処にも居ないということもあるが、この姿がインターネットに流れたりでもしたら今度は社会的に死ぬかもしれない。しかも電気機器は俺が近づいた瞬間に電源が切れるからラジオさえも聞けず、何処まで避難区域になってるかも分からない。
あれ…俺東京から出れなくね?(中部地方在住)
することも無いので取り敢えず渋谷の方に進み続けよう。
◆◇◆◇
名古屋:対策本部
七年前の光景を彷彿させるテントの中、石動は『対策本部長』と書かれている椅子に座った。
首相が変わった瞬間にこの状態だ。彼はひどく疲弊していた。
席を立ち、近くにいる隊員に話しかける。
「自衛隊の出撃準備は終わったか?」
「はい。終了しました。」
「まずは偵察班を送ってくれ。対象が小さすぎて姿が分からないからな。」
「了解しました。直ぐに偵察班を送ります。」
「頼んだ。」
石動は再び椅子に座った。しかし休む間もなく電話が掛かってきた。
電話を取りたくないという気持ちを胸の内に仕舞って受話器を上げる。
「石動だ。」
『もしもし、加賀です。』
「加賀か。どうかしたのか?」
『対象が渋谷に向かって再び移動し始めました。偵察するならスクランブル交差点あたりがお勧めです。』
「分かった。他に何か報告は?」
『ああ、絶対に10km以内に人を立ち入らせないで下さい。20km圏内でも体に影響が出ます。安全に偵察するなら40km以上離れて行うのが良いですよ。』
「何故だ?あの時は近づけただろ?」
『あの時は汚染範囲が広い代わりに効果が薄かったんですよ。それに攻撃のためにエネルギーが使われていましたからね。ですが対象は“狭く深く”ですよ。危険度が段違いです。10km範囲に這入ったら確実に死にますからね。気を付けて下さい。』
そう言われて向こうから勝手に電話が切られた。
さっき聞いた内容をさっきの隊員に話す。どうやら伝えに行ってくれるみたいだ。
再度椅子に座る。さっきから休憩ができない。入れてきたコーヒーはとっくのとうに冷えてしまっていた。
ぬるくなったそれに口を運ぼうとしたその時、またもや声を掛けられた。
「首相、避難所に人が溢れてます!」
もう一週間も休み無しで働いている首相はただでさえ怒りやすいのに遂にストレスが限界を迎えた。
周りの目も憚らず声を荒げる。
「少しは休ませてくれ!!!!」
周りの目に気づいて気まずそうにテントを出ていったのはその後直ぐのことである。
◆◇◆◇
人が居ない。もうすぐ渋谷のスクランブル交差点に着くが、鳥の一羽も居なかった。
今まで引き籠もっていた人生だったからこんな状況は願ったり叶ったりかもしれない。
路地を抜けて、開けた場所に出る。すると、目の前に一羽の鴉が落ちてきた。この様子だと既に息絶えているのだろう。
びっくりして後ずさってしまった。
周りをよく見てみる。目を凝らしていると、動物の屍体を見つけた。
電柱の横にも。
室外機の下にも。
排水口の中も。
木の上にも。
至る所に動物の屍体がある。生きているものは何一つ無い。
ああ、俺はそういえばゴジラみたいな姿をしていたな、と今更ながらに考えた。
これは神様が俺にくれた特別な『引き籠もり券』ってことか?
確かに俺は引き籠もるのが好きだった。あの『見学会』に行ったのも生活苦で行けば金が貰えると言われて行っただけだ。
もう俺は人と交わる事は無いのか?
これは今までの人生をサボった罰なのか?
これから先ずっと一人ぼっちなのか?
思考が自己嫌悪に陥る。一人は嫌だ。誰か助けてくれ。
虐められた時も、就職に失敗した時も、事故に遭った時も、誰一人助けてくれなかった。
死ぬ間際も。
こんな事を考えている場合じゃない。先に進まないと。
ふらふらとスクランブル交差点の中央まで歩く。
視界が霞む。ああ、涙なのか。口からは乾いた笑いしか出てこない。
泣くのを堪えて声を絞り出す。
「誰か…居ないのか?何処かに隠れてるんじゃないか?」
勿論誰も返事はしてくれない。
「誰か…助けてくれ。」
返事はない。
「もう一人は嫌なんだ。」
返事はない。遂に溢れ出した涙に膝から崩れ落ちる。
「誰でもいいから…!」
声を返してくれる者は此処には居ない。その事実だけが心の中で反芻される。
ただ、自分の中に居る一匹の化け物だけが反応を起こした。
『hasujetyl』
「ぁ…?」
視界が闇に落ち始める。黒い鱗が体を覆い始める。こんなの救いじゃない。
涙に塗れた顔はその仮面に覆われていく。
抗うことも出来ず意識は落ちてしまった。
これはもう、俺じゃない。
天災が、目を醒ます。
◆◇◆◇
偵察班はその様子を50km離れた所で見ていた。アパッチのローター音が鳴り響く中会話をする。
『隊長、そろそろ観測地点です。』
『カメラの用意は出来てるか?最悪フィルムカメラがあるが…』
『ドア開けたら汚染されますからね。気を付けて下さい。』
乗っているのは偵察班の三人と研究者一人だ。
『場所に到着しました。映像に問題は無いですか?』
『ああ、問題ない。スクランブル交差点に機首を向けてくれ。』
『了解しました。』
ヘリの機首がスクランブル交差点方面に向けられる。ターレットの下に固定されている高性能カメラのレンズが鈍く輝いた。
『何か変わった物は?』
『今の所何も…あ、人影が見えます!』
『拡大出来るか。』
『了解しました。』
段々と姿が拡大され、その顔が露わになる。
『人…じゃないか?しかも少女だ。』
『だけど様子が変ですよ。目が虚ろですし、何より…』
研究者はその背中に付いている物を知っていた。
『ゴジラの“羽”が付いています。』
隊長はまだ不思議そうに画面を覗いている。
『じゃあこれが今回の偵察対象ってことか。』
『これ上の方も見てますけど信じてくれてますかね?』
『さあな、でもこれが事実だ。隠すか隠さないかは俺らの仕事じゃない。』
『核反応もあの少女に合わせて移動していますね。』
『何も起こさないと良いが…』
映像の中、スクランブル交差点に入った所で異変が起こった。。
『なんか笑いながら泣き始めてないか?』
『何があったんでしょう。』
『おい、膝からうつ伏せになったぞ。』
『念の為直ぐに退避できるように準備しておいてくれ。』
対象は顔を埋めたまま動かない。
『おい、なんか“羽”が光り始めたぞ。』
『ええ、見てます。核反応も突然範囲が狭まり始めました。』
『コレヤバくないか?』
『退避したほうが良いですね。』
『分かった。退避するぞ。』
『了解しました。』
機首が反対方向を向き始める。その最中、隊長は見ていた。
最初に見た姿とは違う。起き上がってくる化け物の姿を。
あの幼い顔じゃない。7年前に見た天災の顔だ。
『おい!もっとスピードを上げろ!』
『急にどうしたんですか!?』
『いいから早くしろ!お前等死ぬぞ!』
隊長に異様なまでに急かされてスピードを上げるアパッチ。しかし、対象は動きを止めない。
『対象が居る地点に核反応が集中してます。』
『急げ!熱線が放たれるぞ!』
『これが限界です!』
窓から見える化け物は遠目から見ても既に服を纏っておらず、所々が紫色に光る装甲に守られている。
ふと、背中の“羽”が点滅し始めた。
ぶぉん。
ぶぉん、ぶぉん、ぶぉん、ぶぉん…
光は留まること無く煌きを増している。
点滅の速度がついに最高速に達した時、前とは違う、規則的な方向にそれは放たれた。
夜空を駆け抜ける数十本の紫色の熱線。
飛べない翅が、夜空を支配する。
『…再び帰って来たのか…』
意識を失っている化け物に話しかける。
『
次回、どうしよう。