浪漫の騎士   作:南蛮うどん

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新たな物語の始まりです。
基本的に不定期更新です。



第1話 はじまりに笑顔あり

 始点に蒼。

 次点に不死を。

 擬似なる第六法は魔術にしてならず。

 ただ、日々の営みこそが最短距離。

 故に世界が終わるまで。

 水守はこの魔法を守り続けるだろう。

 小さな街を守る蒼穹の魔術師。

 古くから生きる者は、彼らのことを侮蔑と畏怖を込めてこう呼ぶ。

 浪漫の騎士、と。

 

 

●●●

 

 

 水守 森近(みずもり もりちか)がその少女と出会ったのは、半年も前の冬の時だった。

 世界各地を気の向くままに放浪していた森近は、とある事情によって故郷たる街に呼び戻されていたのである。

「…………はぁ、まったく」

 実家から聞かされていた話を思い返し、森近はため息を吐いた。

 吐息は白く染まり、寒々とした冬の空気を彩る。しかし、森近にとってはこの寒さはどうってことない。むしろ、前に北国で遭難した時に比べたら、このままコートとマフラーを脱ぎ捨てて、否、全裸で走り回っても問題ないレベルだ。まぁ、実際にそんなことをしたら倫理的な面で大問題なのだけれど。

「相も変わらず、つまらない風景だ」

 森近は目の前に広がる、冬の海を眺めて、吐き捨てるように呟く。

 昔から、森近はあまりこの街が好きになれなかった。観光客がよくダイビングやら海水浴やらに来て、口々に『景色がいい』や『素晴らしい街だ』などと言うが、地元で暮らす森近にとってはただの変わり映えのしない世界だ。

 幼い頃から、どうも森近は変化のないことを嫌う人間だったと思う。

 新しい物好き、あるいは、停滞が許せないのだろうか? どちらにせよ、変わらず美しい景色が保たれるこの町は、森近にとってまるで牢獄のようにも感じられていた。

 だからこそ、安定した職業を捨てて、世界を放浪することを選んだのに。

「うぴょー!」

 と、ネガティブに落ちていく森近の思考を、止める声が一つ。

 妙な奇声を発する少女。もこもことしたコートに身を包んだ、可愛らしい少女が一人。

 ちょうど、すれ違うような形で前方から歩いてきた少女の胸元には、やけに暖かそうな紙袋が。少女は、その紙袋をもこもことした手袋で愛おしげに抱きしめている。

「んー、んんんー♪」

 鼻歌交じりだ。

 時々、口元から白い吐息が漏れているので、もしかしたら小声で歌っているのかもいれない。

「…………ふっ」

 思わず、森近の口から笑みが零れた。

 だって、さっきすれ違った少女は中学生か、もうすぐ高校生になろうとするような年頃だ。そんな少女が、あんな――――焼き芋一つでそこまで幸せになれるものかと。なんだか、胸がすっと空くような、重苦しい物がふと軽くなったような、清々しさを得られたのだ。

「はぶっ!?」

「おおう!?」

 だからだろう。

 その少女が背後で思いっきりずっこけてしまった時、森近がすぐに駈け寄れたのは。

「おいおい、大丈夫かよ、そこのお嬢さん」

「あててて…………あは、少し足元がふわふわしてたかもしれませ――――あ」

 幸い、少女に怪我は無かったが、その瞳には涙が浮かんでいた。

 どうやら、紙袋の中にあった焼き芋を壮大にぶちまけてしまったらしい。慌ててすぐに拾い直し、森近もそれを手伝ったのだが、いくつかは街路の坂から転げ落ちてしまったようだ。

「そ、その、残念だったな」

 たかが焼き芋を落としたぐらいで、そこまで絶望するのか? と森近は尋ねたくなったが、そこは口に出さない。さすがに二十も過ぎれば、年下の少女に気を遣うぐらいはなるようだ。

「だ、大丈夫です……今、転がり落ちていったお芋さんはきっと、自然に還って、やがて春には立派な芋の花を咲かせるでしょう」

「色々ツッコミどころだらけだなぁ、おい」

 目に涙は浮かんでいるが、少女は泣かない。

 にへ、と強がりでも笑顔を浮かべて、しっかりと紙袋を抱きしめている。

 ささやかだが、強い在り方だと、森近は思った。

「災難だったな。まぁ、今日悪いことがあった分、いつかいいことがあるさ」

「そうですね! いつか焼き芋が転がり落ちてくることもありますよね!?」

「それはない」

 もっと現実的な幸運を望もうぜ、と森近は苦笑する。

「お兄さんはこの町の人ですか?」

「ん?」

 最近は年頃の少女と気軽に話せるような世の中ではない、というより、なんか事案とかになったらいやなので、さっさとこの場から立ち去ろうとしていたが、それより前に、少女が森近に尋ねた。

「あー……まぁな。ここ二年ばかりは世界を回っていたけど、諸事情によって戻ってきたんだよ」

「おお! 世界を回っていたのですね! 職業旅人ですか?」

「格好良く言えばね。格好悪く言えば、住所不定のフリーター」

「英語とかぺらぺらデス?」

「人と人とが通じ合うのに言葉なんていらない。そう、ボディランゲージがあるじゃないか」

 なにせ、世界中をふらふらしていたので、森近の周りは常にわけ分からん言語に満ちていたのである。しかも、三日経たず同じ場所に居ないので、言語を覚える暇も無し。そして、覚えられるほど頭もよくない。なので、森近の主な交流手段はボディランゲージ。身振り手振りのオーバーリアクションでしのいできたのである。

 結論として、ボディランゲージでも頑張れば二年しのげたらしい。

「うわぁ! すごいです! 尊敬です!」

「はっはっは、褒められて悪い気はしませんなぁ」

 生まれながらにして平凡に育って来て、ついこの間まで、世界中を不審者として回っていた森近にとって、少女の純粋な憧れの眼差しは気持ちの良い物だった。

 だからかもしれない。

 ついついと、少女の問いに答えてしまったのである。

「ヴェネツィアとか行きました!?」

「行った、行った。やー、船酔いして海に落ちた」

「砂漠がある場所とか!」

「行った、行った。いやぁ、危うく干からびかけて死にかけた。うん、あそこに運よくサボテンが無かったら、今の俺は居なかったと思うぜ」

「天空都市とか!」

「実際には空飛んでないんだもんなぁ、あれ」

 何処へでもなく歩く少女につられて、森近はその隣を歩む。

 少女の問いに、年長者としてのささやかな見栄を交えた土産話をしながら。

「へー、すごい人なんですね、お兄さんって!」

「はっはっは、よせやーい」

 結果、森近は完全に浮かれていた。なにせ、久しぶりに会話の通じる相手に、可愛らしい年頃の少女から、土産話をせがまれているのだ。しかも、純粋にこちらの話を楽しんでくれている。これは、旅人冥利に尽きるというものだろう。

「それで、お兄さんはどうしてこの街へ戻ってきたんですか? 里帰りです?」

「あ…………まぁ、似たようなもんかな」

 なので、その話題が出た時は、つい露骨に気分が沈んでしまったのである。

「あの? すみません、何か悪いこと聞いちゃいましたか?」

「ん、ああ、いや、そういったわけでもないんだけどなぁ」

 森近はしばらく悩んだ後、『まぁ、詳しい部分は話さなければ大丈夫か』と頷き、少女へ自分の身の内を語り始めた。

「この街に帰ってきたのは、家業を継ぐためでな。元々は姉貴が次ぐ予定で、姉貴にはその才能がそりゃあもうたっぷりと会ったわけなんだが」

「だが?」

「…………つい先日、その姉貴は『私はこれから愛に生きます! 探さないでね!』と置手紙を残して失踪してなぁ」

「うわぁ」

 少女が軽く引いていた。

 森近はその気持ちがよくわかる。なにせ、森近がその話を聞いた時には、軽くどころか、ドン引きだった。姉貴の存在を無かったことにしたかった。

「そんなわけで、次点として俺がこの街に呼び戻されたわけ。家業としての仕事はこれから覚えろって言われて……まぁ、それでちょっと鬱になっていたかもしれない」

「大変なんですね……」

 大変なんです、と森近は重々しく頷く。

「だからちょっと…………この街の光景がまるで牢獄みたいに見えて、な。綺麗だけど、変わらない風景。水も美味いし、空気は綺麗。だけど、それだけだ。それだけの、街じゃないか」

 愚痴るように言ってしまってから、森近は己の行動を後悔した。

 こんなこと、通りすがりの少女に語ってどうなるのか、と。しかも、この子は恐らく、地元の少女だろう。自分の故郷を悪く言われて喜ぶ人間は少ない。

「あー……その――」

「変わりますよ」

 取り繕うとした森近の言葉を、少女の凛とした言葉が遮った。

「え?」

「変わっていますよ? ついこの間は、美味しいパン屋さんが、この道の先にできましたし。私の行きつけの本屋さんは、看板を新しくして店の名前が変わりましたし。後は、この海も」

 すっと、少女が指さした先に、森近の視線が吸い込まれる。

「今日はいつもより、波が優しい気がします」

「そう、か?」

「そうですよ」

 首を傾げる森近に、少女は自信満々で言う。

 

「だって、お兄さんがこの街に帰ってきたじゃないですか」

 

 その言葉に、思わず森近は息を詰まらせた。

「お兄さん、安心してください。街も人も、変わっていきますから。だから、お兄さんの故郷は怖くなんてないんですよ」

 怖い、と言われて不思議と森近は納得した。

 あぁ、自分は怖かったのだと。かつて、故郷を見捨てたような形で旅に出た自分が、どの顔をして戻ってきたのかと、まるで街に責められているような気がして。

「大丈夫ですよ」

 だから、森近はその笑顔に救われた。

 まるで春の陽だまりのような、日陰から見る夏の日差しのような、そんな笑顔に。自分の内に会った薄闇が、瞬く間に消え去っていくような感覚を覚える。

 それは魔法みたいで。

 どんな魔術師が使う魔術より、素晴らしい物に思えて。

「そっか……うん、そうだな。ありがとう」

「いえいえー、差し出がましいことを……って、うぴゃ!? あぁ、焼き芋が! 焼き芋さんの熱が!」

「あららら、まぁ、これだけ長話すればな」

 苦笑しつつ、そっと森近はその焼き芋の紙袋へと手を伸ばす。

 こんな魔術なんて、きっとこの少女が自分にしてくれたことに比べたら、まるで何でもないのだろうなぁ、と思いながら。

「―――廻れ」

 シングルアクションのささやかな魔術の行使を。

 熱とはエネルギーであると同時に振動でもある。つまり、魔力をそういうエネルギーに置換して、そっと焼き芋に与えてやれば。

「――うぴゃ? あ、あれ? あつっ! あ、いきなり焼き芋さんが熱く!? まさかの復活? す、すごいです! 奇跡が起きました!」

「よかったな。きっと焼き芋の精が気合い入れたんだよ」

「すごいですね! 焼き芋の精!」

 ぱぁ、と花咲く笑顔に森近は頷く。

 ばれなければ神秘の流出にはならないし、大丈夫、大丈夫。うん、大丈夫、だよな? もっとも、内心はそこそこ冷や冷やしていたのだけれど。

「さぁ、冷めないうちに早くおかえり」

「はい! この奇跡を噛みしめます!」

 少女は森近の忠告通り、ぱたぱたと街路を掛けていき、

「あのっ!」

 くるりと振り返って、森近に手を振った。

「私の名前は小日向 光(こひなた ひかり)ですっ! お兄さんはーっ?」

 やれやれ、個人情報はもっと大切に扱えと苦笑しながら、森近も答える。

「水守森近だ。郊外の屋敷に住むことになる……まぁ、縁があれば、また会うだろうさ」

「はい、その時は旅の話をお願いします!」

「まかせとけ。とっておきを用意しておく」

 森近は手を振りかえして、少女――光の後ろ姿を見送った。

 

 

 これが、『魔術師』水守森近と、普通の少女、小日向光の邂逅である。

 世界の裏と表が、ほんのささやかに交わった日常の始まりだった。

 

 

 

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