浪漫の騎士   作:南蛮うどん

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設定とかに間違いがあるかもしれませんが、なんやかんやで気にせずに
水守の魔術師はお気楽です


第2話 水守

 そもそもの始まりは、森近の姉である久遠が失踪したことである。

 置き手紙には、ふざけた一文だけが書かれ、しかし、その手紙を使ってダウジングされないよう、念入りに痕跡を消されていて。

 その置き手紙の内容を聞いた時、森近は眩暈が起きてしまった。

 なんでも、愛に生きるそうだ。森近の両親が言うには、そういう言動は全く前触れも無かったらしく、しかも、久遠は魔術における天才なので、どこぞの馬の骨に魅了の魔術を掛けられて連れらされたという線は薄い。

 つまり、久遠はどこぞの誰かに一目ぼれをして、失踪したのである。

 信じられないことだが、その一番可能性が高い。

 まぁ、魔術の世界において、まともな恋愛など少ない方であるし、そういう感情はむしろ邪魔な扱いをされることも多いのだ。けれど、水守の家系ではそこまで恋愛を禁止してなかったのだが。ぶっちゃけ、久遠がどうして『恋愛』が原因で疾走したのか、意味不明だ。

 しかし、意味不明でも起こってしまった事実である。

「…………あー、つまりあれか、親父殿。うちの馬鹿姉貴は、よりにもよって一族の魔術刻印を継承した後に、失踪しやがったと」

「うむ、マジでありえんな、あいつ」

 水守の屋敷。

 外装は古い西洋の造りになっているが、内装は意外と最先端の家具とかをどんどん取り入れている、魔術師としては異端も良いところの屋敷。

 その応接間で、森近と、その父である清高は互いに渋い顔で向かい合っていた。

「仮にも、数百年レベルの刻印なんだよな?」

「おうさ。それなりに立派な代物だ」

「それを継承した癖に、持ち逃げしたのか、あの姉?」

「持ち逃げというか………多分、そこまで頭が回らなかったのであろう。あいつ、昔から一つのことに集中すると、他が全く見えないからな」

「あー…………ありうるわー」

 魔術刻印とは、代々魔術師が己の研究成果と共に受け継ぐ、魂よりも重い代物だ。歴史を重ねると共に、刻印をこつこつと増やしていき、段々と魔力回路を増やしてく。これが、一般的な魔術師として常識だ。こうして、段々と自分の一族の力を増やしていき、その果てに、根源に辿り着くのが魔術師としての本懐である。

 その本懐を、久遠は全力でぶん投げて、愛に生きることにしたようだった。

「んなわけで、俺はあの馬鹿娘を殴って連れ戻すので、それまでこの街の守りは任せた」

「ん?」

 おかしい、と森近は首を傾げた。

 さっき、親父の口から有り得ない戯言が吐き出されたような気がするが、きっと気のせいだろうと。いつもはちゃらんぽらんで、魔術師としても人間としても適当に生きている親父が、珍しく真剣な顔を作っているのだ。そんな馬鹿げたことを言うはずがない、と。

「俺はマイワイフと一緒に世界回って、あの娘連れ戻すから、あとはよろしく」

 残念なことに、森近の聞き間違いでは無かったようだ。

「ウェイウェイウェイ、親父殿? 何ふざけたことほざいてらっしゃるわけ? なぁ、俺、魔術師としての修業をまったく受けずに育ってきた、ほとんど普通の青年なわけ。常識的に考えてなぁ? そいつに、セカンドオーナーを任せるわけがないだろ? ああん?」

 セカンドオーナー。

 それは、霊地を管理する魔術師のことを指す。どこの組織にも存在していない魔術師や、はぐれの魔術師が魔術研究を行う際、勝手に人の土地で工房を立てたりすると、このセカンドオーナーに物凄く怒られる。というか、最悪殺される。

 むしろ、セカンドオーナーを殺してでも霊地を手に入れて魔術研究したい、というのがはぐれの魔術師としての本音だろう。

 しかも、水守の担当は街丸ごと一つだ。

 それなりに範囲が広い上に、街自体も寂れておらず、むしろ活気に満ちている場所。その管理を、ほぼ一般人である森近に任せるとほざいたのだ、この清高は。

「おう、がんばれよ、息子。期待している」

「今まで姉の方が才能あるから、お前は普通の人間として幸せに育てよ、と言ってたのに!?」

 手のひら返し過ぎて、手首が回転する勢いだった。

 というか、今更過ぎる話だった。

「むりむりむりむりぃ! おまっ、それなりの格が高い霊地の担当が素人魔術師になってみろよ? はぐれ魔術師が『ひゃっはぁ!』とか叫んで、モヒカンになって攻めてくるわ!」

「はぐれ魔術師程度ならまだ楽なんだがなぁ。たまに死徒も襲ってくるからな、ここ」

 はっはっは、あの時は大変だったと朗らかに笑う清高。

 ちなみに死徒とはおおざっぱにいうと吸血鬼だ。ピンからキリまでいろいろあるが、やばい奴だと一つの街を余裕綽々で滅ぼして、食糧調達する。しかし、その後、生半可な奴だと聖堂教会から派遣された代行者によって滅却されるのだが。

「大丈夫だって、水守の家は代々この土地を守ることを至上としてきた一族だぞ? 土地の至る所には魔術トラップから、最先端の機械仕掛けまでより取りみどり」

「あぁ、たまに空き巣とかを捕まえている、あれな? 水守の歴史書とか、当主代々の研究記録とか読んでみたけど……うちって、根源到達よりもこの街の守護に力を入れているよな?」

「おうさ。たまに協会の老害どもからは、魔術使いとか言われる時もあるな」

 ちなみに、大抵の魔術師は魔術使いと呼ばれると、それを侮蔑と受け取る。なぜなら、魔術師とは根源に至るために魔術を用いる高尚な集団(自称)であるので、他の目的のために魔術を使う奴なんかと一緒にされたくないのである。

 もっとも、魔術使いたちにからすれば、魔術師なんて根源に至るという不毛なダイナミック自殺をもくろむわけ分からん集団なのだが。

「とりあえず、協会の方には俺から手続きしておいたから、よろしく」

「よろしくできねぇよ!? 死ぬぞ? 一か月後には、街が廃墟だぞ、こらぁ!?」

 自分の命だけでなく、罪も無い一般市民の命もかかっているので、森近の叫びも必死である。

「大丈夫、大丈夫。ぶっちゃけ、お前にはそんなに期待してません」

「ああん!? 死なすぞ、クソ親父ぃ!」

「おちつけ、馬鹿息子。ほら、思い出せ。うちに代々仕えて、街を守ってくれている頼もしい守護者がいるだろう?」

「む…………」

 森近が思い浮かべたのは、幼少のころから自分の家に居る黒髪のメイド。

 艶やかな鴉濡れ羽色の長髪と、凛々しく野性的な美しさを持つ女性。

 そして、森近が幼少のころから外見が全く変わっていない、明らかに人の領域を超えた何者かである存在だ。

「梅子さんか……まぁ、親父よりも百倍頼りになるが」

「だろ? だからわからないことがあったら梅子さんに聞け。そして、出来るだけ梅子さんに迷惑を掛けないように存分と頼るがいい」

「注文がめんどい!」

 そもそも、存在自体が面倒でうざい、清高だった。

 これでも、もう五十を過ぎた中年のおっさんなのだが、落ち着きという言葉はまだ、清高には無いらしい。

「梅子さんはあれでもかなりの達人だからな」

「そうなの? いや、只者じゃないのはわかってたけど」

「うむ。多分、下位の幻想種ぐらいだったら普通に倒せる」

「つよっ!?」

 分かり易く説明すると、近所の小学生が熊を素手で殺すぐらいの驚きである。

 それほどまでに、本来、人間と幻想種の間に差があるのだ。もっとも、種族で比べてしまうのならば、科学という神秘の駆逐手段を用いて星を征服している人類の方が、圧倒的ではあるが。

「つまり…………怒らせると超怖いぞ、あの人」

 清高は顔を青くして、森近に忠告する。どうやら、日常的に梅子というメイドに叱られている立場のようだ。一応、水守の当主なのだが、面目丸つぶれだ。

「いや、俺、ガキの頃からあんまり、梅子さんに怒られた時ないし……普通にいい子だったし」

「はぁーん? 我が息子だというのに、つまらん奴め! 俺が子供の頃なんぞ、よく梅子さんのスカートをめくって、半殺しにされていたわ! 魔術回路があってよかった!」

「一般人だったら死ぬレベルの折檻されてるよ、この人……」

 基本的に魔術の行使、及び、魔術回路の起動には痛みが伴うので、魔術師は生来痛みに強くなっているのだ。加えて、魔術回路がある程度肉体的損傷を修復してくれるので、結構きついツッコミにも耐えられるのだという。清高の経験談である。

「そんなわけで、梅子さんがいるなら大丈夫! さぁ、明日の準備しないとなぁ」

「明日!? はやいなぁ、おい!」

「はっはっは、お前が帰ってくるのを心待ちにしておいたからな! 旅の準備ぐらい一週間前に済ませている!」

「…………ん?」

 これから魔術刻印ごと失踪した娘を探すというのに、清高はどこか楽し気だ。否、口元がにやにやしている上に、軽く鼻歌も聞こえてくる有様なので、間違いなく楽しみにしている。これは間違いなくおかしい。魔術師として以前に、軽く頭があっぱらっぱーな清高だとしても、何かが違う。

「…………あ」

 よく見ると、荷造りされたバックの中の一つから、『これで安心! プロの世界一周旅行』というタイトルの小冊子がはみ出ていた。

「なぁ、親父殿?」

「なんだ、森近。なにか質問でもあるのか? でも人に聞いてばっかりではなく、自分で答えを見出すのが、魔術師だぞぅ」

「実はアンタ、旅行の方が主目的だろう?」

 ぴたりと、清高の鼻歌が止まる。

 そして、清高はかつてないほど渋面を作り、厳かな声で森近に告げた。

「だってお前だけずるい」

「子供かぁ!?」

 後日、清高は満面の笑みで、妻と共に空港から空へと発った。最初はロサンゼルスから探してみるということだったが、確実に観光目的だった。最終的には隠しすらしないという、開き直りだったという。

 

 

●●●

 

 

 半年後。

 水守の屋敷、地下工房。

「えっと、こっちの試薬は…………うん、この地点に於ける空間歪曲反応にしっかりと反応を示しているな。となると、次は重力と高次元による…………」

 森近は白衣姿で、何やら怪しげな実験を行っていた。

 薄暗い工房の中には、人が丸ごとは居るような大釜や、ごく普通の試験管から、数百万もする最先端の科学実験の機械などが乱雑に並べられている。

「おし、おし、おし……後はこの理論を物理法則と照らし合わせて証明すれば、完成だ」

 しゃかしゃかと、リズムよく試験管を振り、その中の液体が赤や青、あるいは緑に変わっていくのを見て、森近はにやりと不敵に笑う。その姿はどちらかと言えば、魔術師よりもマッドサイエンティストの方がイメージに合うのだが、元々魔術師というのは、魔術を研究対象とした学者集団みたいな所もあるので、あながち間違ってはいないのかもしれない。

「くっくっく、この試薬が完成すれば新しくカタログに目玉商品が乗ることになる……つまり、数億円規模の収入が……へっへっへ! やはり、俺は天才だったか! ひゃっはぁっとあぶない!?」

 悪役染みた笑い声を響かせたと思ったら、自己陶酔した上、試験管を危うく落としかける森近。もしかしなくても、睡眠不足である。ここ数日、研究が軌道に乗り、妙な創造意欲に駆られるままに魔術を用いて無理やり体を動かしていたツケがやってきたのだろう。

「……あー、そういえば、飯いつ以来、食ってなかっただろう?」

「二日前。私に『ご飯は俺が研究を終わってからでいいよ』と言いつけられてからですよ、森近様」

「あり、梅子さん。いつの間に」

 森近に声を掛けたのは、黒髪ロングのメイド――梅子だった。

 メイドと言っても、メイド喫茶でバイトの女の子が来ているようなフリフリでミニスカな物ではなく、あくまで『作業着』としてのメイド服であり、当然、スカートの丈も長い。梅子の顔つきは大和撫子をちょっと野性的にしたような凛々しい女性なのだが、不思議と外国産であるメイド服がしっくりと合う。

「すいませんね、お仕事させなくて。研究が良いところまで進歩したから、最後まで終わらせたくなっちゃってさ」

「いえ、森近様は天才ですからね。研究に没頭されるのも仕方ないかと」

「やめて! テンション上がっている時の戯言を拾わないで!」

 深夜どころか、丸二日徹夜のテンションなので、ぶっちゃけ脳みそが半分以上眠っているようなものである。研究中無理やり酷使していたので、その反動で発言が色々とアレな物になってしまうのは、一度徹夜した者ながら身に覚えがあるだろう。

「別に、天才なのは事実ではないですか?」

 しかし、梅子は別に嫌味でそう言ったのではなく、純然たる事実として頷いていただけらしい。本人が無表情に首を傾げるが、森近はなかなか素直に受け取れない。

「まぁ、それは置いといてだ、梅子さん。悪いけど、軽めのご飯作って欲しいな。ご飯食べたら、風呂に入って寝るから」

「そう言われると思いまして、もう準備してあります」

「さすが梅子さん」

 森近が案内されたキッチンのテーブルには、ずらりとスープやパン、スクランブルエッグなど、軽い洋食の数々が並べられていた。

「…………たまにはご飯でいいだぜ?」

「ご不満であるのなら、改善いたします」

「不満じゃないけど、不安になるね」

 なにせ、梅子が用意するパンは全て手作りである。きちんと生地を練り、発酵させてからオーブンで焼くので、本格的を通り越して、なんかもう普通にベーカリーだ。そんな手間をかけたパンを毎食きちんと用意するので、食べる側としては嬉しいのだが、もうちょっと楽をしてもいいんじゃないかと思う、森近だった。

 ちなみに、森近は知らないことだが、たまにあるご飯の日は、釜戸を使って米を炊いている。どちらにしても、それなりに手間だった。

「今日も美味いです、梅子さん」

「当然です」

 森近の賞賛に無表情で応える梅子。

 これは別に嬉しくないわけではなく、梅子は、職務中は常に無表情であり、その表情を崩すことが滅多にないだけだ。これがオフの時だったら、『きゃはーん♪ 当然! 森近君のことを想って、愛を込めて作っているからね!』と満面の笑みで抱き付いてくることだろう。

「それで、今回はどんな発明をされていたので?」

「発明とか大げさな。単に、結界師とか、空間に作用する魔術を好んで扱う魔術師たちが扱いやすそうな試薬を作っただけだって。別に大したことじゃない」

 セカンドオーナーに就任してから半年間。その間、森近は水守由来の魔術を習得、修練すると同時に、魔術研究を行っていた。ただし、根源に至るための研究ではなく、研究のための研究という物だが。

「大したこと、ない。ですか」

 森近は己のことを才能がない存在だと思っている。

 事実、森近は幼少のころから、何でもできる姉と違って、ほとんどの事柄に対して、平凡で並み程度の成果した残すことが出来なかった。

 故に、半年間で行った己の魔術研究について、精々が『新人研究者が他の研究者向けの便利グッズ』を作っただけ、と考えている。

 ニュアンスは間違っていない。

 確かに、森近が作り上げた試薬や実験器具、あるいは魔術礼装は、協会を通して作らせた『カタログ』では大人気。中位の資産家クラスの稼ぎを水守にもたらしている。

「…………森近様。覚えておいてください、過ぎた謙遜は嫌味になります」

「ん? 知っているけど、なんで?」

 もきゅもきゅと、パンを頬いっぱいに詰め込みながら森近は尋ねる。

「……ふぅ、いえ、なんでもありません」

 成人男性にあるまじき無邪気さに、梅子はため息を吐きたくなってしまった。孫のような存在で可愛い身内であり、この最近の収入から、頼もしい当主としても森近を見始めていた梅子だったが、その評価をやや訂正する。

 森近はあまりにも、魔術においての己の才能に関して、無自覚すぎる。

 本来、魔術師にとって己の研究成果は、脈々と受け継がれてきた財産であり、己の血肉のような物。それを例え、根源に至るメインの研究以外だとはいえ、あっさりと他の魔術師に売ってしまう行為は、常軌を外れている。

 加えて、他の研究を効率化させる研究なんて、思いついてもやろうとしない。徒競走で、他の走者に、笑顔で『お先にどうぞ』と言っているような物だ。しかも、売れているということは、それらの便利グッズや礼装が必要とされているということである。その道の専門家が、何十年、あるいは何百年も研究を続けてきたテーマについて、発想できなかった有為な点をあっさりと見つけ出してしまったということである。

 もちろん、森近の『カタログ』の利用者は主に、歴史の浅い魔術師だ。現代魔術論という近代の思想を持つ若い魔術師たちだ。けれど、歴史の長い魔術師の間でも、己のプライドを優先させる貴族主義の者ではなく、とことん効率的に根源への到達を求める効率主義者の間でも、利用されているのだ。

 それは、異才であり、鬼才だった。

 森近は間違いなく、魔術に於いては万能の天才であった姉を超えて――否、長く続く水守の歴史の中でも、群を抜いている。

 けれど、横のつながりが少なく、時計塔へ留学したわけでもないので、他の才能を知らない森近は相も変わらず己の才能など信じない。

 ただ、可能であることを実現しているのみである。

「もしも、根源に到達する者がいるとしたら、きっと森近様のような傲慢な方なのでしょうね」

「え? やめてよ、傲慢じゃないよ、俺。から揚げはちゃんと小皿にとってからレモンとソースを掛ける派だよ」

 されど、当の本人である森近に根源到達の意思は薄い。

 適材適所はこうしてならず、いつだって根源への道は、魔術師たちにとって遥に遠い。

 

 

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