浪漫の騎士   作:南蛮うどん

9 / 9
長さは普通です、たぶんきっと。


第9話 穏やかな日常

『聖杯戦争やりませんか?』

「死ね」

 森近は躊躇いなく通話を切った。

 仮にも、知人のセカンドオーナーからの電話だったが、そもそも、挨拶も無しにいきなりそんなことを口走る方が悪い。

 じりりり、じりりり。

 と、再び電話が鳴る。恐らく、先ほどの知人からだろう。

「はぁ」

 森近はため息と共に受話器を取り、定例の言葉で対応する。

「はい、こちら水守ですが」

『んもう! どーして、そんな対応するんですか!? こっちはただ、一緒に聖杯戦争でやろうかなって誘っただけなのに!』

「その時点でもう、お前と会話する時間と電話料金が無駄なんだよ、これ以上なく。人生は有限なんだから、ちゃんと有意義に使わないと」

『ひどい、まるで私が馬鹿みたいに!』

「馬鹿だろうが。冬木がその術式で大参事になったのを知らないのか? 遠坂の魔術師があのロードと共に大聖杯を解体しなけりゃ、また人がたくさん死ぬところだったんだぞ?」

 聖杯戦争。

 それは、冬木に存在した御三家と呼ばれる魔術師たちが作り上げた奇跡のシステム。

 マスター七人と英霊七騎をもって殺し合い、蠱毒とし、万能の願望来たる聖杯を完成させるための大魔術。英霊とは、座に存在する抑止力の化身であり、また時には悪を成す悪霊が呼び出される時もあるという。あるいは、アメリカで行われた偽物だらけの聖杯戦争では、神霊に近しい存在も召喚されたという噂もある。

 御三家の一つである遠坂の当主とロード・エルメロイⅡ世によって解体され、その恐ろしい大魔術は終わりを告げたのだが、解体の際に、聖杯戦争のシステムが一部、協会によって回収されていたのである。そして、そのシステムを用いて、世界のあらゆる場所で、一時期模倣された聖杯戦争が開催され……その悉くが、教会の埋葬機関の手によって粉砕された。時には、開催された街を丸ごと一つ、『浄化』させたこともあったという。

『んー、確かに人がたくさん死に過ぎると協会から睨まれますし? でもでも、システムを上手く改良して模倣することには成功したんですよ。これなら、呼ばれる英霊の格は本家に近くできますって!』

「呼ばれる英霊が善良だとは限らないし、令呪のシステムは完全解析できたのか? あれが完璧でないと、そもそも聖杯戦争が成り立たないぞ? 加えて、一部の化物には令呪すら弾くスキルを持った存在がいると模倣戦争での報告もある」

『うぐぐ…………も、森近さんが協力してくれれば一か月もあれば完全に解析できるのに!』

「寝言は寝て言え、このクソアマが」

 もうすぐ昼前であり、空腹も相まって森近の苛立ちは最高潮に達していた。ただでさえ、セカンドオーナー仲間である知人の中では、一番苦手であり、会話すると苛立つ女魔術師が相手だ。しかも、今回の誘いは『街の守護』を命題とする森近にとっては噴飯物だったのである。

「俺はそんな馬鹿みたいな殺し合いを手伝わない。やるなら一人でお前の街だけでやれ。ただし、その場合は俺が真っ先に埋葬機関に居る知人に密告するからな!」

『ひどい! 裏切り者! というか、あんな凶悪な存在ひしめくところに良く知り合いとかいるね、森近さん! 普段は引きこもりなのに!』

「引きこもりじゃねぇ。俺が水守の魔術師である以上、街の保護は義務であり、水守の悲願でもあるんだよ。後、埋葬機関の知人についてはまぁ、梅子さんの一件でちょっとな」

 梅子は完全なる不老不死の幻想の持ち主だ。

 否、そういう幻想その者ですらある。故にその梅子を狙い、時に水守の街に侵入してくる不逞の輩が存在したり、あるいは、その存在自体を己の教義に合わないと滅殺を企てる輩も存在する。森近と梅子が何度もそういう輩を返り討ちにしている際、その中に本当に危険な存在というか、埋葬機関の一人がやってきたわけだが、幸いないことに話し合いと契約を結ぶだけで収まったのだった。ちなみに、その時に森近たちが埋葬機関の使者へ出したランチがカレーでなく、パスタだったら、話し合いはもっと難航していただろう。

「ランチで梅子さんが特製カレーを作ったら……その人なんか泣いてなぁ」

『ええ!? なんで!?』

「いや、わからん。本人曰く、カレーに込められた想いが伝わってきたとかなんとか。とにかく、カレーによって俺ら水守は埋葬機関第七位と和解している」

『意味不明だよ!』

「だが、埋葬機関の中でもその人、一番の常識人だぞ」

『それで!?』

 とにかくカレーは偉大でカレーは神秘である。

 ただ、森近は甘口が好きなので、辛党であるその第七位とは時々口喧嘩になるのだとか。

「そんなわけで、馬鹿なことはやめないと密告するんで、よろしく」

『うがぁ! 森近さんの人でなしぃ!』

「魔術師に今更何を言ってるんだか。俺らは元々、生まれながらにして人では無く、魔術師という生き物だろうが」

 今度こそ森近は電話を切り、知人の女魔術師との会話を終わらせた。

「……ったく、今度土産をもって説得に行かんといけねぇな。このままだとあいつ、絶対暴走して無理やりにでも聖杯戦争を不完全なまま開始とかやらかしそうだし。ったく、そんなんで根源に到達して、何が面白いんだか」

 確かに魔術師とは根源に辿り着くための存在だ。そのためだけに古代から脈々と血を繋ぎ、魔術刻印と研究を受け継いでいる。ほぼ確実に、絶対的に、『それ』で根源に到達できないと知りつつも。根源到達よりも先に、血筋が耐え、魔術刻印が劣化するのが先だとしても。

 全てが無駄だとしても、それでもなお、根源へと挑め。それこそが、魔術師を名乗る者の命題であり、存在証明でもあるのだ。

 だからある意味、根源到達に対して聖杯を用いて挑むのは間違いでは無い。何であろうと、根源に至れれば、極論、それが魔術師としては正しいだろう。だが、森近の中に存在する人の部分が、プライドが、不純物がそれはいけないと告げている。

 せめて、己のが誇れる物で根源に挑まなければ、魔術師は本当にただそれだけのシステムになってしまうのだから。

「…………まぁ、魔術師として見るのならそれが最善だと言うのだろうけど。生憎、街を置いてダイナミック自殺するつもりは当分ないし、出来ないので」

 だから、森近は今日も今日とて平穏な日常を楽しむのである。

 

 

●●●

 

 

 森近が昼食を食べ終わった後の出来事である。

 昼休みも充分取った後で、梅子が森近を中庭へ呼び出したのだ。なんでも、見せたい物があるのだとか。

「えっと、それで梅子さん。それでうちの居候とバイトの人に軍服を着せて、何をしようとしているので? つか、夜中にこそこそ布を切ったり縫ったりしていたのはそれですか」

「私特製の戦闘衣装です。世界各地から取り寄せた秘蔵の材料を使って、私自ら礼装を作り上げました。と言っても、軽い身体強化と全属性の攻撃に対する耐性だけですが」

「…………それを女子高生二人に着せているのはなぜですか?」

「まぁ、見ていてくださいませ」

 梅子は軍服姿で待機する二人へ、右手を挙げてハンドシグナルを送る。

「「了解!」」

 その指示を受けて、二人は――バイトのメイドである鈴音と、居候である藍は弾かれたように動き出した。

「こぉおおっ…………にゃにゃにゃにゃっ!」

 鈴音は腕を鞭の要領でしならせ、猫手で対象の急所を撃ち抜く特殊なパンチを、藍へと打つ。藍は撃ち出された拳を、腕を円運動で駆動させることによって、受けるのではなく流すことで対処。

「――せいはっ!」

 ついで、藍は中国武術に存在する震脚、すなわち、大地を踏み鳴らし、対象へ芯の通った一撃を通す技法を行う。未熟ながらも、綺麗な型で行われたそれは、藍の肘打ちを裂破の勢いで繰り出させた。

「甘いにゃ!」

「ぐぬぅ」

 けれど、その一撃は鈴音にとってはあまりにも緩慢過ぎた。

 するりと、柔らかな肢体をひねらせ、鈴音は最小限の動きで藍の肘打ちを回避。ついで、回避動作でひねらせた肢体をそのまま、戻して、攻撃の力へと転化する――

「はい、ストーップ! 悪いけど、二人とも、ちょっとやめようかー」

 そこで森近の制止が入った。

 理由は問うまでも無く、二人が物騒な組み手をいきなり始めたからである。

「「はーい」」

 森近の制止に、特に疑問を持つでもなくあっさりと組み手を止めた二人。基本的に森近の言うことはあっさりと聞いてしまう、聞き分けの良い女子高生二人なのだが……その聞き分けの良さを妙に不安に思う森近だった。

「梅子さん、説明」

「はい。これは来たる敵に対応すべく、美少女戦隊の結成を目指していまして。まずは鈴音さんと藍さんの両名を鍛え上げているところです。今回は一応見られるレベルにまで二人とも鍛えられたので、ご報告を、と」

「よぉーし、俺、久々に当主として怒っちゃうぞー」

 それから五分間、森近による梅子へのガチ説教が始まった。どうやら、最近は女の子が増えてテンションが上がってしまったらしく、つい、大戦時の血が疼いて鍛えてしまったらしい。やはり梅子もどれだけ年を取ろうとも女性であり、同じ女性との会話は楽しく、ついつい鍛えてあげたくなってしまったのだとか。

「いや、それ以前に女の子を戦場に出すとか有り得ないから」

「美少女戦隊……」

「俺の目の黒いうちは絶対に女の子を前線に出させません。そんなことをするぐらいだったら、俺のコネを全力で使って殺戮兵器を開発するわ。条約で規制されそうなレベルの」

 説教の終わりには、さすがの梅子も涙目になっていた。いや、森近の説教はむしろ温いレベルなのだが、己の子供のようにかわいがってきた森近からのガチ説教だったので、思いのほか梅子の精神的ダメージになったようだ。

「や、森近さん! 私としては鍛えてもらって感謝ですから! 将来、森近さんを守る時に力が無くてはどうしようもないですから!」

「鈴音ちゃん、気持ちは嬉しいけど、男としては複雑だぜ」

 鈴音はむしろ、進んで梅子の教練を受けて鍛えられたがっている節があるので、泣きそうな梅子のフォローに入っている。年上にははっきりと物が言える森近だが、己より強い女子高生に、懇願されるという妙な状況ではさすがに分が悪い。

「水守さん、僕からもお願いしますよ。きょうか……もとい、梅子さんは何をすべきか分からなかった僕に、『とりあえず強くなってから考えなさい』と道を示してくれたんで」

「うーん」

 さらに、藍からそう言われてしまえば、森近としても口を出せない。なにせ、本人たちが望んでいるのだ。子供が進んで学ぼうとしていることを強制的にやめさせようとするのは、大人としてどうしたものか? 加えて、彼女たちは異能者である。これからずっと森近が四六時中守っていられるわけでは無い。護衛手段は多くて困ることは無いのだ。

「仕方ない、やり過ぎないことを条件に許しましょう。ただし、貴方たち二人を戦場に出すつもりはありません。何があっても、俺と梅子さんで圧殺しますので。もしも何かあっても、無理せずに逃げるように」

「鈴音さんに至っては、森近様より強くなってるのですがね」

 涙目でも要らない一言を忘れない梅子だった。

「あははは……梅子さん?」

「むぅ、森近様、私の手を引いていったいどこへ? いけません、未成年が見ています。そういうのはもっと夜中に……」

「幻想種相手の拘束魔術の研究が今のテーマだから……しばらく付き合ってください」

「しまった、ガチで怒っておられます、これ」

 その後、十数時間に渡って梅子は魔術研究に付き合わされることに。

 普段は気の良い兄ちゃんだが、森近は怒ると怖いというイメージが女子高生二人に植え付けられた出来事だった。

 

 

●●●

 

 

 深夜、誰もが寝静まった頃合いに森近は、地下の攻防にて魔術の修業を始める。研究では無く、己の魔術の精度を上げるために、訓練だ。

「――廻れ」

 森近の魔術回路の励起イメージは『湧き出る水』だ。魔力回路が淀みなく稼働しているのならば、淀みなく澄んだ清流が湧き上がる場所を中心として渦を巻く。

「踊れ、遅く」

 正しい励起によって駆動した魔術回路は、ワンアクションの魔術行使をスムーズに為していく。森近の目の前に置かれたコップの水が、人型を象り、バレリーナの如き動きで踊り始めた。

「回れ、速く」

 くるくると回る水人形。

 その回転が、段々と増していき、やがて人型が崩れて渦を成す。

「凍れ、刹那に」

 森近の詠唱により、一瞬で渦は形を保ったまま氷となった。渦を巻く水の動きが、そのまま固められている。

「焼けろ、強く」

 そして最後に、氷が一瞬にして熱を持ち、融解し、蒸発した。蒸気は白く工房内に薄れていき、そのまま霧散していく。

「…………はぁ、まだまだだな」

 水の操作、及び三相の変換を淀みなく成したというのに、森近の表情は明るくない。

「たったこれだけの水量でも三相操作にこれだけ手間をかけるなんて、実践じゃ使えないな。辛うじて水の操作が一トンまでなら可能になったけど……水量を多くしていくごとに小技や精密な動作が出来なくなってくる。これじゃ、大火力への対抗に向いていない」

 森近の一番得意な魔術は水を操ることだ。

 それが最初の理解した魔術であり、現在で一番理解を進めている魔術である。森近は確証を得てないが、己の起源も水と近しい物と推測しているが、己の起源を知ってしまうとそれに引きずられてしまうので、軽い推測だけにしておいているのだ。

「起源を抑える術式はまだ、開発に時間が掛かるからな……なにせ、有史以来の記憶が相手だ。うまいこと成功すれば、がっぽがっぽと儲けられるんだがなあ」

 設けられるどころか、下手をすれば封印指定を受ける可能性があることを森近は知らない。妙な繋がりというか、ツテがそれなりにある割には、その手の常識が欠け落ちている森近だった。だが、それも無理はないのだ。

「とにかく、俺には『才能が無い』んだから、せめてもっと努力しないと」

 なぜなら、ここまで至っているというのに、まだ森近は己が『凡才』であると信じているのだから。

 確かに、森近は凡才だ。

 森近が成すこと全て、凡人の域を出ない。どれだけ努力を重ねようとも、秀才の域にすら届かく、才能に蹂躙される定めである。いいところ、天才たちの異様さを示すための噛ませ犬と言ったところだろう。そして、その表現は間違っていないのだ。

 水守森近は、生まれて時から万能の天才である姉と比較されて続け、何よりも己の才能を信じられない精神になってしまったのだから。

 想像してみるといい。

 幼い頃からずっと、自分が手に届かない領域を歩き続ける天才が、傍にいる生活を。

 何をやっても、姉以上に出来ない。それどころか、周りに人間にすら負ける。努力を重ねていたことでも、姉が興味本位に始めて数時間で追い越される。

 それでも、何か一つぐらい誇れる何かがあると信じて、森近は中学時代までは頑張っていた。

『森近はさ、才能が無いんだからもっと緩く人生を楽しみなよ』

 姉の残酷で優しい言葉によって、心が一度粉々に粉砕されるまでは。

 競っていたつもりだったが、姉からは憐れまれる対象でしかなかった。ただ、それが悔しいよりも先に虚しくなって、以後、森近は何事にも熱が入らない気質になってしまう。ふらふらと世界中を回っていたのもその所為だ。

 けれど、その虚ろな精神に熱を入れた出来事があった。

 それは、春先に出会った少女――光から笑顔を向けられたことである。街が森近を受け入れてくれていると、光は笑顔で森近に言ったのだ。

 その言葉が、笑顔が、再び森近に熱を取り戻させた。

「守るんだ、守るんだ、守るんだ、俺は守るんだ」

 だが、取り戻した熱は、皮肉にも少女が願った方向とは逆向きに森近を駆動させる。

 森近は己の才能を信じない。

 何を言われようが、どれだけの賞賛を重ねられようが、全てを認められない。それを認めてしまったのなら、止まってしまうから。そこで己の惰弱な精神は歩みを緩めてしまうだろうと知っているから、森近は信じない。

 己を信じず、ただひたすらに研鑽を重ねていく。

 稀代の才能を、そう、才能だけなら時計塔に留学している『魔術師らしくない魔術の天才』や、『遠坂の当主』にすら迫る森近が、己を卑下し続け、狂った練磨を続ける。

 その結果、生まれるのは『魔術の化物』だ。

 あらゆる魔術を喰らうように吸収していき、完成へと近づけていく終末装置。

 そんな化物はいずれきっと、『取り返しのつかない魔術』を生み出してしまうだろう。

 あるいは、魔術の領域を超えて、『六番目の魔法』すら。

「俺は――――必ず――――」

 穏やかな日常の裏で、森近は狂気に落ちていく。

 誰も気づかないほど静かに…………けれども、確実に。

 誰かの笑顔を守るために、森近は化物になっていく。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。