…何だか変な所に来ちまったね。
空はどんよりしているし辺りは土と砂利ばかりで、目の前には大きな川…。
ここが冥界にあると言われる『忘却の川』かい?
たくさんの人が川に向かっていくようだけど
あたしも行かなきゃならないのかねぇ。
やだよ、舟なんて不安定そうな乗り物乗ったことないからね。
しかし、色んな人がいるね。
あそこで、分厚いもこもした服を着た男がいるけど暑くないのかね。
頭に氷の粒が積もっているけどなんだいあれは。
おや、そのまま小舟に乗るのかい。
もこもこした服が幅を取って、渡し守が迷惑そうな顔をしているじゃないか。
寒くもないんだし、服を脱ごうとは思わないのかね。
あっちには若い男と女が6人、川辺で宴会をしているよ。
派手な水着を着て、自分たちが死んだって自覚はあるのかね。
ゴミを散らかしてるじゃないかい、あれはみっともない。
ありゃ、渡し守に笛を吹かれて注意されているよ。
ゴミ袋を渡されてるし、今から掃除でもやらされるんだろうねぇ。
一体、『忘却の川』で何をしているのやら。
あれま、あの忍者みたいな衣装の男は大きくて丸い草履を履いて川の上を渡っているよ。
小舟が待てないようだけど、大胆なことするね。
あれじゃまた注意されるんじゃないかい?
…やっぱり笛を吹かれて川岸までもどされているよ。
なんだろかね、ここは…。
思っていたよりも自由な人が集う場所だったんだね。
渡し守も気のせいか疲れた顔しているよ。
そりゃ、ああいう人達の管理っていうのも大変だ。
まぁ、あたしもトートバッグ肩にかけたまま来ちゃったわけだけどもさ。
大丈夫かしら。
川を渡った先に門でもあって、そこを通ると変な音が鳴って荷物検査とかされないかね。
…皆不安は無いのかね。
引き返せないはずなのに陽気すぎやしないかい。
ああ、後ろに”らしい”女の子がいたよ。
俯いて歩いてる様子が死んだ雰囲気を出して―――
って、ちょっと!
あんたこっちに来な!
そうそう、あたしだよ。
マーブルだよ。
なに?
さっきは傷つけてごめんなさい、だって?
いいんだよ、そんなことは。
あれぐらいで音をあげるような生き方していないからね。
それよりあんた…喋れたのかい?
てっきり声を出せないものと思ってたよ。
って、先に言いたいことがあった。
あたしがあれだけ身体張ったのに、あんたどうしてすぐこっちに来て―――
おっと!
どうしたんだい、急に抱き着いてきたりして。
……………そうかい。
あんたなりに頑張った結果なんだね?
そんなに泣かれちゃ、怒るに怒れないよ。
♦
落ち着いたかい?
ほら、顔をお上げ。
涙を拭いてやるからさ。
あらまぁ、くしゃくしゃじゃないかい。
ちょっとお待ち、ここにハンカチがあるのさ。
あたしのトートバッグには、ハンカチだけじゃなくてものすごい量のアップルグミが入っている魔法の入れ物なんだよ。
おや、これは…。
だから重かったんだ。
いや、何でもあるけども先にハンカチで顔を拭こうか。
それにしてもあんたをすぐここに来させるなんて、やっぱりあの左腕に変な棒をつけた情のない眼帯仏頂面はもう一度爆発してやらないといけないね。
…冗談だよ。
今のあれが簡単に人を見捨てるような男でないことぐらいあたしにだって分かるさ。
よし、涙を拭くのはこれぐらいでいいね。
それじゃ、さっきの言いかけた話をしようかね。
いいかい、よくお聞き。
さっき思い出したんだけども。
あたしのトートバッグに一冊の本が入っていたんだよ。
『ねくろ』なんとかっていう良く分からん名前の本さ。
倉庫の掃除をしてたら、ほこりかぶったこの本を見つけたんだよ。
あの新しい牧場主が探していたやつさね。
あたしはあんな怪しい奴を牧場主とは認めていないから、仏頂面に渡そうと思ってバッグに入れていたんだよ。
あのメガネがベラベラ言っていたのさ。
この本を使えば能力が上がるだの、亡くなった人が生き返るだのね。
牧場主と同じで怪しい話だけどさ。
もしかしたら、これを使えばあんた向こうに戻れるんじゃないかい?
あたし?
あたしは必要ないよ。
奴隷にしてはもう十分なほどの人生を過ごせたからね。
できるなら、これからあんたの姿を見るあの仏頂面の驚く顔を写真に納めて冥土の土産にしたいところだけどね。
生憎、カメラを持っていないんだよ。
それに、2人分使えるか分からないだろう?
とにかくあんたが使いな。
今これを使うべきなのはあんただよ。
まだやれることはあるんだろう?
ああっ、ほらまた涙を流して。
意外と泣き虫なんだね。
なんだか、孫のような子がもう1人できた気分だよ。
えっ?
涙で服を濡らしてしまったって?
構やしないよ。
あたしは子どもの涙を吸い取るために服を着ているんだからね。
間違っても仏頂面の涙を吸わせる気はないよ。
ふふっ。
なんだい、笑うとかわいい顔になるじゃないか。
初めて会ったときは、あの仏頂面が移ったのかと思って心配したもんさね。
あんたはそうして笑っている方がお似合いだよ。
だから、泣くのはさっきで終わりだよ。
泣いてちゃ仕事は務まらないからね。
うん、良い表情だ。
あんたならきっと大丈夫だよ。
…年寄りは話が長くなっていけないね。
さぁ、そろそろお行き。
ここに戻ってきたら説教だからね。
しっかりやるんだよ、アイトラ。