イセリア人間牧場奮闘記   作:あるいてごろりと

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夢の幕が下りるとき

日がもうすぐ暮れかかる頃、ナイトメアの身体は細かく分解されていた。

燃え上がる焚き火から飛び立つ灰のように散り、徐々に空へとその身を溶け込ませていく。

 

「やりましたか…。」

 

クヴァルが顔をあげて、この世界を支配していた夢魔の最後を見届けていた。

傷ついた両肩が痛むため、両手をぶらりと下げた状態でゆっくりと歩く。

少し進むと、うつ伏せに倒れているロディルがいたため声をかける。

 

「ロディル、大丈夫でしょうか?」

 

ロディルは、少しだけ地面から顔を離す。

隣に立ったクヴァルをちらりと見る。

 

「ふぉ…。

いや、笑うと痛いですな。

見ての通り、地を這うナマケモノですよ。

まさか、神子が復活するとは思いもしませんでした。

彼女がいなければ、五聖刃は無残にも敗北を喫していたところでしたね。」

 

「ええ…。」

 

クヴァルは、フォシテスの体を支える先代神子の姿を遠い目で見る。

どこから取り出したのかフォシテスの口内にアップルグミを何個も詰め込むアイトラの嬉々とした姿は、アスカード人間牧場では見られなかったものだ。

 

クヴァルはこれまで、感情を無くした神子達や人間牧場で鞭うたれる奴隷達の気持ちを、この世界で働くまでついぞ考えることなどしてこなかった。

いや、考えていても計画の妨げになるため思考を放置していたのだ。

 

やがて置き去りにされた良心は利己的な考えのストッパーという役割をこなせなくなり、人間を無機物のように扱う気持ちはもはや手が付けられないほどに膨張して、エクスフィアの突然変異体を製造する人体実験『エンジェルス計画』に取り組むようになった。

ハーフエルフが迫害されてきた歴史を二度と繰り返さないものとする『無機生命による千年王国』の樹立に貢献したいからだと、自らに言い聞かせながら。

 

実験の成功のために、被験者の命をますます軽んじてとらえるようになった。

逃亡したアウリオン一家を本気で計画の邪魔者だと考え、姿を捕えようと血眼で追った。

その結末が2人の親子からの敵討ち。

この世界に来てからときおり胸や腹にズキリとした痛みを感じていた。

今だってそうだ。

 

(もう無い傷のはずなのに、やはりまだ痛みますか。

しかし、あの2人が抱えた痛みはこの比でないのでしょうね。)

 

自身に刃を突き立てたときの2人の怒りのこもった目。

傷と同様、その魂に刻み付けられた記憶は今もなお鮮明に残っている。

労働環境改善後に一部記憶が蘇ってから、その目が恐ろしくて寝付けない夜が続いた。

 

一時期、ストレスで食欲が無くなり体重も落ちた。

奴隷達の労働環境改善をおこない、彼らに贈られる感謝の言葉はありがたかったが、刃を突き出し怒りに燃えるような目をしたあの2人を忘れることなど出来なかった。

心のどこかで人間に対して怯えを持っていて、それを隠して生活していた。

 

ある日、アスカード人間牧場で見回りをしていると働くアイトラの姿を見た。

その時のクヴァルは何故先代神子がここにいるのか、命を絶ったはずの彼女が生きているのか理解出来なかった。

ただ、あの2人に許されたいという願いから、クルシスやディザイアンによる計画の犠牲者である神子に償いをしようと思い、彼女と面談をすることにした。

働かなくて済むような支援をおこなうと言ったが、彼女は翌日からも奴隷とともに働いていた。

 

アイトラは無表情ながらもその働きぶりからか周囲の奴隷に好かれていた。

彼女から返答がなくても男女問わず挨拶またはお礼をする奴隷たちの姿を見て、アイトラと彼らとを差別化しようとした自身の愚行に気づかされた。

昇進でもないのに特別を設けることで、人と人との差をつけようとしていたのである。

 

ハーフエルフと人間とを優位か劣悪かというなんの根拠もない理由で隔て、それを当然のものとしていた以前の自分を見ているようだった。

瞬間、クヴァルを戒めるようにして思い出されるのはあの二人の目と突出す刃。

恐ろしくて吐き気を催した。

一方的な、押し付けがましい償いをしようとした自身の考えとおこないをクヴァルは改める。

それからの彼は、アイトラを他の奴隷達すなわち労働者達と変わらない待遇のままにした。

 

幾日か経ち、五聖刃の中で一番労働環境改善が遅れていたイセリア人間牧場への転勤を数名に打診したときにアイトラが買って出た。

返事はなくとも前にずいと身を乗り出す彼女の意志は明らかだった。

 

(この娘のような清くて強い心を持つ人間がいるにも関わらず、私より下の人種だと思っていたのですか。)

 

このとき、『劣悪種』という言葉は自身も含めた見識の狭いハーフエルフ側が勝手に作った人間に対しての虚像だということを認識する。

労働者と共に手を取り合い、労働者を助けるために動く彼女の立派な姿は彼の『ハーフエルフは優良種』というディザイアンが抱く考えに疑問をもたらした。

同時に生前抱いていた、人間に対しての醜い考えを恥じた。

 

その後、今まで以上にクヴァルは労働者達に対して気持ちの面で真正面から向き合うようになった。

現場作業も前よりずっと参加するようになり、人間とともに流した汗を心地良く感じるようになる。

彼らとは信頼に等しい関係を築くことができるようになっていた。

 

きっかけはアイトラにほかならない。

ハーフエルフである自分と人間達の掛け橋となった彼女がいたからこそ、アスカード人間牧場は本当の意味で平穏な日々を築くことが出来たのだろうと思った。

魂に刻み込まれた痛みは変わらず残っていたが、それらを抱えて生きていこうと思うだけの覚悟をいつの間にか持てるようになっていた。

 

故に、彼女に感謝したクヴァルは後日、フォシテスにアイトラの希望でもあるイセリア人間牧場へ転勤する話をもちかけたのである。

 

(現実世界もきっと彼女達のように人種関係なしに誰もが手と手を取り合えば、私のように醜い考えを持った存在が生まれずに済んだのでしょうか。

…いえ、現実世界にもそのような人々はいたはず。

その者達の美しい心を見ずに学ばなかったからこそ、私は刃に刺されたのでしょうね。)

 

気が付くと、クヴァル達の元へアイトラが駆け寄ってきていた。

彼女は2人の前で立ち止まると、ペコリとお辞儀をする。

 

「お久しぶりです、クヴァルさん。

それにロディルさんですよね?

初めまして、アイトラと言います。

すぐにグミを用意しますね。」

 

「ふぉっ。

どうも初めまして。

あなたの支援には感心しましたぞ。」

 

「ありがとうございます。

ですが私一人では何もできませんでした。

皆さんがいたからこそ、私もサポートできたと思っています。」

 

「ふぉっ。

今時珍しい謙虚な娘さんですな。」

 

「アイトラ、クルシスの輝石が外れて話せるようになったんですね。

体に異常はないですか?」

 

「はい。

感謝の言葉を伝えられて嬉しいです。

今までは言いたいことも言えない状態でしたから。

体に異常はありません。

むしろ感覚が戻って良いことばかりです。」

 

「ほう、具体的に聞いてもいいですか?」

 

「例えば、気温を感じることができるようになったので、夕暮れ時の温かい風が気持ち良いです。

それに、空気をおいしく思うのも久しぶりです。」

 

「それは何よりです。」

 

にこやかな表情のアイトラがハッとした顔つきになる。

 

「いけない、治療が先です。

お2人とも大きな怪我をされています。

この袋詰めのアップルグミで回復しましょう。」

 

アイトラが袋からアップルグミを取り出したので、クヴァルは何とか右手を差し出そうとする。

しかし、アイトラが取り出したグミの数は一個や二個ではなかった。

 

(ん…多くないですか?)

 

片手に山ができるほどグミが盛られているのを見て違和を感じる。

クヴァルが彼女の背中の向こう側を見ると、仰向けに寝るフォシテスとマグニスの頬がパンパンに膨れた姿があった。

口からは、はみ出たアップルグミがのぞいていた。

意識はあるようで彼らは小刻みに顎を動かしてグミを咀嚼している。

しかし、弾力のあるグミを頬に大量に含んだ状態ではなかなか思うように嚙み切れないらしく、それを表すかのようにフォシテスとマグニスの頬の膨らみは全く減らないうえ、表情はげんなりとしていた。

 

クヴァルだけでなく奥の異変に気づいたロディルの背筋もゾッとしたことだろう。

2人ともひきつった笑みを浮かべていた。

 

「ア、アイトラ。

3つもあれば十分ですよ。」

 

「駄目です。

クヴァルさんは両肩に穴開いてるんですから、念のためたくさん食べないと。

さぁ、口を開いてください。

大丈夫です。

手が上がらないならば、私が食べさせますから。」

 

じりじりと詰め寄るアイトラを見てクヴァルは一歩後退する。

 

「い、いえ。

私は両肩に穴を開けるのが今週のトレンドでして。

それでは失礼しま―――。」

 

そのまま反転しようとすると、ガシリと右足首を掴まれた。

見ると、地に伏すロディルが自分を置いていくなと言わんばかりの目で、傷むはずの左腕を伸ばして足首を必死に握りしめている。

クヴァルはもはや逃げきれないことを悟る。

 

(これも因果応報でしょうか…!)

 

今宵、五聖刃はアップルグミによって滅びるのかもしれないと彼は思った。

 

 

                  ♦

 

 

フォシテスはようやくアップルグミを食べ終わる。

マグニスは、まだ咀嚼中のようだ。

体の傷も回復したので起き上がるとプロネーマがこちらに向かってきていた。

 

「傷はいいのか?」

 

「うむ、わらわは1個だけレモングミを持参していたゆえ。

攻撃を受けた際に気を失ってしまったため、すぐに食べられなかったがな。

なんにせよ、あの娘の詰め放題の機会を逃してしまったのは遺憾ぞ。」

 

「それは残念だな。

頬を膨らます姿を見て見たかったのだが。

…なぁ、プロネーマ。

お前がここに来るとき、クルシスからよく抜け出せたな。

『要の紋』騒動のことを考えると、クルシスもウィルツ…ナイトメアの手に落ちていたと思ったもんだが。」

 

「恐らく、戦闘命令は受けていなかったと思う。

とはいえ、一応隙を見たつもりで勝手に抜け出したのじゃ。

けど、ユグドラシル様の姿をした夢の住人が待ち伏せておったわ。

交戦するのかとも思ったのだけれども…。」

 

   

 

   『元々、お前たちはこの世界にとって異物のようなものだ。

    どこへなりとも好きなところに行くがいいさ。

    …だが、お前と過ごした時間は存外悪くなかったぞ。』

 

 

 

「あの方の姿で、わらわが知らぬうちに求めていた言葉を言うてくるのだからな。

複雑な気持ちになったわ。」

 

プロネーマの言葉に、何と返せばいいのか分からないフォシテスは閉口してしまう。

 

「そんな顔をするでない。

ここが夢の世界と知ったときから動揺を誘う言動の覚悟はできていたから別に大したことではないわ。

…あの時の言葉はそうでないだろうが。

それより、見よ。

あの娘がこちらに戻ってきた。」

 

見ると、フォシテス達の元に向かうアイトラとその後ろで腹部を押さえ気分の悪そうな様子のロディルとクヴァルがついてきていた。

ロディルは「あっぽぅ…。」と力なく言い、クヴァルは「これがエンゲル係数計画…。」などと良く分からないことを口にしていた。

マグニスは、「暗くなるから薪を用意する。」といいその場を離れた。

言い出したタイミングからみて、アイトラからグミをまた詰め込まれると考え逃げたのだろう。

 

「そなたがアイトラかえ?

話には聞いているぞ。」

 

「初めまして、プロネーマさん。

いつもイセリアの牧場のことを気にかけて頂いてありがとうございます。」

 

「ほお、礼儀正しい子じゃな。

フォシテスにはもったいないぐらいぞ。

わらわの秘書になってほしいぐらいだわ。」

 

「ふふっ。

私、プロネーマさんの秘書ならやってみたいです。」

 

「だそうだ、フォシテス。

さっそく、転出届をこの子に出してもらうからいいかえ?」

 

プロネーマは背中側から彼女を抱きしめる。

照れているのかアイトラの頬がほのかに紅潮していた。

フォシテスはちらちらと見てくるプロネーマにため息をついて答える。

 

「いいかえ、じゃない。

そんな簡単に転勤など出来るわけないだろう。

そもそも終わりの近い世界で何を言っているんだ。

まず解決すべくは囚われているマーテル様のことだろうが。」

 

フォシテスが崩壊したイセリア人間牧場を見ると、巨木が変わらずたたずんでいた。

中心ではマーテルが意識を失ったままツルにその身を囚われている。

両手に枝木を抱えて戻ってきたマグニスを含めた五聖刃とアイトラ達は、崩落した人間牧場の門前に集まっていた。

 

上空で空気を搔くような音が聞こえたため、一同はそちらを見る。

飛竜が一体ゆっくりと降下してきており、背中にはタバサが乗っていた。

地に足をつけた彼女は、五聖刃とアイトラに向かって一礼する。

アイトラもそれに礼で返していた。

 

「皆サん、この度は本当にありがとうごザいまシた。」

 

「ふぉっふぉっふぉっ。

タバサ殿、ご苦労様です。

絶海牧場は変わりないですかな?」

 

「はい、念のため遠回りに飛行シて各牧場や街を上空より観察シていまシたが、どこも異常ありまセんでシた。」

 

「ふむ、夢魔が干渉してきたのはごく一部だったようですね。

各牧場や街に神子を配置したのは杞憂でしたか。」

 

「用心スるにこシたことはありまセん。

ロディルサんの指揮に間違いはなかったと思いまス。」

 

「ふぉっふぉっふぉっ。

ありがとうございます。

そう言っていただけると気持ちが楽になりますよ。」

 

タバサは周囲の皆を見回す。

 

「私はこれからマーテル様とともに現実世界での目覚めの時を待ちまス。

皆サんはソのあとに同化スるのでスが…。」

 

「タバサ、後のことは皆承知していることだ。

同化までどのぐらい時間はあるんだ?」

 

言いよどむタバサの言葉の先をフォシテスが促す。

 

「正確には分かりまセん。

恐らく、数刻だと思われまス。」

 

「そうか…。

マーテル様のこと、よろしく頼む。」

 

「はい。

皆サん、改めて感謝致シまス。」

 

再び一礼をタバサがすると、飛竜の背中に乗り飛び立っていった。

巨木の中心に近づき、囚われたマーテルへとタバサは手を差し伸べる。

2人は淡い緑色の光に包まれて姿を消していった。

 

「さて、それじゃ飲むか。」

 

辺りはすっかり暗くなり、焚き火の周囲以外真っ暗になった。

オレンジ色に顔を照らされたマグニスはそう言うと、レギンスのポケットから平たいメガネケースのような形をした『ウィングパック』を取り出す。

中からブルーシートを出して焚き火の近くに置いた。

その後、ワインやグラスにつまみの乾物を取り出すと、ロディルとマグニスが広げたブルーシートの上に並べ始めた。

 

「呆れたわ。

今から宴会でもするのかえ?」

 

「当然だろ。

敵を打破したんだ。

締めの時間が来るまで飲んで何が悪い。」

 

「それは、そうじゃが。

まぁ、確かにジッと待つのもつまらぬか。」

 

プロネーマもブルーシート内に入ってきて座り出した。

クヴァルもワインを見て「ほぉ、『パルマコスタワイン』ですか。それはまたいい物を持ってきましたね。」と言いながら靴を脱ぎ始めている。

クヴァルの言葉を聞いたマグニスはまんざらでもない表情をしていた。

 

ロディルはもう座ってグラスを手にしている。

アイトラは、数本置かれたワインをキョロキョロと見回している。

その視線に気づいたマグニスが、「神子にはこれでいいだろ。」と言いつつ『ウィングパック』からリンゴジュースを取り出した。

ぱぁっと明るい表情をしたアイトラはマグニスに礼を言う。

 

「イセリアに転勤した話は聞いていたから、念のため入れておいたぜ。

備えあれば患いなしってやつだ。」

 

戦闘前に何の準備をしていたんだか、とフォシテスは思ったが口には出さずに靴を脱いだ。

グラスにワインやジュースがそそがれると、幹事のマグニスが乾杯の挨拶をして宴が始まった。

各々、自由に話す。

 

 

プロネーマはロディルのメガネについて聞いていた。

 

「そなたのメガネ、この前の会議のものではないのかえ?」

 

ロディルのメガネは普段かけているものと少しだけ違っていた。

 

「これですか…。

実は、記憶を取り戻したマグニスに『これで裏切りはチャラにしてやるよ。』と言われ、以前のメガネを粉々にされたので予備をかけているのですよ。

ひそかに作っていた、レアバード以外も収納できる改良型ウィングパックも取られるし散々ですぞ。」

 

「それは裏切ったそなたが悪いな。」

 

プロネーマの指摘に、納得いかないロディルは口を尖らせて反論する。

 

「し、しかしですぞ。

生前、あなたも私に渡したクルシスの輝石は偽物だったじゃないですか。

おかげで絶海牧場では変身後に身体がかゆいわ、お腹が痛くなるわ、体が朽ち果てるわで大変だったんですぞ!」

 

プロネーマは何とも言えない表情をしたのちに、ふぅっと息を吐いた。

 

「それこそ、そなたの裏切りが無ければそもそも起こりえなかったことぞ。

やはり、そなたが悪い。」

 

プロネーマの当然の意見にロディルは肩を落とす。

 

「とふぉふぉ…。」

 

 

 

一方、クヴァルはアイトラと話をしていた。

 

「アイトラ、私達五聖刃は恐らくマーテル様の影響を受けています。」

 

「影響、ですか?」

 

「ええ。

この世界に来る以前、人間に対して抱いていたはずの醜悪な感情がほとんどありませんでした。

きっと、同化した影響でしょう。

人間への見方を改めることができたのも、そのためだと思います。

つまりですね。

私が言いたいのは…。」

 

言いよどむクヴァルの先の言葉をアイトラは静かに待つ。

 

「この世界で私達、五聖刃がおこなった人々に対しての善行はマーテル様の意志によるものということです。

労働環境改善は決して、私達が自発的におこなったわけではないのですよ。」

 

「そんなことありません。」

 

アイトラはクヴァルの言葉を否定する。

 

「同化した影響で心の変化は確かにあったのかもしれません。

けれど、それはきっかけにすぎません。

その先で人間との生き方を考え、選び抜いたのは外ならぬクヴァルさん達自身ですよ。」

 

クヴァルは彼女の言葉を聞いて、胸がすくような気がした。

同時に、使命を果たさんとする神子達はどうしてこうも芯が強いのだろうか、とも思った。

 

「頑固とも言えますね…。」

 

「え?」

 

「いえ、こちらの話ですよ。

あなたと話したおかげで気持ちが楽になりました。

ありがとうございます。

それと、1つ頼みたいのですが。」

 

クヴァルはアイトラにひそひそと耳打ちする。

 

「ある牧場主の悩みを引き出してほしいのですよ。

この男は見るからに抱えているのに、なかなか悩みを吐露しないやっかいな堅物でしてね。」

 

アイトラはクヴァルの言葉を聞いて頷く。

 

「私も話をしたいと思っていました。

この世界で悔いは残したくありませんから…。」

 

 

 

フォシテスはマグニスになぜ人間に対しての見方が変わったのか尋ねた。

 

「ある日、俺はパルマコスタ付近にある養豚場の視察に行ったんだよ。

そしたら、俺の愛してやまない豚たちを懸命に看護する人間達を見てよ。

それから人間に対して好意が尽きなくなったんだよ。」

 

「そ、そうか。」

 

フォシテスは返答に困る。

マグニスは豚を通して人間への理解をし始めたらしかった。

 

「そんなことよりも聞けよ、フォシテス。

豚ってのは、意外と体脂肪率が低くてよ!」

 

 

                  ♦

 

 

やがて、酒が進むともし今後も牧場の経営が続いていたらという話になった。

『エクスフィア』はいずれ撤廃する動きになっていたため、その代わりに何をするかというたとえ話である。

クヴァルは施設をなるべく工事しないである程度そのままで使った方が費用も時間もかからず済むだろうと意見した。

 

フォシテスは食料品の加工工場はどうだろうか、と提案した。

イセリアはチキンやトマト、レタスやブレッドといった農産物が名産品となる。

それらを不作の事態に備え保存期間を伸ばした状態に加工したり、疲労のたまるオサ山道や砂漠地帯を抜けた商人や旅行者がイセリアへ到着した際に、購入後すぐ口にできるようサンドイッチへと前もって加工する工場だ。イセリアだけでなく砂漠地帯のトリエットでそのパンを販売してもいい。

 

クヴァルはフォシテスの意見に、資格を取得した就労者たちのスキルを活かし、食品加工工場の傍らで施設の一部を倉庫として使い小売店へ納品する卸売業をやってみてはどうだろうか、と付け加えた。

実際、今までは大きな箱へエクスフィアを梱包して運搬していたのだから手をつけやすい分野である。

 

彼は、シルヴァラント大陸の道路が整備されれば人の往来が増え、村や街の人口の増加にもつながるだろうと告げた。

どうやらアスカード牧場では、道路建設事業に手を出すらしい。

ただ、アスカードは貴重なしもふり肉を販売する土地であるため、道路整備の際に農地を持つ近隣の農家とトラブルがないようにしたほうがいいとプロネーマからアドバイスを受けていた。

 

絶海牧場についてだが、大陸から離れた海の中という特異な場所に施設を持つため海中レストランかホテル、さらに飛竜によるタクシーも用意した観光事業に手をつけようという話になった。

ロディルとしては研究・開発ができればいいらしく、特に意見もなかった。

というより、酒が回って呆けたような顔にも見えたためプロネーマに注意されていた。

 

マグニスは、「豚だ俺は豚だ!!」と大声で主張した。

しかし、畜産事業は人間牧場の施設を全て解体し、畜舎に限らず汚水処理をおこなう浄化設備だって新しく作らなければならない。

汚水を処理したにしても、パルマコスタ人間牧場の周囲には川がないため処理水を逃がすことができない。

また周辺への悪臭問題が予見されるため、大規模な放牧などは論外だ。

 

その上、パルマコスタは豊富な魚介類が販売されたりシルヴァラントではめったに見れない米が生産される土地であるため、即座に却下された。

クヴァルからそれらの名産品を活かせないかと問われ、肩を落としてマグニスは了承した。

アイトラには、「かわいい衣装を着て食料品の店頭販売をしてみたらどうかえ?」とプロネーマが提案した。

彼女は働く自分の姿を想像して、やってみたいのか目を輝かせて返事していた。

 

酒は進み、いつの間にか男達の話は出勤時間についてへと変わる。

クヴァルはアスカードとアスカード人間牧場は遠いから出勤に時間がかかり大変だと言うと、マグニスもパルマコスタだって同じだと言う。

ロディルは飛竜の往来も結構なものだと熱弁する。

3人はフォシテスの方を同時に見て、イセリアだけずるいだろうと文句を言いだした。

プロネーマとアイトラは、好きな動物についての話をしていた。

 

(勘弁してくれ…。)

 

靴を履きブルーシートから出ると、少し離れた所で座り込みフォシテスは1人夜空を眺めていた。

もうじきこの世界は終わりを迎える。

きっと、現実世界でマーテルが目を覚ますのもあと少しだろう。

背中越しから聞こえるどんちゃん騒ぎは、少しもその時を感じさせないが。

フォシテスを含めて皆、魂が同化することへの恐怖心はなかった。

未来への不安はなかったのだから。

想いを託すのが、拳や剣を交え殺し合いをした男達というのが何ともおかしな話ではあるが。

 

「となり、いいですか?」

 

声に気づくと後ろにアイトラがいた。

フォシテスが頷くと彼女は右側に座る。

アイトラは、フォシテスと同じように夜空を眺めている。

暗闇の空には所々に大小様々な明かりが灯っていた。

 

「きれいな星空…。

ここが夢の世界で、もうすぐこの景色も無くなるというのが不思議に感じます。」

 

「だが現実世界につなげられたものはある。

心配することはない。」

 

「そうですね。

きっと、私が知らないような景色にあふれ、そして平和な世界が訪れるはずです。」

 

「ああ…。

そうだ、アイトラ。

君には随分と助けられてきた。

今からでも何かお礼ができないだろうか?」

 

「お礼だなんて。」

 

「どんなことでもいい。

君に対しての悔いは残したくないんだ。

夢の世界でなければ、昇給をプレゼントしたかったのだがそれも叶わない。」

 

「うーん。」

 

少しの間考えていたアイトラが、やがてフォシテスをジッと見つめる。

 

「右手、握ってもいいですか?」

 

「そんなことでいいのか?」

 

「はい。

私、体温を感じるの久々なんです。

誰かに触れるのだってもう何十年も…。

いい、でしょうか?」

 

「ああ、構わない。」

 

フォシテスが右手を差し出すと、アイトラはにこやかな表情をして左手を出した。

互いの手のひらが向かい合うようにして握られる。

フォシテスに比べると彼女の手は小さかった。

 

「逞しくて温かいですね。」

 

「現場作業もやっているからな。

温かいのは酒を飲んでいるのもあるだろう。

そのせいか、君の手は少し冷たく感じる。」

 

「それだけじゃありません。

私、冷え性気味なんです。

イセリアが普段温暖な地域で良かったと何度思ったことか…。」

 

困ったように、はにかむアイトラ。

フォシテスはこの世界に来てからの活動を思い出す。

ともに働いた人々のことも。

 

「君や兵隊、労働者達には苦労をかけたな。」

 

フォシテスの言葉を聞いたアイトラはゆっくりとかぶりを振った。

 

「それで全員ではありません。

牧場主だって苦労しています。

フォシテスさんが人一倍仕事に取り組んできたのを私は見てきました。

牧場や村の人達も、そんなフォシテスさんを知ったからこそ力になろうと思ったはずです。」

 

アイトラの言葉は優しく、フォシテスの心を温かくしてくれる。

だがふいに、フォシテスの心に罪の意識が湧いてきた。

生前の人間達に対してのおこないを思い出したのだ。

のどの奥から絞り出されるようにして、かつての自身の罪を吐露する。

 

「…ディザイアンは君たちに対して非人道的行為をしてきた。」

 

「…はい、知っています。

クルシスのことについても。

棺に納められてからも見てきましたから。」

 

「すまなかった。

謝って済む問題ではないことは分かっている。

しかし、どうしても伝えたかった。」

 

「…私、マーブルさんに助けられてここに来たんです。」

 

「マーブルが?」

 

「はい。

マーブルさん言っていましたよ。

今のフォシテスさんは簡単に人を見捨てるようなことはしないって。」

 

「………。」

 

「以前のフォシテスさんを知っているような言葉でした。

かつてのあなたのことを知る人が、あなたを認めたんです。

それは、この世界で考えを改めたフォシテスさんが人々と真摯に向き合ってきた結果です。

おこないを正すことができたんです。

ですから私は、フォシテスさんには今のような辛い顔をして欲しくありません。」

 

「だが、それでは足りないほどのことをしてきた。

背負った罪は簡単には無くならない。」

 

「それなら…。」

 

アイトラの左手にわずかに力がこめられる。

 

「現実世界の平和を祈りましょう。

二度と悲劇が起こらないように。

きっと、マーテル様を通して想いは届くはずです。

それがフォシテスさんがおこなう償いです。

私も一緒に背負います。」

 

「なぜ…。

君は罪を背負う者ではないだろう。」

 

「牧場主の負担を分けるのも秘書の役割ですから。

連帯責任…、ですよ?」

 

ほほ笑むアイトラの表情を見て、フォシテスはうつむいた。

彼女の言葉に、優しさに、胸を打たれていた。

顔を上げることができない。

彼女を見ると、弱音を吐いてしまいそうだったから。

 

アイトラは両手を差し伸べフォシテスの頭を胸に抱きよせる。

彼女の言葉が人々の総意でないことは分かっている。

だが、雪解け水のように漏れ出した感情を抑えることができず、フォシテスは彼女の胸の中で声をあげないようひそかに涙を流した。

アイトラは何も言わずに瞳を閉じ、フォシテスが落ち着くまで抱きしめていた。

 

 

                  ♦

 

 

「あっ、フォシテスさん見てください。」

 

フォシテスが顔をあげると、アイトラが夜空に向かって指を指していた。

小さな輝きが、細くはかなげな軌跡を描いていた。

 

「流れ星!

ああっ、でも消えちゃった。

あっ、また出ました!」

 

先程とは打って変わりあたふたするアイトラを見ていると、フォシテスはおかしくて笑ってしまう。

その様子を見たアイトラもフォシテスの考えを察したのか、頬を赤くしたのち照れ笑いをしながら彼に伝える。

 

「フォ、フォシテスさん。

早く祈りましょう。

現実世界の平和を。」

 

「ああ、そうしよう。」

 

 

 

フォシテスは現実世界の平和を祈る最中、もう少しだけこのひと時を過ごしていたいと思ってしまう。

 

 

 

やがて、夢の世界は光に包まれた。

それは大陸も海も空も包み込むような光だった。

夢の世界は失われ、あとには何も残らない。

全て白で染められ" 無 ”と化した。

 

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