ある日、マーテルはお昼寝をしようと野原で横になった。
彼女は本音で言うと、大樹に身を宿したかったが、まだ芽吹いたばかりで名ばかりのかわいく小さな木はマーテルが入るにはまだまだ容量が足りない。
もう少し大きくなったら、樹の中での生活を楽しもうと思っていた。
とはいえ、野外で横になるのもマーテルは嫌いではない。
4人で旅をしていた時に、何度も野宿をしていた。
草原や地面に身を預けるときは、ユアンとクラトスが周囲の確認をおこなったあと。
そのため、無防備な体勢をするのに不安は無かった。
温かい陽光に照らされて、ウトウトとしながらそんな思い出に浸っている時だった。
はっきりとはしていないが、何者かがマーテルの身体に入ってくるような憶えがある。
あっという間の出来事だった。
水の中に溺れていくような感覚が襲い、苦しむ内に意識がどこかに飛んでいた。
真っ暗な空間に囚われていることに彼女は気が付いた。
何も見えない、何も聞こえない。
闇の中にいるようだった。
肌にまとわりいているのに振り切ることができないような闇がずっと彼女の体を縛り付けていた。
マーテルの頭の中に映像が浮かび始める。
そこは統合前のシルヴァラント大陸だ。
見るのもためらうような存在である、人間牧場が映し出されていた。
大いなる実りと一体化している時に何度も見た光景をマーテルは思い出す。
弟の恐ろしい計画の犠牲になった者達の希望なき姿を。
手を差し伸べたくても、できなかった無念の日々を。
あんな光景を再び目にしなくてはいけないのだろうか。
動けない体が恐怖で震えていた。
頭の中の映像が流れ出す。
(ああ、どうか人々に慈悲を…。)
けれども、マーテルの予想とは異なる動きがあった。
ディザイアンの兵隊が鞭を持つが、一度も人間に向けて打たない。
人間がストライキを起こしたが、牧場で一方的な粛清という殺戮が起きない。
幹部らしき者が集うが、人間を掌握するための会議を始めない。
おかしな映像ばかりが流れて、彼女は戸惑ってしまう。
ディザイアンとは元々このような組織であったのかと、勘違いしそうなほどに。
幹部らしき者が各々の牧場に戻ったあと、人々の働く環境を整えだした。
涙を流して喜ぶ人間達。
月日が経ち、いつの間にか牧場の人間達は気持ちのいい汗をかきながら作業をするようになった。
服も綺麗だし、ご飯も好きなだけ食堂で食べている。
あと、家に帰っていた。
マーテルは、映像を見てやっぱりおかしいと思わずにはいられない。
けれども、その違和感は彼女の心をほぐしてくれた。
囚われているにも関わらず、仲良く食事を取る兵隊と労働者達を映像で見る彼女からは時折微笑みがこぼれてしまうほどだ。
定期的に映像が途切れ、意識は闇へと向けられる。
真っ暗で何もない空間で過ごす時間は彼女に恐怖心を搔き立てる。
不安でどこにいるとも知れないため、誰かに助けを求めて何度も祈り続けた。
再び頭の中に映像が流れると彼女はホッとした。
幾日か過ぎ、マーテルは頭の中の映像に生きる五聖刃は同化した魂であり、兵隊や労働者達は夢の住人であることを知る。
器となったタバサや同化した歴代の神子も、彼女を夢から覚まそうと献身的に動いていると知り、何もできない自分自身を思うと胸が痛んだ。
そのうえ、五聖刃は再び魂が同化すると意識が消失するにも関わらず協力をしている。
どれだけ感謝してもしつくせない。
やがて、五聖刃と神子はマーテルを捕らえたと思われる夢魔を夢の世界より葬り去った。
夢の世界で彼女が最期に見た光景は、飛竜の背中に乗り手を伸ばすタバサであった。
不安が混じりながらも、その瞳には未来を想ってか希望の色も浮かんでいた。
タバサの手がマーテルに触れたとき、彼女の意識は途切れた。
♦
「…-テル!マーテル!!」
少年の声に呼ばれて目を覚ます。
仰向けに寝ていたようで、マーテルの顔を覗き不安げな表情をする2人。
「良かった、目を覚ました!」
「マーテル様!大丈夫でしょうか?」
マーテルは上体を起こすが、少しだけ目まいがする。
どれぐらい眠っていたのだろう。
ふと考えたが、彼女は切り替える。
眠りの時間を気にする前に、心配そうに見つめる2人を安心させなくては、と彼女は思った。
「大丈夫ですよ、心配かけましたね。
ロイド、コレット…。」
「本当にもう大丈夫なのか?
まだ寝ててもいいんだぞ?」
「そうですよ、マーテル様。
先ほどまでうなされていましたし、今もお加減が良くないように見えます。」
コレットは水の入った皮袋水筒をマーテルに渡してくれる。
口をつけ喉を潤すと、生き返ったような心地になる。
「ありがとうございます、コレット。
おかげで気分が良くなりました。」
ホッとしたような顔のコレット。
マーテルが一息つくと、ロイドは彼女に尋ねてきた。
「なぁ、マーテル。
何があったんだ?
俺とコレットは、大樹の近くまで寄ったからマーテルに会おうと思って、さっき来たんだけど。」
「…そうですね。
2人にも伝えねばならないことです。
きっと、受け入れがたい事実もあるかもしれません。
ですが、よく聞いてください。
人知れず、世界を救った彼らの話を―――。」
♦
「そうか…。
五聖刃と神子達がマーテルを救ったんだ。」
「ロイド…。」
目を伏せるロイドへコレットは不安げな声を掛ける。
やはり、彼に話すべきではなかったかもしれないとマーテルは思った。
彼らと五聖刃は何度も戦ったことを彼女は知っている。
ロイドは重々しく口を開く。
「クヴァルは母さんの仇だ。
マグニスは公開処刑なんてことをやっていたし、
ロディルは牧場にいる大勢の人間を手にかけていた。
フォシテスだって、ジーニアスの大事な友達をエクスフィギュアに変えたんだ。
あいつらが残した爪痕は簡単には消え去らない。」
マーテルは閉口したままロイドの話を聞いている。
やがて、ロイドの目に希望とも思えるような光が宿るのを彼女は見た。
「…だけどさ。
俺、クラトスと話したときに言ったんだ。
もしフォシテスの立場が違ったら、分かり合えたのかなって。
嫌いなままかもしれない。
ムカつく奴らのままかもしれない。
俺は嫌いな奴らと無理に仲良くしようとは思わない。
だけど、今の五聖刃とならそこにいることをお互いに許し合うことはできたはずだ。
あいつらはあいつらなりのやり方で、間違いを正してこの世界を守ったんだから。
俺も負けてられない。
エクスフィアの回収だって、なおさら頑張らないとな。」
コレットはロイドの手を握る。
「だいじょぶ、ロイドなら絶対できるよ。」
コレットの言葉を聞いて、ロイドは鼻先をこすった。
「へへ、ありがとなコレット。
先代の神子もこの世界を救った一人なんだからすごいよな。」
コレットがにこやかな笑みを浮かべる。
ロイドの言葉を聞いて、心の底から喜んでいるのは一目瞭然だ。
「早くおばあさまにお話したいな。
大叔母様は私にとっても自慢の家族だよって。」
「ああ、近い内に一度イセリアに戻るか。」
「うん!」
いつイセリアに戻るか話し合っているロイドとコレットを見て、マーテルは微笑む。
目の前にいる2人のように、そして形は歪かもしれないがロイドが五聖刃に対して抱いた気持ちのように、エルフも人間もハーフエルフもいつか存在を認めることで、争いの無い日が来るのを彼女は望む。
マーテルは、胸の上に手を置く。
目をつむり、彼女の中に存在しているであろう者達に想いを寄せる。
(きっと、いつか実現できる日が訪れます。
私は夢の世界で見たのですから。
種族の壁など無い、絆で結ばれた関係を…。)
そよ風が吹き、まだ小さな大樹の葉が揺れる。
マーテルと同様、無限の可能性を秘めた未来へ恋い焦がれるようにして。
fin.
最後まで読んで頂きありがとうございます。
この作品は、クラトス主観の外伝小説に登場する先代神子・アイトラを救済したくて書いた作品です。
小説内での彼女には台詞はありません。
それに、クラトスの回想でわずかに出番があるのみです。
最期には、お供であるはずの祭司達によって殺され、レミエルによって無残な姿に変えられてしまいます。
本当に、救いのない話です。
そんなわけで、彼女が少しでも報われるような話を書こうと思いました。
皆さんから見て、この作品の彼女は救われたように見えたでしょうか。
少しでもそう思っていただけたのなら幸いです。
ちなみに、書き始めた頃は五聖刃に対して特にどうも思っていませんでした。
(ゲーム本編でもキャラの掘り下げが少ないですし、仕方がないかと。)
ただ、五聖刃を書いていく内に徐々に愛着が湧いてきます。
一時期は、映画『ス〇ムダ〇ク』のOP映像を五聖刃で脳内再現してしまったほどです。
(むちゃくちゃかっこいいなと思いました。
並びは、左から順にフォシテス・ロディル・プロネーマ・クヴァル・マグニスでした。)
書くことで私自身、プレイした当時の気持ちを思い出すこともありました。
発売から十年以上が立つ『テイルズオブシンフォニア』ですが、これからも多くの人に親しみ続けられればと、勝手ながら思います。
改めまして、最後まで本作品を読んで頂きありがとうございました。