マグニスは港町パルマコスタの人間牧場を統治する牧場主である。
赤いドレッドヘアーを後ろで束ね、顔立ちは野蛮で豪快な印象を見る者に与える。
胸部の大きく開いた紫色のチョッキからは急所が露わになっており、それはマグニスが自身の絶対的な強さに対して疑いのないことを示している。
「まぁまぁ、マグニス。
環境改善は私達もまだ始まったばかりなのですから。」
マグニスの隣に座る糸目で薄い色素の金髪オールバックが特徴的な五聖刃の1人、アスカード牧場の牧場主であるクヴァルは、フォシテスに疑問の目を向けるマグニスをなだめようとしていた。
「ふぉっふぉっふぉっ。
そうですとも、細かな方針はまだまだこれから話し合う予定ですぞ。」
変わった笑い方をする絶海牧場の牧場主のロディルは、長寿のハーフエルフだが年季の入った皺のある顔立ちである。
若さを主張したいのか、長い髪は紫色の派手な見た目をしている。
最後に五聖刃の長であり、幹部会を取り仕切るプロネーマ。
ボディラインを強調する真っ赤な服に身を包む女性である。
普段は救いの塔に勤務しており、幹部の中で唯一牧場を持たない。
彼女は勤務場所の特徴から上位組織クルシスとの関わりも少なくないため、職場で気を遣うことも多い印象をフォシテスは抱いている。
かつては、五聖刃の長を狙い競った相手であるが内情を知ると、いつしか昔のような出世欲は無くなってしまった。
フォシテスは咳払いをして、マグニスの発言に返答する。
「ごほん、恥ずかしい話だが私は今まで奴隷達の労働環境については目を向けてこなかったのだ。
此度イセリア牧場で起きたストライキでようやくその意思が芽生えた。
恥ずかしくて穴があったら入りたいぐらいだよ、マグニス。」
マグニスはフォシテスの言葉を最後まで聞いて鼻をフンと鳴らす。
馬鹿にしているというよりかは、呆れたようにも見える。
ガサツな印象のこの男からそう思われるのは正直悔しいが、事実は事実だ。
致し方あるまい。
フォシテスは、反論しようという気持ちを理性によって抑え、閉口したままマグニスの言葉を待った。
「大勢の人間を抱えるんだ。
一手遅れれば、大損害だって考えられる。
しっかりやんねえと五聖刃は務まらねえぞ。」
激しい罵倒を予想していたが、存外柔らかい表現で注意を受けただけだった。
フォシテスは一瞬あっけにとられたが、すぐさま気を引き締めて短く返答する。
「ああ、すまない。」
「俺に謝ってどうすんだよ。
お前は牧場の人間どもが可哀想だとは思わねぇのか!?」
突如、感情を露わにしたマグニスの発言にフォシテスはびくりとする。
マグニスは隠そうともせずに怒りのこもった目でフォシテスを睨みつけた。
その瞳には怒りだけでなく、牧場の人間達に対しての慈愛の気持ちすら感じられた。
見かねたクヴァルが席を立つも、フォシテスは片手を上げて制する。
「す、すまない。
いや…改めてイセリア牧場の労働者には環境改善後に陳謝しよう。」
マグニスは、その言葉を聞いて再びフンと鼻を鳴らし、皆が共有する大きな円卓テーブルの中央に顔を向けた。
静寂した雰囲気に戻り、それを確認したプロネーマが口を開く。
「ようやく静かになったようじゃな。
ただ今よりユグドラシル様から挨拶があるゆえ、その時まで騒がぬよう心するように。
ただし多忙のため、会議室に足を運ぶことはかなわなかったので、画面越しからリモートでの発言になる。
念を押して言うが、直接相対しないからといってくれぐれも私語を挟むでないぞ。」
プロネーマがパネルを操作すると、円卓テーブルの中央に立体映像が起動された。
そこには、金髪で長髪のハーフエルフが顔を見せている。
中性的な顔立ちで見る者を魅了する雰囲気を持つと同時に五聖刃とは比べ物にならないほどのカリスマ性も持つ組織の大ボスは、静かに語り出す。
「諸君、日々の業務ご苦労様。
さて、周知のようにディザイアンは1つの改革に迫られている。」
ユグドラシルは今後のディザイアンがどう改革していくかを語った。
まず、奴隷である牧場の人間が離れていかないように彼らの働く環境を整えること。
これは無理のない労働時間を設けて休みを取ってもらうことが前提条件となる。
フォシテス以外の五聖刃全員が当然という顔で頷いていた。
1人肩身の狭い思いを味わうフォシテスは具合が悪かった。
皆の反応を見て満足げな顔のユグドラシルはそれにとどまらず提案という形で改革案を上げた。
それは可能な限り、連日休暇を取得してもらいその間、外部で奴隷の仕事を忘れストレスフリーな生活を送れるようにすることを彼は皆に推奨した。
ようするに、外出許可を出そうというものである。
この提案に対して、クヴァルは挙手をしてユグドラシルに尋ねた。
質問内容は奴隷が休暇中に脱走しないかどうかについてだったが、プロネーマがその言葉を制した。
彼女の意見としては、『それは魅力のない運営をする牧場主の責任じゃ』、ということだった。
それに付け加えて、『逃げれる環境でなおも奴隷として働こうとする人々の集う牧場を作ることが、我々五聖刃の目的ぞ』、とも言った。
ロディルが拍手を彼女に送ると、マグニスも後に続いた。
クヴァルもまいったと言わんばかりの表情で、頷きながら静かに拍手をする。
画面奥にいるユグドラシルも拍手を送っていた。
フォシテスは画面を見て気づいた。
先ほどまで、上半身を映していたはずのユグドラシルの頭部が画面外に出て見切れていたのだ。
恐らく、プロネーマの意見に感銘を受けて十中八九、スタンディングオベーションしたのだろうと彼は思った。
しばらくして会議室の空気を満たしていた手を叩く音が名残惜しそうに止むと、ユグドラシルはおもむろに口を開く。
曰く、今までの鞭を打って奴隷に強制労働をさせる時代はもう古い、と。
特に、上層部が決めたことを一方通行で従えさせるのは良くないため、トップダウン方式をやめて事業方針を奴隷の意見を交えて決めるボトムアップ方式に転換しようという意見が出た。
ロディルが、自身の取り組みに関しての質問をした。
現在、魔導砲にも引けを取らない兵器開発をおこなっているが大陸の地形を大きく変化させるほどの物に仕上がる予定らしい。
彼は、その開発は奴隷の意見に干渉されないものとして続けていいかどうか聞きたいらしかった。
ユグドラシルは、腕を組んで考えていたが最初は首を横に振る。
危ないし労働安全衛生的に良くないらしい。
その後、発明品を完成もしくは実験したいのかロディルが粘りに粘って必死の懇願をしたため、しばらく聞いたのちにユグドラシルは観念した。
妥協案として、誰でも使えるように簡易設定を施した小規模兵器にするということで話は落ち着く。
また、ロディルはマナをそそぐだけで発動できるようにした魔導書を無くしたらしくて見つけた人は自分に知らせてほしいとアナウンスした。
最後に、幹部同士で今までの労働環境をそれぞれが発表し、何か共有してメリットとなるものを作れないかやこれから付け加えていく改善案をいつまでに実行するかを話し合い、フォシテスにとって非常に疲れる思いをした幹部会の幕はようやくそこで下りた。
その後、懇親会として五聖刃みんなと飲んだり食べたりしながら一泊したのちに、フォシテスはイセリア人間牧場へと帰還した。
手始めに、幹部会で最初にフォシテスが提案した労働時間の変更を実施することにした。
ディザイアンが起きてから寝るまでひたすら働きづくめだった奴隷達は、その改善案を聞いて男だろうが女だろうが誰彼構わず雄たけびを上げた。
泣いて肩を寄せ合う者たちもいたぐらいだ。
その光景を見たフォシテスは、かつて人間達から虐げられているハーフエルフを救った日を思い出していた。
その時にもハーフエルフ達は安堵し涙を流しながら肩を抱きよせ合っていたものだ。
そして、今目の前に映るのは、人間達の喜ぶ姿。
2つの光景は何が違うだろうか、いや何も変わらないのである。
今まで自分が彼らに求めていたものは間違いだったのだな、とフォシテスは悟った。
後日、フォシテスの考えが勘違いではなかったことを奴隷たちの仕事に対しての熱意と気迫がみなぎっている様子を感じ取ったことで確信へと変わった。
日にちが経つと、週休二日制を設けさらに有給休暇取得を義務づけてイセリアの村に帰れるようにした。
家族と触れ合ったことでまた一段と気力が湧いたのか、休み明けに人間牧場を訪れる父親や母親または兄弟を持つ年寄りや若者たちの表情はキラキラと明るくてまぶしく感じたほどであった。
それと社食を提供することにした。
今までは、粗末なパンを日に1回与えるだけだったが朝~晩まで休憩時間の範囲内であれば好きな時に食事を取っていいようにした。
サラダとスープ付きのパンだけでなく丼ものや麵類なども用意した。
しかも、それぞれが何種類もあるため豊富なメニューに奴隷達は悩み、出された品々を口にして舌鼓を打つ様を見て普段自炊して弁当を作ってくるフォシテスも社食の魅力に引かれていた。
また、奴隷達の要望を聞く御意見番の役職を作った。
この役目は、兵隊達よりも奴隷の中から選出した方が良いだろうと考え、年配者で高い教養と広い視野を持っていそうなマーブルという白髪の女性に担わせた。
奴隷達の意見を聞いた彼女は、フォシテスや従業員に新品の作業服とシャワー室を用意してもらいたいと意見を言ったため、すぐにそれに従った。
端々が破けた粗末なグレーの作業服は全て廃棄された。
奴隷達は新品の下着類はもちろん、スラックスやポロシャツにジャンパーを提供される。
人間、服装で印象が大きく変わるもので、新しい作業着で働く彼らは随分と様になっていた。
奴隷達が働く屋内作業所は、以前その部屋に入るだけで匂いとホコリによってむせそうであったフォシテス達だが、清潔感溢れるようになった彼らは部屋の清掃を自主的におこなうようになり、もう嫌な思いなどせずに彼らの働きぶりを見に来れるようになった。
マーブルはご意見番としてよく働く上、お金の管理もできることが分かったため、兼任として経理も担当してもらった。
フォシテスは、幹部会後に開いた懇親会での飲食代の領収書を持ってマーブルに渡したのだが、彼女は首を振った。
「な、なぜ精算してくれないのだ!?」
思いのよらない出来事に、ついフォシテスは動揺してしまう。
マーブルは経理を担当してからすっかりお局様と化しており、彼女に強く意見できるものはフォシテスを含めて誰もいなかった。
彼女はフォシテスをとがめるような目で見て言った。
「あんたね。懇親会だけならともかく二次会も三次会もまとめて組織のお金で落とそうと考えているのが甘いんだよ。
精算するのは、宿泊代と交通費それと一回目の飲食代だけだよ。
いいね?」
フォシテスは、労働環境改善がすべて良き方向にだけ向かわないことをこのとき悟った。
キャラ紹介
マグニス
五聖刃の1人。
フォシテスにツンツンしている親友。
でっかい斧と盾の役割も合わせ持ったクローを武器に使う。
火属性の魔術が得意。
豚のことが好きで、豚と言うのも豚と言われるのも好き。