ある日フォシテスは自室にて、以前話し合った労働改善案についてまとめるため、PCを使い大量に資料作成をしていた。
ディザイアンの方針で資料は紙媒体で保存することが義務付けられているため複合機にて印刷をする。
真っ白な紙が、複合機の内部を通って本体トレイから印字で埋め尽くされて排出される。
エラー番号が点滅するとフォシテスは、またかと思いつつも空になった給紙トレイにこれが何度目になるか覚えていないが、コピー用紙をセットしてスタートボタンを押す。
半永久的に続くかと思われるほど長い時間排出された紙をファイリングしていく。
ファイルはそのまま本棚に納めたいところだが、背表紙に項目名を記載したテプラのシールを貼らないと後々資料を見返す時に面倒なため、ひとまず机上に置く。
フォシテスは、机上にうず高く積もるファイルと比例して身体に疲労が溜まっていくのを感じた。
その上、肩や首がガチガチに凝り固まっていたのでため息をついたのちに一度席を離れ、気分転換ついでにイセリア牧場施設内を見回りすることにした。
(これはなかなか先の見えてこない作業だな…。)
自販機で飲み物を購入して通路を歩くと、ぼさぼさの黒髪でメガネをかけたディザイアンの兵隊が通路奥からこちらに向かって歩いてきていた。
(名前は確かウィルツだったな。)
フォシテスは、彼の顔を見て名前を思い出す。
ちなみに、ヘルメットを常時かぶっているディザイアンも奴隷達が接しやすいようにいまや素顔がみな丸出しである。
ウィルツがフォシテスに気づき一礼する。
「お疲れ様です。
フォシテス様、今お時間よろしいでしょうか?」
どうやら彼から仕事の話があるようだ。
フォシテスは、わずかながらに確保できていた休憩時間に胸の内で別れを告げて話を聞く。
ウィルツの話によると、マーブルが休暇をとった今日奴隷の1人から要望意見を出されたらしく、ウィルツは御意見番の代理を務めているとのこと。
内容は、牧場施設をぐるっと囲む柵を組んでいる鉄筋棒がいくつか老朽化により摩耗し細くなっており、このままだと外部からの侵入を容易にされてしまう貧弱な要塞と化すためできれば溶接をした方がいいとのことだった。
奴隷の牧場を思う気持ちに感謝しつつ、フォシテスは快諾して近い内に作業できるよう用意をすると返答した。
ここで1つの問題があった。
800年前から始まった『世界再生の旅』とほぼ同時期に建築されて今日までその形を保ち続けてきた人間牧場の施設と周辺を囲む柵であるが、まさか老朽化と縁があるとは露知らずに溶接をするための準備が何一つできていないのである。
備えるにしてもただ必要な物を購入すればいいのかフォシテスには判断がつかなかった。
それは労働環境改善に伴い、物品の購入金額次第では何か手続きが必要だった気がするからだ。
気が引けるが、ここは一度プロネーマに相談した方がいいだろう。
フォシテスは重い足取りで自身の部屋へと戻った。
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「そうじゃな、それなら3万ガルドを超える溶接機の購入前に稟議書を作成する必要があるゆえ取り掛かるがよい。」
電話先のプロネーマは相談したフォシテスに対して、親切な対応をしてくれた。
溶接に必要な溶接棒や溶接面、鉄筋棒を切る高速切断機などに関しては、イセリアにある道具屋ですぐにでも購入して問題ないということだった。
フォシテスはイセリアという村にそれだけの備えがあることに多少違和感を覚えつつも礼を言った。
しかし、どうやら購入金額が一番高い溶接機だけは一度稟議書を提出してディザイアンの幹部クラス以上となるメンバー3人から了承を得ないと購入できないらしい。
面倒だな、とフォシテスは思った。
「あ、フォシテス。
まだ通話を切るでないぞ。
溶接をする際には資格が必要だから講習を受けるがよい。」
これまた面倒な話が増えたものである。
安全衛生の観点より、作業中の事故を減らすためにも特殊な道具や乗り物を扱う際には資格取得が必須とのことだった。
アーク溶接の講習期間は3日で落ちる者はそういないらしいため、受講予約だけしておいて稟議書作成を先にやってもいいらしい。
それと、牧場の人間に資格を取得させてもいいが他牧場へ転勤することを考慮し、前提として牧場主も取るようにとのことであった。
フォシテスは内心嫌がりつつもここまで説明をしてくれたプロネーマにもう一度礼を言い受話器を置いた。
机の上はファイルの山が出来ていたため、隅っこの空いたわずかなスペースにずらしておいたPCの前に座り筐体の電源ボタンを押して起動した。
Webにてディザイアンが採用している経費精算システムにアクセスし、そこで電子化された稟議書を初めて作成する。
フォシテスはわずかにであるが緊張していた。
提出した稟議書は、幹部以上のハーフエルフ3人から順に承認を得ないといけない。
しかし、仲間たちの賢明な姿を思い出して自身がその思いをせき止めてはならないと考え、指先を動かしてタイピングする。
購入する物品名に『溶接機』と打ち込み、値段も調べた通りの金額を打つ。
購入理由に『柵の老朽化により手薄になった箇所から外部より良からぬ輩や魔物に侵入されることを防ぐため修理が必要と判断し、溶接機の購入を希望する。』と入力した。
作成した稟議書を提出して1人目が承認するのを待つ。
ものの数秒でさっそく反応があった。
どれどれとフォシテスが確認すると、そこには『差し戻し』と表示されていた。
理由が分からないフォシテスは、コメントを見るとそこには『生まれたての子豚が書いたような文章だな。』と書かれている。
1人目の承認者の名前は、五聖刃の1人マグニスであった。
マグニスに認証してもらわないと次の幹部に稟議書を閲覧してもらうことができない。
フォシテスは、苛立つ気持ちを抑えながら先ほどの文章に2文ほど加えたものを作成して申請する。
今度も数秒で反応があった。
確認するがそこに表示されていたのは、また『差し戻し』だ。
コメントには、『お産中の母豚でも唾を吐き捨てるような文章だな。』と書かれている。
フォシテスは、自身のこめかみに青筋が立っているのを感覚で理解した。
(なぜ、こいつに承認者の役割を任せたんだ…!!
誰が選んだ!?)
自販機で買ったスチール缶を右手で握りつぶしたフォシテスだが、牧場主がこの程度のことで怒りを露わにしてはいけないと思った。
その怒りはやがて奴隷たちに向けられるかもしれない。
それだけは絶対にやってはならないと考えを改めた。
以前の幹部会でマグニスに言われたことを思い出す。
『牧場の人間達が可哀想と思わないのか!?』
悔しいが、奴の方が深い情愛をもってして奴隷達に接しているからこそ、ああいったことが言えるのだろう。
今必要なのは理性だ。落ち着こう。
フォシテスは深呼吸してから、購入理由を1から考え直して打ち込み申請した。
少し間があってから反応があった。
そして表示される3度目の『差し戻し』。
コメントには、『お前の文章を豚とするなら俺はその豚を出荷しない。』と書かれていた。
もはやフォシテスに怒りの濁流を止める術などなかった。
噴火するようにして沸き立つ感情のままタイピングする。
購入内容は、『ぶたぶたうるさいな!そんなに好きならぶたになって共に生きればいいだろ!!』である。
フォシテスが理性を取り戻した時にはすでにエンターキーを押して、申請したあとであった。
(やり過ぎた…な。)
そう思いもしたが、もはやマグニスを承認させて通過する自信がなかった。
なるようになれ、やけくそである。
今回は即座に反応があった。
見てみると、『承認済み』と書かれていた。
フォシテスの胸に渦巻くのは怒りなのか呆れなのか判断がつかなかった。
それはもしかしたら、自身がマグニスと同格の立場でいることへの悲しみなのかもしれない。
うなだれる彼のもとにメールが一件届く。
それはプロネーマからであった。
そこには、『稟議書の購入理由がおかしいが、何かあったのかえ?
差し戻しにしても大丈夫であろうか?』と書かれていた。
思わぬ優しい文章にフォシテスは目元をぬぐった。
その後、プロネーマにマグニスとのやり取りを説明して承認者をクヴァルに変えてもらう。
クヴァル・プロネーマ・ユグドラシルはすんなり承認してくれた。
キャラ紹介
クヴァル
アスカード牧場の牧場主。
雷属性の魔術を使う。
目をつむっているように見えるため、ミーティング時によく部下に肩をつつかれる。
その度に、寝ていないと伝えるが部下は「安心してください。周りにはバレてませんよ。」と言われ誤解の解ける気配が一向にない。