イセリア人間牧場奮闘記   作:あるいてごろりと

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クヴァル達と講習

《誰か…助けてください…。

誰か…。》

 

その声は澄んだ女性の声であった。

救いの手を差し伸べてほしいような言葉は、彼女に成す術が無いことを示している。

しかし、声は聞こえどもどこにいるのか、そもそも彼女が誰なのか分からない。

真っ暗な空間の中にフォシテスの意識があり、相手の声がどこからともなく聞こえてくるだけである。

ただ二言、短い言葉を聞いたのちにその空間から意識が切り離される。

 

 

                  ♦

 

 

(またか…。)

 

自宅の寝室にて目を覚ましたフォシテスはもう何度目になるかも分からない夢を見ていた。

起きたばかりで低血圧の頭のためか、ただぼんやりと女性の言葉を脳内で反芻させる。

姿の見えない彼女は誰に助けを求めているのだろう。

もしイセリア牧場の奴隷の1人が言っているのであれば、労働環境改善がまだ足りないとみて早期解決のためにも声の持ち主と面談した方がいいだろう。

 

女性であれば、妊娠中か育児中の母親かもしれない。

奴隷の仕事をこなしながら、母体を守るもしくは子どもの世話をするのは大変だろう。

そうであれば、以前よりマーブルから提案のあった産前産後休暇と育児休暇取得制度を早めに導入した方がいい。

休暇に限らず、かねてよりフォシテスは身体の構造上、力が男性より劣る女性への配慮は必要だと感じていた。

 

奴隷たちにやらしていた大きな箱の運搬だって、施設の外作業であれば地面をアスファルトで舗装し大型の台車を取り寄せることで女性の負担を軽減するようにした。

これには、男性奴隷も大喜びで思わぬ収穫だったが。

施設内で大きな箱を積み上げたり持ち上げる作業は、男性を中心にしてもらっている。

今後はフォークリフトや移動式クレーンを導入して効率を上げる予定だ。

施設内の重労働を大半の男が作業する分、手の余った女性には牧場内の清掃や備品の管理、エクスフィアの箱詰めや仕分け作業をさせている。

 

また、どうしてもディザイアンの兵隊が、冠婚葬祭等で休暇を取り人手不足の際には、彼らに代わり鞭を持った奴隷の女性が奴隷の監視や管理を担うこともある。

逆だって同じである。有給休暇を取得した奴隷が重複した場合、ディザイアンの兵隊達が代わって大きな箱を運搬している。

 

一度手違いによりディザイアンの兵隊達が大きな箱を運搬する中で、鞭を持った奴隷の女性が監視していることがあった。

しかし、これは女性奴隷の職離れを防ぐことができるかもしれないし、お互いの作業を双方が経験することによって、より能率を向上させるためと親睦を深める意味で話し合うきっかけとなりえる。

 

それと、牧場内に託児所を完備してもいいかもしれない。

両親奴隷が共働き、もしくは女性の奴隷がシングルマザーであれば、家や社宅に子どもを置いていくのは心配だろう。

それに託児所の管理を奴隷の女性に担わせれば、子どもを預ける親奴隷だって安心してくれるはずだ。

朝のコーヒーを入れながらフォシテスは、女性でも働きやすい労働環境整備に考えを巡らした。

 

 

              ~それから数時間後~

 

 

「ゆえにな、フォシテスよ。

あの愚か者がそなたにやったことは軽微なものと判断されて、けん責処分になったわ。

わらわとしては、そなたの心痛を考えると減給ぐらいが妥当だと思ったのだが…。

上部組織のクルシスより伝達を受けたのだからこれ以上はどうにもならぬわ。」

 

朝礼が終わり間もなくかかってきたのはプロネーマからの報告であった。

電話の受話口から彼女の申し訳なさそうな声が聞こえてくる。

先日、マグニスがフォシテスに対しておこなった嫌がらせ行為への処罰だが、厳重注意と始末書提出というけん責処分に落ち着いたようだ。

マグニスの動機についてプロネーマが言うには『同僚のフォシテスが自分へ申請する立場となったため、滅多にない機会に舞い上がってつい悪ふざけをしてしまった。』ということらしい。

後日、牧場向けのソーシャルネットワーク、つまりは組織内報にて今回の処分内容を掲示するとのことだった。

 

「いや、色々と助かった。

もう大丈夫だ、プロネーマ。」

 

フォシテスは、安堵の声音を出せるように意識して言葉を紡いだ。

プロネーマは、「そなたがそういうのならいいのだが…。」と少々納得いかない様子だったが、何かあったら自分へ相談するようにと言ったのち、彼女は特段追求をしなかった。

フォシテスは彼女の優しさに改めてお礼を言い、受話器を戻した。

それから彼は1人の奴隷と共に牧場を後にして、今日からアーク溶接を受講するために『イセリア教習所』へと向かった。

 

フォシテス達が教習所の受講室へ入ると、見知った顔がいた。

向こうもこちらに気づいた様子で片手を軽くあげる。

彼らは、糸目をした男の隣の席へと座る。

 

「アーク溶接を受けにわざわざイセリアへ来たのか?

クヴァル。」

 

糸目の男はアスカード人間牧場の牧場主、クヴァルだ。

アスカードからイセリアまではかなり距離があるのだが、直近でアーク溶接の特別教育を実施しているのはイセリアしかなかったため遠路はるばる来たようだ。

今日はさすがに青を基調とし大きな肩パッドを身につけた戦闘服は着ておらず、グレーのポロシャツに黒一色のカーゴパンツといういかにも作業服らしい格好をしていた。

フォシテスは、「お疲れ様だな。」と声を掛けると彼は首を横に振る。

 

「あなたに比べれば毛ほども疲れはありませんよ。

大変でしたね。」

 

クヴァルの最後の言葉は、気の毒にといった語調だった。

フォシテスは、その言葉がマグニスに関してのものだとすぐに分かった。

話を聞くと、クヴァルはどうやら急な承認者の変更を疑問に思ったらしく、プロネーマから事情を聞いたらしい。

 

フォシテスは、今は特に気にしていないと告げる。

実際そうだった。

マグニスは牧場の労働環境改善に関して、熱心にかつ迅速に取り組んでいると聞いている。

仕事に対して、基本ふざけたことはしない奴だと分かってはいる。

今回の不適切な対応は、長年同期であったフォシテスだからこそ気を緩めた結果なのだろう。

だからもう気にしていない、と彼はクヴァルに告げた。

 

それを聞いたクヴァルの表情は穏やかなものであった。

ずっと五聖刃を務めてきた男達が、ささいな言い合いならともかく一生モノの溝を作ることがなくて安心した様子だった。

 

「そうですか…。

あなたが失意の念に囚われなくて良かったですよ。

私も出来ることがあれば力になりますから、似たようなことがあれば相談してほしいです。」

 

フォシテスは、「ああ、助かる。」と礼を言う。

 

「なに、お互い様でしょう。

ところで話は変わりますが、君は今の生活をどう思いますか?」

 

急な質問にフォシテスは若干戸惑った。

今の生活とは、牧場主としての仕事ぶりについてだろうか。

考えてもクヴァルの意図が分からないため、それが何を指すのか彼は聞いた。

クヴァルは言葉を選んでいるのか、顎に手を当てて思案顔で答えた。

 

「私の担当するアスカード人間牧場に見知った顔がいたんです。

” アイトラ ”という名前に聞き覚えはないでしょうか?」

 

フォシテスはそれが誰なのかすぐにピンときた。

コレット・ブルーネルの祖母の姉にあたる先代神子だ。

 

16歳になったアイトラは世界再生の旅に出て試練をこなしていくが、第三の試練でクルシスの輝石の寄生が浸食していくことに心が耐えきれなかった。

最後の試練にあたる救いの塔で見せた彼女の姿は異常だったそうだ。

心の壊れたアイトラは、表情が一切変わらず自分の意志で動けない。

そのため、組紐で両手両足を拘束された状態で、まるで罪人のようにしてお供の祭司達に連れてこられたという。

しかし、最期にはそのような状態にもかかわらず、唯一といってもいい仲間をかばって息絶えたと聞く。

 

フォシテスは、おかしな事に気が付く。

神子の遺体は救いの塔内に浮かぶ棺に納められている。

アイトラだって同様のはず。

なぜ、彼女がクヴァルの担当するアスカード人間牧場にいるのだろうか。

そう考えていると、受講室の扉が開き指導者と思われる初老の男性が入室した。

 

「はい、時間になりましたので出席確認と料金徴収をしますよ。

あ、それと教本も取りに来てくださいね。」

 

その日は、一日座学で終わった。

短い休憩時間と昼休憩以外は、固めの椅子に座り続けなければならないため、フォシテスは日々のデスクワークで凝り固まった身体に鞭を打つようで辛かった。

ちらりと隣を見るとクヴァルも同じ思いのようで、きつい表情をしていた。

時折、彼は消え入りそうな小さな声で「天使化しそう…。」とか「これはもはや…エンジェルス計画。」と呟いている。

相当来てるな、とフォシテスは思った。

反対の席に座る、イセリア牧場から一緒に来た奴隷の男はスンと澄まし顔である。

フォシテスは、彼の強健な肉体がうらやましく思った。

 

 

                ♦

 

 

「アイトラは生きていたのか?」

 

帰り際にフォシテスはクヴァルに尋ねた。

クヴァルは肯定した。

しかし、彼女は生前の状態であり、それはすなわちクルシスの輝石が寄生した作用で感情を無くしたままであったそうだ。

恐らくだが、皮膚の温度感覚や痛覚、味覚もないものと思われる。

アイトラがアスカード人間牧場にいる理由をクヴァルは知らなかった。

労働環境改善をし始めて、気が付いたときには奴隷たちと一緒に働いていたらしい。

アイトラが何を求めてどうして牧場で働いているのか、言葉と感情を失った彼女に聞く術はなかった。

 

「私は彼女を見て、この世界が矛盾に満ちている気がしましたよ。

なんというか、常識と危機感が浅薄としたような…。」

 

フォシテスはクヴァルの言いたいことは何となく理解できる。

だが、記憶を辿ってもかつての自分の考えや行動がぼんやりとしか思い出せない。

今のディザイアンの改革だっておかしい気はしていた。

世界再生の旅が始まってすでに800年が経つが、こんな活動方針の転換は今まで一度だってなかったはずだ。

しかしどんな答えがそこにあるのかフォシテスには分からなかった。

それを言うと、クヴァルもそれ以上は考えが進まないらしく静かに頷いていた。

 

クヴァルは1つの提案をした。

アイトラをアスカード人間牧場からイセリア人間牧場に転勤させるのはどうだろうか、という内容だ。

もしかしたら、彼女が生まれの土地で働くことで何かしら分かることがあるかもしれない、ということだった。

一応、クヴァルはアイトラ自身にもその話を聞かせたところ、反応があったためこれなら期待できると思ったそうだ。

 

フォシテスは、了承して帰ったら手続きの準備をすることを伝えた。

クヴァルは、明日の昼には筆記試験と最終日には技能試験があるから無理のない範囲で、と言ったのちにお礼をフォシテスに告げた。

 

その後、2人は苦労しながらもアーク溶接の終了証を無事に手に入れることが出来た。

奴隷の男は難なく試験をこなしていて、やはりうらやましく思ったフォシテスであった。

 

 




キャラ紹介

ロディル

絶海牧場の牧場主。
地属性の魔術を使う。
メガネのサイズが合っていないが誰も指摘していない。
飛竜が好きで、一頭一頭に名前をつけている。
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