イセリア人間牧場奮闘記   作:あるいてごろりと

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夢と現実

タバサは手に持ったカンテラの光を進行方向に照らして坑道を進んだ。

後ろからはフォシテスがついていく。

 

彼女の衣服は、首元から胸の上部が白い布地で、裾から腹部までの側面には薄い緑のラインが入る黒を基調とした袖なしのワンピースだ。

肩は大きく露わとなり、胸元には青緑色の宝石が取り付けられていた。

両の腕には、ワンピースと同じ黒色のセパレートスリーブを通している。

薄い緑の頭髪は三つ編みで後ろにまとめられており、腰まで余裕で届くような長さである。

見た感じ、歳は十代半ばから後半といったところで、アイトラの姿をフォシテスはふと思い出していた。

 

(もしや…。)

 

このタイミングで現れた正体不明の少女は再生の神子または計画の関係者なのかもしれないと考えたフォシテスは、先行くタバサの背中に向かって尋ねてみた。

振り返る少女は、その質問に対して頷いて肯定した。

このとき、彼女の身体から《ジー》やら《カシャン》という音が小さくなるのをフォシテスは耳にしていた。

 

「神子ではありまセんが、私の身体はマスターアルテスタより作られた器でス。」

 

坑道内は少女の機械音声のような声が反響した。

 

800年続く再生の旅は、神子に寄生させたクルシスの輝石を成長させることが目的の一つである。

そして、再生の旅の終着点…完全な天使化を目前とした神子を最後に救いの塔へ誘導する目的も、四大天使であり英雄ミトスの姉・女神マーテルの器を作るためである。

成功率を上げるため、神子はマーテルの固有マナに近い血縁者が選ばれることが前提となる。

 

タバサは自身もマーテルの魂を入れるための器として作られたと語る。

彼女は計画の別案としてドワーフの手により作られた自動人形だった。

しかし、タバサの身体はマーテルの魂を受け入れることが出来なかった。

そのため、再生の旅は終わることなくそれからも続いていた。

 

フォシテスはタバサにかける言葉がなかなか見つからなかった。

ディザイアンの…ひいてはクルシスのかつての計画の犠牲者とも言える彼女に対して何か言ったところで、彼女の心を満たすあるいはフォシテス自身の罪を償えるものではないと分かっているからだ。

無様にその場しのぎでしかない許しを請うぐらいなら、いっそ恨まれていた方がいいと彼は思った。

 

フォシテスは、自身がディザイアンの最高幹部すなわち計画の中枢に関わるものだと伝えた。

坑道で迷った旅人を救おうとしたのかもしれない彼女の善意を傷つけることになるが、その事実を黙ったまま彼女と歩くのは騙しているようで気が引けたからだ。

そのまま、彼女が走り去っていっても仕方がないとフォシテスは思った。

しかし、話を聞いたタバサの反応は意外なものだった。

 

「はい、存ジていまス。

五聖刃の1人、フォシテスサんでスね。

左腕のサイコガンを見てスぐに分かりまシた。

この先にフォシテスサんにお会いシたい方が待っていまス。」

 

彼女はフォシテスが人間を奴隷として扱っていた組織の重鎮と知っていたのだ。

その上で、どこかに連れて行こうとしている。

計画の被害者と無抵抗のディザイアンの最高幹部がそこにいるのだ。

なんとなく、その考えと行き先の予想はついていた。

もうすぐ坑道を抜けようとしている。

 

(断罪のときか…。)

 

待っているのは、ディザイアンに対して恨みを持った人間達なのだろう。

罵声とともに石を投げられ、頭を鷲掴みにされて泥水へ何度も叩きつけられるのかもしれない。

そして最期には…。

だが、フォシテスは罪から逃げるつもりはなかった。

 

ちなみにだが、今のフォシテスは懲戒処分と追放を受けて結構ネガティブになっている。

 

覚悟を決めて開けた場所に出ると、そこに想像したような人々の姿はなかった。

 

「君は…私を憎んではいないのか?」

 

ついこぼれた言葉にタバサは振り返り、顔の曇るフォシテスの考えを察し答えた。

 

「誤解をシないでくだサい。

私はあなた方を恨んでいまセん。」

 

タバサの澄んだ瞳や機械音声のような言葉には、その裏に怒りや恨みといった負の感情が隠れているようには思えなかった。

いつの間にか、雨は止んでいた。

雲間から太陽の光が差し込み、振り返る彼女を照らす姿はまるでおとぎ話の女神のようだとフォシテスは思った。

 

タバサがある一点を見るのでフォシテスもそれにつられる。

視界に強調されたのは少し離れた場所でたたずむ2頭の飛竜であった。

その内、一頭の飛竜の影からレインコートを着た人物が姿を現した。

 

「タバサさん、雨宿りの場所はもう探さなくてもよさそうですよ。

おや、あなたは…。」

 

「ロディルか。」

 

「ふぉっふぉっふぉっ。

突然の雨で困りましたが、塞翁が馬とはまさにこのこと。

さぞかしお困りのようす。

私の絶海牧場へ案内しましょう、フォシテス殿。」

 

3人は飛竜に乗ってロディルが牧場主を務める絶海牧場へと向かった。

 

 

                     ♦

 

 

絶海牧場の内部は複雑な仕組みでできており、牧場主のロディルすら移動が困難なものとなっていた。

ロディルはメモ用紙を手にして「ここで赤い転移装置に入って、いや白だったか…。」とぶつくさつぶやいている。

はっきり言って効率が悪いと言わざるを得ない。

大きな箱の搬出入だって、これではどれだけ時間がかかるか。

 

「ロディル、ここまで連れてきてもらった恩を仇で返すようで、こう言うのは気が引けるのだが…。

牧場の予算をもう少し別のことに回した方が良かったんじゃないか?」

 

「ふぉっふぉっふぉっ。

確かに、毎度ここまで迷う仕掛けは難儀なものです。

いえね、私は用心深いのですよ。

そして、その考えは決して誤りではないことをフォシテス殿ものちに知ることになりますよ。」

 

「……?」

 

ようやくたどり着いた事務室の扉を開くと、そこには50人ほどの兵隊や労働者達が作業をしていた。

PCを前に無心でキーボードを叩く者、電話を取りエクスフィアの発送日を客先に伝える者、部下の前でスイングする素振りをしてどこかへ誘おうと話す上司らしき者、上司の誘いに対して小指を立てたのちに人差し指を頭の両側に立てて「これがこれなもんで」と言って断る部下らしき者、複合機で延々と用紙を印刷する者など様々な人物が自身の作業に取り組んでいた。

 

フォシテスは彼らを見渡して気づいた。

事務室で働く者の内、約3分の1にあたる人数の女性が虚ろな瞳で作業をしていることに。

彼女らは言葉を発することも表情を変化させることもなく仕事に取り組んでいた。

歳はみな、20にも満たない者たちに見える。

 

「彼女らは…。」

 

「ふぉっふぉっふぉっ。

気が付かれましたか。

お察しの通り、彼女らは歴代再生の神子達なのですよ。

あなたの元にも1人転勤したそうですね。

クヴァルから聞いていますよ。」

 

「再生の神子…。

やはり、そうなのか。

しかし…、多いな。

いつから彼女達はここで働いているんだ?」

 

「ああ、それの答えは短くてすみますよ。

はっきりとは分かりません。

労働環境改善を始めて、気づいたら彼女らは働いていたのですから。」

 

フォシテスは、クヴァルと同じだなと思った。

 

「さあ、立ち話も何ですから、まずは事務所奥にある私の個室に向かいましょうか。」

 

事務所内に3人は入り、脇の通路を通ったときにロディルへ兵隊や労働者達が挨拶をしていた。

ロディルはひょいと片手をあげて、『皆さん、ご苦労様です。後でアスカードで買ってきた野菜を配りますから退社時に持っていって下さいね。』と伝え、彼らから礼を言われていた。

さらに、個室の前で清掃をしていた年配の女性にも『いつも清掃ありがとうございます。あなたが磨いた床はよく輝いていますね。』と感謝の気持ちを述べていた。

 

この時フォシテスは、働く彼らがどうやって牧場と自宅あるいは社宅を往復するのだろうかと思った。

絶海牧場は周囲を海に囲まれている上に、施設の大半は海中にあるからだ。

まさか、彼らは各々が所有するマイボートで海を渡るわけではあるまい。

ロディルに聞いてみると、どうやら決まった時間に絶海牧場とパルマコスタを往復する無料の『シャトル飛竜』があるため、皆それに乗って出退勤しているらしい。

 

フォシテスは、イセリアの村から牧場に出勤するとなると、危険な魔物が出る森を通らないといけないため、ロディルのアイディアを採用できないか考えていた。

思考の途中でハッとする。

わずかな時間とはいえ、自分が解雇されていたことを忘れていたのだ。

 

(これは職業病だな…。)

 

個室に入ってローテーブルを2席ずつ左右から挟む計4つのソファの元へ行き、フォシテスとロディルは対面するようにして座った。

あとから、タバサがお茶の入った湯呑みをお盆に乗せて運んできた。

お茶出しを終えた彼女もロディルに促されて彼の隣のソファへ着席する。

 

「さて、何から話しましょうか。」

 

フォシテスは斜め向かいに座るタバサをちらりと見る。

ロディルはその視線に気づいたようだ。

 

「彼女はソダ島遊覧船乗り場あたりでふらついていたのを見つけて保護したのですよ。」

 

ソダ島遊覧船乗り場からは、『水の封印』のあるソダ島へとたらいで渡ることができる。

飛行する乗り物『レアバード』あるいは飛竜に乗ることが出来れば渡るのは楽だが、大抵の一般人には無理な話であるため、ソダ島に行きたい人たちには欠かせない乗り場である。

 

「君は何か目的があってそこにいたのか?」

 

フォシテスの問いにタバサは首を振った。

彼女自身、どうしてそんな場所へいたのか分からなかったらしい。

ならば、と思いフォシテスは質問を変えた。

 

「君がここにいる目的は何だろうか?」

 

タバサはロディルの方をちらりと見る。

ロディルが静かに頷くのを見て彼女は口を開いた。

 

「私の目的は、マーテル様を救うことでス。」

 

「四大天使のマーテル様か?」

 

「はい。マーテル様は今も苦シんでいまス。」

 

「どういうことだ?」

 

「この世界は、現実世界ではありまセん。

マーテル様が見サセられている『悪夢の世界』なのでス。」

 

「…詳しく聞かせてほしい。」

 

タバサは、土台となる話から説明し始めた。

まず現実世界でミトス・ユグドラシルは討たれ、ある男の手によってシルヴァラントとテセアラが統合し、新たな大樹がその地に宿ったことを。

大いなる実りと一体化していたミトスの姉・マーテルの魂は、歴代の神子達の魂やタバサとともに融合して大樹に宿り、それを守る『精霊マーテル』として生まれ変わったことを。

 

途中でタバサの話を遮りフォシテスは、「いや、待つんだ。ユグドラシル様はこの前スタンディングオベーションをしていたぞ。」と言うが、ロディル曰くあれはユグドラシル様ではないとのこと。

ここ最近のユグドラシル様は怪しいと存在を疑うプロネーマの言葉を思い出しながらも、なぜそう判断したかロディルに問う。

 

「私は以前の幹部会のときに、隠しカメラで撮った映像をリアルタイムでタバサ殿に見て頂いたのですよ。

タバサ殿は一度同化した魂であれば、画面越しでも同じ波長か分かるそうでして。

唯一、あのメンバーの中でユグドラシル様を模した人物だけは、異なる存在だと指摘を受けました。

 

それに私、あのとき大陸の地形を変えるほどの発明品を作っていると言ったでしょう。

あれ実は嘘なんですよ。

『悪夢の世界』を壊しかねない物の存在を五聖刃やユグドラシル様が許すか反応を見たかったのです。

あなた方はポカンとしていましたね。

否定的だったのはユグドラシル様だけでした。

 

あと、小規模の兵器に変更するよう注文をしていましたが、それは向こうが利用するためでしょうな。

当然、そのような開発を私はおこなっていませんぞ。

というより、魔導砲以上の兵器など作れませんからな。

大丈夫、あなた方は信用していますぞ。」

 

「私がロディルサんと出会ったのはソの会議の少し前になりまス。」

 

タバサの存在を今までにおわせなかったのは、目の前でふぉっふぉっふぉっと笑う男が疑り深く慎重だからだと、このときフォシテスは悟った。

 

(ユグドラシル様が…。)

 

信頼も尊敬もしていた方が討たれたと知り、フォシテスは在りし日の上司の姿を偲ぶ。

そして、彼女が語る世界を統一した男の名前。

その名を聞き姿を思い出そうとするフォシテスに突然頭痛が襲った。

同時に脳内からなぜ忘れていたのかも分からない記憶が甦った。

 

赤い服を着た男の姿を―――。

そして、自身が死に至ったときを―――。

 

「ぐっ!!」

 

「フォシテスサん!?」

 

「…大丈夫だ。

少し頭に痛みが走っただけだ。

しかし、これは…。」

 

ロディルが頭を押さえるフォシテスの戸惑う姿を見て、口を開く。

 

「記憶が鮮明に甦ったようですね。

どうやら私と同じで記憶が所々欠落していた様子。」

 

「…この世界は何なんだ?

私はなぜ死んでここにいるんだ?

これは夢なのか?」

 

「ふぉっふぉっふぉっ。

フォシテス殿、落ち着いてください。

先ほど、マーテル様と歴代の神子達の魂、そしてタバサさんの肉体が融合したと話があったでしょう。

歴代の神子達の魂は、救いの塔内で遺体とともに漂っていました。

 

それぞれの魂が融合し新たな大樹が生まれる前、救いの塔にいたのですよ―――我々五聖刃の魂もね。

残念ながら、どうやら我々はコレット・ブルーネル率いる神子一行に討たれたようです。

やがて命の灯が消えるときに何かを望んだ。

私を除く、あなた達の考えは分かりませんが同じ想いを抱いていたはずです。

それはきっと、『ハーフエルフが差別されない世界の実現』でしょう。

まぁ、私は普段もっと利己的なことばかりを考えていましたが、死の直前になって若い頃の気持ちを一瞬だけ思い出せたのですよ。

 

とにかく、その想いを抱いた魂は世界を変える力を持つ『大いなる実り』がある救いの塔へと向かったのです。

そのあとは…。」

 

「五聖刃の魂も彼女らの魂と同化した、か。」

 

ロディルは満足そうに頷いた。

彼は付け加えて、この悪夢の世界では同化した魂が分離し独自に活動していると言った。

今までの活動はもちろん、フォシテスとロディル達がこうして対話をしているので彼は納得した。

フォシテスは、疑問を口にする。

 

「だが、ここには先ほど挙げた者以外にも大勢の人間やハーフエルフが生活している。

それはどういうことだ?

彼らの魂も同化したということか?」

 

タバサは質問に対して首を横に振った。

 

「牧場で働く神子ではない方々、ソシて大陸にいる人々にフォシテスサん達の上司…。

彼らはこの世界に住みだシた『夢の住人』でス。」

 

「『夢の住人』…?

最初の方で、マーテル様は悪夢を見させられていると言ったな。

誰によるものなんだ?」

 

「『ナイトメア』と呼ばれる大戦で苦シむ人々の憎シみや恨みから生み出サれた夢魔でス。

夢魔は、マーテル様の油断をついて憑りつきまシた。

マーテル様は今、この世界のどこかに囚われ悪夢を見サセられていまス。

『夢の住人』は、村人や兵隊、労働者へと姿を変えた『ナイトメア』の配下なのでス。」

 

この世界は夢魔が見せるマーテルの悪夢であった。

全てはマーテルに悪夢を見せて精神を壊し、彼女の肉体を乗っ取るためらしい。

マナを生み出す大樹とその精霊の心と肉体を支配すれば、世界の衰退も繁栄も思うがままである。

それは世界を壊しうるほどの脅威を持った存在と言える。

 

フォシテスはふと思った。

ここが『悪夢の世界』と呼ばれることに違和感を覚えたのだ。

かつての現実世界の惨劇に比べればむしろ平和に等しい日々を過ごしている。

タバサに聞いてみると、それは五聖刃と神子が影響しているという。

 

「夢魔の予想を超えた事態が起きたのでス。」

 

本来、1つの生物には1つの魂しか存在しない。

憑りついた夢魔だって驚いたであろう。

なにせ、マーテルにはいくつもの魂が混在していたのだから、といったことを彼女は説明した。

 

なるほどな、とフォシテスは合点がいった。

きっと、今まで夢魔は捕らえた対象に夢の住人による惨劇という舞台を見せて精神を蝕んできたのだろう。

だが、その舞台には五聖刃と歴代の神子達それにタバサという思わぬ役者が乱入した。

『悪夢の世界』は闖入者達によって『平和な夢の世界』へと様変わりしてしまったのだ。

フォシテスは、もう1つの疑問をロディルに言い確認を取る。

 

「『夢の住人』は、『ナイトメア』の完全な操り人形ではないのだな?」

 

「恐らく自我を持っているのでしょうな。

そうでなければ、我々と労働の汗を流す同志とはならなかったはずですから。

夢魔の意図する悪夢のきっかけは、恐らく牧場で起こった労働者によるストライキ。

あれは私の牧場でも起きていたのです。

それに、程度は小さくとも他の牧場でも起きていたと、ここ最近マグニスとクヴァルから聞きましたぞ。

 

考えるに、ストライキを発端として人間とハーフエルフの大戦でも見せようと夢魔は考えていたのでしょう。

しかし、その惨劇のきっかけは労働環境改善により回避された上に『夢の住人』は働きやすい環境に馴染んでしまった。

さぞ、夢魔は歯がゆい思いをしていることでしょうねぇ。

ふぉっふぉっふぉっ。」

 

フォシテスはあと3つの質問をした。

1つ目は、クルシスの輝石によって感情を無くしたはずの神子はなぜ労働に参加しているのか。

今までアイトラが当たり前のように働いていてフォシテスは疑問を放置してたのだが…。

2つ目は、悪夢に囚われたマーテルを救う術はあるのか。

これは現実世界を含めての質問だ。

3つ目は、マーテルを救った場合この世界とフォシテス達はどうなるかである。

 

「歴代の神子達は、マーテル様の想いを汲んで活動シていまス。」

 

「その想いというのは?」

 

「『誰もが差別されることのない世界が見たい』という想いでス。

神子達は、ソの想いを実現シようとスる者にも支援をシているみたいでス。

今の人間牧場は、五聖刃の皆サんの組織努力によってどこもハーフエルフと人間の種族による壁が無くなっていまス。」

 

「…そうか。

だから、神子は仕事に従事してくれたのだな。」

 

タバサは、2つ目の質問には難しい顔をした。

というのも、現実世界でマーテルを救う手立てはないらしい。

一応、憑りつかれたマーテルごと倒せば『ナイトメア』は息絶えるが、精霊を失った大樹は不安定となり枯れてしまいかねない。

もし、大樹が枯れてマナの枯渇が起きるとやがて世界が滅びる。

かといって、そのままにしていると憑りつかれたマーテルによって世界は恐らく混沌と化す。

 

「この世界で『ナイトメア』を討つシか、現実世界を救う術はありまセん。」

 

3つ目の質問をタバサはうつむきながら答えた。

どうやら、『ナイトメア』を討つとこの世界は消え去るらしい。

それは労働環境改善後の幸せそうに笑う村人や兵隊、労働者が消失する意味を示していた。

五聖刃や神子にタバサ達の魂はマーテルの目が覚めることで、再び融合し個々の意識はやはり消失するとのこと。

 

「皆サんにとって、辛い選択だと思いまス。

でスが、どうかマーテル様と世界を救っては頂けないでシょうか?」

 

目の前の少女は、頭を下げて懇願してきた。

それもクルシスの計画によって翻弄された身でありながらも、敵組織の関係者に、だ。

逆の立場ならできただろうか、とフォシテスは考える。

少なくともプライドの高かった労働環境改善前の自分には不可能だと思った。

故に、彼はタバサの器の大きさに敬意を表さざるを得なかった。

 

(誰もが差別されることのない世界が見たい、か。)

 

かつてのフォシテスは、ハーフエルフ至上主義者で人間のことを劣悪種としか見ていなかった。

それは、ずっと前にハーフエルフが人間に迫害されてきた過去があるからで、ハーフエルフを守り差別されないためにも逆に人間を貶めてきたのだ。

しかし、それでは平和を迎えることなどできない。

人間を迫害して得られた安息の立場など、脆く崩れやすいからだ。

神子一行に討たれた記憶が証明している。

 

(かつての我々とは大きく違うな。

広く平等で愛に溢れ…自他共に尊重した願いだ。)

 

今までのおこないと考えが今更ながら間違いだと気づき、今度こそ平和を実現するためにも歩みよるべきだとフォシテスは決意した。

 

「最善を尽くそう。

この世界が終わっても現実世界で差別なき世の中を築くであろう者達に、全ての種の未来を託したい。」

 

「フォシテスサん…、ありがとうございまス。」

 

とは言ったものの、夢魔がどこにいるのかフォシテスには分からなかった。

それを聞いたロディルが口を開く。

すでに彼はタバサの願いを聞き入れたらしい。

 

「ふぉっふぉっふぉっ。

歯がゆい思いをした夢魔は、しびれを切らしてつい最近イセリア人間牧場で行動を起こしましたぞ。

先日の『要の紋』騒動もきっと仕組まれた罠のはずです。

フォシテス殿を牧場主から外すためのね。

恐らく、労働環境改善を起こした主軸たる五聖刃の権力を順にそぎ落とせば、再びこの世界を悪夢へ変えられると考えたのではないでしょうか。

フォシテス殿、あなたに聞きたいことがあります。

牧場で夢魔と思しき怪しい人物はいませんでしたか?」

 

フォシテスの頭に浮かぶのは、追放前にイセリアの村長へ何かしたように見えたぼさぼさ頭の眼鏡の兵隊であった。

 

「…1人、心当たりがある。」

 

「よろしい。

先ほどの話はすでに他の五聖刃には、通してあります。

みな、準備をしていますよ。」

 

ロディルは、2時間後にはイセリア人間牧場にみな集結し夢魔を討つと言った。

ただし、この世界に夢魔がどこまで干渉できるか分からないため、用心して各牧場や生活区に歴代の神子達を配置するとのこと。

その計画を熱心に語るロディルを見て、フォシテスはおかしくて笑ってしまった。

なにせ、神子達を配置することは牧場や周辺の村人を守ることに他ならないからだ。

 

「ロディル、牧場や村の人たちは『夢の住人』だったのではないのか?」

 

「先ほども言ったでしょう。彼らは労働の汗を流した同志だと。

もはや私は、今も労働に勤しむ彼らをほっておくことなど出来なくなったのですよ。

人間牧場に限らず、村や街だって彼らの帰るべき場所なのですから。」

 

「牧場主の鏡だな。」

 

「そんな褒め言葉は頂けません。

かつての過ちを思えば。」

 

「そうか…、そうだな。

終わらせようか、間違いを歩んだ自分たちの道を。」

 

「ええ、そして繋ぎましょう。

未来を歩む者たちの道を。」

 

部屋の電話機から着信音が鳴り響く。

ロディルが立ち上がり応対していたが、すぐにフォシテスを見て手招きする。

電話を代わると、相手はクヴァルからであった。

フォシテスの声を聞いた彼は、無事で安心したけれども連絡が欲しかったと伝えてきた。

謝罪すると、「もう済んだことですが、報連相は抑えた方がいいですよ。」とクヴァルは付け加えた。

話は本題に入る。

内容としては、マーブルがアスカード人間牧場の事務所に電話を入れたようで、フォシテスがいないか聞いたらしい。

 

「伝言を預かっていますよ。」

 

クヴァルが言うには、アイトラが新しい牧場主の自宅に勝手に入り込み『要の紋』が大量に入った段ボールを見つけたとのこと。

ドアを開けもせずに突き破ったそうで、人型の大きな穴ができたそうだ。

新牧場主にばれるのも時間の問題だからすぐにイセリアの村近くまで戻り、そこで待つアイトラと合流してほしいとのこと。

フォシテスは了承した。

 

(やはり、ウィルツか。)

 

一時期は信用する従業員の1人であったが、ここまでくれば心を決めて対処せざるを得ない。

 

「フォシテス。

マダムの声は何か焦っているようにも聞こえました。

急いだほうがいいかと。」

 

「分かった。

すまない、クヴァル。

数刻後には、力を借りることになる。」

 

「私たちの悲願は随分と歪んだ形になりましたね。

いや、元々の考えが歪んでいたと言うべきか…。

マグニスも張り切っていますよ。

準備が出来次第、すぐにイセリアへ向かいます。」

 

「ああ、よろしく頼む。」

 

受話器を置くと、ロディルがどのような話か尋ねてきた。

フォシテスは、優秀な秘書が功績を挙げたから昇給をプレゼントしたいと答えた。

 

「それは素晴らしい。

ならば、飛竜を一体すぐにでも用意します。

急ぎでイセリアへ向かいますよね?」

 

フォシテスは頷いた。

 

 

                     ♦                

 

 

飛竜に乗り大陸を上空から眺めているとあっという間に辿り着き、イセリアの村が奥に見える道の脇にアイトラが立っているのを見つけた。

フォシテスが地面に足をつけると、飛竜は飛び立ち来た道を引き返して行った。

彼女の所にかけよると、足元に大きな段ボール箱が置かれているのを見つける。

 

「アイトラ、今戻った。」

「……。」

 

段ボールは梱包が解かれており、上に開いた部分から中を除くと大量の『要の紋』があった。

夢魔を討つ以上、必要がなくなったものだがアイトラの気持ちに感謝した。

 

「助かる。

これを上層部に見せれば社会復帰もすぐに出来そうだ。

それと、君はここで待っていてほしい。

このあとに、恐らく戦いが控えている。」

 

アイトラはジッと虚ろな瞳でフォシテスのことを見つめていた。

その想いを感じ取った彼は彼女の意志を尊重する。

 

「…分かった。

戻ろう、イセリア人間牧場へ。」

 

段ボールを抱えるフォシテスがイセリアの森に足を向けると、アイトラはその後を追った。





キャラ紹介

ウィルツ

イセリア人間牧場で働く兵隊であり、夢の世界を支配する夢魔。

日本から転生してきた異世界人。
生前は土木関係の仕事をしており、平等な扱いを望んでいた。

悪夢の世界に来たばかりで意識がはっきりしないフォシテス達の記憶をいじり、生前の知識と技術をねじ込んだ。
(違和感なく資格を取得しに行ったり、労働環境改善案を作り出せたのもこのため。)
知識と技術の供与は本来、夢の住人に行うものだが興味本位でフォシテス達にも与えた。


また、夢の世界の構造を作り変えることも可能。
(イセリア村に教習所ができたり、重機が出てきたのもこのため。)

ただし、疲れるから本人はあんまりやりたがらない様子。


記憶をいじったフォシテス達を筆頭に人間達を根絶やしにする地獄絵図をマーテルに見せる予定だったが、フォシテス達が人間に対して善行をおこなったため計画が破綻する。
しかし、フォシテス達が作り上げた労働環境は生前の自身が望んだものであったためしばらく馴染んでしまう。

後になって、夢魔の使命を思い出して実力行使に出る。
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