「マーブル…。
お前たち…。」
地面に転がる大量のエクスフィア、それにエクスフィギュアが自爆し煙を上げる場所を交互に見てフォシテスは呟いた。
脳内を巡るのは、もう手遅れの手段である。
(懲戒や追放処分を受けてもイセリアの周辺に残っていれば良かっただろうか?)
それではこの世界の真実に気づくことができなかったはずだ。
どうにもならないことはある。
しかし、それでは割り切れないほどに彼らと過ごした時間は実る物が多かった。
どうにかできなかったのか、と思わずにはいられなかった。
再びフォシテスの頭に浮かぶのは、小うるさくも頼もしい御意見番の一言だった。
《いい加減覚悟決めな!》
今は落ち込んでいる場合ではない。
そう思ったフォシテスの瞳には決意の色が宿る。
自分が今為すべきことを、マーブルが死ぬ前に放った言葉によって導き出した。
「げぇぇほっ!げぇほっ…。
あ、あのばあさん正気ですか!?
有り得ないでしょう、あんなあっさり自爆なんて!!」
煙が晴れた場所には、ウィルツが両手を地につけてむせこんでいる姿があった。
白衣はひどく破れ、ほとんど原型をとどめていない。
白衣の下に着こむディザイアンの兵隊服もボロボロである。
フォシテスは足元に魔法陣を展開する。
わずかな間にマナを練り上げ、前方へ風の刃が放たれる『エアブレイド』を発動した。
フォシテスの攻撃に気づいたウィルツが、横方向へ飛び込み風の刃を避ける。
ディザイアンの兵隊服をわずかに切り裂いた。
「一張羅が台無しですよ!」
「そうか?じゃあもっと派手にしてやるよ!」
その声は突如頭上より聞こえてきた。
「誰だ!?」
ウィルツが見上げると、上空よりマグニスが巨大な斧を振りかぶりながら落下してくる。
着地とほぼ同時に、ウィルツへ目掛けて斧を振り下ろす。
転がって躱したはずの彼の胸元には、わずかな切り傷ができた。
斧は雨後のやわらかい地面へ接触するとそのまま刃先を沈ませた。
片膝をついたウィルツが、傷口を抑えながらマグニスを見て驚いた顔をする。
「ちっ、浅いか!」
「…お前は、五聖刃のマグニス!」
「マグニスさまだ、豚が。」
マグニスは、右手には長い柄の斧を持ち左手はクローのついた大きな盾を装備していた。
斧の柄を肩に乗せると、地面に転がった数え切れないほどのエクスフィアを見やる。
疑問に思いながらも後ろを振り返り、フォシテスに尋ねる。
「おいフォシテス、これはなんだ?」
「イセリアの…村人や牧場の人々が天使へと姿を変えられた。
そこにあるエクスフィアは、彼らがナイトメアの意志に逆らい自害したあとに残ったものだ…。」
マグニスは一瞬見せたフォシテスの憂鬱な顔を見て、言葉に詰まる。
「……気ぃゆるめるんじゃねえぞ。
足手まといだからな。」
「ああ。」
空からは4頭の飛竜が翼を羽ばたいて降下してくる。
フォシテスの周囲へと着地すると、残りの五聖刃が飛竜の背中から降りてきた。
杖を手にしたクヴァルが、フォシテスへと声を掛ける。
「すみません、遅くなりました。
クルシスの天使達が行く手を阻み、膠着状態に陥っていたのです。
何故か、突然こちらに向かっていきましたので、動けるようになりましたが。
しかし、このエクスフィアは…。」
クヴァルの言葉を聞いたロディルが、眼鏡に指をあてる。
「この数は、イセリア人間牧場で働く者の数よりも多いですな。
それに上空から見たところ、村に人気がなかった。
恐らく、周辺に住むほとんどの人がナイトメアの手にかかったと見て間違いないでしょう。」
フォシテスは頷いた。
ロディルの推測を耳にしたマグニスが口を挟む。
「言っておくが、労働者達は自害したんであってフォシテスがやったわけじゃねえぞ!」
クヴァルとロディルは、憐れむような目で地面のエクスフィアとフォシテスを交互に見た。
最期に降り立ったプロネーマが口を開く。
彼女は、先ほどの会話から流れを察したらしい。
「そなたら、今は目の前の敵に集中するべきじゃないかえ?
この世界を終わらせることが、彼らの想いを報いることにつながるはずじゃ!」
彼らの姿を視認したウィルツがよろよろと立ち上がる。
戦況は大きく変わったはずだが、彼は不敵な笑みを浮かべていた。
「くっくっく。
まさか、全員揃うとは。
あなた方の対応力の速さには度肝を抜かれましたよ。」
クヴァルがウィルツに応対する。
「事態を即座に把握・整理し、対応案と段取りを考える。
そして、計画の通り実行。
行き当たりばったりでは、牧場主は務まりませんよ。」
「なるほど、さすがは長年最高幹部を務めた五聖刃様、といったところでしょうか。
いいでしょう、私も本気で行きますよ。」
ウィルツは身体に力を込めると、その姿が徐々に変化を起こす。
身体が大きくなり2mを超える図体となった。
衣服は肌に吸収されるように溶け込み全身黒一色の肉体になる。
頭髪も耳も鼻も口も無くなり闇が染まったかのような顔の中心には、大きな目玉が1つだけぎょろりと辺りを見回し不気味な様を見せた。
夢魔『ナイトメア』が本来の姿に戻ったのだ。
湧きだす力とマナに打ち震え、人の姿をしていたときには聞かなかったような歓喜の声を出す。
《あはははは!
久々にこの姿になりましたよ。
いいですね!力が溢れてくる!
もはやあなた方であってもこれ以上、遅れを取ることはありませんよ!》
瞬間、プロネーマが杖をナイトメアに向ける。
「だらだらとしゃべりすぎじゃ。
『ダークスフィア』!」
術を唱えると、ナイトメアを闇のエネルギーが包み一瞬で収束して弾ける。
ナイトメアが苦悶の声を上げる。
「がぁっ!?」
プロネーマは、わずかに出た敵の隙をついて指示を出す。
「ロディル!」
「準備はできていますぞ、『ロックブレイク』!」
ナイトメアの足元から岩が隆起し、腹部を突き上げられた彼の身体が宙に浮く。
さらに、クヴァルが杖を前方へ向けて術を発動する。
「行きますよ、『ライトニング』!」
直線状に放たれた雷属性の術が空中で逃げ場のないナイトメアを襲う。
「ぐぅぅっ!!」
「待ってたぜ!豚がぁっ!!」
身体が麻痺し、受け身を取れないであろう頭から落下するナイトメアを狙ってマグニスがクローのついた盾をふるう。
「『獅子戦吼』!」
マグニスが放った獅子の形を描く闘気に吹き飛ばされ、その先に立つフォシテスが風属性の術を発動する。
「『エアブレイド』!!」
空気を割く風の一太刀が、ナイトメアの身体に傷をつけた。
再び吹き飛ばされ地面へと転がり動かなくなる。
しかし、寝そべるナイトメアを囲む魔法陣が一瞬で描かれる。
彼は小言ながらも呪文を唱え始めた。
《無数の流星よ、かの地より来たれ…。》
「まずい!!」
プロネーマが瞬時に危険を感じ取ったが、ナイトメアの魔法の発動が早かった。
上空よりあまたの隕石が現れる。
突如降り注ぐ炎を纏った巨大な飛来物に対応する手段がなく、各々が直撃をしないように回避に専念する。
しかし、隕石が持つ高熱と接地時に発する衝撃波に飲み込まれることによって彼らはダメージを負ってしまう。
彼らの苦悶の唸り声は、隕石が放つ衝撃音によってかき消されていく。
このときフォシテスは、アイトラへと向かう隕石の1つを見つける。
(いかん!)
サイコガンを構え放たれた光線が隕石に穴をあけると同時に着地点をずらす。
これなら当たらない、とフォシテスは確信する。
それにアイトラがいるのは、先ほどの1つを除くと隕石が飛来する範囲よりも外側の位置である。
衝撃波も五聖刃ほどひどいものではないだろう。
フォシテスがそう思ったとき、うなりをあげる衝撃の波が彼を襲い飲み込んだ。
フォシテスは声を上げることもできずに、意識を失った。
♦
うつ伏せに倒れていたナイトメアはゆっくりと頭部をあげて、辺りを見渡す。
隕石が熱を冷ますときに出す空気の抜けるような音を聞きながら、口の無い顔で笑いだす。
《あはははは!
痛い、痛いですよ、ほんとうに!
五聖刃がここまで連携を取れたなんてね。
そう何度も受けては危なかったと思いますよ。
全く、大したものですね。
…おや、せっかくほめているのにだんまりですか?
ああ、もう返事もできない状態でしたか。
くっくっく、あはははは!!》
イセリア人間牧場前にはいくつものクレーターが出来ており、その合間には五聖刃がピクリとも身動きできない状態で倒れていた。
ナイトメアは膝についたほこりをはたきおとしながら立ち上がる。
《残念でしたねぇ。
まだ生きてはいるんですよね?
言っておきますけど、夢の世界で死んだら魂は即あの世行きですよ。
それと、もしあなた方と歴代の神子達を僕が全て屠ったら、精霊マーテルはどうなるんでしょうねぇ?
ですから、息があるのなら抵抗してくださいよ。
抵抗するだけの力があればですけどね。
あははははははっ!!
……ん?》
無惨にも倒れた五聖刃を見下している最中、視界の奥に1人立つ少女の姿があった。
彼女は、クルシスの輝石を所有する者が顕現する特異な羽を広げていた。
左手を前へ差し出し、右手の人差し指は胸の前で十字を切っている。
足元には、白い円状の光が明滅し透き通った羽が舞い上がる。
彼女が天使術を発動すると、ナイトメアを大きな光が包み込み、空間ごとえぐるようにして収束し弾ける。
その威力の強さに、目玉が苦痛の色を浮かべた。
《ごっふぉうう!!
こ…これは一体…!?》
膝をつき胸を抑えるナイトメアの視界がかすむが、頭を振り慌てて前方へと目を向ける。
上空から、場にそぐわない見る者を温かな気持ちにさせるような優しい光が五聖刃へと降り注いでいた。
光を浴びたフォシテスが目を開く。
「ぐっ…、一体なにが…?」
フォシテスが意識を取り戻す様子を見て、ナイトメアは驚く。
たったいま、身動きできず地に伏していたものが起き上がったのだから当然である。
見れば、フォシテスだけでなく五聖刃全ての者がはっきりとした意識を持ち、上体を起こそうとしていた。
フォシテスは、アイトラがいる場所に顔を向けると、天使の羽が消えゆっくりとうつ伏せに倒れていく彼女の様子が見て取れた。
「アイトラ!!」
そばに駆け寄ろうとするフォシテスの想いも空しく、彼女の身体は光の粒子となり霧散していく。
最期にアイトラが唱えた天使術は『リヴァヴィウサー』。
敵に強力な攻撃を与えつつ味方全体を回復するもの。
ただし、使用者は術の発動にその命を代償とする。
消え去る光の粒子から、唯一残されたクルシスの輝石が地面の上へ、音を立てることもなく落ちた。
キャラ紹介
アイトラ
先代神子。
ウェーブのかかった長い金髪の女性。
夢の世界では労働者達と一緒に働くことと、彼らの笑顔を見ることが好きだった。
感情豊かで涙もろい一面も持つ。