ゆったりしていってね。
何とも言えぬ人生であった。
話に聞くスポーツ選手のように活躍などしておらぬし、噂に聞くいじめのような酷いこともされたことはない。
ただ、ごくごく普通の家庭で育ち、当然のように働き、何も成さずに死んだだけのこと。
だから、ほんの気まぐれ。大層な故も渇望するほどの欲もなければ、願おうとする資格も無かろうというのに。
普通に愛を受けて生を終えたお前が、何を言うかと言われれば、何も言い返せない程の仔細も無く。
少しだけ、仄かな刺激のある生を。誰からも愛されるようになってみたいだなどと、くだらないことを祈ってしまったのである。
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うむ、今日もおひさまは元気なのである。
吾輩は吾輩である。初めにするべきは挨拶であると吾輩は記憶している。これはいわゆる前世の記憶というやつで、転生とかいうものをした故に起こっているのだとか。
りんねとかいう、むつかしいものであったような気がする。それによると転生すれば記憶も消えると吾輩は知っていた。それ故か記憶もあなぽこだらけであるからして、始めは酷く混乱していたことを覚えている。
しかし吾輩はこの世に生を受けて長く過ごしたのである。もはや人と言うべき心も曖昧で、今となっては少し頭がよい吾輩である。
人間は吾輩と同胞のことを「ねこ」と呼ぶらしい。どうやら記憶どころか知識もあやふやになっておるようで、この「ねこ」なる言葉に聞き覚えがあるのだがどうしても思い出せぬ。あまりわからぬことを考えていても仕方がないので、それに他に呼ぶ名もないので吾輩もそれに習うことにするのである。
吾輩はねこである。
少しひっかかりを感じるが、もう気にしないことにしたのである。
なんとしたことか、吾輩はくだらないことに気を取られて目的を見失っていたのである。こんなにお天道様のご機嫌な日はおさんぽするに限るのである。
早くおさんぽに行きたいところではあるが、まずは吾輩自慢の毛並みを整えるのである。吾輩ほどのねこともなると身だしなみには気を使うのである。
んべ、んべ。あむあむ。日々欠かさぬ手入れのおかげか、吾輩の毛並みはつやつやである。流石は吾輩、ねこの中のねこである。
それにしてもぽかぽかな陽気である。おさんぽ日和であるのだが、もう少しだけこの暖かさを満喫してからでもいいのではないだろうか。
その場で寝転がり、全身に陽の光を浴びるとこれがまた気持ちいいのである。人間の往来もだいぶ少ないであるからして、のびのびとくつろぐことができるのである。
うむ。もう少ししたらおさんぽに行くのである。もう少し。もうすこし。
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ふわぁあ。なむなむ。
んあ? お、おおう。吾輩としたことが眠りこけていたのである。おひさまも低いところまで行ってしまっているのである。なんということだ、今日はおさんぽができないではないか!
いや、落ち着くのである。あそこまで気持ちいい陽射しを浴びて、眠らぬねこがあるだろうか。前世の記憶にも、太陽の光は身体によいとあるのである。
つまり、吾輩はたくさんおひさまを浴びたことで身体のめんてなんすをしていたと言えるのではなかろうか。
いや、流石は吾輩。意図せずとも有意義な時間を過ごすことのできる天才なのである! しかし吾輩はできるねこなのである。ここで慢心などせず、偶然のこととして片付けるのである。次こそはうまくやる。前世では誰もが愛用してきた素敵なことばなのである。
そんなことを思考しながら前足で顔を洗っていると、何やら急に暗くなったのである。おひさまは、まだ出ているのであるな。ではなんだろうと少し見渡してみれば、うむ、居たのである。
むむ、なにやつ。吾輩の背後に立つとは中々できるやつなのである。しかし今は手持ちがないゆえ、褒美も何も渡せぬのである。
いや、褒美など渡せる立場ではないのであるが。背後を取られたら終わり、自然界の鉄則なのである。それにしても鉄則とはなんであろうか。鉄でできた何かであろうが、知識はぼやけて使い物にならぬのである。
なあ、鉄則とはなんであろうか。背後に立っていた者に向けて吾輩は問いかけてみるのである。
年端もいかぬ女子のようである。しかし人間と言うにはいささか難しいところもあるのである。特にあの明るい紫の髪から生えた、吾輩と同じような耳や腰から生えた尻尾が目を引くのである。もしや人間ではないのやもしれぬ。
前世も合わせて現実でこのような様相の人を見たことはないのである。幸いにも吾輩を取って食おうとするような目はしておらぬ故、じっくりと吾輩を見つめてくるそのおめめを見つめさせてもらうのである。じぃー。
むむ、動きがあったのである。吾輩の頭に向けてその手がゆっくりと近付いてくるのである。もしや、油断させたところを捕まえてがぶりっといくつもりなのであろうか。その時は吾輩の鋭い牙と爪が火を吹くのである。いや、火など吹けないのであるが。
しかし吾輩の心配とは裏腹に、女子は手を頭にやると撫で始めたのである。お、おお。中々上手いのである。うむ、首の後ろはとてもいいのである。才能があるのではないか。ごろごろ。思わず喉が鳴るのである。ごろごろごろ。
「……ふふ。ご機嫌だね〜」
むむ、ついに声が聞けたのである。落ち着いた優しい声であるな、寝る前に聞くと快眠できそうである。ご機嫌なのは当然なのである。いっぱいお昼寝して、起きたら撫でてくれる人がいるのであるからして、今日はとてもいい日なのである。
「そっか〜、気持ちいいね〜。よかったね〜」
おお女子よ。顎のあたりをこしこしするのが凄くよい。力加減もちょうどよい。少しばかり上達してはおらぬか? これはなでなでを極めるべきだと吾輩は思うのである。その意を伝えるため、にゃあにゃあと鳴いてみるのである。
「ん〜? お腹空いちゃったかな。でも僕、今は何も持ってないんよ。ごめんね〜」
吾輩、別にご飯を要求したわけではないのである。吾輩はねこの中のねこであるからして、そんな乞食のようなことはせぬ。いや、本当のところ寝っぱなしで少しお腹が減っているのではあるが。もしかするとこれを見抜いたのであろうか。であればこの女子は凄まじい洞察力を持っているのやもしれぬ。
そうこうしているうちに、とうとうおひさまも沈んできたのである。女子よ、もうなでなでは結構である。さらに暗くなる前に家に帰るのである。なんなら大人である吾輩が送っていってもよいのであるが、ふむ。前世の記憶が少しためらいを感じているようでもある。
とりあえず行動しなければ始まらぬ。帰るのだ、帰るのだとにゃあにゃあ言ってみるのである。
「鳴きだしてどうしたの? ご飯無いから怒らせちゃったかな……」
いや違うのである。吾輩はそんなに食いしん坊でもなければ身勝手でもないのである。いやしかし、言葉が交わせぬというのであれば行動で示すより他はあるまい。
身を起こし、ぐぐいっと背を伸ばすのである。ああ、気持ちいい。そんな吾輩を見てか女子も撫でるのをやめたのである。吾輩は寝床へ帰る故、巣に帰るとよい、女子よ。
女子に一つにゃあとお礼の声をかけ、背を向けて歩き去る。うむ、これも中々かっこいいのではないか? ちらりと振り返ってみれば、あの女子もお別れを察してか笑顔で小さく手を振ってくれているではないか。吾輩はうれしくなって、尻尾を二、三回ほど振って応え、舗装された歩きやすい道を外れ住宅街の奥へと消えるのである。
うむ、今日はいい日であった。いつか機会があれば、またあの女子と再会したいものである。かえるでもとってあげれば仲良くなれるであろうか。これからが楽しみであるな。
三話挙げて、そこでアンケートを締め切ります。
リクエストを交えた進行となる場合、活動報告にてリクエスト枠を取ります。そこに出して欲しいホロメンを書いてください。古い順から消化します。
リクエスト箱を作るべきか
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リクエストしたい
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作者の気分で各回を展開して