白苗高校探偵部……探偵?   作:オールド・レイン

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40デニール女 / 団地に消えるカップルの怪

 顎に手を当てて、誰にも聞こえない声でつぶやく。

 

「ほう……この令和の時代に高校生の男女が手を繋いで歩いている。……あれはほぼセックスだな」

「馬鹿言ってないで追いなさい。見失うでしょ」

 

 まるで日常茶飯事のように俺の頭をぶっ叩いて、少女が男女を追う。便宜上40デニールの少女とでも名付けて置くべき彼女は、振り返って……未だに座っている俺を見るなり、その形相を鬼へと変えた。そしてズカズカと凡そ婦女が立ててはいけないような効果音と共に歩み寄ってきて、俺の胸倉を掴む。

 

「やる気が無いならそう言って。アンタには荷が重かった――部長にはそう説明しておくから」

「焦るな。追ったところで振り回されて時間を浪費するだけだ。うららかな春の日差しの下、疲労困憊で汗をかいて濡れ透けを見せつけたいというのなら止めはしないが、無駄な労力を食う必要はないだろう」

「……馬鹿やってる間に見失ったけど」

「目的地にアタリはついているし、この事件の犯人にも今しがた辿り着いた──と言えば、この手を放すか、40デニール女」

 

 白苗高校探偵部。今俺が所属しているなんともけったいな部活動であり──。

 

「……新入部員のそんな言葉を信じろって?」

「俺はお前の慕う部長がスカウトした人材だ。それ以上の理由は必要か?」

 

 降ろされる。40デニール女の部長への信仰心はそれほどまでに篤い、ということだろう。

 そう、それで、なんともけったいな部活動であり。

 

「さて、だとしても先回りは大切だ。行くぞ、40デニール女」

「新藤綾香。同僚の名前くらい覚えてくれる?」

「善処しよう」

 

 その捜査対象が「同高校在校生徒」且つ「不可思議な現象に見舞われている可能性の高い事件」であるというのだから──けったいも重なれば良いというものではないという話なのだろう。

 

 

 

 世界は不思議に満ちている。

 などというメルヘンで夢見がちな言葉を吐けるのは、精々が中学二年生くらいまでだろう。だが事実である。

 幽霊の正体見たり枯れ尾花。

 良い句だ。幽霊が実際に存在し、怨霊や呪いがさも当然のような顔をして地上を闊歩していることに目を瞑れば涙が出るほどに良い句だ。

 真実はいつも一つ。

 こればっかりは間違いじゃあない。ただ、複雑怪奇な事象が重なり合って事件になっている以上、紐解くべきものは犯人や原因だけではないというのが悲しき裏事情か。

 

「ここだ」

「ここって……県営団地?」

 

 世界は不思議に満ちている。幽霊は存在し、一つの真実に群がって全てを覆いつくす。

 

「身を隠せ、40デニール女」

「名前で呼べって言ったでしょ」

 

 団地の駐輪場に身を隠す。

 ──ほどなくして、先ほどの男女がやって来た。今尚と手を繋ぎ、繋いだままに屋内へ入っていく。飛んで火にいる夏の虫……向こうが火を焚いているから、この場合の虫は俺達であるが、火耐性のある虫なので問題ない。

 

「見た目、普通の団地だけど……」

「結界という奴だ。その辺の小石でもあの建造物に投げつけてみろ」

「……自分でやればいいのに」

 

 投擲。ヒュ、という音と共に40デニール女の手から放たれた小石は、先ほど男女が入っていった建造物にぶつかり──消える。消えた。あるいは飲み込まれた、と称すべきか。

 

「成程。見た目より小さいか、あそこに空洞があるか」

「異界に繋がっているか、だ」

「流石にそんな派手な案件だったら新入部員のあなたに任せることはないでしょ」

「さてな。あの部長()のことだ。自らスカウトしておいて、入部試験を受けさせるくらいのことはしそうだと見ているが」

「部長を何だと思ってるの?」

「巨乳」

 

 パシ、と40デニール女のチョップを受け止める。

 そのままこちら側に抱き寄せて、地面に四枚の札を落とした。

 

 瞬間、黒い骨……としか形容できない腕が、俺達の眼前を通り抜ける。轟音を立てて、剛速で。

 

「……!」

「外部からの刺激に対する反射的な反応と考えれば些かやり過ぎだが、外敵に対する防衛システムと考えれば納得も行く。さて本題だ40デニール女。俺は見た目通り後衛でな。ああいう素早い手合いと正面切って戦うのは得意ではない。が、お前は違うのだろう?」

「……ええ、そう。私は前衛。殴って除霊がモットーだから」

「頼もしいと言っておこう。内心のゴリラ女め、とうとう馬脚を露したか、という言葉は心のうちにしまっておくべきだと判断した」

「隠せてないけど」

 

 ──肌の粟立つ感覚。

 

 弐撃目だ。

 だが、逃げ場らしい逃げ場などどこにもない。まさか自分の敷地の駐輪場を破壊して来るとは思わなかったが、成程、あの男女が入った直後に外部からの刺激があったのだ、尾行されたと理解するにそう時間はかからないだろう。

 

 右手に札を重ね、その衝撃を受け止める。

 

「!?」

「いいか40デニール女。今ので俺は完全にバレた。だがお前は違う。先程胸倉を掴まれた時、お前には姿隠しの札を張り付けてあった。お前の姿、気配は敵に悟られていない」

 

 咄嗟に重ねることのできた札の枚数は40枚。40デニール女といい、40に恵まれた日だ。

 その内の10枚は既に破れかけている。結界は得意だが障壁は苦手だ。堅固な壁のイメージができない。

 

「あのセックスをしていた男女、どちらもが普通の人間だ。だが男に憑いた霊によって女まで魅入られている。あの二人を尾行して俺が来たことを黒幕が知った今、あの二人が処罰を受けている可能性は高い。いいか、40デニール女。中にいるほとんどの存在は人間だ。耐久力が人間である、という意味はわかるな?」

「……私が殴ったら、死ぬ」

「そうか、死ぬのか。恐ろしいな」

 

 殴って除霊がモットーと言っていたか。

 では今までの狐憑きは皆死んでいるということだろうか。それは果たして除霊と言えるのだろうか。

 

「つまり、殴っても死ななかった奴が犯人ね」

「誰彼構わず殴るな、と言っている。これを使え」

 

 また10枚。出来得るのならこのままこの攻撃を続けて欲しいものだ。横からとか上下からとか、余計な知恵を身に着けることなく。

 

「何これ」

「式神だが、まさか知らないのか?」

「自分の常識が世界の常識であることのように錯覚するのは自らが井の中の蛙であることを晒しているようなものだけど」

「その言葉、そっくりそのまま返そう。まぁいい。それは式神。狐憑き……霊に憑かれた人間に張り付ければ、一時的にその霊を取り込める。式神に取り込んだ霊であれば殴っても良いし、それで祓えたら除霊もできる。そして」

「ああ、だから、これを張り付けて、これが霊にならない存在がいたら」

「そいつが犯人だ。仮に人間であっても殴り殺せ、40デニール女」

 

 破ける。今度は15枚。なるほど、浅知恵で周囲に来ることより、力で押し切ることを選んだか。

 残念ながら賢い選択だ。つまり俺にとって残念ながらという話。

 

「空に道を作る。行けるか?」

「私は先輩。あんたは後輩。少しは敬いを持ちなさい」

「では行け!」

 

 障壁で坂を作る。その上を爆走していく40デニール女。チ、タイツを吐いているからパンツは見えないか。夢の無い女め。

 

 さて、残り5枚の札。

 風前の灯火というのはまさにこのことだろう。

 

「無論、俺が抵抗しなければ、という話だが」

 

 

 *

 

 

 救急車に運ばれて行く40名の男女。ここでも40だ。

 何せ衰弱しきっていたものだから、応急手当だけ済ませて後はプロに任せるべき、という結論に至った。40デニール女は無傷だったので俺の常識の範疇外へ追いやっている。

 

 そして、そんな大事があれば当然警察も来る。まぁ通報したのは俺だが。

 

「や、お手柄だったねぇ」

「……失礼、あなたは?」

「ああ、こちらこそ失礼。僕は警察の、まぁ、こういう厄介な案件を担当する課の人間でね」

「厄介な案件、とは?」

「しらばっくれる必要は無いよ。君のトコの部長さんにはいろんな意味でお世話になっているし、この団地に溜まっていた怨霊を祓ってくれたのも君だろ? 今時そこまで精気の美しい子もそうそういないかkらね、すぐにわかったよ」

 

 優しそうな顔……とは裏腹に、纏う怨念が桁外れに多い。ただこれは、犯罪者の……。

 ふむ。

 

「失礼しました。俺は江鬮(えくじ)仁人(きみひと)と言います」

「偽名だね」

「ええ。俺みたいなのはそう簡単に本名を名乗ることはできませんので」

「僕は藤堂(とうどう)佳彦(よしひこ)。気軽に藤堂さんとでも呼んでくれたらいい」

「遠慮します。まさか藤堂家の縁ある方とは知りませんでした。道理で霊が集っているわけだ」

「博識だね」

「常識です」

 

 埒が明かないな、と思った。

 まぁ、もうそろそろ40デニール女が簡易シャワーを浴び終えてくる時間だ。彼女が来たあたりで逃げさせてもらおう。

 藤堂家。犯罪者への拷問等々を生業とする一族。直系ではないようだが、成程血は争えない。

 

「仁人くん。一つだけお願いがあるんだけど、良いかな」

「内容次第ですね」

「簡単なことだよ。次、こういう場所を見つけたら、突入する前に警察を呼んで欲しい。学生である君達がわざわざ命を賭けてまで首を突っ込むようなものではないことくらい理解できるだろう?」

「それは部長に直接どうぞ。無論、藤堂家本家でもなく傍系のあなたが部長に口を出すなど、況してや声をかけることなどできないとは思いますが、そこは権力なりなんならりを使えば──」

「後輩。帰るよ」

「……それでは、これにて失礼」

 

 背を向ける。

 お家問題というのはどこにでも付き纏うものだ。古くから続く家だと特に。

 俺もまぁ、他人の事を言えたクチではないのだが。

 

 ……警察、ね。

 

 

 

 白苗高校、探偵部部室。

 そこに一人の女性がいた。

 

「40デニール女は?」

「あの団地の内部の様子を大まかに聞いて、霊的存在の見た目をあらかた聞いて、帰ってもらったよ。確実に披露していたから」

「40デニール女、で伝わるとは思っていなかった。アンタもアレをそう認識しているということでいいか?」

「君が安否を気にする人間が彼女くらいしかいない、そんな簡単な推理さ。君のようなセクハラ魔人じゃないよ、私は」

 

 机に乗った巨乳。

 計り知れない、というのが感想だ。

 

「それじゃ、聞かせてもらっても良いかな──正統派陰陽師の観点から見た、真相というものを」

「犯人は四年前に不登校になった生徒。名前は知らん。俺達新入生がわいわいきゃぴきゃぴと通学しているのが気に入らなかったんだろう。だから新入生ばかりを狙ってあの結界内に誘い込み、その生気を吸った。いつ怨霊化したのかは知らん」

「その生徒ならこちらでも調べがついている。無論、綾香は殺さなかったようだから、いずれ素性も知れたことだろうけれど」

「おかしいことは二つ。生徒は死んでいなかった。だが怨霊化していた。アンタらがどこまで知っているのか知らないから懇切丁寧に説明させてもらうが、怨霊となるのは基本的に死者だ。幽霊という奴だけだ。生者がなることはまずない。何か良くない霊が憑りついたのだとしても、それは狐憑きになるだけで怨霊にはならない」

 

 部長は笑うだけだ、穏やかとも喜んでいるとも言い切れない笑み。

 

「生者を怨霊として振る舞わせる……そういう呪いをかけられる奴がいる。それ以外にはあり得ん。そしてそれが、アンタが俺をスカウトした理由だな」

「というと?」

「アンタの代の、ひとつ前の代からだ。この土地の周辺で似たような事変が起こり始めたのは。生者なのに怨霊を、あるいは怨霊のくせに一つの場所に留まらず、人間に擬態してまで何かをやらかす物の怪。40デニール女含めて探偵部の部員は一癖も二癖もある、所謂モグリの除霊師ばかり。必要なのは知識であり頭脳。つまり俺という正統派陰陽師の存在だった」

 

 正統派陰陽師。

 ……果たして俺の性格が正統派かと問われたら首が千切れる勢いでNOと答えるけれど、俺の使う術や札はその全てが正統派だ。結界や障壁、封印術と言った基礎的なものから、まぁ色々な外法まで。

 正統派陰陽師の末裔、と呼んでくれた方がしっくりくるのだが、そこはどちらでもいい。

 

 この探偵部に集っている「世界に満ちた不思議」をどうにかできる者達は、傍系であったり見えるだけのものであったり、40デニール女のように独自の手法で霊をどうにかしてきた者であったりと、如何ともしがたい度し難さがある。つまりは馬鹿の集まりだ。無知と言い換えても良い。

 

「今日、藤堂の傍系に挨拶された。今まで随分と無茶をやっていたらしいな」

「──殺される前に殺せ。そういう子ばかりだから」

「部長の教えの賜物、と」

 

 それでどうにかなって来た……いや、どうにもならずに破壊しまくった結果があの警察の態度か。

 また面倒な場所にスカウトされたものだ。

 

「どうかな、入部届は書いてくれると見て良いのかな」

「構わない。だが報酬制だ。肉体言語の40デニール女たちと違って、俺の武器は消耗品。金がかかる」

「勿論支払うとも。江鬮仁人。齢3つの時から最高と称されて来た陰陽師。ようこそ、探偵部へ。私達は君を歓迎するよ」

 

 白苗高校探偵部。

 設立当初は普通に探偵業の真似事をやる部活だったらしいが、ある時から不可思議な現象や霊的存在への対抗組織として再編されたとかなんとか。特に歴史に興味は無いが、なぜその中に陰陽師が一人でもいなかったのかという疑問がないことはない。

 とにかく、そういう経緯で探偵部は由緒正しいお家々の方々から見たら、とてつもないゲテモノ組織になったわけだ。

 

 さて、握手に、だろう。差し出された手。

 

「部長。その手を差し出す、ということの意味をわかっているか?」

「うん? これからよろしく、という意味だけれど」

「俺は男。部長は女。──それが手を繋ぐのだ。実質セックスだが、それは構わないのか?」

「良かった、ウチはマトモじゃないのの集まりだから、そんな中に君が入ったら胃潰瘍で入院の可能性も考えていたけれど、君も十二分にマトモじゃないらしい。これからよろしく頼むよ、江鬮仁人君」

 

 手は下げられた。

 まぁ、部室でヤるのは衛生的にも臭い的にもな。

 

「さて、俺は帰るが、部長はどうする。一般日本男児として、夜道を行く女性を守ることくらいはするが」

「必要ないよ。私も武闘派でね」

「ああ、やはり蛙の親も蛙か」

 

 鞄を持って、踵を返す。

 ……ま、そういうこともあるのだろう。

 

 世界には不思議が満ちている。

 

「帰らない探偵部部長の怪……なんて、まさに枯れ尾花かね」

 

 また明日。


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