東京チェリーボーイ 作:のすとら
「はーるばる来たぜ東京~♪」
音の外れた歌を上機嫌に歌うのは、桜色の髪が特徴的な少年。
身長よりも大きな風呂敷包みを背負いながらも、軽やかな足運びで街中を進んで行く。
「ドージ。一応、前まで居た所も東京だよ」
「
「出た。檜原という地を端的に言い表す完璧な一言」
そんな彼と言葉を交わすのは兎…のようなナニカ。
長い耳のようなものは兎に似ているが、それ以外の全てが兎ではない。そもそも既存の生物の枠組みに入れて良いのかすら疑わしい。
敢えて近しい物を挙げるならば、饅頭。
饅頭に耳が生えている。そのようにしか表現できないヘンテコな姿の生物は、羽すら持たぬ身で宙に浮き、口すら開かずに流暢に日本語を紡ぐ。
「この東京で俺はハーレムをつくるんだ。ハーレム王に俺はなる!」
「また性懲りも無く馬鹿な事を。村の女性全員から呆れられた癖に」
「うるせぇ。あの村には見る眼のある人が居なかっただけだ。この俺の並外れた魅力はあんな小さな村如きに収まる代物じゃなかったのさ。この大都会には必ず俺の運命の人が――」
「初めから絶対浮気宣言してる奴の何に魅力を感じるというのか」
「浮気じゃねえ。ただ、複数の女性を同時に愛するだけだ」
「それを浮気と言うんだよ」
会話の内容はともかくとして。
“ドージ”と“モモア”。まるで姿形の異なる両者は気心の知れた応酬を続けていく。
時折混じる悪態も信頼故の言葉。長い付き合いがあることは誰の目にも明らかだった。
「んで? 箱庭高校? ってのは何処だ?」
「
「そう、それ。それ何処?」
「……さぁ? ボクは知らないけど? ドージが知ってんじゃないの?」
「俺が知る訳ないだろ。檜原から出たことなかったんだぞ」
「それボクも同じなんだけど?」
「じゃあ詰んでるやん」
「そうかも」
2040年4月6日。“魔都”東京に降り立った少年、
彼が巻き起こす嵐が齎すは、希望か絶望か。
それはそれとして――
「お前、モモア! その見た目はどっからどう見てもガイド役だろうが! 師匠から何か聞いてねぇのかよ!」
「知らないよ! あのクソ師匠がそんな気の利いた事すると思う!?」
「しないね! ごめんね! むしろ、こうなる事が分かってて何も言わなかった可能性すらあるな!」
「ありそう! 今頃ニヤニヤほくそ笑んでそう!」
――御登り2名様、コンクリートジャングルにて絶賛迷子。
○○○
齢80に差し掛かる老人が
彼は眼下に集った300名の少年少女をゆっくりと見回した後、静かに口を開いた。
「儂は三代目ARK総司令にして、この箱舟高等学校校長を務める
決して大きな声ではない。高圧的なわけでもない。
しかし、その声は不思議な響きを有し、聞く者の背筋を無意識に伸ばさせた。
「今日この日、満開の桜と共に、未来を担う若者たちを迎えられた事を何より嬉しく思う」
とはいえ、それも当然の事。
彼こそは十束グループ現当主にして、ARK総司令。“ヒーロー”達の元締めであり、この東京において日本国政府よりも権力を有する存在。
名実ともに東京の頂点に君臨する男なのだから。
「――然れども。儂は諸君らへの祝辞を述べる前に為さねばならぬ事がある。過去の罪を告白、謝罪せねばならぬのじゃ」
故にこそ。
その男の口から“謝罪”と言う言葉が飛び出した瞬間、息をのむ声が講堂のそこかしこから上がった。
「この老いぼれた見た目から明らかなように、儂は
しかし、その驚愕は決して無知から来るソレではない。
「儂達ノーマルはかつて、諸君らミレニアムに対して過ちを犯した。大きな、大きな、取り返しのつかない過ちを」
むしろその逆。語り手と聞き手の間に存在する“差異”と、それが生み出した悲劇の数々。この40年間の歴史を深く知るからこそ、少年少女は驚きに息をのんだのだ。
「1999年。1つの流星が地球へと飛来したが、大気の中で燃え尽き細かな塵となった」
若者たちの驚愕を当然のものと受け止めつつ、老人は語ってゆく。
「それ自体は別段珍しい現象では無く、当時も話題にすらならなかった。――そう。この塵の中に今日の我々が“Mウイルス”と呼ぶ未知のウイルスが潜んでいる等と知る者は誰も居なかったのじゃ」
これまでの歴史を。
2000年以降の東京が歩んだ激動の、そして悲劇の歴史を。
「ウイルスは塵と共に滞空。少しずつ地上に降り注ぎ、呼吸によって人々の身体へと取り込まれた。もっとも、このウイルスによる死者はおらず――それどころか、些かの体調不良を訴える者すら皆無だった。ウイルスは徹頭徹尾無害であり、それ故に誰も気づかなかったのじゃ」
思い返すようにして紡がれていく言の葉。そこには老人の深い後悔と怒りが滲んでいた。
「このウイルスが感染者当人へと影響を及ぼすのではなく、その身に宿った命にこそ常識外れの変質を齎すのだということに」
それはあたかも、濃縮される毒素のように。
ウイルスは母体にではなく、胎児へと影響を――否。変質を与えた。
「全てが明らかとなったのは、2000年の“ミレニアム・ショック”の後。異形と、そう称するしかない赤子や、超常の現象を引き起こす赤子の誕生が報告されてからだった」
2000年。21世紀の始まりを告げる記念すべき節目の年。
その年、全てが変わってしまった。
母と子の対面という祝福の場は、悲劇の舞台へとすり替わった。
「儂の妻もその時に死んだ。他ならぬ、生んだ我が子の炎に焼かれて」
人ならざる姿の赤子に恐慌した母が居た。
産声と共に地震を起こした赤子が居た。
肉体から発する電磁波で医療機器を破壊しつくした赤子も居た。
挙げれば切りの無い悲劇の数々。この“ミレニアム・ショック”と称される一連の騒動において、喪われた命も少なくは無く。肉体や心に傷を負った者の数は測り知れなかった。
そして――
「そこから儂らノーマルの過ちが始まった。儂らは自身と異なる存在を迫害、冷遇、差別の対象としたのじゃ」
全ての者がそうでは無かった。だが、殆どの者はソレを受け入れられなかった。
異形の姿。特異な力。
忌み嫌い暴力を振るう親が居て。恐怖から捨て去る親も居た。
悪魔と喧伝した宗教があった。根絶すべきものとして躍起になった研究者が居た。
一方で、強力な兵器として利用としようとする輩もいた。
それら全てに共通していたのは1つ。同じ人間として見ていなかった、という事だった。
「そして、そのとき培われた憎悪が、犯罪組織
――PELUDA。ノアの箱舟に乗せて貰えなかった凶暴な怪物。
初めは唯、迫害された子供たちが互いに身を寄せ合い助け合っていただけ。けれど、その集まりに名が生まれ、指導者が生まれ、規模は急速に拡大していった。
そうして、その果てに。あらゆる凶悪犯罪を引き起こし続ける“悪”が成立した。してしまった。
「君たちの両親や兄弟、近しい方。或いは君たち本人の中にも。儂らノーマルを恨んでいる者は少なくないじゃろう」
憎しみの連鎖は終わらない。悲劇が憎悪を育み、新たな悲劇を芽吹かせる。
今こうしている間にも、この東京のどこかで誰かが泣いている。
故に。
そんな“今”を生み出してしまった者として。己自身も実の息子を冷遇した当事者として。
「謝って済む問題では無い。時は決して巻き戻りはしない。それでも――申し訳なかった」
唯々、老人は深々と頭を下げる。
先ほどよりも大きな騒めきが講堂に巻き起こった。
「ノーマルを代表して、大人を代表して……そんな事を言うつもりは毛頭ない。そも、未だミレニアムに対し歪んだ感情を抱いているノーマルも少なくない。故、これは徹頭徹尾、儂のエゴ。自己満足の偽善に満ちた行為に過ぎない」
老人は頭を下げたまま続ける。
言の葉に滲む深い後悔は、その行為が決して嘘偽りのパフォーマンスでは無いのだと雄弁に伝えていた。
「そして、恥を忍んで願う。――どうか諸君らの力を貸して欲しい」
ややあって頭を上げた老人の眼。そこに宿るは強烈な決意。
決して揺るがぬ信念の炎がそこにはあった。
「ARKの創立者、初代リーダー十束
ヒーローTOH。2016年から2026年までの10年間活躍した人物であり、魔都東京にて知らぬ者の居ない伝説の英雄。
彼こそは、公明正大にして正義の具現。奇跡と救済の象徴。
“怪物”たちに“英雄”として生きる道を切り拓いた彼は、漫画のような存在を現実とした最初のヒーローだった。
「倅と仲間たちは悪しき方向へと進むPELUDAに意を唱え、その蛮行を止める組織を立ち上げた」
最初は誰にも理解されなかった。
誰もが彼を冷めた眼で見ていた。ノーマルだけでなく同じミレニアムも。蝙蝠のような男だと罵る声は後を絶たなかった。
それでも彼は折れず、諦めず、自らの正義を燃やし続けた。
そうして次第に、孤高のヒーローの周りには志を同じくする仲間たちが集い、その信念を理解する人々が現れ始めたのだ。
「彼らは愚直に目指した。悲劇と憎悪の連鎖を、救済と感謝の連鎖へと変える事を。正しい行いを続けていれば必ず理解の輪が広がっていく事を。人の善性をこそ、彼らは信じていた」
彼らは既存の警察機構が対処できない数々の超常犯罪を阻止し、解決した。
また、普通の事件や事故、災害時にも率先して行動。名誉も金品も一切の見返りを求めず、人命を救い、誰かの涙を拭い続けた。
「倅は道半ばで倒れたが、その火を仲間たちが受け継ぎ、およそ20年という長き積み重ねの末、遂に今日のARKが成立したのだ」
――ARK。意味は『箱舟』。
船に乗せて貰えなかったと恨むのではなく。
そんな自分たちでも入れるくらい大きな船を造ってしまえば良い。
生まれ持った特別な力は、誰かを傷つける為ではなく、誰かを救い護る為に。
「それでも、未だPELUDAは凶悪な犯罪やテロ行為を続け、今この時も理不尽な暴力に涙する者がいる。喪われていく命がある。広がっていく無理解と分断がある」
江戸幕府成立以来、長く日本の中心として発展した街の面影は既になく。
今や、無秩序と混沌が支配する魔都となってしまった。
「儂ら大人たちの力不足により、求める未来は遥か彼方の夢の果て。偉大なヒーローたちの火を受け継ぐ若者たちよ! 彼らが夢見た未来を、諸君らの力で実現して欲しい!」
老人は今度は頭を下げなかった。
代わりに、日本国旗の隣に掲げられた旗を――船を象ったARKの団旗を指し示した。
「我らはARK。異なる者達が共に歩む未来を目指す箱舟! 必ずやPELUDAを打倒し、この東京に法と秩序を取り戻す!
老人の言葉に、若者たちは立ち上がり、そして。
「――
地を揺るがさんばかりの声で唱えた。
“Vincit qui se vincit”――自らを征するものを征する。ヒーローTOHが好んで使ったラテン語の言葉。
如何なる力を持とうとも、支配者にはならぬように。
如何なる憎しみを抱こうとも、怪物にはならぬように。
ここに若者たちは誓った。散っていた者たちの遺志を継ぎ、次代を切り拓くヒーローたらんと。
一部の者を除いて――
○○○
「老害ノーマル、お花畑ミレニアム。どっちも気持ち悪ぃ。ホント、虫唾が走るぜ」
皆が立ち上がる中で、座ったままの者が2名。
「社会に生きる者は、相応の権利を得て、対価として法を順守する。けど、その権利を剥奪侵害された側が、何故、法なんてモノに縛られる必要があるのかしらね」
それは金髪の少年と、紫の髪の少女。
「マジそれな。理不尽過ぎて反吐が出るぜ」
“ミレニアム”。2000年以降に生まれた、既存の科学・常識を超越した力を持つ人間。
「私たちは社会から逸脱した存在。そして、そうさせたのは――」
――少女は一切の躊躇いなく、生まれ持った力を解放した。
○○○
その後、講堂を支配したのは、恐慌でも怒号でもなく、静寂だった。
「長々とお話下さって助かりましたわ。私の毒をこれ以上ない程に充満させられたのですから」
静寂の中、壇上へと上がり老人と相対するのは紫の髪の少女。
何を隠そう、この状況を引き起こした下手人その人。
「ぬぅ…儂には何ともない、か。推察するに、ミレニアムの肉体を麻痺させる神経毒といった所かのぅ」
「ご名答。流石はARK総司令、十束 薙一郎。素直に賞賛致しますわ」
「……学生に紛れて敵地のど真ん中に乗り込むとは、これまた大胆で恐ろしい事をするわい」
「お褒めに預かり光栄ですわ。私たちPELUDAは法や常識に囚われない生き方を理想としていますので」
「すっかり悪しき考えに染まり切っておるのぅ。お主のような未来ある若者が…嘆かわしい事じゃ」
そこまで会話して、少女は懐から鋭利なナイフを取り出し、老人へと突き付けた。
もはや問答は無用と言わんばかりに。
「随分と落ち着いていますけれど、無駄ですわよ。ノーマルの警備員の方々には仲間が対処していますし、ミレニアムは言わずもがな。貴方は正に絶体絶命の――」
「待ち、なさい…っ! 」
その時、彼女の凶行に待ったをかける声があった。
「ふぅん。ビッグネームが勢ぞろいですこと。これほどの濃度になった私の毒でも完全に無力化できないとは。正直、驚きですわね」
「PELUDA。これ以上、君たちの好きにはさせない…っ!」
立ち上がるは10名の大人。
彼らこそは、この箱舟高校に教師として在籍する元ヒーローや現役ヒーローたち。
例え如何なる状況であろうとも、立ち上がり悪と戦うのがヒーローの鉄則なればこそ、彼らが膝を屈する訳がないのだ。
10のヒーローはそれぞれの武器を少女へと向け、戦闘態勢を整えた。
「おいおい、ちょっと待てや、ヒーロー共。お前らの相手は俺様だよ」
「随分と速かったですわね」
「舐めるんじゃねぇ。雑魚ノーマル如き、俺様なら一瞬で片付けられる。そしてーー」
そこに、金髪の少年が戻ってくる。
その拳と顔には返り血がついており、彼が恐ろしい所業を為してきたことは誰の目にも明らかだった。
「――毒で弱ったヒーロー共もなァ!」
そのまま、少年は狂気的な笑みを浮かべ、満身創痍のヒーローたちへ拳を向けて。
――直後。
バタンと、講堂の入口が乱暴に開け放たれた。
「すみません!! 遅刻しました!!」
「入学式から遅刻とは中々にロックだよね」
「もしかしてモテるかな!?」
「逆に不真面目な奴として嫌われると思うよ」
「マジか!?」
入って来たのは、桜髪の少年と耳の生えた饅頭のような謎生物。
彼らは呑気な会話をしながらズカズカと講堂の中心へと突き進む。
途中、毒で倒れていた生徒の一人が踏みつけられて「ぐえっ」とカエルの潰れたような呻き声を発した。
「…っ! すまん、まさかこんな所に人が寝てるとは思わなかった! 大丈夫か、お前!?……って。なんだこりゃ。どいつもこいつも寝転がって。学級崩壊なんてレベルじゃねーぞ。都会の入学式ってのはこうなのか?」
「んなわけあるか。どう見ても襲撃されてるでしょ」
「あー、もしかして師匠が言ってたペルーとかいう組織?」
「PELUDAね。ホントにドージは固有名詞覚えるの苦手なんだから」
踏んでしまった生徒の容態を確認しつつも軽快な応酬を続ける一人と一匹。
見た目も言動も。その全てがこの危機的状況に似合わない異物そのものだった。
「おい見ろ、モモア! あそこの壇上!」
「お爺さんと女の子がいるね。女の子の方はナイフを構えていて穏やかじゃない感じだけど……って、まさか!?」
「どこの誰か知らねぇが! くたばりやがれぇええええ!」
完全イレギュラーの乱入者。想定外の状況であることは明白だったが、金髪の少年の判断は素早く、そして的確だった。
誰よりも早く判断を下した彼は、雷を繕うと目にも止まらぬ速度で標的に……桜髪の少年、童子へと迫る。
そして、その拳があわや直撃するという瞬間――
「邪魔。野郎に興味はねぇ」
「ぐべらっ!?」
「あー…やっぱり。まーた始まったよ。もうどうなっても知らないからね」
裏拳一発。完璧に合わせられたタイミングの一撃は、勢いそのままに金髪の少年を薙ぎ飛ばした。
轟音と共に壁にめり込んだ少年を一瞥することも無く、童子は壇上へと歩を進めていく。
そして、紫の髪の少女の目の前まで到達すると、告げた。
「お嬢さん、俺の奥さんの1人になってくださいませんか?」
「…………は?」
東京喰種とヒロアカとダンまちをリスペクトしてたら出来上がった謎作品。
感想などお待ちしております。