天邪鬼の絶唱   作:猫預かり処@元氷狼

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悪こそ救い

 この世には非道染みた惡が蔓延っている。

 

 多くの惡が野放しにされ、正義の裁きが届く範囲というものは、全ての惡に届く物ではない。

 

 故に正義は偽善である。

 

 惡こそこの世の必然なのだ。

 

 正義の裁きなど、偽善の一太刀である。

 

 全ての人々が救われない正義など、正義であってはならない。

 

 

 正義を行った人間が感謝され、自分は正義を行ったと満足気に微笑む。

 

 

 果たして救われたであろうか、人が。

 

 どの時代も、おそらくどの世界であっても正義によって救われたことなど無いのだ。

 

 で、あれば真の正義とはなんなのか。

 

 それは惡である。

 

 惡こそ正義、邪惡こそ正義。

 

 偽善など唯の惡。弱き心の者が自身の欲を満たすために行う惡なのだ。

 

 天の使いは、惡の使い。

 

 この世の餓鬼の血で、白き使いの翼を彩るがいい。

 

 されば使いは気付く。

 

 この世に救いなど無いのだと。

 

 惡を、讃えよ。

 

 

 

           天伐(あまたつ)邪鬼(じゃく)教典抜粋

 

 

 

 

 

 幼いころから天伐邪鬼教典を勉学の教科書の様に見て育った俺は、善こそ悪と心の底に植え付けられていた。しかし、それに対する宗教の様な感覚はなく、とにかく偽善に対する嫌悪感が生まれることは極々自然なものだった。

 姉上は逆にこの教えは理解することができなかったようで、離反してしまったようだが。父上はこの教えに対してあまり強要することは無かった。天伐の教えは消えることは無い、我々の存在自体が教えを継げるのだ。というのが父様の口癖であった。

 

「ハァ……!ハァ…………ッ!クソッ、クソッ、クソッ、クソッ!」

 

 正義を行う事こそ悪、全てを救えない救済など悪を生み出す他無いのだ。

 

「神よッ!救いをッ!私にッ!」

 

 神なんて存在しない。

 救いをもたらすことのできる存在なんて、唯の偽善であると。教徒が信じる神なんてものは、「私を信じてくれれば救いがあります」なんて言う腐った存在だ。

 

 月下、新月の日。暗闇の中大きく転倒した男に向かって太刀を、抜く。 

 

「止めてくれッ!私は、娘がいるんだッ!」

 

 この男は、教会の神父であった。

 

 俺が、この男を追っている事の発端は一か月ほど前に遡る。

 西欧のある国の小さな町であるここで、悪魔の少女が生まれたと噂が流れた。その少女がいる所々で火事が起きる、そんな偶然かもしれないこと。少女の名はオーレンナ、家系を遡っても悪魔と契約した者はいない純真な少女だった。彼女は美しかった、今年で13になりまだ幼さが消えていないがおそらく成長すれば、女神の様な美貌をもった美女に成長していた事だろう。彼女は悪魔と契約なんてしていなかった。何よりも13になってから突然彼女の身の周りで災いが起き始めたのだから、悪魔の子、なんていうのは信憑性が無かった。原因は彼女に惚れていた下級堕天使で、彼女に惚れていた堕天使は、彼女に近づく人間の男達に嫉妬し、火魔法を使っていたのだ。その堕天使は既に悪魔の牢獄によって責め苦を受けている、罪には罰を、だ。

 神父は悪魔の少女を凌辱し、無垢なる心と身体を汚した。そして自身の悪行を隠すため彼女の体を大衆の前で見世物にして火炙りにし、聖なる断罪による罰と称して彼女のその亡骸を磔にしたのだ。その亡骸に町の住民たちは石を投げ、痰を飛ばす。彼女が憎悪によって悪霊となるのは目に見えて明らかであった。

 

「聖なる断罪、と。貴方は言ったな」

 

「な、何を」

 

――――――殺せ、殺せ、殺せ。

  

 悪霊に成り果て、惨たらしい姿の少女はそう俺の耳元で呻く。

 

「何を以て、神聖を騙るのか。聞かせてもらおう」

 

 鋭い金属音を立てて、太刀の切先を神父の喉仏に向ける。

 

「わ、私は……ッ!」

 

 酷く、醜い顔だった。神父と有ろうものが悪に手を染め、無様に命乞いをする姿は何度見ても見飽きることがない。やはり、救いなど偽善なのだと、悪などだと信じさせてくれる。今までこういう事をしてきて自分がしてきたことに対して自信を持って、「救いをした」と俺の目を見て答えられた奴などいない。言えたとしても、私から目を逸らす者ばかりだ。こんな路地裏で、命を落とすなど半端な救いなどしなければよかったのだ。

 

「救いに酔い、道を外した神父よ。神を信じた自身を嘆け、真の救いなど無いのだという事を地獄の底で、自分の罪に苦しめ」

 

「うわあああああああァァァァッ!」

 

「ヴォラクの名の下で斬ら――――ッ!?」

 

 一閃。

 

 グっと刃を神父の首を突き刺そうとした刹那、コンマ一秒前俺がいた場所に空間圧縮に似た現象が起こる。これは、斬撃である。

 

「救いが、無いだと」

 

 よく通るハスキーな女の声だった。

 

「神を信じる事を嘆け、だと」

 

 その声は怒りに満ちていた。

 

「外道の悪鬼が良く言ったものだ」

 

 ゴォッ、っと剣閃が再度俺を襲う。剣の刃が見えない、相当な剣士だろう。

 剣戟の出所の方を振り向くと、ローブを持った女が前屈みになった状態で剣を持ち、刺突しようと踏み込んでいる。左右確認、避けられる距離ではない。思考する、最善の選択は。

 

「上ッ!」

 

 太刀の刃を地面に突き立て、手を柄に着いて飛んで避ける。そして空中で柄を握りしめ、着地と同時に飛んだ勢いを利用して薙ぎ払い、敵に距離を取らせる。太刀の利点とは、なにより研ぎ澄まされた鋭利な刃が長く在ることだ。そのリーチの長さと、日本刀独特の斬れ味は太刀の強みである。槍とは別に、武器自体の攻撃する範囲が大きい。

 

「何者だ」

 

 ローブの女に問う。

 

「教会の者だ。この町にて、悪霊(ゴースト)が暴虐の限りを尽くしていると聞いてな」

 

「教会関係者か、ならば……斬るッ!」

 

 巨斧と比べて、太刀は軽い。武器の特性上、どうしても大振りになってしまう太刀だが、軽さで動きを補える。剣先を真直ぐ女の目元に向け、先程敵がやった刺突の構えを取る。しかし、同じものではない。剣士の戦いにおいて、最も大切な事は敵のリーチを図ることだ。槍兵や、太刀などの長さを強みとした武器と戦うにおいては、それは剣同士で戦う場合以上に必要になる。

 この構えは、そのリーチを悟られぬ様に生み出された型だ。剣先を敵の目元に向けることによって、刃の長さを敵が図れないで生まれる隙を使い突進し、刺し貫く。

 

「姑息な真似を!」

 

「天伐流刀剣術、“貫閃(ガンセン)“」

 

「天伐ッ!?」

 

 天伐、という単語に反応した女が一瞬動きが鈍くなったためにローブを断ち切られる。繊維は音もせず斬れ落ち、彼女の姿が露わになった。年端のいかぬ、20にも満たない少女だった。いや、少女と言うには少し言葉が幼すぎる。16か、17だろうか。そんな女である。

 

「貴様、教会の者を刺し殺し回っている悪魔かッ!」

 

「Sisterか、ならば斬る理由が増えた」

 

 より、太刀の邪気が禍々しく変貌する。

 

「な、にィ……!?」

 

「Sisterの少女が、悪霊退治とは。余程教会は人員不足らしい、神の啓示はどうやら少女に人斬りをさせよ、というモノのようだな。尚更斬り救わなければ、な」

 

「悪霊が人だと、冗談も大概にしてほしいなッ!」

 

 凶悪な剣戟が繰り返し俺を襲う。太刀の柄を短く持ち、剣戟に耐える。威力はとても人間が出せるものではない、天使や悪魔祓いや聖剣使いと戦う事が多いから持ちこたえられているが、ながくは持ちそうになさそうだ。

 

「人だよ、彼女……オーレンナは悪魔憑きの忌子ではない。純真な少女だったよ」

 

「な、なに」

 

 戸惑いが生まれる。先程、天伐の名を聞いた時より大きな隙だった。

 その隙を逃さず、距離を取るため足払いをしかけ女のバランスを崩し、そのままサマーソルトを模した下方向からの斬り上げをする。

 

「天伐流刀剣術“弧躍(こやく)“」

 

「くッ!」

 

 女が大きく仰け反り、大きな隙が生まれる。今、だ。

 

「死ね」

 

 俺の、刃は“男“の胸を刺し貫き、肉を、毛細血管を、ブチブチと裂いていく。肉が裂ける音は、凹凸のあるビニールの梱包具を潰す音に似ていた。

 

「あがぎあああああああああああああああああ」

 

 血が噴水の様に飛び散った。女が着ていた裂けた白いローブが赤に染まっていく。

 

「だずげて、ぐれえ……ッ!」

 

「それは無理な頼みだ、神父よ。オーレンナが言うのだ、殺せ……と」

 

 ヒヒヒ、という嗤いが、確かにゼノヴィアと神父は聞こえた。

 少女の歓喜の笑いだった。

 

「あぁ゛、か……み、よ」

 

 神父の目は光を失い、ガクリと太刀を抜こうと刃に添えていた腕が崩れ落ちる。

 

「これで、いいか。オーレンナ」

 

 満足そうに微笑んだ彼女は、とても安らかだった。悪霊であったころの禍々しさと、火炙りにされたことにより醜く変貌していた彼女の顔は、本来の美貌に戻っていた。

 

《うん、ありがとう。ありがとう》

 

「それでは、還るがいい。君がいるべき居場所へ――――ラディア」

 

 その瞬間、悪霊オーレンナの姿は大きく、三本線の獣爪に似たものによって引き裂かれる。彼女の朦朧とした輪郭もおぼろげな姿は堰を切ったかのように霧散した。

 

「ドラ、ゴン」

 

 女が慄きながらふと漏れた様に発したその名前は、ドラゴン、そう竜だ。美しいコバルトブルーの鱗、碧眼の瞳、鋭い爪に牙。明らかに最強の生物と名高いドラゴン種である。

 女は咄嗟に剣を構えるが、剣を持つ手の力は先程と比べ非常に弱い。俺と、ラディアであれば簡単に捻り殺す事ができるだろう。――――しかし

 

「ゼノヴィアーー!」

 

 仲間か。

 

 枝分かれした路地裏の奥から数名の足音が聞こえる。一、二……五人か。

 ここはいったん引いた方が得策と呼べる。 

 

「ラディア、退くぞ」

 

《ええ、乗って》

 

 神父の死体から血肉に塗れた太刀を抜き取り、簡単な血払いを済ませ鞘に仕舞う。

 ラディアはブルードラゴンの上位種であり、人の言語を話すことが可能だ。幼い頃から俺と言う人間と付き合っていたことも意思疎通が可能となる理由だ。

 

「待てッ!天伐ッ!」

 

「待て、と言われて待つ奴はいない。飛べ」

 

《任せて》

 

 翼を広げれば5m近くなる竜の上昇力はやはり常軌を逸している。凄まじい豪風と共に瞬く間に竜と男の姿は見えなくなったのだ。その際、竜が羽ばたくには手狭だった路地裏の建物の壁は、まるで爆発が起きたかのように霧散した。

 

「黒髪碧眼の日本人ッ!貴様の顔は覚えた、いつか神の下で断ち斬ってやるッ!」

 

 あとに残されたのはドラゴンの嘶き、神父の死体、そして何かを失ってしまったと感じる女一人だった。あの悪霊……いや少女の救われた様な安らかな笑顔は、私が祓っていれば見れなかったと思うと自分の信仰が何なのか、わからなくなる。あの者を斬らなければ、その事だけが女の頭を駆け巡る。

 

「天伐ゥウウウウウウウウウウウウッ!」

 

 戸惑いに行動を起こせず、取り逃がした自分に苛立ち大きく声を上げた。

 

 

 




主人公、というか天伐の一族は正直イカれてます。
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