古くから、竜が住むとその地域で伝説とされている欧州の森。針葉樹が空を覆いつくし、一旦森に入れば深夜の様な暗闇が支配する。そのためか、人間が入るにはあまりに危険とされて、誰も寄りつくことは無い。
俺は、そんな森を根城として生活をしていた。
男の名は天伐、
「そろそろ、グヴァラギリス様からの使徒が来る筈なんだが」
《あの方は時間には疎いわよ、あまり時間通りを期待してもダメ。って言ってるじゃない》
その傍から見れば独り言な俺の言葉に反応したのは、女の声だ。ラディア、蒼竜ディルラディエ。幼い頃から俺と共に生きるドラゴンだ。
「この前なんか約束の二日後とかに来たな、冥界と人間界の時間の経ち方は違うだとか、理由付けて」
《そういう人なのだもの。悪魔は千単位で生きるのよ、人間の一生なんて気にしなければほんの数分の出来事みたいなものだし》
日光が入らないことにより、よく冷える森の中。来ていたコートの襟をグッと首元に近づけた。凍える風は、森林を抜ければ海があることもあって肌がベタベタとする。最近風呂にも入っていない、垢がすごそうだ。
《! 来たわ》
「…………」
カサカサと、草木を掻き分ける音が近づく。静かに、藪の中から姿を見せたのは黒い蛇。目は黄金に輝く、隻眼の黒蛇である。
「お待ちしていました」
頭を下げ、膝をつく。従僕の姿勢だ。
《久し振りだな、咲よォ。ラディアちゃんもな》
「半月ぶりでしょうか。蛇殿」
《その、ちゃんと呼ぶのはやめてくれませんか》
彼、いや雄か雌かも知らないがこの蛇は上司みたいみたいなものだ。固有名称は無く、いつも蛇殿と呼んでいる。
「それで、蛇殿。今回の指令は」
《あァ、ヴォラク家の意向は『日本に戻れ』だ。日本の中でも、悪魔が治める駒王という町へ行け。というのが今回の指示になる》
「日本に、ですか」
日本人である俺だが、日本の地を最後に踏みしめたのは数年前になる。日本はその他諸外国に比べ教会の浸透度は低いため、活動するには地味になる。何より日本の警察を舐めてはいけない。悪魔や、天使を殺すのであれば現実で存在を認知していない人間達からすれば調査しようがないが、神父やシスターとなれば話は変わってくる。統括するのが天使や神と言えど彼等ばまだ゙人間なのだ。人間が殺され、それが露見してしまえば日本の警察の調査は邪魔になる。一層後処理が面倒にもなる。
《まあ、あとこれも伝えろと言われた》
「はい」
黒蛇の隻眼が鋭く細められる。
《堕天使が、動くらしい》
堕天使。
神の偽善を行う執行者、天使から更に堕ちるところまで堕ちた中途半端な天使よりも醜い下種共。教会の手が伸びにくいために日本は割りと堕天使のたまり場になりやすい。
「放っておけばよいのでは? どちらにしろ、悪魔の領内であれば悪魔の方々が討伐してくれるでしょう。それに、駒王といえば現魔王サーゼクス・ルシファーの実妹がリアス・グレモリーの治める土地の筈。バアルの血も受け継いでいる彼女であれば、領土侵犯を行う堕天使の始末など土の上の亀を殺すよりも容易い事でしょう」
《それがよォ……、そういうわけにもいかねェんだ。動く堕天使、っつうのは少なくとも上級レベル。しかもグレゴリの幹部が動くかもしれない、って情報だ》
「幹部、それは…………いや、コカビエルか」
《よく分かったなァ》
コカビエル。
堕天使の組織である『
「堕天使の幹部の名と一通りの情報は覚えるようにしています。いつか斬る予定ですからね。おそらく、コカビエルは魔王の妹という戦争の引き金とも成り得るそれを、まだ雛の内に殺し兄である魔王を怒らそうとしているのでしょう」
《クキキキキ、斬るとはまたァ……。まあ、その通りだァ。ヴォラク家は別に戦争となっても構わないらしいが、どうにもグヴァラギリス様が……な》
「また、いつもの戯れですか」
《クカッ、クキキキ、そう捉えてもらって構わねェよ》
ヴォラク家。悪魔の大総統の位を持つ上級悪魔の一族。彼等こそが、我々天伐とかつて契約を結んだ悪魔なのだ。大総統と、悪魔としての位は高くないもののドラゴン種を従える力を持つ純粋な戦闘力は並みの悪魔達と比べ高い。
「ヴァラク当主の命令とは仕方がありません。分かりました、コカビエルを殺せ。それが第二の指令
、そしてメインミッションということでよろしいでしょうか蛇殿」
《間違いねェ。しくじって死ぬんじゃねえぞ咲よォ、ラディアちゃんもしっかりサポートしろよ》
「お任せを」
《だから、ちゃんと呼ばないでください》
蛇はラディアの返答に、クキキとまた笑いながらまた現れた藪の方向へと消えていく。
――――さて、支度を始めよう。
「1時間後、森を出る。準備しろラディア」
《わかったわ》
日本、故郷であり生まれ物心ついてからも育った国。そして、堕天使の幹部コカビエル……。得物の太刀《井草》が禍々しく邪念を渦巻き始めていた。少し、面白くなりそうだ。
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「ゼノヴィア、上からの指令だ」
「は」
ヴァチカンのシスティーナ礼拝堂にて、ミサをしていた私は十字を切り一旦礼拝を中止する。グリセルダ・クァルタ、教会関係者の中でも最も天に近いと専らの噂の聖女である。幼い頃から何かと世話を掛けていた。
「天にましますわれらの父よ、願わくば御名の尊まれんことを、御国の来たらんことを、
御旨の天に行わるる如く地にも行われんことを。アーメン」
一度、グリセルダ様も膝をつき祈祷を捧げる。正式な祈祷文ではない簡易の物ではあるが。
「祈祷中、しかし火急の要件です。許してください」
「いえ、神もお許しになられることでしょう。そして、指令とは」
「聖剣、エクスカリバーの三振りが何者かの手によって盗まれました。」
……エクスカリバーが!?
エクスカリバーは聖剣として最も名のある物だ。それが盗まれたとあっては、教会の戦力は……!
「正教会、はもちろんのこと。カトリック、プロテスタントの管理するエクスカリバーが一本ずつ盗まれました。おそらく、堕天使の所業でしょう」
「堕天使、ですか。今、聖剣は何処に」
「日本、です」
日本。……天伐!!
「行っていただけますか、ゼノヴィア」
「はい」
間髪を入れず答えた私に、少し面喰っていたグリセルダであったがすぐまた凛とした顔つきに戻り、話を続ける。
「貴方ならそう言っていただけると信じていましたよ。今回の任務には、プロテスタントも関与しているため、日本出身のプロテスタントの聖剣使い。紫藤イリナも同行させます」
「イリナですか」
紫藤イリナ、半年前のあの一件の時にも任務を共にしたな。
彼女も聖剣使いであるし、戦力としては劣ることは無いだろう。足手まといにならなければ戦力は多い方がいいが、今回の任務上密使として遂行しなければなるまい。
「二人、でしょうか」
「ええ、そのつもりです。少ないでしょうか」
「いえ、十分です。聖剣使いとして、聖剣を取り戻すそのお役目、必ず」
「頼みましたよ。詳細は明日、紫藤イリナがヴァチカンに到着してから説明します。準備はしておきなさい。神の御加護を、ゼノヴィア」
「貴方にも、神の御加護があらんことをグリセルダ様」
微笑んだ彼女は、礼拝堂から立ち去る。
エクスカリバーは大昔の戦争で破損してしまった。教会はその破損したエクスカリバーを錬金術によってエクスカリバーが持つ七つの特性を、七振りの剣として錬成した。
一つ、私が持つ『
二つ、紫藤イリナが持つ『
三つ、カトリックがもう一つ所有し、盗まれただろう『
四つ、プロテスタントがもう一つ所有する『
五つ、ローマ正教会が所有する『
六つ、同じくローマ正教会管理下『
七つ、目下行方不明、盗まれたのではなく失われている『
だ。おそらく、この中で盗まれたのは天閃、夢幻、そして透明の聖剣だろう。前者の二本に関しては、私が現在カトリック管理下のエクスカリバーで破壊を所持しているため、天閃と判断できる。夢幻も同じだ。イリナは擬態を所持しているから、そう盗まれることは無いだろう。透明か、祝福か、それは盗み有効的に盗賊が使える能力を持つ聖剣が透明だから、だ。
「堕天使め、神の名を汚す不届き者共。この任務、確実にやり遂げるッ!そしてあわよくば天伐を、あの男を見つけだして――――」
――――――殺す。
ヒロインはゼノヴィアのみです。ハーレムとかにはしません