天伐は教会から狙われている。特にカトリック教会との因縁は深く、昔から天伐と敵対するのはカトリックの
三十数年前。俺の父である
戦力を当てるだけ血を流す、あまりにも無駄な戦いだ。しかし天伐は教会関係者を斬り続ける。更に天使までもを斬り捨てる。カトリックだけは、抵抗し続けていたが、天伐新が死亡してからというもの、天伐の活動は沈静化してきたことによってカトリックの抵抗も鈍化してきている。息子である俺に移った時、無茶苦茶に殺すだけ殺してきた父上の方針から変更し、俺は斬る意味を探しながら殺してきた。それが沈静化の理由だ。まあ、その理由もその方が、斬っている感覚が良く心に馴染むからというものだが。
長くなったが、それらの理由があり欧州での行動はとにかく危険性が伴う。一旦キリシタンの手が伸びないイスラム教が支配する中東地域に入れば、自由に動けるが其処まで出るのが中々に苦労する。
「ラディア、人体化しろ」
《了解》
竜は、ある程度の力を身につければ人体化することが可能になる。しかし、大抵の竜は当然ドラゴンとしての姿でいた方が力を発揮できるために、人体化などあまりすることは無い。というより、しない所為でドラゴン自身が人間化できることを忘れていることもある。
俺の前に姿を現したのは、緑髪の全裸の女だ。胸が乏しい。
「咲、今貴方胸の事で馬鹿にしたわね」
「していない、気のせいだ。予備のローブが俺の持ち物の中に入っている。町に着くまでそれを羽織っていろ」
「ちょ、貴方!私に街の中を下全裸の布一枚で歩けと!?」
「ああ、そう言っている。少し待て、すぐ一式そろえてやる」
「そういうのは、なるべく先に用意しておくものでしょおおおおおおおお!!!??? 私が人体化すればすぐには竜体化できないのを知ってやったわね!!」
キッと目尻を引き攣らせて俺を睨むラディア。
「竜の全裸を見て興奮はしない。というよりお前はいつも竜の姿の時に服を着ているか?着ていないだろう?そんなこと気にするな馬鹿竜が」
「そういう問題じゃないでしょおおおおおおおおお!!??」
地団太を踏むと、地面が揺れた。人間になっても、彼女の持つドラゴンとしての馬鹿力は人体化しても弱体化はするが、厚さ50cmのコンクリートの壁を拳で貫くぐらいの力は、残っている。
今、俺達がいるのは数日前までいた森から数百キロ離れた大きい都市の郊外だ。移動するのに数日かかった理由は単純に教会の監視が厳しかったからだ。どうやら、途中教会の者を拷問して手に入れた情報では聖剣エクスカリバーが盗まれたらしく、その警戒と調査をしているらしい。
何故この都市に来たのかは、はぐれ悪魔や、堕天使などが極秘裏に金を積めば使える大型転送魔法陣が用意されており、それを使い日本に移動しようという魂胆でいるからである。
「そう暴れるな。いくら郊外と言えど夜だぞ、音が響く。ここは堕天使とはぐれ悪魔が多い街だ、揉め事はなるべく遠慮したい」
「原因は誰よ……」
「行くぞ。ローブを羽織れ」
「はいはい、分かったわよ」
うんざりとした様子のラディアは無視し、フード付きのローブを羽織り走る。
夜も深く、洋服店も閉まっていた。はぐれ悪魔が経営する路地裏の、洋服とは言えないが鉄鋼の鎧や、魔法の防護膜が貼られた戦闘服といった物が売られている店で色々買った。下着は流石になかったため、肌に吸着するインナー型戦闘服を着せ、その上からローブをラディアに羽織らせた。何より運良く買えたのはラディアの胸がほぼ無く、男性用でも代用できたからだ。
「本当によかった」
「死ねッ!」
鋭く放たれたラディアの拳を避ける。
「何をする。危ないな」
「貴方の考えてることなんてわかるのよっ!死ねッ!死ねッ!」
全く、ドラゴンは危険だ。
転生魔法陣の場所を記したメモを見ながら、軽いフットワークで避けていく。
「このっ!このっ!」
この辺りだろうか。意識を集中してみると、人払いの結界が張られていることに気付く。悪魔の気配も数十は感じる。ここが正解だろう。今の時刻は午前2時前。今転移すれば日本は午後六時か……。転移して、仮拠点を見つけるタイミングとしても丁度いい。行くなら今が一番だ。
「転移希望の者だが――――――」
転移の準備は思ったより早く済んだ。実際、移動する俺とラディアが持つ魔力量と移動距離分の金を払えばすぐ転移できた。
ということで、今既に俺とラディアは日本へと到着していた。久しぶりの日本はやはり欧州と違い近代重工業の排出する濁った空気に満ちている。不味い、新鮮な空気に満ちている森で生活していたからか、日本の空気がとても不味く感じる。
「慣れに慣れた自然の空気と比べると、この空気の所為で地球が滅びる。なんて俄かに信じられない話も、真実のような気がするわ」
「そうなれば、嫌でも神や魔王が動くだろう。人間が死滅すれば悪魔や天使も生き辛く、いや生きることは難しい。まあ、俺もそれには同意する。あまりいたくはない空気だ、ステイツやチャイナと比べればまだましだが……な」
だがしかし、懐かしい。
このコンクリートがほとんどを占める殺風景、人口密集率の高い中での人々の固まった喧騒、自動車の駆動音。ああ、懐かしい。
「天伐の本家は、父上が死んだ時に崩壊してしまったからな。とにかく宿探しを最優先とする」
こくりと頷いたラディアは、携帯端末を操作する。
ドラゴンが携帯を弄っている、というのも言葉にすれば面白い物だ。早速日本に来てから教会関係者から奪ったこの携帯は、昔と比べて発達している。スマートフォンと言うらしいが、機械関係に疎い俺はそういった物は全てラディアに任せている。ラディアはドラゴンの癖に家電集めが趣味だ。
「すぐ近くにホテルがあるわ、行きましょう」
「ああ」
ちなみに、俺の得物である太刀はというと持ち歩くにはあまりに目立つため、冥界――悪魔の棲む世界とを繋ぐ亜空間に格納し、繋いだ冥界にあるヴォラク家の宝物庫に太刀が閉まってある。魔力回路を空間湾曲と同じ理屈で亜空間接続し、取り出せるというわけだ。しかし、接続するのには言霊が必要になる、咄嗟的な判断や行動に追いつかないため補助武器として拳銃は持っているが。Beretta,m92。オーソドックスな軍用拳銃だ。だがまあしかし、拳銃の扱いは慣れていないため、使う時は魔法痕跡を残したくない場合のみに限るだろう。それに、その場合はおそらくもう一つの補助武器、ダガーナイフを使う事の方が多いだろう。日本であるし、銃声というものは目立ちすぎる。
路地裏の道を数分、500mほど歩くとスマートフォンを見ながら歩いていたラディアが立ち止った。ピッタリと背中をついてきた俺も、着いたのかと辺りを見回してみると……。
「ピンクだ」
「ピンクね」
ピンクだった。
「ラディア、お前。ここ……」
「言わないで頂戴」
簡潔に言おう。ホテルとはラブホテルの事だった。
ピンクの蛍光灯、お二人様割引価格、日帰りOK、それらの単語で埋め尽くされたこの路地裏はラブホテルの経営区画だったのだ。
「いや、な。性欲が溜まっているのであれば人間化状態であれば相手はしてやる。だが、此処まで遠まわしでなくてもな」
「ち、違う違う違う違うのっ! 別に意図してやったわけじゃあないわっ!」
顔をブルードラゴンの癖に真っ赤にするラディア。
「ドラゴンの性欲とは異種族に対しても物凄い物だとグヴァラギリス様からは聞いている。あまり無理はするな、どうだ、入ってみるか?」
「……ぇ、いや、えっとぉ、そのぉ……」
「本気にするな、ジョークだ」
「死ね」
今度はマジの竜爪が首を斬ろうと飛んできた。屈んで避けたが、今のは確実に殺しに来ていた。冷や汗がたらりと垂れる。だがまあ、仮拠点としてはいいかもしれない。あまり警察が見回りに来ることも無く、来たとしても中には入らない。教会の者共は性欲の権化であるこの一帯に近づくこともないだろう。
「行くぞ」
「へ? い、いかないわよ、もう。からかうのもそれくらいにして頂戴」
「黙ってついて来い」
「え、ええ!?」
現在夜の七時。若干寝るには早い時間だが、転移前は2時前起床していた時間だ。若干睡眠欲が芽生え始めてくる。とにかく寝たい、今は十分に休息をとり、明日からの行動に備えたい。幸い、ラブホテルはホテルとしての設備は整っている。シャワーもあることだし、溜まりに溜まった体の汚れを洗い流してしまいたい。
「二人で、よろしく頼む」
「お二人様ですね、一泊。でよろしいでしょうか」
「ああ」
「では、お部屋をお選びくださいませ」
渡されたのはあいている部屋の写真である。東の角部屋であったり、逆に日当たりの悪い部屋であったり、少し設備が豪華である分値段が高い部屋だとか、色々種類がある。まあ、無難に東の角部屋でいいだろう。日の当たる部屋の方が何かと気分がいい、別にヤるわけじゃあないんだからな。外から目立つ部屋である分、やはり少し安い。安さを重視するわけではないが、やはり金は節約したほうが賢い選択と言える。
「ここで」
「425号室になります。ごゆっくりお寛ぎ下さいませ」
鍵を渡された私の横では、ラディアが落ち着きなくそわそわとしていた。まあ、勘違いしているのだろうが面白いのでそのままにしておこう。
部屋に入ると外見に比べ小奇麗な所であり、性交する場所としての衛生面はよく整っていた。いや、性交するわけではないのだが。
「シャワーにかかる。飲み物を用意しておけ」
「あ、は、はいっ!」
なんで敬語なんだ、緊張しすぎだろ。いや、まあなんだ。誤解されそうな事を言っているのは分かるのだが。面白くなってきた。
自分でも今下種い顔をしている自覚があった。とりあえず、数カ月ぶりの真面なシャワーにかかり身体を清める。熱い湯がすっかり黒くなってしまった肌に沁みる。褐色肌と遜色ない焼け方だ。褐色黒髪碧眼、これはまた随分と奇抜な姿になったものだ。
シャワーを浴びた後は、日本人本来の清潔好きなどといった風呂の習慣を思い出し、湯船につかりたいと心底思った。近いうちに温泉か、銭湯にでも行こうと心の中で決断した。
「上がったぞ、ラディア。お前も入れ」
「え、ええわかったわ。少し、待っていて」
「ああ」
悪い事をしている気はない。もう一度言う、悪い事をしている気はない。大事な事なので二回言った。
とりあえず、ラディアは放っておいて寝よう。ダブルのベッドに横になり、女のように長く伸びてしまった髪に巻いていたタオルを解き、櫛を入れる。小さい頃、姉上の髪を梳いていたことを思い出す。
「……姉上」
姉上、天伐怜は『偽善殺し』と言う考えは理解できなかった。昔から正義感溢れる人であったが、まさか偽善を肯定するとは俺は思わなかった。そして、父上と母上を殺すという事も。
「斬ら……ねば」
何時か肉親をも斬り捨てるだろう自分の
――――これが、姉上を斬る手。
疲れた。寝よう。見つめていた右手を瞼の上に乗せる。真っ暗で、静かだ。聞こえるのはシャワーの音のみ。静かに、蛹から孵る蝶の様に極めて静かに、俺は睡魔に飲み込まれていった。随分と久し振りの、柔らかい寝床だった。
「咲、上がったわよ?」
恐る恐る、タオルを胸から腰に掛けて巻いている状態のラディアはお湯によるのぼせか、羞恥による体温上昇かは分からないが、顔を赤くして部屋を覗いた。ベッドを見ると、既に大きく布団は膨れ上がっていた。
咲ったらもう、準備しているのね。気が早いわ、もう。あ、そういえばゴムは――そうよ私ドラゴンじゃない。そんなの必要ないわね、アハハ。ドラマの観過ぎよね、私。
「入る、わよ」
何年の付き合いとなるだろうか、咲がどう思っているかはわからないが、私からすれば家族と同じくらいの関係だ。そんな咲と今更こういった行為に望むことは、不思議でならなかった。
「もう、少しぐらい反応――――」
ラディアの息が詰まる。
私の目に映ったのは、スゥスゥと寝息を立てる咲の姿だ。
「ああ、そう。そうですか、そうですよね、ふふふ、ふふふふふふふふふふ……」
ラディアは明日咲を殺すことに決めた。
ら、ラディアはドラゴンですしヒロインじゃ(震え声