雨が降る。
初夏に差し掛かろうとすこの季節、どんよりとした黒雲から滝のように雨粒が降り注ぐ。そのような状況では、駒王町に人気はなく、住人達は皆自分たちの家に籠もるか、仕事場で豪雨が落ち着くのを待っている。
このような日は、異形の者らからすれば行動しやすい。雨は音を消し、臭いを隠す、視界も遮られ、動きは鈍くなる。何の訓練もしていない一般人には外に出るだけで危険が付き纏うだろう。魔導師がそのような日に人払いの結界を張ってしまえば、たちまちそこは陸地の孤島となるわけだ。
俺と、雨によって濡れた緑髪を靡かせる女、ラディアはそのような悪天候の中フードを深く被り街路を疾走していた。瞳は魔術使用時と同じように青く炎が揺れる様にユラユラと輝いていた。木場祐斗を奪取した形になった今、俺は最優先事項をリアス殿との謁見、からコカビエルの討伐に変更した。木場祐斗の復讐心は凄まじく、判断力は鈍り、完全な俺の傀儡として動く。元々リアス殿の情報を謁見時にギリギリまで引き出そうという目的があったが、リアス殿の眷属を一度手中に入れてしまえば、そんな必要はなくなる。まあ、一度対面したいとは思うのだが。
木場からの情報によれば、リアス殿自身は教会と手を組むつもりはなく、木場もその旨は知らされてなかったらしい。はぐれになったのだから当然と言えば当然なのかもしれないが、やはり木場もはぐれになりきれていなかったのだろう。
ということは、だ。゙悪魔らしくない悪魔゙というのは赤龍帝の兵藤一誠という青年ということになる。彼が主の方向性を無視して、教会と協力関係にある、この情報はとても有効に使える気がした。戦闘において事前の情報調査は必須の一言に限る。討つべき敵の戦力を分析し、戦闘実行時における地表・天候の把握。決して才があるとは言えない俺にとって、情報とは優先視しなければならない事項だ。
「あとは、ここかしら」
「ああ」
ラディアが自分の左腕にナイフを置き、一筋の紅線を引いた。臓の鼓動によって張力を失ったグラス一杯に張りつめたの水の様に、人と同じ赤黒い血が傷口から滴り地面に落ちる。血が地に触れた瞬間、落ちた血を中心として青い魔法陣が即座に展開され、辺り一帯に大きく広がっていく。この天気でなければ一般人に気付かれるだろう青い蛍の様な発光が数秒間続いた。
発行が収まり、ラディアから発せられる魔力波動が収まる。
「はあ、やっと終わったわ。リストカットするメンヘラ女、みたいでこの魔術嫌いなのよね」
「見た目は胸が残念な婚期を逃した女だ、性に合っている気もするが」
「あのね、咲? いつも思うのだけど、貴方って本当に女心を踏みにじる達人なのね」
「褒めても何も出ないぞ、白いアレしか」
「ほんっとうにサイテーね……」
疲れ切った様子で、ラディアが終わらせたのは
「地脈契約は竜種が秀でている、申し訳ないとは思うがな」
「思ってもいないことは言わないで」
自分でも酷使している事は理解している。女の腕を四度切らせて魔術行使させる鬼畜であると、そうだな、たまにはいいか。
「左腕を出せ、ラディア」
「え、なに?」
「いいから」
「も、もう何よ」
戸惑いながら出した左腕には、赤い筋が四本獣爪によって傷つけられたかのようにあった。それを俺は丁寧に――――――舐めた。
「ひ、ひぁっ!?」
「ん? うごふな、なえれん」
「な、舐めなくていいわよっ! 何してんのよアンタッ!」
「ちふぉう(治療)」
「んな、治療があるかぁあああああああ!!??」
といいつつ、舐められ続けているのには何か深い意味が
「ないわよっ!」
心読むな、心を。
ラディアの赤い血を舐めとると、俺は懐から包帯を取り出し傷口に巻いていく。ジワリと白い布に血の斑点が浮かび上がる。新陳代謝が極端に高い繁殖期や行動期は、傷の治りも竜らしく相当に高い。これくらいの処置で十分だろう。
「いいぞ」
「も、もうもうもう!! 馬鹿!!」
巻き終わった途端に腕を引っ込ませ、傷口をさする。
「どうだ、気持ち良かったか」
渾身のドヤ顔である。
「んなぁっ! 死ね! 死ね死ね!!」
蒼い魔力弾が俺を襲った。
―――――――――――――
雨が止んだ。
先程の豪雨は嘘だったかのように晴れ渡り、雲一つない晴天、水溜りが太陽の光に反射し、キラキラと輝いている。地域介入魔術を行った後、不機嫌なラディアに食事を与えて機嫌を直させ、今度は探知魔術の設置に移行している。
探知魔術は、設置する場所が高ければ高いほど効果を示す。この場合、駒王で一番高いビルの屋上だ。ラディアの強みは何よりブルードラゴン特有の魔術種類の豊富さにある。探知、結界、攻撃、防御魔術や、北欧のルーン式魔術、精霊魔法などを自在に操る彼女は魔力が゙ない゙俺にとっては、サポーターとして適任だ。
「…………」
屋上に着くと、ラディアは何も言わずに術式を展開させた。波状に魔力波が三度送られ、探知魔術が完了した直後、ラディアが眉を顰め、そして
「一人、来るわっ!」
そう、叫んだ。
屋上のドアの扉が激しく開かれると同時に、悪霊の封印が解かれたかのような強烈な殺意を感じる。
「天伐ゥゥウウウウウアアアアアッッ!!」
「だから、お前等は俺の事がそんなに好きなのかと」
姿を現したのは、青髪の女……ゼノヴィアである。犬歯を剥き出しにして、ロングソードを振り上げ自身のリーチへと俺を即座に持ちこもうとする。先手必勝、ごり押し上等、そう言うかのように確実に俺の頭を狙いに来ていた。
奇襲か。
おそらく、俺が得物を取り出すには時間がかかることを前回知ったために、有効と判断して行動したのだろう。確かに、探知魔術を使えば敵の現在地がわかると、油断していた。最近の討伐目標は鎖につながれた羊ぐらいには狩る事が容易だったため、少し平和ボケしていたのかもしれなかった。
ロングソードにダガーは完全に無効。聖剣には研ぎ澄まされた短剣だとしても勝ち目以前に、刃がすぐに断ち斬られることだろう。ならば、銃。ローブに隠していたBeretta,M92でゼノヴィアの腹部を狙って撃つ。
「!? 飛び道具とは卑怯な、天伐ッ!」
「戦いに正道も邪道も無い」
強引に持ち替えた聖剣の剣身で、銃弾を受け止めはしたが衝撃で聖剣を落としたゼノヴィア。腕が麻痺しているのか、動きがぎこちなかった。ダガーナイフを今度は抜き、即座に懐に入る。だがおそらく、彼女もそう簡単には入れてくれない筈だ。拘束ではなく、この場は。
「天伐流刀剣術、゙
ダガーナイフ版、である。急所、ゼノヴィアの右胸に刺し貫こうとした甘い突きを、木場祐斗の時と同じ様に彼女は避けた、が。体を無理な方向に動かしたために、彼女のバランスは完全に崩れている。ダガーナイフの柄尻で彼女の腹部に強烈な打撃を与えた。
「うがッ!?」
崩れ落ちそうになった身体を腋に左腕を回して抱え、左足で彼女の足を固める。ナイフの刃はゼノヴィアの首元にしっかりと置かれていた。
「離……せッ!」
「離す馬鹿がいると思うのか、お前は」
耳元で、そうささやく。
「ひ、ひぃっ」
息が耳にかかったのか、気が抜ける様に力が抜けていく。
ふむ、こんな力の抜かせがあったのか。一つ、勉強になった。
「咲、貴方今途轍もなく変態的よ」
「自覚している」
それにしても、教会の聖女の癖にエロい格好である。日本の学生が授業時に着用するスクール水着の様な黒い戦闘着は、ラディアでは見れない身体のラインに、豊満な乳房と臀部の凹凸が強調されている。
「――――ハッ! 危ない、この女俺の事を誘惑しやがった」
「な、何をおお!!??」
「女性の所為にしやがったわ、コイツ」
鼻奥がジン、と熱を帯びてきたがぐっとこらえてゼノヴィアに問うた。
「で、何しに来たんだ。一人で」
そう、一人だった。ラディアの探知魔術に近場に引っかかったのは彼女だけであり、昨日いた紫藤イリナとか言ったもう一人の聖剣使いの姿は無かった。
「殺しに来たに、決まってるだろッ!」
「なら、お前はどれだけ馬鹿なんだ。俺と、貴様。どちらの力量が上か、それはもう既に二回も繰り返しているだろうに」
二度ある事は三度ある、別にそれは無謀な勝負に持ち込まなくてもいい。
「一度、神の名を出してしまったからには、討たねばならない!」
途轍もない大馬鹿である。
だから、神への信仰をする馬鹿共は嫌いなのだ。自分に直接的な救いがない癖に、盲目的にイエスと言う偶像を崇拝する彼等は見ていれば滑稽の一言に限る。まあ、神はいるのだから神をも偶像となり得るのだろうが。
「神、神と、言うがな。神の姿を、救いを肉眼で見たことは、貴様にはあるのか」
「……無い、だが神はいつも我らを見てくださっている。救いは望むものではない、救いは何時か神が望んだ時に」
「で、その何時か来るっていう救いは見たのか」
「…………」
黙り込む。
いや、俺は何を言ってるのだろうか。コイツは教会関係者、聖剣使いだ。これまでの俺はもっと単純に、冷静に斬ってきた。何を、分かり切ったことを問いかけているのだろう。
「分かっている」
返ってきた答えは、予想とはかけ離れたものだった。
「……神の救いなど無いなんてことは、わかっている」
俯き、表情が影で分からない。自分の信仰心を一時的にでも裏切って絞り出す様に彼女は呟いた。
「天伐、貴様と出会った時の少女悪霊の事件。あの時の真実を、私は貴様が消えてからも綿密に調べた。そして彼女は――――」
――――――敬虔な信徒だった……ッ。
消え入りそうな声だった。
俺は神の救いを求めても、救いなど起きず神を恨み生きている奴や信徒紛い以外に、それも彼女の様に聖剣を担わされるほどの信徒で、神を疑う者など見てこなかった。
「神を信じるキリシタンの彼女が、貴様があの時言ったように、信徒の風上にも置けぬあの神父に汚されても尚、神の救いを待ち続けたという事ッ! 火炙りにされる時、それでも尚、神の名を叫び続けたという事ッ! 私は知った…………ッ!」
自分が甘いのだと、彼女は認めたのだ。
俺は狼狽した、まさか、彼女こそ敬虔な信徒と呼べる彼女が妥協するなど、誰が想像できただろうか。何故か天伐の教えが間違っている様な、そんな到底認められない気にもなった。そして、怒りも沸いた。
「゙
駄目だ、本当に、壊される。
天伐と言う偽善殺しの存在意義が失われてしまう。
「救いなど……「黙れッ!」……っ!?」
彼女の、言葉を遮断し耳に入らないようにするのが精いっぱいの足掻きだった。頭がどうにかなりそうだった、混沌としたモノが頭の中を這えずりまわる様な不快感、天伐が失われることで自分の存在をも消えてしまうのではないか、という恐怖が俺を襲った。
――――止めろ止めろ止めろ止めろ止めろッ!
焦点が合わない、貧血症状に似た眩み。ゼノヴィアを拘束していた腕と脚の力が弱まった。ゼノヴィアは俺の変化に気付き、咄嗟に俺の高速から強引に逃れた。
「咲、ダメよ。来るわ」
怯えたようなラディアの声が、俺の戸惑いを打ち消した。
「何が」
「大きい、魔力……ううん、違う、光……光力の固まり」
光……力? まさか紫藤とかいうもう一人の聖剣使いか? いや、違う。ラディアがそれだけであれほどまでに震えるわけがない。純粋な力の塊が、凶暴ななにかが近づいてくるという事。――――まさか!?
一つの答えに辿り着いた刹那、大きく翼を羽ばたく様な音が背後からした。ゆっくりと、振り向く。
見えたのは、黒い五対の翼、単純な力の衝動。
「堕天使……っ、コカビエルッ!!!!」
口角を引き攣らせ、ニヤリと奴は嗤った。
私はラディアは、STEINS,GATEの牧瀬紅莉栖をイメージしながら書いてます。
クールで冷徹な主人公ですが、性欲もしっかりあります。だってハイスクールD×Dなんだもん!!!!