ダンジョン深層住みです、いつからかは忘れました   作:蓮太郎

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第29話 鏡の魔物

 

「はぁ~、幸せぇ~」

 

 とある一室に一人の少女が寝ころんでいた。その周りには食べ物が入っていた袋やペットボトルが転がっている。

 

 雁木恵右が上京して一週間、都会のダンジョンの稼ぎはとても良いということだけは理解した。

 

 まだ配信者としては新人でありながら実力はプロにも引けを取らない少女であり、食の話題ではとても早口になるオタク気質という天然のキャラ付けで視聴をそこそこ稼ぐことが出来た。

 

 特に、最初のお披露目コラボ配信でモンスターを瞬殺し続けたことが大きい。

 

 あまり映えのないように思われがちだが、高速でモンスターを殺していくという神業を常に披露し続けている。その際に狙うのは基本的に目玉から刺して脳をかき回す。

 

 完全に映えるとは言い難いがこの新鮮な神業を見るために集まってくるため視聴者は先ほど言った通りそこそこなのだ。

 

「収入もいいし、このまま住めちゃいそう…………今日の稼ぎ全部使っちゃったけど」

 

 今は坂神あかねが所属している事務所の寮へ入職している。住処を得る代わりに所属配信者として働くこととなったのだ。

 

 配信の投げ銭の一部やダンジョン探索で得たものの一部を還元する代わりに色々と便宜を図ってもらえるという契約だ。悪質なものはピンハネがかなり酷いが、大手ということもあってお互いが損にならないような配当となっている。

 

 それでも一日の稼ぎを全て食事に使ってしまった恵右はどうしようもない部分があると言えるだろう。

 

「はあ、やっぱり実家近くのコンビニとは品ぞろえが違う。初めて食べるのばっかだった」

 

 幸せなため息を吐きながら後悔はなかったことを独白する。

 

 いままでひもじい思いをしてきたのだ、これくらいの贅沢をしていいだろう。

 

 とは言っても流石に毎日この量の食事を取るとなれば金銭だって相当かかる。それに、将来のためにも貯金をしなければならない。

 

 まだ上京前の貯蓄に手をほとんど付けずの状態と暴走まではいっていない。だが、このままでは金銭感覚が暴走して毎日カツカツの生活に戻りかねない。

 

 それだけは避けなければならない。貧乏でお腹がすいて苦しいなんて思いはもうしたくない。

 

 だって、苦しくて苦しくて、何を食べたかすら覚えてない。

 

「…………ヤなこと思い出しちゃった」

 

 恵右はむくりと起き上がり、片づけを始める。食べ物にありつけるなら何でもした。運が良いのか悪いのか、身体が貧層であったことで性的なことはされなかった。

 

 だが暴力はあった。小さなころ故に、本能を抑えきれなかった。

 

 小さなころから力は他よりも強かった、という訳ではない。体格もやや劣っていたくらいだったのだ。

 

 しかし、それを補えるほどのハングリーさが全てを上回った。例え相手も暴力で訴えてきようとも食料を奪い逃げてきた。

 

 当然ながら、そのようなことを繰り返していると補導されるようになった。

 

 ここで幸運だったことは対応した警官が親身になってくれたことである。

 

 恵右が住んでいた田舎は良くも悪くも閉鎖社会のようなもの。彼女の家が貧乏であり食すらありつくことが困難という200年前ではよくありえた問題も、ほとんど解決したとなった現代では憐みの対象となった。

 

 完全に怪物になる瀬戸際で人間に戻ることが出来たのだ。

 

 これがもし暴力による抑圧が行われていたとなればゾッとする話である。

 

「…………あれだけ食べてもお腹がすく」

 

 片づけにも体力が必要と言わんばかりで空腹感が襲い掛かる。先ほどの食事で終わりにしようとしていたのにまた何かが食べたくなってきた。

 

「…………ダメ!我慢しないと本当にお金が尽きる。我慢、前も出来たから大丈夫」

 

 それは自分に言い聞かせるためのおまじない。憐憫により諭され、何とか自制しようと頑張っていた頃の口癖が未だに抜けきっていない。

 

 燃費が悪いのか空腹になるペースは人よりも早いという欠陥と引き換えに強さを得たと考えたなら仕方のないことだと彼女は考えている。

 

 そもそも、力が無ければとっくの昔に飢え死にしているのだから。

 

『ほんとうに我慢していいのか?』

 

 声が聞こえた。寮の壁は配信の関係上、防音であるため外から声が漏れることはない。

 

 では中から?端末はスリープ状態だしテレビも消している。

 

『お腹が空いたなら食べればいいじゃない』

 

 また声が聞こえる。おかしい、この部屋には1人だけの筈なのに。けれどもその声はどこかで聞いたことがある気がする。

 

 周りを見渡しても音源はない。自分の中の天使と悪魔的な存在が囁いたのだと思い片づけを続ける。

 

 散らかしたゴミを袋にひとまとめにして翌朝に捨てようと玄関近くまで行く。

 

 玄関には身だしなみの最終チェックするために鏡が置いてある。配信者たるもの、家を出る時はオフの日以外の身だしなみはきちんとしなければならないのだから。

 

『こっちを見ろ』

 

 ゴミ袋を置いたところで鏡を見た。見ざるを得なかった。

 

「えっ…………」

 

『思い出せ、自分の使命を』

 

 そこに居たのは人の形をした怪物だった。

 

 手足の爪は鋭く伸び、皮膚を裂き肉を掻き出せる鋭さを持っていた。

 

 人肌の部分は一部残っているが皮膚に当たる部分は鱗で覆われていたり獣の毛が生えていたりといびつなものになっていた。

 

 耳も丸みを帯びたようなものではなく先が尖り幻想に出てきそうなものになっていた。

 

 歯は肉食獣のような尖った歯がニヤリと笑う口の隙間から見えていた。

 

 髪は…………ぼさっとなり毛量が少し増えている程度だった。

 

 目は紅く染まっていた。

 

 そしてその顔は、まさに恵右そのものだった。

 

「つ、疲れてるのかな。幻覚なんて」

 

『私はお前、お前の本質だ』

 

「そ、そんなこと」

 

 恵右は戸惑い、それを幻と考えようとした。さっさと鏡の前から立ち去りたいのに身体が金縛りにあったように動かない。

 

 それどころか鏡の怪物が動くのに合わせて恵右の身体も動いてしまう。

 

『自分が特別だということは分かっているはずだ』

 

「そ、そんなの他の人だって」

 

『本当にそう思うのか?それはお前が他の人間と接触する機会が少なかったからだ。お前は周りの人間がどう見える?』

 

 だん、と鏡に手をつき自分を装ったモンスターのような何かが問いかけてくる。

 

 必死に考えようとして思考がぐるぐると回り続ける。このような問答に意味があるのか、そもそもこのいかにも自分自身の闇と言わんばかりの痛い奴は何なのか。

 

 何か悪いモノでも食べたのか?そう思わざるを得ないほど現実味のある幻覚だった。

 

『ふ、無自覚か。所詮は私なのだから他人に興味を持たないのは当然、私だけが良ければよいのだから』

 

「……………………」

 

 何も反論できない。口を開けず幻聴を聞くしかできない彼女は再び幼い頃を思い出す。

 

 貧乏だからお腹がすいた。だから食べ物を何とかしようとして何でもしようとした。

 

 その結果、痛めつけられることもあった。全員が全員いい人であるわけが無い。自分が生き残るためにとても必死だった。

 

 他人なんてどうでもいいと考えることすらしないなどザラだった。

 

『分かるだろう?自分は自分のためだけに動くのがお前の本当の姿だ』

 

「…………じゃあ、なんでお前はモンスターみたいな姿に?」

 

 ふり絞って出た言葉に対して鏡の中の自分は更に口角を吊り上げ凶悪な笑みを浮かべる。

 

 何も分からない幼子を嗤う性格の悪い年長者のように、無垢で純粋な悪意があった。

 

『言っただろう。私はお前だ、お前の中に存在する本性だ』

 

「本性なら姿が変わることなんてないでしょ?」

 

『分からないのも無理はない。今はただの人間だが、いずれ「本来の姿」を取り戻すのだ。この姿はまだその過程に過ぎない』

 

 一体何の話だ?本来の姿?それがその本来の姿とやらの過程?つまり、いずれ自分はあのようになる?

 

『そうだ。いずれお前が私となり、私は私の使命を全うするのだ』

 

 使命?モンスターの使命とは一体?

 

 嫌な予感が尽きない。キメラのようなつぎはぎのモンスターの野望など恐ろしいものに決まっている。

 

『そう、この世の美味しいモノをたくさん食べるのだ!』

 

 訂正、大したことなかった。

 

『何が大したことない、だ!私はお前が美味しいモノ食べてるのに味わうことすら出来ないんだぞ!体の主導権を握っているから腹が減っても食べることが出来ないのだ!』

 

 地団駄を踏み抗議しているが非常にどうでもよい。食欲で体を乗っ取られるのも癪と考えたら体が動くようになる。

 

 こんな幻影と幻聴は出鱈目だ。そう思いながら鏡の前から立ち去ろうとする。

 

『クク、ゆめゆめ忘れるな。私はお前、お前は私。いずれ来る日に備えていることだ』

 

 鏡の前から離れたはずなのに、幻聴が続く。

 

 振り向いたら鏡の中から人型のキメラが消えていなかった。

 

 背筋がゾクッとして身体が硬直した時、キメラが鏡から身を乗り出す。

 

『欲望のままに、従え』

 

 その言葉を聞いた瞬間に目が覚めた。

 

 ここは自室で辺りには菓子の袋や惣菜が入っていたパック、そして中身を飲み干したペットボトルが散乱している。

 

「……………………夢?」

 

 時計を見ると深夜帯の時間を指しており、身体は汗でびっしょりと濡れていた。

 

 これは悪い夢だった。あんな生物がいるわけがない、とは言い切れないのがダンジョンが存在する弊害と言えるだろう。

 

「ゴミ、また片づけなきゃいけないの?」

 

 夢の中でもごみの片づけ、そして現実でもやっていなかったゴミの片づけをしなければならないことに気づいて天井を見上げる。

 

 いつの間にか寝てしまったのが悪いのだ。明日もダンジョンへ潜らないといけないのに、寝起きの環境が悪いと仕事に響く。

 

 仕方なく片づけをして再び寝ようと恵右は考えた。

 

 夢の内容を忘れるように、せっせと片づけを続ける。

 

『忘れるな、私はお前。いずれ世界の食を制するモンスターとなるのだ』

 

 幻聴が聞こえたとしても、それは気のせいなのだから。

 




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