ダンジョン深層住みです、いつからかは忘れました   作:蓮太郎

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第45話 ただ人並みに

 

「ぬーふーふふふぬーふー、ぬーふーふーふーふふー」

 

「何の歌?聞いたことないんだけど」

 

「適当に歌っただけです」

 

「そっかぁ」

 

 女二人でダンジョンぶらり。エンタメ性をほとんど排除した状態で胸ポケットに邪魔にならない程度の大きさの端末を仕込んで世間話をしつつダンジョンを探索しようという初心に帰ったような配信である。

 

 配信者はゲテモノ食いの雁木恵右とここ最近幸運続きの坂神あかねである。

 

 事務所内でも同性かつ仲がいい二人としてSNSでも知られており、プライベートの投稿も二人でいることが多い。

 

 そこで事務所から二人で探索したらどうかという提案がなされたのだ。

 

 友達とダンジョンへ潜るという配信自体は良くある話でありながら、そこから撮れる配信も女子二人と面もいいのでたまにはあまりエンタメのことを考えずにやってみるというプロジェクトだ。

 

「よっと!ふう、なんか虫のモンスターが多いなぁ」

 

「それ後でください。足食べます」

 

「いつも思うけどさ、この細足のどこに肉詰まってるの?」

 

「外骨格が美味しいんです」

 

 何の他愛もない会話の中で彼女たちは現れるモンスターを駆逐していく。

 

 二人とも厚着で分かりにくいがしっかりとした筋肉をつけているため大きな荷物を持ちながら片手でハンマーを振り回すこともできる。

 

 なお、ハンマーを振り回している女性はかなり少数である。

 

「そういえば先輩、シャンプー変えましたよね」

 

「このタイミングでそれ言われるとシャンプーの匂いで寄ってこられたと思うからやめて?」

 

 ついでに言うと、この配信は垂れ流しであり自然な会話を作るためにコメントは読み上げないようにしてある。

 

 自然とは言っても、配信していることを意識して変なことを口走らない様にしなければならないという炎上が絶えない業界でやや厳しい登竜門と似たようなことをしているのだ。

 

 ちなみに、恵右は元から変人枠として認識されており変な発言をしても「まあこいつだし……」や「いつもの」という訓練されたコメントが見受けられる。

 

 あかねはたまに見せる豪運で発言関係なしに燃える。

 

「でも美味しそうな匂いしてるじゃないですか。どの企業のやつですか?」

 

「あれ、これ販促だっけ…………?まあ、使ってたやつが無くなったから新しいの買ってみたんだよね、普通にジャスミンの香りだけど?」

 

「お茶のやつですね。通りで美味しいと思いました」

 

「香りで確認してるの…………?」

 

「香りは重要ですよ。炭酸飲料だってほとんどが香りで味付けられてるんですから」

 

「ちょっと意外。量と味さえよければいいと思ってた」

 

「心外な。昔ならともかく今は余裕があるのでこだわります」

 

 ふふん、と薄い胸を張って大人になったんだぞアピールをしている恵右。逆に言えば今まではそこまで良くない生活をしていたということもあり少しだけスーパーチャットが飛び交った。

 

 このスーパーチャットはダンジョン探索終了から翌日に休息期間として彼女たちの自室で読み上げられるため決して無駄にはならない。

 

 エンタメを抜いたダンジョン探索に何の意味があるのか?もちろん後に新たな探索者となる者たちの育成に必要だからである。

 

 アガリカのランカーのような常識からある程度外れた力を持つ探索者に憧れてなる者も居るが、そのような大きすぎる活躍を見せることができるのは極一部でしかなく、大抵は浅い層で命の危機に陥ったりする。

 

 その為の配信。人気の配信者がたまに行う通常探索が視聴者に現実を見せることができる。

 

 今は華々しくても、普段の目に見えない積み重ねがあるからこその探索者なのだから。

 

「うわっ、今度は大きい蟻の大群だよ!」

 

「確かあの色の蟻は体液が酸っぱいんですよね。なので一思いにやっちゃってください」

 

「それ体液が酸性ってことじゃん!装備溶けちゃう!」

 

「素手で叩きのめしたら損害ゼロです」

 

「自分の身体を大切にして!?」

 

 中層で探索を行っているため、素手でモンスターを倒せるのは極一部しかいない。

 

 それも魔力の強化とあらかじめ持ち込んでいる装備が専用の物であることを前提とした戦い方である。

 

 肝心の恵右も素手と言いつつ、ちゃっかりとその辺に転がっていた石を手に持って4匹で現れた蟻に向けて投げつけていた。

 

 手持ちの物が酸で損耗することは帰り道の装備が不安になってしまうためよくある手法だ。

 

 とはいえ、中層のモンスターは投石だけで絶命するかと言ったら甘くはない。この場で投石戦法が出来るのは恵右くらいであかねはしっかりとスレッジハンマーを握りしめていた。

 

「キシャアアッ!」

 

 ぎちぎちと歯を鳴らしながら小型犬くらいの大きさの蟻の群れが迫りくる。

 

 先制として恵右は石を一投で2つ投げ飛ばす。その軌道は弾丸の如きスピードで蟻の甲殻を砕く。

 

 それでも直撃したのは1匹のみ。その2匹の動きは格段に悪くなったが後続の蟻は恐れずに前へ前へと進んでいく。

 

 すかさず新たに拾った石を構えていると、あかねがスレッジハンマーを引きずりそうなほどした向けにして前へと躍り出る。

 

「どっせぇい!」

 

 張りきった掛け声と共にハンマーを振り上げて蟻の顎下から巻き上げるように吹き飛ばす。

 

 めきっと甲殻が砕ける音と共に後ろへ飛ばされた蟻は痙攣して向かってこなくなるが、残りの二匹が襲い掛かる。

 

 危ない、と恵右が叫ぶその前に、あかねの腕に僅かな雷光のようなものが走り振り上げられたハンマーを地面に叩きつけた。

 

 わずかに纏われた光は魔力の奔流。現人類の身体に宿る力を纏い、普通なら何も起こらない叩きつけに衝撃波という強力な攻撃を放つことを可能にする。

 

「今!他のやって!」

 

 衝撃波にひるんだ蟻には大きな隙が生まれた瞬間にあかねは叫ぶ。

 

 もちろん相手は恵右である。手に握られた石を振りかぶりひるんだ蟻に向けて投げつける。

 

 最初に石をぶつけられた蟻と同じように甲殻を砕き、頭から体液を撒き散らし、ゆったりとその場にうずくまる。

 

 あと一匹、残った蟻を仕留めようと二人して視線を向けると不利を悟ったのかカサカサと逃げ出した。

 

「む、逃げましたね。追いますか?」

 

「やめとこ。群れで動くやつが逃げる場所って、やっぱり群れの中なんだよね」

 

「収穫パーティーできたのに…………」

 

「私たちの装備的に大量の相手は無理だからね?」

 

 あかねはハンマー、恵右はレイピアと集団戦に不向きな装備。先ほどの蟻相手も実は割と危なかったりする。

 

 単純に基礎能力がかなり高い恵右と経験から自身の立ち回りを理解しているから切り抜けられた。

 

 そこら一般の、それこそ浅い層でしか活動していない探索者なら死んでいる可能性は十分にあった。

 

「ところでこれどうする?虫系のモンスターは結構いい値で売れるけど思ったよりも大きいよね」

 

「食べ応えあります。酸っぱい所はください」

 

「あのね?モンスターの酸は飲み物じゃないからね?」

 

「昔はよく飲み水代わりにしてたので大丈夫です」

 

「大丈夫じゃないからね!?」

 

 耐性が無ければ爛れてしまう酸の体液を飲むのは相当のもの好きか、それとも悪質な罰ゲームくらいでしかありえない。

 

「…………なんかさ、元から偏食じゃなくて理由あって偏食になった感じだよね」

 

 今まで触れられてなかった事柄にあかねはこの場で踏み込んだ。

 

 元から変人なのはわかる。だが、食に貪欲すぎるが普通の食事も忌避なく食べるその姿勢に違和感を持っていた。

 

「そういえば誰にも言ってませんでしたね。身もふたもない言い方をすると貧乏だったんです私の家庭。その日のご飯に困るくらいに」

 

「そういう家庭って支援とかあるはずだよね」

 

「田舎舐めたらいけませんよ。どういう訳か村八分を喰らってたので支援の支の字もありません」

 

「お、おおう…………」

 

「運が良かったのは村が国に申請してないダンジョンをいくつか保有してたことですね」

 

「えっ」

 

「村の人の目を盗んでこっそりダンジョンに潜って、なんとかモンスターを倒して食いつないでたので」

 

「えっ」

 

「まあ他のところでもよくある事ですし普通ですよ」

 

「普通じゃないよ!?こ、これ後で怒られる話じゃ…………」

 

「まあ、田舎の話をいくら調べても噂しか出ないし知らないのも無理ないですよ」

 

「な、何その封鎖社会…………」

 

「だから嫌で嫌で都会に飛び出したんですよねー」

 

 ケラケラと笑いながら懐かしむように、しかしどこか影が映るような暗い顔で恵右は言った。

 

 明確に犯罪をしている故郷があるという宣言を堂々としてしまった今、あかねは頬をひきつって笑うしかできない。

 

 忘れていないだろうか、この会話も配信していることに。

 

 もちろん炎上した。ただ、この問題はとても根深く現政府でも、いや、世界中で問題になっている事象の一部が表面に出ただけに過ぎない。

 

 犯罪者の村で育ったと非難する声、そして封鎖的な村で悲壮な人生を送ってきたことに関しての擁護の声。

 

 ダンジョンが発生し一時的に文明が衰退した弊害が今、牙をむき始める。

 




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