「ね、ねえ、これって…………」
煌木メイは顔を青ざめさせていた。
端末が突然地震警報のように鳴り響いたと思い驚きながら確認したらとんでもない量のバッタやらイナゴやらが飛び交い人々を襲っているではないか。
地上が大変なことになっていることを知った彼女は二人と一匹にこの画面を見せた。
「これは、ちょっと地上に戻る準備をします」
「土産はいるか?」
「除煙装置を」
「取ってくる」
「がうー?」
それはまるで熟練の夫婦のようだった。『教祖』は白い布越しでも真顔になっていることが分かり帰還の準備を進め、しれッと欲しいものがないかケンが聞いたら準備をすぐに始める意思疎通っぷり。
まるで地上が大量の煙に包まれることが決まっているような言い方だった。
キメラは何も分かっていない。
「え、ええと、私も何かした方が良い?」
「何もしない方が良いでしょう。ある程度慣れたとはいえ本格的な戦いに挑むのは早い、そして今回のような小型で大群の相手には向いてないと言えます」
「う、た、確かにそうだけど…………」
機械となった腕を見てうなだれた。
苦痛と苦労を伴ったリハビリの成果として日常生活を問題なく遅れるようにまで機能を回復したのだが戦闘となれば話が違う。
戦闘する際には骨の髄まで染みついた魔力の使い方を義手と義足に回してしまうため
何が起きたかというと、ケンとのスパーをした際に魔力を義手に回してしまい、義手のエネルギー源と反応し周囲に衝撃波を放ったのだ。
衝撃波を発射した本人へのダメージは意外と少なかったが、周囲の被害はそこそこあったため、これを他人がいる場所で使うとフレンドリーファイアが起こる危険性があったのだ。
使った本人へのダメージが少ないのは発生者だから本来のダメージを吸収して自身のみ軽減できたのではないかと推測している。
「ただ、上に帰ることは出来るでしょう。私と共に行きますか?」
「えっ?」
突然チャンスが舞い込んできたためメイは目を丸くした。
日常生活が出来るようになるまで回復したなら後は自己責任で義手と義足の扱いを上手くするだけ。
心配している人もいるだろうから早く帰りたいという気持ちはあった。ただ、ここに居たらもっと何か得られるのではないかという考えがなかったわけではない。
「がう?」
「あ、いや、帰りたいです」
ただ、得体のしれない巨女がいるのも怖くてその考えは早い目に消えた。
どう見ても日乃本の顔じゃないし、歯はギザギザで尖ってるし隙あらば噛みつこうとしてくるのが捕食者じみて怖かった。
メイはキメラの本来の姿を見たことがないから正体不明の恐怖に襲われているが、実際ケンと『教祖』が目を離した隙に食べようとキメラは思っているのでその予感は正しかった。
「やれやれ、みんなにいい土産を持ち帰りたかったのですが、あまり多く持って帰えられなさそうですね」
「嘘つけ、その衣装の下にこっそり鉱石回収してるだろ。俺の目はごまかせんぞ」
「さあ、どうでしょう」
『教祖』が纏っている服は確かにゆとりはあるが鉱石を大量に隠せるようには見えない。何か仕込んだとしても少し動いたらふくらみでバレそうなものだが、そういったふくらみもない。
だからメイは考えることをやめた。だって滅茶苦茶強い人と摩訶不思議な人のことを一般人が考えても永遠に答えは見つからないのだから。
「がうがう」
「おや、私が帰るのは寂しいのですか?」
「うん!」
「食べることができなくて残念と言う意味ではなく?」
「…………ぅん」
キメラが『教祖』の衣装に指を引っ掛けて引き留めようとしているが、何度も死ぬところを目撃しても遺体を食べるまでには至っていないので残念がってるだけだった。
その証拠に目を逸らして口笛を吹いている。メイに教わってかなり上達したようで繊細な旋律を奏でている。
無駄に高い無駄な技術はさておき、会話できる距離で何かを探していたケンが『教祖』に小さな装置を投げ渡す。
「さっき欲しがってたやつだ。これで街一つくらいの範囲なら空気を正常化できる」
「量産は?」
「万が一に備えて作りやすいのにした。コピーしたら3日くらいで試作品くらいできるだろ」
「貴方の3日は信用できませんが、期待はしておきましょう」
除煙装置とは言ったがトートバッグほどのサイズでありながら超広範囲をカバーできる機械にメイは驚きもしなかった。
もはや人智を超えたオーバースペックなアイテムを次々作り出す相手に対して驚くと言うのも無駄なエネルギーでしかないと気づいたからだ。
「…………ところで何でそんな都合よくその装置があるの?」
「昔に深層を煙で充満させてモンスターを煙で燻してみようという実験をしてな、その後処理のために作った。結果は煙が邪魔なだけでモンスターらは平然としたから実験は失敗だったが」
「ぐるるるる…………!」
奴らに窒息は効かないんだなと思ったとケンが言う反面、キメラが静かに、いや凄く喉を鳴らしながらキレていた。
煙がウザかったのは当人だけでなくモンスターもそうだったらしい。
「なんかめっちゃキレ散らかしてるけど何したの!?」
「その実験の最中に襲いかかってきたから血煙になるまで切り刻んだことを恨んでるんだろう」
「煙から奇襲したら煙になった…………こわ」
やっぱり人間じゃないと思いつつ、メイも遅れながら帰る支度を終わらせた。
持ち帰るものと言っても何故か用意されてあったカバンに端末、お土産として適当な鉱石としなる金属の棒を渡されている。
最後のものは余ったため在庫処分との事で、体のいいゴミ箱扱いされている気がするメイだった。
でも貴重な物なので鞄に仕舞っておく。しなる金属は弄っていても面白いので暇つぶしには持ってこいだろう。
いざとなれば叩けば良し、柔軟性がある硬い武器は相当貴重なのだ。
「さて、必要な物は揃い、外との連絡も済ませたので行きましょうか」
「信者の方は大丈夫だったか」
「ええ、『子供たち』が居ますので」
『純光教』の内情は世間一般には公開されていない。ついでに『教祖』の人間関係も公にしている政治家以外は大して情報がなかったりする。
まして、『教祖』に子供がいるという話も聞いたことは無い。ネットで調べてもそれらしい記述は見つからないが、教祖が言葉の綾のような感じで子供たちと呼んでいる幼子の信者は居ても実子は今まで聞いたことは無い。
そもそも150年前に発足して代替わりしている(だろうと思われる)歴代『教祖』に子供の記録もない。
聞いちゃいけないことを聞いた気がする、スクープよりも身の危険を感じたメイはぶるっと震えた。
「がうがう!」
「おい、引き留めるな。いや、ついでと言わんばかりに外に出ようとするな」
「ぐるるる…………がぶがぶ」
「威嚇もするな、噛むのもやめろ」
やはり普通の人間を食べられないのが惜しいのか、キメラがメイを追いかけようとするがケンに腕を掴まれて止められた。
その腹いせにわざと引き寄せられるようにケンにしがみついて頭から齧りついた。
なお、密着するようにしがみついたため豊満な乳が猛烈に当たっているのだが、当てられている本人は全く気にしていなかった。
そんな様子を微笑ましく見守っていた『教祖』だった。しかし、やるべきことがある、守らなければならないものがある。
「じゃ、あの件よろしくな。50年以内にはまた来いよ」
やるべき事のためにもう用はないと言わんばかりに、しかし自然な動作で
「ああ…………また来るよ、友よ」
別れ際の『教祖』の言葉は威厳がある宗教家ではなく、ただ一人の人間として次の再会を願う者のフランクな言葉だった。
突然始まって終わった仲のいい友人のやり取りに目を白黒させて混乱していたメイだったが、自分が置いていかれそうになっていると理解してすぐに『教祖』を追いかけ始めた。
「あ、ありがとうございまし…………た?」
「義手と義足は大事に扱うんだぞ。1点ものだからな」
礼を一応言ったが、先ほどのやり取りを思い返しても美女にくっつかて噛みつかれた変な状況を思い出して一気に雰囲気が台無しになった気がする。
メイは野暮なことを心のしこりとして残したまま、走って出て行くのであった。
「…………少し広くなったか」
「がう?ぐるあぁ!」
「だからと言って元の姿に戻るんじゃない」
僅かな感傷もキメラが元の姿に戻り物理的なスペースを減らしたことで全部台無しになった。