暗闇の戦闘というのは、案外慣れやすいものである。
周囲に何もなく、そして敵となる者の数が一定数である限り緊張感は増しても状況のコントロールがしやすいからだ。
そもそもダンジョンも洞窟であるはずが何故か明るいことが多い。
そう、多いというだけで全く光が無かったり薄暗すぎるダンジョンも存在しているのだ。
皆が皆、同じ条件でダンジョンを潜っているわけではない。あかねも恵右も大きいダンジョン以外に企画として別地方のダンジョンへ潜ることもあった。
よって、あかねは暗い場所で戦える上に、そのノウハウを恵右に伝授している。
それは向こうも同じこと。ダンジョンに潜った回数と経験は老人たちの方が圧倒的に上。
かぁん、と各々が持つ武器の柄に木片の様な物をぶつけて大きな音を出す。
音の反響から相手の位置を探り出すエコーロケーションという技法で己や仲間、そして敵の位置を把握することで戦況を有利に進めようという算段である。
老人たちもエコーロケーションから恵右とあかねの位置を探りだし、その肉体を傷つけ自分達にした所業をたっぷり味合わせるつもりでいた。
並の探索者よりも素早く、そして確実な殺傷能力にて反響に位置する人物を攻撃しようと。
「はいそこ!」
ぶおん、と振りぬかれたハンマーによって強制的に後退させられる。
音か気配でバレたのかと考えられたが、その直後に横からの殺気が飛んでくる。
即座に顔をずらした瞬間、老人の頬を鋭い何かがかすめていく。
「ち、外しましたか」
「この餓鬼が!誰に歯向かっている!」
「素材にもならないゴミが喋ってますよ先輩」
「それわたしに振るのかな!?うおっと、危ないな!」
罵倒の順番を振られて困惑するあかねであったが、その間にも攻撃は続いている。
だが、多少慣れているとはいえど真っ暗闇の中から攻撃を避けるのは至難の業。まして、あかねのような中堅程度の実力者が半世紀以上ダンジョンに潜り続けた猛者の攻撃を避けることはふつう難しいはず。
ただ体育館という戦場を暗くするのには労力が居る。そして消すタイミングや小道具の調達にも人脈が必要であることを老人たちは知らない。
あかねと恵右は暗闇になる事を前提としてとある装備を身に着けている。
それは暗視ゴーグルという文明の利器である。
暗闇でも見えるよう人間が感じ取れない光を機械でとらえ、周囲は殆ど日中に近い状態で二人は戦っているのだ。
あと、暗視ゴーグルが即座に破損しないようにその上からガスマスクを装着して顔面の防御も固めていたりする。
まさか暗闇になった瞬間にそのような装備を付けているとは知らない老人たちは、自分達の動きをほぼ完全に掌握されている事に動揺が走る。
あかねがハンマーを振り回し隙があると見せかけつつ近くに来たら素早い恵右がレイピアで突いてくる。
しかも老人たちの姿がばっちり捕らえられているため、エコーロケーションで反応する前に攻撃を仕掛けてくるため思うように動けずにいる。
思い通りにならないのが腹立たしい老人たちは苛立ちを隠せず、徐々に押されていく。
「おのれ!何故こちらの動きが分る!」
「分からないまま死んでください。私の人生に必要ない人なので」
「母親に似て生意気な」
「もう少し長く苦しめるべきだったか」
「……………………やっぱり」
分かってはいた。自分が村から出た時点で迫害される矛先が親に多く向いてしまうことを。
知っての通り性根がゴミカスでドブよりも汚い老人や叔父叔母らが父と母に手を出すことは明白だった。
閉塞感が漂い、いずれ皆破滅してしまうくらいならせめて娘だけでもと母が恵右を外へ逃がしたことで、母に向けられる理不尽は相当なものだっただろう。
長く苦しめるべきだった、それは今は苦しんでいない事と二度と関わることがない言質である。
「だったら1秒でも早くこの世から消えてください。それがお父さんとお母さんへの弔いになります」
「その反抗的な態度も母親そっくりだな!」
「奴は最期まで命乞いをしていたぞ!」
「娘だけは、とな!」
「ドン引きするくらいの下種!法が黙ってないよ!」
「儂ら年長者こそが絶対じゃ!」
「んなわけないでしょ!法治国家舐めてんの!?」
非常識にもほどがある老人に思わずツッコミを入れてしまい、うかつにも位置を特定されてしまっているあかねである。
足手まといと思っていた小娘も意外についてくるため先に片付けておくべきと判断した老人たちの攻撃の矛先が向けられる。
恵右のアシストもあり捌くことは出来ているものの、少しずつ刃物の攻撃が当たり切り傷が増えていく。
血の匂いにより更に位置の特定が容易となり集中して体力を削られ始めていく2人。
だが老人たちも同じで熟練かつダンジョンに潜り続け心体共にモンスターの魂の残滓を取り込み続け強化されているとはいえ、老人という皺だらけの顔が示すように最盛期はとうに過ぎているのだ。
ここで引けば増援が来たり対策がされて殺せなくなる、というよりも引いたことを逃げたと風潮され舐められてしまうという心理が老人たちの根底にある。
事の始めも国に田舎と舐められ財産を没収されたと思い込んでいる連中に撤退の二文字はどうしても踏み込めなかった。
このまま体力勝負になるのか、そう思っていた老人たちの身に異変が起きる。
突如、老人たちの足に力が入らなくなった。
それだけでない、妙に息苦しくなっており脈拍も普段よりも早くなっていることを自覚し始める。
ダンジョンに潜っている際にも疲労で似たような現象が起きることはあったが、それは長期間潜り続けた時の話である。
戦闘を初めて10分も経っていない筈なのに限界が来るのだろうか?
「そんなはずは、ない!」
「貴様、何をした!」
「しゅこー、何もしてないよね!恵右ちゃん、なんでか分かる?」
「しゅこー、私にも分かりませんね」
わざとらしく音が鳴るように息をする2人。
最初に述べた通り、2人が顔に付けているのは暗視ゴーグルとガスマスクである。
暗闇の為の目と顔の防御と言ってはいるが、老人たちが狩場に来た時点で既に罠は発動していたのだ。
そう、ガスマスクと言えば毒ガスから身を守るためのアイテムである。
体育館は段ボールとはいえど窓は密封されており、入り口から出口もそこそこ距離があった上に老人たちがのこのこと入り込んで電気を消された時点で外で待機していた事務所メンバーや警察官たちが即座にドアも閉鎖し密室を作りこんだのだ。
そして戦闘開始と同時に外から体育館に向けて毒ガスをばら撒き時間経過と共に仕留めようとする作戦が行われていたのだ。
無論、中の2人が早く死んでしまえば無駄となる無謀な作戦ではあった。後処理の事も正直言って考えていない作戦でもあった。
発案者は坂神あかね。それにゴーサインを出したのは雁木恵右。
周囲からは滅茶苦茶反対されたが、やられっぱなしでいられなかったあかねは『最近たまたま手に入ってしまった財産』を担保にして大量の金銭を抱えて即座に環境を整えてしまったのだ。
金、やはり金は全てを解決する。恐らく一生使いきれないであろうはずの金を全部ぶち込んだことにドン引きされながらも最高で最悪の事前準備を済ませていたのだ。
覚悟がガンギマリの2人がこのような奇策を取りつつ真正面からぶつかってきたなど知る由もない老人たちは徐々に劣勢に追い込まれていく。
決着がつくのは時間の問題であった。