ダンジョン深層住みです、いつからかは忘れました   作:蓮太郎

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第79話 駄々こね

 

「餓鬼…………ッ!ゴホッ!」

 

「隙あり!他の人たちの仇!」

 

 ドゴ、とハンマーが人体に叩きつけられる音が響く。

 

 毒ガスによりまともに身体を動かせなくなった老人に、あかねのハンマーがヒットしたのだ。

 

 字面だけだと、あかねが外道にしか見えないが相手がやる事をやりすぎたので当然の措置である。

 

 むしろ、殺害に当たる攻撃を行えていることが異常であるのだ。

 

 そこは彼女も探索者、様々な危機を乗り越え感覚が麻痺したと言えばそれまでだが、手を汚す覚悟を取らなければ後がないというのも理解していた。

 

「阿賀さんっ!よくも!」

 

「お前にそれを言う権利はない」

 

「ぎっ…………!」

 

 長年連れ添った友人が致命傷を負い、老体に鞭打ちながらもあかねを排除しようとするもう1人の老人の喉にレイピアが刺さる。

 

 恵右のレイピアはゴブリンの眼球を当たり前かのように狙えるほど正確である。

 

 目を刺し、脳を刺し、掻き回す事は造作もないのだが、今この時は敢えて喉だけを狙って風穴を開けた。

 

 わざわざ楽に殺すのは勿体無い、抵抗した風を装い苦しんで生きて、そして屈辱の中で死んでほしい。

 

 そんな思いに反して割と殺意が高いのご愛嬌である。

 

「お父さんとお母さんを殺した時もこんな感じ?それとも、じわじわとなぶり殺しにした?」

 

 しゅこー、とガスマスクからくぐもる声で恵右は息絶え絶えな老人に問いかける。

 

 本来なら聞くまでもなく、処分一択なのだが思わず聞いてしまったのだ。

 

 老人は暗い暗黒の中でも恵右をにらみつける。

 

 ガスマスクの下にある暗視装置に眼球の動きは上手く映らなかったが、その目は怨念が満ちている。

 

 何かを喋ろうとしても、空気が無ければ喋ることは出来ない。

 

 棒立ちに近い状態の恵右だったが、他の老人たちもガスに影響されながら最後の力を振り絞る。

 

 無防備と思える背中を感じた気配に向けて、斧を投擲しようと手を振り上げる。

 

「そこまで」

 

 その手をハンマーで弾かれる。思いっきり振りぬいたらしく、腕があらぬ方向へと曲がっているのが惨い音と悲鳴で分るだろう。

 

「無力化できたかな?知恵のあるモンスターは怖いのに、現代知識を持った怪物は怖いもんね」

 

 知恵のある怪物と例えるあかねに怒りを覚えるのは無理もないだろう。

 

 何故なら、老人たちは自分達こそ怪物が湧く血を自分達の力で治めていたのだと自負しているのだ。

 

 本来なら国で治めるものを独占して利用し尽くしていただけというのに、最後まで気づかないだろう。

 

 ついに耐え切れなくなった老人たちは次々に意識を手放し始める。

 

 一部は命すら手放しているが…………自業自得であろう。

 

「終わったかな?回収の方、お願いしまーす」

 

 全てが終わったと考えたあかねが衣服に仕込んでいた無線機に話しかけ、その合図と共にガスマスクをつけた者たちが突入してくる。

 

 その誰もが武装をしており、万が一の対処が行えるように備えているのだ。

 

 その万が一がいつ来るのかどうか、彼らの中に老人達が殺した者の関係者がいるため近いうちに起きるだろう。

 

「お疲れさん、よくあれ戦えたな」

 

「殺意は凄かったですけど、強者感はキメラの方があったので大丈夫でした!」

 

「そ、そうか」

 

 深層から幸運もあって帰還できた女は強いな、そう思う回収部隊であった。

 

 数多の経験で太々しさが強くなったあかねは倒れた老人達を跨いで立ち尽くしている恵右に近づく。

 

 だが、それに気づく事なく恵右は動かない。

 

『不味そうな肉だが、食えば強くなれる。喰え、喰らうんだ!』

 

「……………………」

 

 自分の中との人格により葛藤していたのだ。

 

 人を喰らえば強くなる、と言うのは昔からうっすらと気づいてはいた。

 

 人肉を喰らいたいという欲求は、この老人達を筆頭に起こした村八分からの貧困のせいだと思い込んでいた。

 

 だが、本性が囁いてくる。

 

 これが己の生きる道である、喰らい尽くすことこそ欲求なのだと。

 

「(いや、普通に不味そうだからやだ)」

 

『はぁぁぁぁ!?いや、喰えよ!不味くても!』

 

 恵右も相当図太くなってきたので本当の本当に最後の一線だけは越える事はなかった。

 

『かつて虐げてきたカス共を消せるだけでなく強くなれるのだぞ!貪欲に喰らえよ!』

 

「(今のままで十分だもん)」

 

『ぐぬぬ、深いところにいる奴らに比べたら…………まあ対抗はできるかもしれないが微妙なところなのに!』

 

 誰と比較しているのかは分からないが、断固として人を食べる事をのらりくらりと躱す恵右。

 

 別に飢えてるわけでもないし、美味しいものはたくさんある。

 

 それに、この後は祝賀会といった美味しいものを食べられるイベントの方が先決だ。

 

 働いた後の飯は美味いというのはどこでも共通なのだ。

 

「恵右ちゃん!ぼーっとしてないで行くよ!」

 

 あかねは内なる人格と話していた恵右の背中を叩いた。

 

「この後にも事情聴取とかマスコミ対応とか配信での声明とか考えないといけないから、やる事たくさんだよ」

 

「………………………………え」

 

「今回だって炎上するの間違いないし、多分ギリギリ死なせてないかもしれないけど万が一あいつらが死んだ時の言い分とかも作らないといけないし、動画を作るの事務所に手伝ってもらわないと!」

 

「……………………………………………………え?」

 

 恵右がこの後に祝賀会を開いてもらえるという妄想は容易く打ち砕かれた。

 

 今回の事件の渦中にいた2人は今後、大きな追及を受けることになるだろう。

 

 なんの当たり障りのない返答や全ての罪を老人側に着せるための準備をする必要がある。

 

 実際、2人も被害者の立ち位置であるがこの世全ての人間がそれを認めるわけもなく、一部が過剰に攻撃したいと言わんばかりに攻め立ててくるだろう。

 

 精神的な魔物化というダンジョンの本来の目的が進んでいるとはいえ、ある意味敵になる相手は厄介すぎた。

 

「あ、あの、ご飯だけ食べてもいいですか?」

 

「とりあえず移動、それで事務所の人たちと会議挟んでからだからお菓子で我慢して」

 

 既に体育館は換気を始めてガスを抜く最中であるため、今すぐに物を食べることは出来ない。

 

 そもそもガスが満ちているまま老人達を食べようとしたもう1人の恵右がうかつだったりする。

 

 だが、動いたことで空腹になりつつある恵右はその事実を認められなかった。

 

 ごはんがない、それだけは嫌だった。

 

「…………やだ」

 

 なので恵右は駄々をこねることにした。

 

 先ほどまで殺伐とした殺し合いをしていたはずの少女が床に寝そべり、うねうねと駄々をこねるのだ。

 

「やだやだ、ご飯食べてからじゃないとやだ」

 

「はいはい、続きは外でやろうね!」

 

 そんな相手にもあかねは容赦はなかった。

 

 寝そべって講義する恵右の足を掴んで引き摺りながら外へ出たのだ。

 

 ガスマスクをつけているため2人の顔が見えないせいで、外で待っていた関係者は恵右がやられたのかと勘違いする。

 

 恵右にとって産まれて初めての駄々こねが、なんとも締まらない形で幕を下ろすのであった。

 

 




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