ポストクトゥルフ   作:杜甫kuresu

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They're crafty.

 21世紀も後半戦に入ると、戦争と呼ばれるものは概ね自動化された。それは死の価値を下げる行為であるという批判は少なからずあるが、論理的な結論に人間は無力だ。戦争が続くように死の価値も下がり続けた。

 

 現在の企業が提供するデバイスは、常に人を過剰に保護して強化する。Tabula rasaシリーズも同様だ。

 近藤の瞳に貼られたコンタクト型ウェアラブルコンピュータは彼の動きに合わせて、視線が移動する度にゴミ箱を、あるいは施設の配管を円型のターゲティングが追いかける。

 出てくる情報は可燃物だとか、この配管技術には脆弱性が何種類あり、どのような戦術に派生できるかなどという机上の空論だ。

 

『α-10、ターゲットと131.2mの距離を維持。帰宅ルートの演算上、こちらに気づいている様子はない』

 

 屋形霧衣。それが近藤の追うターゲットであり、今回の情報戦争の犠牲者である。近藤の強化された肉体による追跡は相手を見失うかどうかではなく、既に『如何に周囲に気づかれずに任務に遂行するか』と『どれだけ完璧であるか』に対してのみ評価軸が向けられる。

 

 事実、近藤の所属する”政府”は失敗の話をしない。成功する中で、どれだけの点数が出るかに話の焦点があるからだ。

 

『こちらαL-1。α-6、7の通信が途絶した、現在原因を特定中。無警戒だと思わない方がいい』

『了解、詳細はあるか』

『不明。報告及び言語への齟齬を確認、それと同時に通信が不安定になった。論理破綻を誘発するウイルスを貰った可能性がある』

 

 近藤が腰に備えた再結合神経グレネードに意識を逸らす。神経系の電気をかき乱し、ちぐはぐな身体機能を活性化させて機能不全を起こす再利用防止用のグレネード。しかし、その非人道的な兵器に方針が似ている現象だった。

 

 近藤は”政府”の情報作戦部隊に入って以来、計算された絶望と必然性の悪魔に対して向き合い続けてきた。

 この時代は戦争は自動化され、情報で世界が支配されている。だから、彼らは物理戦闘では常に相手がどこを見ているか、見ることになるか、何を考えてどう打って出るかを知ることは容易だった。

 五感をマスキングし、サイバーウェアで人の動きを諦め、標的を追いかけるサブマシンガンで無自覚に殺戮を犯す。

 

 今回もその延長線だと思っていたが、おかしい。

 思えば東京都知事が襲撃され、あまつさえ成功している時点で異常は始まっていたのだ。

 

「…………!?」

 

――――――悲鳴。甲高い悲鳴、それは女性のような気がした。

 近藤は瞬発力を生かして素早く通信。

 

『こちら情報作戦部隊α-10。近辺で女性と見られる悲鳴を確認、スイッチングを要請する』

『αL-1。許可する、α-9、交代しろ』

 

 許可が出る。

 彼は別に義憤でやっているわけではなくて、単にこの状況で悲鳴が起きるという状況について反応した。率直に言うなら、釣り餌に引っかかりに行こうという魂胆だ。

 

 視線が素早く悲鳴の方向へ向き直る。エコーロケーションを通じて、女性と思われる存在の位置が示される。赤色を貴重としたグラデーションで建物の中に表示され、それはビル街の心臓をサーモグラフィーで見つめたようである。

 

「(明らかな罠だが、だからやる必要がある)」

 

 近藤隊員の命は安い。より重い命の代わりに散るべきなのだ。

 軽快な足取りは地面を砕くような重みを纏い、町中を黒い影となって駆け巡る。少しだけビルの前で全貌を見上げ、その内部構造が透視されたのを確認すると突入を開始する。

 

 入り込んだ瞬間、ひやりと空気が冷えた感触。NihilismがTabula rasaシリーズ、Analyzeを通じて『それは心因性では?』と簡潔なクエスチョン。考えていることすら”政府”お抱えの演算AIにとっては筒抜けらしい。

 

 また、静かすぎる故か、小さな羽音がずっと聞こえているような錯覚に陥っていた。

 

「(何もいない…………? やはり妙だ)」

 

 僅かな嫌な予感。冷や汗は流れず、論理的な思考処理が『重視は出来る人の生得的モジュールの判断』と味気ない判を押していた。

 

 彼は持ち合わせていたサブマシンガンの銃口ごと顔を左右に揺らす。

 

『こちらαー10、生物の陰影を認められず、引き続き調査する』

 

 それからの近藤はお手本のような戦闘員だったと考えて良い。

 クリアリングをして、短く足音のしない走りで角に移る。階段を速やかに上り、しかしそれは平然と四段飛ばし。

 

――――――また悲鳴。

 今度は複数、別人の声で。相変わらず予測位置はビルの上だったが、Nihilismが

 

『エコーロケーションが完了しました。先程の女性を含めた予定位置を表示します』

 

 と骨振動で伝達したのを境に、グラデーションを見せていた予測所在地が人の形へまとまっていく。概ねの位置が割り出せたということだ。

 喜ぶべきタイミングと思いきや、近藤の思考は混乱を招く。

 

「(反応がない。エコーロケーションと一致していない……?)」

 

 謎は深まるばかりだった。NihilismやAnalyzeが誤った診断を下すということは無い、だからこそ彼らの目標は常に高く保たれていたと言って良い。

 彼の浅いなりの数年間、こういった不思議な出来事はかなり少なかったのだ。

 

 段々と、頭痛がし始める。

 羽音だ。羽音のような音が大きくなり始めている。相変わらずNihilismは『心因性だ』と言って憚らない。

 

「(だと良いが、どのみち仕事に差し支える)」

 

 彼は痛覚マスキングをかける。同時に体の僅かにだれた疲労感まで遠いものになり、階段を駆け上がる足取りは最早足がもげてしまったような感触だ。

 

 被害者の所在予測地点の部屋、その前の扉に到達した。扉は固く閉ざされているが、近藤の透視で見える景色では相変わらず何もいない。

 一瞬の逡巡があった。異常現象なのは分かりきっているが、後はどう本部に運ばれるかだ。

 

「(今知るべきだ)」

 

 彼は扉を蹴破って、その御大層なサブマシンガンを構えた。

 人は居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただし、化け物が居た。同時に後ろから強い衝撃、それも激痛を伴い。

 当初は蹴られたかと思ったが、すぐさま異常値を示した心拍数をAnalyzeで確認して、次に腹部を確認する。

 

 不格好な槍。まるで乱暴に削ったような武装が彼の腹部を貫き、そのまま部屋へと押し出してきたのだ。

 

「不味い…………乗せられたか!」

 

 彼は素早く向き直る。判断ミスは、今から見つけることになる”それ”が室内にも紛れていたのを、失念していたことだろう。

 

 蟇蛙のような、奇妙な灰色の巨体を揺らしながら、槍を放り出して伸び切った右腕と一緒に肩で笑う。

 下品で大きな、しかし妙に人間にも似た歯並びから粘着質な音を立てた唾液が映り込み、その目があるべき場所には赤い触手のような気味の悪い器官が覗いている。

 

 そいつはゴム質の肌で笑っていた。明らかな化け物、全長も近藤よりある。

 

「(なんで警告が出なかった!? まさかあの頭痛――――――!?)」

 

 後悔先に立たず。確かにその頭痛が原因だったが、既に問題は発生している。

 吹き飛ばされて壁に激突するが、ひねり終えた体で急いで銃を構える。

 

 しかし、予測弾道が出ない。意思を持ってトリガーを引こうとすれば、それがどこに飛んでいくのかをAnalyzeは必ず表示する。後はどうやってそれを素早く読み取るかの単純なゲームのはずだった。

 

「何……ッ!」

 

 予測弾道が遅れてやってきて、それは蟇蛙にぶつかると乱反射した。

 三つも、四つも、五つも。いくつも別れた弾道がそいつに飛び交い、今度はゆらゆらと揺れて弧を描く。

 

 発砲。しかし自動追尾が働かない、一つのものに一つのインジケーターは四つあって、それすら狙ってくれていなかった。

 彼は急いで体勢を立て直して避けようとするが、動作予測につい従ってしまう。

 

 蟇蛙は全く違う動きをした。

 

「くそっ、届かない――――ッ!」

 

 奮闘はしたのだろう、だが失念は致命傷になる。

 背後からの刺客とのタップダンスで、完全に先客をお留守にしてしまっていたのだ。

 

 近藤は横から飛んできた槍にまたもや吹き飛ばされ、今度は右腕ごと壁に固定される。めしめしと音を立てた内壁の何と脆いことか。

 通信を立てる。

 

『聞こえているか、こちらα-10! M-Creatureだ! タイプはMoonBeast!』

 

 遅すぎた。

 通信の返事をしたやつは、αL-1ではない。

 

『健気なものだ』

 

 男と女と、子供と老人と、虫とイルカの声を混ぜたような。統一性のない重なった声が帰ってきた。

 聞いたことがない声に、近藤はマスキングされた感情に”混沌”を爆ぜさせた。

 

 錯乱しかけている。しかし、帰ってきた通信は意に介さず続ける。

 

『君達は技術で強くなったから』

『技術を超えるものに弱すぎる。彼女達はどう出るかな?』

 

 通信が切れたのと同時に、彼の意識は加速度的に遠のく。まるで飛び降り自殺だった。

 最後に残るのは、そのMoonBeastと呼ばれた怪物が手に持っていた女の頭と脊椎のような部品。それをカタカタと鳴らすと

 

『タスケテー!』

 

 そう言っている悪趣味な様子だった。




SANc 1d3/1d6

※ポストヒューマン+クトゥルフ神話=ポストクトゥルフ
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