ポストクトゥルフ   作:杜甫kuresu

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Shadow of One

 荒涼とした旋風が肌に当たり、さながら彼を押し潰すように世界を歩み抜けて行く。

 

 その五感映像はExtended-Autofhagy Deviceが見せる幻であり、ついぞ無念に死んだ男の直前の体験そのものだ。

 私はこれを評価するなら、"命を削っている"と答える。

 血が流れているわけでもないのに身体中が痛いのだ。それも今までに味わったことのない幻肢痛めいた気配を常に纏っており、状況が痛覚だけで異常であると理解できる。

 

 異常なのは当然だ。これは「ウェンディゴの夜明け」と企業内で呼称されるインシデントの犠牲者の記録である。

 

【魂がひりついてるってやつなんだろうか、痛い】

 

 男の独白が聞こえる、E-A Deviceは脳の信号を言葉に戻す機能までついているのだ。彼らに尊厳はない。

 実際に痛い。遠くで吹き荒れるように空間が破けて、見えているはずの街がぐちゃぐちゃのマーブル模様…………言うなら蜃気楼のようにゆらめき続けている。

 

 警戒を緩めなかったが、死を覚悟で進み出す。

 

『こちら連合部隊DE-10。目標を発見、接近するか』

『肯定。死亡時に備えてマスキングでSAN減耗影響をカットすることを推奨』

 

 無慈悲な宣告。死んでも正気神経を遮断して情報をありったけ届けろとのことだ。

 彼は葛藤なくマスキングした。

 

 歩く度に重圧が四方八方からかかり、彼は重力感覚と力学を無視した"強風"を体験する。これは特異なものであり、俗に言う神の顕現や一手の先触れだと考えられる。

 

 彼が歪みの中まで歩き始めた頃に、見えてきた景色に息を呑むことになった。

 

 地面が十三角形だった。

 この形容はきっと正しくない。私はクラインの壺を直観的な知識だけで説明しようとしたのだと思う。

 

『人はどこだよ…………』

 

 ごちる男は正しい。地面に合わせてめちゃくちゃに貼り付け直された街というテクスチャーの中に、人と思われる生体反応はない。

 

 どころか彼は、自身の鼓動すら既に止まっていることに気づける。

 体から重要な液体が流れ落ちるような鈍い眠気が襲ってきて、彼は死を理解する。

 

 この空間に人の想像できる地獄はなく、ただ人すら陵辱する夥しい現実があると言うことを理解した。

 

『通信はもちろんダメか。届けばいいが……』

 

 彼は十三角形の街に適応した。これが人間の認知の不思議な点でもあるが、ともかく彼はその街の歩き方までは習得したのだ。

 

 しかしクリーム色のメビウスの輪じみた循環する物体がちらほらといるだけで、人間と考えることはできない。彼は仮置きで人間だったものとしていたようだ。

 

『自滅覚悟で発動したのか。狂ってる』

 

 ウェンディゴの夜明け。このインシデントはとあるM-Creatureとの関与が疑われた組織によって引き起こされたもので、行われたのは神性存在の顕現である。

 

 資料によるとそれは…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 考える暇はなかった。突然腕がへしゃげて砕けた骨が小豆色の世界にぶち撒けられる。

 すぐに乱反射して恒星のように輝き出した太陽光で蒸発、状況が目まぐるしく変化し始める。

 

『逾槭□縲る「ィ縺梧擂縺』

 

 彼の思考は即座に破綻した。かろうじてコンパイルで体験が出来るだけで、ここからは私も体験しているだけで五感が消えて全く新しい体を生やしたような気持ち悪さを味わい続ける。

 

 狂った頭で動いた。それは命乞いだったのかもしれない。拝む度に指がねじれ、骨が弾け、肉が溶ける。

 なのにそれは"風"だった。この世界は強風に煽られて何も見えなかったのだ。

 

『鬚ィ繧貞荘縺ソ縺セ縺吶?ゅ◎縺励※雋エ譁ケ繧定ェ槭j邯吶℃蠕ョ鬚ィ縺ィ縺ェ繧翫∪縺』

 

 何かを言い続けていた。意味など知ることもないだろう。

 代わりに見えたのは強風の中で歩き続けていた、たった一体の巨人である。

 

 それをヒレを持っただとか赤い目を持っただとかと言う語り方をする文献を見たが、これはそんないい形をしていない。

 少なくとも私はその巨人の光る1ℓの瞳を「形容できない」と素直に表記する。

 

 Ithaqua、風に乗りて歩むもの。

 やつは歩く。彼を無視して。

 

 彼は願った。その蛆湧く荒々しい悪夢の旅への同行と、隔絶された世界からの脱出を。

 拝み続ける新たな信仰者を無視して神は歩き続けた。

 恐ろしさも悲しさもなかった。彼はどうやらその威容たる姿に満足したらしい。

 

 ひとしきり(これがどれほどなのかを私は考えたくない。そもそも時間の概念がめちゃくちゃだったのもある)その旅路を見届けた彼は肩を叩かれ、同時にその肩は上方向に垂れ落ちていった。

 

 クリーム色の循環が彼を見ていた。それは信奉者たちだった。

 触れるたけで体の体温が奪われ、居るだけで世界の秩序を奪う。彼は巻き込まれて同じものに成り果てようとしていたが、満足していた。

 

 神はただ歩き続けていた。彼はクリーム色に消え、そしてE-A Deviceの自浄作用により自身を全て溶かされ、とうとう死んでいった。

 

「これがGreat Old One級インシデントか…………」

 

 苛立ち混じりに映像を止めて呟いた。

 その奇怪で悍ましい映像を私は詩的にしか表現できないと思う。記録員としての仕事は果たせる自信がない。

 

 何より、その犠牲者が羨ましく、神が美しく見えていた。

 まずは人間社会に立ち戻るべきと思い、正気神経治療室に向かう。

 

 足取りは重く、まるで名残惜しいかのようにも見える自分に吐き気がした。




貴方は"Ithaqua"の真実を目撃してしまった。
SANc 1d20/1d100

オリジナル神格なども居るが当分は未登場予定。
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