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鳥の鳴き声が響く森林の中、『司帝国』に所属する事となった『現代の剣聖』宮本武流は木刀を振るっていた。
木刀とは言っても、それは我々が見慣れた様な精巧に造られた綺麗なものではなく、荒削りの代物で、とても綺麗なものとは言えなかった。
だが―――
「ふっ、ふっ」
静かに、されど強力に振るうその雑な形をした木刀から放たれる風圧は、木の葉を揺らし、またその様子を見ている「あさぎりゲン」の髪や服を叩いていた。
(うわぁ……これまたバイヤーな人が来ちゃったよ。宮本武流…現代の剣聖とか言われてたゴイスーな戦闘力最強キャラでしょ? 司帝国だけで戦闘力最強トリオ出来上がっちゃってるとか…無理ゲー過ぎるでしょ)
風(宮本武流の素振りから繰り出される風圧)に煽られながら、あさぎりゲンはその本人の強さにドン引きしていた。
普通の人間であれば、ただの素振りで髪や服の裾を揺らす程の風など起こせる訳がない。
人間が腕や足、もしくは物体を振るって生み出す事が出来る速度は決して速いものではない。
居合道や抜刀道を極めた兵法家は、それこそ目にも止まらぬ速さでの抜刀を熟す事こそ出来るが、しかし、それが髪や裾を揺らす程の風を生み出すかと言われれば、そうではない。
人間が繰り出す事の出来る速度には限界がある。剣を振るうだけで風圧を起こす、そんな事が出来るのはアニメや漫画などの世界のみ。
だが―――
(出来ちゃってんだよねぇ…)
宮本武流は、それを易々と熟していた。
荒々しい刃を持った木刀を、天高く振り上げて、天地を割る勢いで振り下ろす。
その一連の動作には一切の無駄、硬さは無く、ただ只管に、ただ真っ直ぐに、その『剣の道』を目指していた事への熱意が伝わってくる。
綺麗で美しく、それ故に恐怖を感じてしまう、その研ぎ澄まされた剣技。
剣技やら戦闘やらに関しては全く知識のないゲンではあるが、しかしこれだけは理解出来た。
「これ、司ちゃんとか氷月ちゃん以上の実力者だよねぇ」
現時点の司帝国―――否、この世界において、彼以上の実力を持った人間は居ないという事だ。
宮本武蔵の血と才能を持った、武芸百般に秀でた男。旧世界において現代の剣聖とすら言われた剣士。
霊長類最強の高校生と言われた獅子王司ですら、武芸百般とまではいかない。
彼の強さの根幹とは、即ち一つの願いの為だけに鍛え上げられた肉体強度。後天的なフィジカルギフトだ。
単純なフィジカルを強さの根幹としている彼とは違い、宮本武流の強さは武芸者である事。
戦闘を死合と見做し、如何なる状況にあろうとも自身が生き残る為の技術を、遠慮無しに振るう。
殺人の躊躇が無い者と戦いをした事が無い者。その差は、正しく天と地のそれだ。
その点から考えれば―――彼が最強である事は確かだ。
「中々嬉しい事を言ってくれるな、浅霧。私は霊長類最強よりも強いと見えるか。」
「あぁ、聞こえてたのね。うん、まぁ正直に言ってね。武器と素手、武術と格闘技じゃあ差が有り過ぎるからねぇ…って、あれ、木刀は?」
ふと気が付いて、訊ねる。
つい先程まで、彼がその手に握っていたであろう木刀の姿が見えないのだ。
彼の手元に有った筈の木刀は、何時の間にか消え失せていたのだ。
武流は、
「ん? あぁ、あれか。あの棒切れであれば―――
つい先程、粉々になったぞ」
と、もはや塵と化した木刀だったモノがこびり付いた掌を見せながら答えた。
「――――――ジーマーで?」
冷や汗をかきながら、目を見開く。
荒削りだったとは言え、荒い作りだったとは言え、木を丸々使って加工された木刀を粉々にした?
ただ素振りをしていたというだけで、太い厚さを持った木刀を破壊した?
誰かにそんな事を言われれば、そんな馬鹿げた話しがある訳ないでしょー、と笑って一蹴していた事だろう。
だが、その否定したかった現実を、目の前で肯定すべきだと理解させられた。
その塵こそが証拠。その滓こそ技の証。
宮本武流の剣技、その凄さを―――いや、宮本武流という剣聖の絶対的強さを、改めて思い知らされた。
(―――バケモノだ、コイツは)
確信した。頭が絶対だと決定した。
宮本武流は、最強の人間である―――と。
「全く困ったものよ。此処は自由こそあれ、現代技術がほぼ皆無というのが駄目だな」
ぱんぱんと手を叩いて塵を落としながら、武流は小さな溜め息と共に司帝国の愚痴を溢し始めた。
「おまけに、国を統べる君主が無知蒙昧な暴君と来た。智慧ある大人と、それを活用する若者の二者が揃って漸く国は成り立つというのに…政治も碌にしてこなかった青二才がどれだけ集った所で、先に有るのは一揆による革命か国の滅亡だけだろうに」
「あ、武流ちゃんは司ちゃんの過激思想には反対なのね。てっきり肯定派だとばかり思ってたけど」
「肯定などする訳なかろうよ。何時の世も、時代を作るのは先人だ。先人とは即ち大人、そしてそれを支えるのが今を生きる若者だ。互いに支え合い、時に落とし合う。清潔を保ったまま生きていける程、世界は易しくはなかろう。あれは思想というより愚考よ」
ばっさりと、司の思想を愚考であると切り捨てる。
世界を回すのは智慧ある大人。それを支えるのは今を生きる若者達。だが、その二者も決して綺麗という訳ではない。
必ず、汚している部分がある。だが、手を汚さなければどうにもならない事もある。
政治とはそういうものだ。社会とはそういうものだ。仲良しこよしでやっていける程、決して生易しくはない。
社会経験も碌にない若者だけを復活させた所で、世界は回らない。国は動かない。ただ滅びゆくだけだ。
武流は、そう断言した。
そして、ゲンにとってその台詞は―――とても好都合だった。
(好都合じゃん。俺がこのまま上手く武流ちゃんを交渉に持ち込めれば―――“こっち”側に引き込める!)
「ね、ねぇ、武流ちゃ」
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!! 生きてたか、タケルゥゥゥゥ!!!!!」
喋りかけようとしたゲンの声は、武流の方に突っ走ってくる“大木大樹”の大声によって掻き消された。
「大木か、やはり生きていたか。」
突っ込んできた大樹の巨体をひらりと躱し、大して驚く事も無く、やはりな、といった感じで、武流は3700年振りに友人と再会を果たした。