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―――その日は、本来なら嵐だった。
石神千空がこのストーンワールドにおいて銃を完成させていた事を知った氷月達は、嵐の日たる今日を選んだ。
にも関わらず―――嵐が止まった。
ついさっきまで吹いていた嵐が、まるで最初から嵐など無かったかの様に一瞬にして止んだのだ。
後ろ髪を一房に束ねた和服姿の男が―――二本の刀を持って現れた瞬間に。
「快晴とは、実に心地良い。曇天の死地も良いが、やはり戦場とはこうでなくてはな」
「なるほど……“ソレ”が、取引の対価という訳ですか」
それは、数刻程前の事だった。
石神村を襲撃し、銃が完成されていると知った氷月と武流達は森の奥へと撤退し、嵐が来るその日まで待つ事としたその日。
「武流ちゃん、武流ちゃん」
「どうした、浅霧」
森の中で待機していた武流に、ゲンが小さい声で話しかけてきたのだ。
曰く、着いてきてとの事だった。何かあるのか分からないが、退屈だったし丁度良いか、と呑気に考えて武流はゲンの後を追った。
氷月達に気付かれない様に、こっそりと、そして静かに。
「…ここまで来れば大丈夫かな」
「何だ、それなりに奥に来たじゃないか。内緒話か?」
「うん、まぁ、そうなるかな。氷月ちゃん達には聞かれちゃ拙い内緒話」
「ほう…それは、興味深いな。して、その内容は?」
「…まぁ、武流ちゃんには事前準備とかしても意味ないだろうから、単刀直入に言うんだけど―――科学王国が全霊を込めて作り上げた二本の刀、それを上げるから、武流ちゃんに司ちゃん達を裏切ってほしいんだよね」
「――――――」
もしかすれば、自分が殺されるかもしれない。そんな緊張と恐怖により冷や汗をかきながら、ゲンは告げる。
科学王国。銃すらも作り上げたその国が、全霊を込めて日本刀を二振り造った。それを献上する代わりに、科学王国側に付いてほしい。
その交渉材料に、宮本武流は―――目を見開き、重苦しい圧を放った。
ぞくっ…と、背筋が凍った。後のゲンは、そう表現した。
「…………浅霧、その言葉は真か? もしそれが、虚言の類であるならば―――俺は、お前を斬るぞ」
「っ……ほ、本当だよ。こればっかりは。武流ちゃん相手に、武器とか戦関連で嘘は吐かないよ、俺」
恐怖で声を震わせながら、しかしゲンははっきりと断言した。
交渉材料―――日本刀二振り。しかも、この石器時代において科学技術を復旧させつつある科学王国が全霊を込めて造った代物。
宮本武蔵の子孫として、或いは一人の剣士として―――否、宮本武流という一人の男として。
その提案は、実に魅力的だ。その他全てを斬り捨てても構わないと、断言出来る程に。
鋭い眼で、浅霧ゲンの目を見詰める。その真意を見極めるかの如く。
宮本武蔵は武芸百般に秀でたという。それは、宮本武流もまた同じ事だった。
読心術―――そう呼ばれる技術だ。
見通し、見透し、見定め、見極め―――決断は下される。
「―――良いだろう。浅霧、お前の言葉を信じよう」
宮本武流は、たった二振りの剣だけの為に、霊長類最強の敵となった。
その結果が、今だ。
らしくもなく、冷や汗をかいて管槍を構える氷月を前に、宮本武流は満面の笑みで二刀を抜く。
殺気が、その場を駆け抜ける。誰もが動けず、息を呑んでその瞬間をただ眺める事しか出来ずにいた。
二天一流―――宮本武流。かの剣聖、宮本武蔵の子孫にして二天一流の正当なる後継者。
このストーンワールドにおいて、誰よりも強いであろう最強の人間。
このストーンワールドにおいて―――最も完成してはならなかった男…!
「感謝するぞ、石神。大樹が言っていた通り、お前は凄い奴だな」
「はっ…剣聖サマに褒められるたぁ光栄なこった。ところで、そのガンギマリの殺意、どうにか抑えてくんねぇかな?」
「おぉ、それは済まない。久しぶりに剣を握ったものでな…」
謝罪はした。が、殺気は収まらない。収められない。
誰一人として、固まったまま。
「ははっ、よく馴染む。良い刀だ…全く、こんな時代に、ここまで良い刀を造れる鍛冶屋が居たとはな。科学王国、最高ではないか…!」
風が舞う。剣を手にした鬼が、颯爽として仲間の元へと駆け抜ける―――その仲間を、斬り捨てる為に。
狂喜が浮かぶ。恐怖が奔る。剣鬼の殺気を前にして―――氷月を除く仲間は、発狂した。
「う、うわぁぁぁ!!!!」
「無謀だな。だが、良い気合いだ」
石斧を振り翳し、隙を晒しながら暴走する大男。その首筋へと、武流は躊躇なく刃を振るった。
首が飛び跳ねる。鮮血が、地を彩った。彼らの目に、鮮やかな血がしっかりと映った。
殺人。それに、一切の躊躇はない。
彼は剣士。彼は剣者。宮本武蔵の子孫、宮本武蔵の先祖返りと言われた男。
戦いへの価値観、自他への死生観は常人のそれとは程遠く、生まれてくる時代を間違えていると言っても過言ではない。
彼は戦場において、誰を相手にしようと一切の容赦はしない。
それが例え、元仲間であったとしてもだ。
「…撤退ですね、これは。こればかりは仕方ない」
「逃亡か? それは良いが…まだ、俺はお前と刃を交えていないぞ」
「生憎、まだ死ぬつもりはありませんので。ですが、いつか必ず殺しますよ、武流くん」
「俺を殺す、か。それは…実に、愉しみだが…」
まだ、相手は残っている。
一振り。その体が裂ける。
二振り。頭が割れる。
三振り。首が飛ぶ。
四、五、六、七、八、九―――気が付けば、そこには血の海が出来上がっていた。
「久々に、良い死合が出来た。満足だ」
これは、どうにかして扱い切らなければならない。石神千空は、そう確信した。
【科学王国は 宮本武流を 入手した!】