東方聖酒杯 〜The Lost Dreams of Her Ideals.   作:ハシブトガラス

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三日目―――salad bowl 1.

「マスター1人で姿を見せるなんてね、死にたいのかしら? そういうことなら遠慮無く、痛いと思う前に切り捨てるわよ」

 

「セイバー、あんまり手荒なことはしない。命呪だけ切り落とせばいいじゃない。……って言っても、どこに令呪が有るのか分からないわね。剥ぐ?」

 

 単身で眼前に現れた少女に、セイバーは早くも攻撃の意思を見せている。霊夢もまた、命を奪うまでは行かずとも、早急にマスターとしての資格は奪うべきだと判断した。

 可能なら、聖杯戦争の期間は目覚めない程度に、意識を失わせられればいい。一度聖杯戦争から脱落したとしても、マスターに空席が出来てしまった場合、また復帰される恐れは有るからだ。

 

「やーよ、私のものだもん。この令呪もサーヴァントも、聖杯だって私のもの。令呪が欲しかったら、そっちの金髪のお姉ちゃんに貰えばいいんじゃない? 手を伸ばせば届くところに、ほら! 細ーい首があるんだからさぁ」

 

 少女はアリスの首を指差し、大きな目を更に見開く。アーチャーが、す、と進み出てその間に割り込んだ。

 

「お生憎様だ、それは私が邪魔をする……こいし、お前のサーヴァントの仕業か?」

 

「何のこと? ちゃんと聞かないと分かりません、教えて?」

 

「すっとぼけた奴だな、この校舎に張った結界術だよ。答えなきゃ撃つぜ、出力は8割減で」

 

「それでも私は消し飛んじゃうね、こわーい!」

 

 相手の外見に惑わされず仕留めるべしというのは、アーチャーも同じ考えなのだろう。小型の火炉――彼女の宝具か――を、こいしと名乗った少女に向けながら、アリスを自分の背に庇う。それに伴ってセイバーは、霊夢とアリスを同時に視界に収められる背後へ。数の優位性は、死角を埋めるという点でも強く働いた。

 

「そうだよ、私のサーヴァントがやったの。一晩で、殆ど誰にも気づかれないで。失敗しちゃったなー、まさか2人もここにマスターがいるなんて思わなかったもん」

 

「そうだな、お前の失敗だ。分かったら令呪を使ってサーヴァントを自害させろ。校舎を壊しすぎると早苗に怒られそうだからさ、手荒な真似はしたくないんだ」

 

 表面的な言葉はともかく、アーチャーの真意は別だろう。必要とあらば、それが最善とあらば、手荒な真似はむしろ好んで為す所に違いない。たった1人の敵マスターと、少なくとも敵対していない数百人。秤にかければ悩むべくもない。

 手に持つ火炉に、視覚化できるほどに濃密な魔力が収束していく。放たれれば確実に、1つの肉体を霧散させるであろう砲撃を前にして、

 

「……その方がいいかもね。令呪にて命じまーす!」

 

 古明地こいしはやはり、目を丸く開いたままの笑みで答える。

 恐れを抱いている気配はなかった。恐れという概念すら、その少女には無いように思えた。サーヴァントの向けた敵意を浴びてなお、彼女は朋友と接するかのような態度を崩さない。

 

「こいつ壊れてるわ。何を言っても無駄よ、早く撃っちゃって。絶対にサーヴァントに自害なんかさせない、そうに決まってる」

 

 セイバーが嫌悪感を示す。あの術式を読み解いても平然としていた彼女が、声の棘を顕にする。アーチャーが撃たなければ私が斬るとばかり、早苗から受け取った霊刀を引き抜き構えた。

 だが、動かない。殺意を持ち、実行する為の武器を持ちながら、セイバーは動かない。

 

「私のサーヴァントに命令します、今すぐに此処へ―――」

 

「そいつは駄目だ、じゃあな」

 

 無詠唱、対象を目視するだけの一工程(シングルアクション)、火炉が光を放つ。正確に計測したように廊下を隙間なく埋めた光条は、古明地こいしが居た空間をも薙ぎ払った。

 明かりの消えた校舎を強烈な閃光が照らす。魔力の鳴動がガラスを共鳴させる。わずか数秒の魔術行使が終わった後、そこには元のように、ただ静かな廊下が有るばかり。

 そこに、古明地こいしはいなかった。衣服の切れ端や、血痕が残されていることもない。本当にそこには、何も残っていなかったのだ。

 

「……これで終わり、なの?」

 

 あの光のを、真っ当な人妖が浴びて、生き残れるはずは確かにないだろう。だが、仮にもマスターの1人が、無防備に身を曝した揚句に消える、などとは。

 あまりにあっけないと、霊夢の口を突いて出た問いの残響が消える前に、

 

「伏せろ!」

「伏せて!」

 

 二つ同時に声がした。片方はセイバー、もう片方はアーチャー。聞こえたと霊夢の脳が認識するより先に彼女は突き飛ばされ、アリスともども床に伏す羽目になっていた。

 床に押し付けられた頬が冷たい。受け身を取り損ねて、少し胸も打ちつけてしまった。起き上がろうとしたが、背中に僅かな重さを感じる。首と目をぎりぎりまで後ろに向けて、自分を抑え込んでいるのが誰か確認した。

 アーチャーだ、アリスの腕を掴んで床に引き倒しながら、霊夢の背中を突き飛ばしたらしい。

 何故そんなことをしたのかは、問わずとも、天井から垂れさがる凶器が答えてくれていた。

 セイバーの刀に押し止められた、二本の巨大な爪。霊夢とアリスの頭が先ほどまで有った空間を、過たず貫いている。

 刀や剣のような、人が作り出した鋭利さは、その爪には存在していない。只管に重厚で無骨な、獣が骨の延長として作り出した鈍器と刃物の中間に位置する凶器。

 あれが命中していたのなら、人間の頭蓋は西瓜のように砕け、中身を撒き散らしていただろう。

 

「……ああ、しくじったねぇ。さすがにサーヴァントが2人いると辛いさ。これが1人なら……どっちかの命は、貰っていったんだけどねぇ……」

 

「いつから居たのかしら、屋根裏の鼠。こそこそと隠れて情けない……出てきなさい、校舎の床ごと吹っ飛ばしてしまおうかしら!?」

 

 爪は天井に消え、変わりに聞こえてくるのは、威圧感も力も薄い声。失敗した己への自嘲すら含んでいるのではないかという程、後ろ向きな笑い声がする。姿を見せぬ敵にセイバーは、本当に有言実行をしてしまいかねないほどに気勢を上げた。

 

「間違いなくアサシンだ。セイバー、分かってるよな?」

 

「もちろんよ、そうじゃなきゃ私達が気づかない筈がない……そうでしょう?」

 

「否定したって仕方ない、その通りさぁ―――」

 

 ずるうり、ずるり。天井からはい出した〝それ〟は、手から床に降り、立ち上がる。

 液体の様な女だった。動きも立ち様も、決して1つの形に留まず揺れ続けている。だが、大きく動きまわるのではない。大量の水ではなく、少量の粘泥の様なと評するべきか。

 

「―――わたしゃアサシンのサーヴァント、マスターはあのお嬢ちゃん。怨みはないが勝つ為だ、ちょっと死んじゃもらえないかね?」

 

 マスターの蝋の様な白さに比べれば、アサシンはまだ、青白いという程度の不健康さに留まっていた。

 だが、細い。あの黒衣のサーヴァント――おそらくライダーだろうが――の、引き締まった四肢とは趣が異なる。必要な肉すら不足した、痩せ過ぎの脆い肉体の女性。それが、この場に居た者達の、アサシンに対する第一印象だった。

 

「セイバー、あいつを倒しちゃって。私はアーチャーに守ってもらうから」

 

「ちょっと、私のサーヴァントよ……でも、異論は無いわ。

 アーチャー、私たちを守って。あの能力なら、セイバー1人で勝てる……万が一の可能性も絶っておきたいわ」

 

 受けた印象に違わず、アサシンのステータスは、決して優秀とは言えないものだった。

 筋力や魔力にはやや優れるが、敏捷と耐久は平均より劣る。クラス固有の技能は1つだけ。

 そもそも、暗殺者(アサシン)というクラスなのだから、正面から戦う事は不得手である筈なのだ。恐れるべきはマスターの暗殺であり、姿を確認出来てしまった時点で、アサシンはそれほどの脅威ではない。

 

「お安い御用よ、霊夢。鼠の刺身を作ってみせるから」

 

「おお、そいつは美味そうだ。ご相伴に預かりたいねぇ」

 

 霊夢とアリスは可能な限り近づき、アーチャーが周囲全てに神経を尖らせる。

 気配遮断を行えるアサシンは此処だ、他のサーヴァントが接近すれば感知は可能。奇襲の可能性を絶ったと確認するや、セイバーは二振りの刀を翳して、アサシンへと向かって踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 改めて語るまでもない程に、この二者の力量差は歴然としていた。武器を用いての戦闘は専門外の二人(マスター達)でさえ、どちらが有利なのかを見誤る事はない。

 

「は、りゃっ、らあぁっ!」

 

「ぐ……ぎぃ、この馬鹿力が……!」

 

 技術を用いる事すらなく、セイバーはアサシンを圧倒している。

 ただ力任せに刀を振るうだけで、その一撃は爆薬のように、受けた腕の力を奪い取る。なにも考えずに腕を振り回すだけで、その圧倒的速度は、アサシンの離脱を許さず、雨霰と剣閃を降らす。

 アサシンは、両手にそれぞれ短い杭の様な武器を持ち、セイバーの剣劇を防いでいたが――1つ防ぐごとに苦悶の声を上げ、大きい一撃を受けると体が後方に流れる。速過ぎて受け切れなかった幾つかは、痩せぎすの腕を斬りつけて、血を流させていた。

 アサシンには、隙を突いての反撃すら許されていない。防御を解こうとした瞬間、その間隙に切っ先が割り込む。防御の合間を縫う技術ではなく、ガラ空きになった瞬間を見て取る動体視力と反射神経、割り込みが叶う速度をこそ称えるべきだろう。ただ子供のように武器を振り回すだけで、セイバーはまさしく最優のサーヴァントであった。

 

「こんなもんなのアサシン? つまらないわね、所詮は日蔭者か!」

 

 左手の刀を振り上げる。短刀で受けたアサシンは、そのまま天井まで打ち上げられた。天井を蹴って後方に退避し、間合いを空ける事が出来たのは流石というべきなのだろうが――その様な些細な体術、セイバーの前にはまるで無意味な大道芸であった。

 セイバーの振るう刀が短刀に打ちつけられ、掘削機の様な轟音を上げる。空気を刃が斬って、ひゅうひゅうと笛まがいの音を鳴らす。もはや暴風域の中心、台風の目となったセイバーに、アサシンが勝てる道理は僅かにすら無かった。

 

 だから、霊夢の直感が、警報を鳴らしたのだろう。

 ここまで勝ち目がないのなら、何故、あのこいしという少女はアサシンを逃がさないのか。このまま戦わせればアサシンは確実に負ける。それはこいし自身の、聖杯戦争での敗北を意味する。

 いいや、おかしいといえばおかしいのは、その運用方法にも有ったのではないか?

 

「すっごく嫌な予感がする。アリス、アーチャー、力貸して」

 

「……どういう事よ……?」

 

 理詰めで解いて行っても、いつかこの違和感の原因はつかめただろう。

 だが今はそんな手段よりも、心の奥の方で喚き散らしている何かを捕まえる方が早かった。

 周りを見ろ、周りを見ろ、霊夢の頭蓋の内側では、誰か、何かが叫んでいる。

 

 この感覚は、あの黒衣のサーヴァントと、セイバーが戦った時のものにも似ている。

 仮に向こうの宝具が解放されていたら、セイバーは危なかったという確信が有った。あの時に感じたのは、敗北という危険に対する恐怖感だったのだろう。

 

「早く! アーチャーの索敵範囲を広げさせて、精度が落ちてもいいから! 何が何だか知らないけど、相当ヤバい気がしてんのよ!」

 

 何かが違う。

 恐怖という同一カテゴリに属しながら、霊夢が味わっていたのは、まるで違う感覚だった。

 それは、理由の存在する、理解できる恐怖などではない。闇を孤独を人が恐れるように、本能がこれを恐怖すべしと定めたものに相対せねばならない。そんな確信が、勝利の予感を押しつぶした。

 索敵に意識を裂かせれば、その分だけ瞬間的な反応がおろそかになるだろう。それでも霊夢は、アーチャーの戦力を索敵に裂かせた。万が一アサシンがセイバーの攻撃をすり抜けてくる事を考えるよりも、何かが自分達に僅かでも近づき、そこに存在する事の方が怖かったのだ。

 アーチャーの魔力が、音よりも早く這っていく。彼女を中心として半径1000m以上にも及ぶ、全サーヴァント最長の探知距離。その上で更に、本人の意識を努めて注ぐ事で、索敵範囲を広げた。

 

「……蝙蝠だの、フクロウだの、小さな生き物ばっかり――――!? おいおい、なんだこりゃあ……本当だ、ヤバい、ヤバいぞセイバー!?」

 

 霊夢もアリスも、一日ばかりアーチャーを見ていた。彼女は、一言で言えばマイペースだ。あまりにマイペースなものだから、マスターである筈のアリスが振り回される。きりきりまいするアリスを余所に、決して変わらぬ自分を貫く、それが霧雨魔理沙である筈だった。

 だから、アーチャーまでが焦りを表に出したのは、霊夢にもアリスにも、信じがたい事だった。

 

「……遅いねぇ、あわよくば私が死ぬのを待ってたのかい? これだからうちのマスターは、肝心なところが甘いって……」

 

「1900、1700、1500……ああくそ速い、もう届くぞ、800、600! 初撃に備えろ、とにかく命を守れ……来た!!」

 

 アーチャーに言われるまでもなく、霊夢は既に自分の周囲に、可能な限りの防御結界を張っていた。アリスはそこへ潜り込み、どうやら自分自身に強化魔術を掛けた上で、廊下にしゃがむ。

 黒衣のサーヴァントの蹴り、セイバーの剣劇は、雨と形容できた。天から地へと一方的に打ちおろされ、1つや2つでは止む事がないもの。繰り返し、繰り返し叩きつけられるものとしての比喩だ。

 その時に生じた衝撃は、性質は似ていたかもしれない。だがとても、雨などと呼べるぬるい代物ではなかった。

 

 耳を劈く、ジェット機紛いの高轟音。

 廊下にスコールが降り注いだ。横殴りの、ガラス片を水滴の変わりとした、プリズムの様な突発性豪雨。割れた全ての窓から、人間を壁へ押し付ける程の〝圧〟が流れ込んできた。

 きっと魔力に『それ』自体の移動速度が重なった末、生まれた衝撃なのだろう。コンクリートの校舎がガラスに削られ、壁に無数の白線を残す。

 防御態勢を取っていた霊夢達も、幾つかガラス片での裂傷を受ける羽目になった。アリスは左手に浅く2つ。霊夢は右手と右足に1つずつで、後は本当に小さなものがあちこちに散らばる。

 誰も、数えている暇はなかった。セイバーとアサシンの戦闘も、今だけは乱入者の〝圧力〟に止められている。

 

「……何よあいつ。あんなのって有り?」

 

「ありもあり、大ありさぁ。あたしゃ勘弁願いたいけどねぇ」

 

 巨体ではない。セイバーとそう変わらない体格だろう。然し、手足を小さく動かす事さえ、それに掛かれば、山を動かしている様な錯覚を受けさせられた。

 それが身に纏う鎧は、色が褪せていた。

 仮に黒一色だったのなら、黒い鎧だと言う事が出来ただろう。白一色でも同様に、だ。だが、その鎧は黒の上に、煤けた白が広がったものだった。それは、多色の華美な装飾が、長い年月のうちに色を失い、ただ濃淡だけが残った様な姿だった。

 

「■■■■■■■■■■■―――!!!」

 

 それは、自らの色を失った、狂の化け物だった。

 

 

 

 

 

 私立命蓮寺高等学校から、3kmほど離れた小高い丘。その頂上の雪の上に、二つの影が座し、遠く離れた戦闘を観察していた。

 

「見えづらいが……一階廊下、『あれ』のほかに影が5つ。二階廊下に1つだ」

 

「ふうむ。知覚共有で見ている分には……アサシン、おそらくサーヴァントだろう者が2体、包帯を手に巻いた娘が2名だ。数は合うな、間違い無いと見て良いだろう……ああ、マスターの片方は博麗の巫女だ」

 

「ほう、博麗の巫女? 懐かしいな、遠く縁のなくなった存在だ……」

 

 1人は、狩衣にスカートという奇妙ないでたち――を、更にコートを羽織って奇妙をプラスしている。

 座し、目を閉じ、見える筈のないものを見て読み上げるその少女は、敷き布代わりの雪と競うばかりの、煌々たる銀髪を後ろに纏めていた。

 

「で、布都。『あれ』をあの状況に放り込んでなんとする。訳がわからん事になったぞ」

 

「我も分からんぞ、ああもなってしまえばどうにもならん。理解するだけ無駄だろうて」

 

 その隣にいる女性は、脚が無かった。そこに有る筈の部位は、白い霊体に取って代わられている。真冬の夜の寒気に上着を羽織る事もなく、ただ一枚の衣で過ごしているのは、常人ではないのだろう。

 明らかに神秘の側に属するだろう彼女の、然し手にしているのは、最新式の望遠・暗視スコープだった。

 3kmの距離を隔て、亡霊は校舎内の戦闘を観察している。例え並みの視力しか持たずとも、河童の最新技術の結晶は、僅かな光を集めて視認可能なレベルまで持っていく。磨きあげられ、幾重にも重ねられた計算に支えられるレンズは、米粒ほどにも見えないだろう人影を、表情が認識できるレベルにまで拡大する。

 このような代物、一般に出回る程安価には作れず、大量に生産する事も出来ないだろう。極めて限られた者しか受けられぬ技術の恩恵――それは、魔術とは別な方向に、余人の想像の及ばぬところである。

 

「……無責任な事を言うな、随分と。サーヴァントが1ヶ所に4体も揃うだと? 知られてもそう困らぬ駒だが、だからと言ってあまり見せびらかすのも考えものだ」

 

「心配はいらぬよ。マスター4組のうち、1つはあのさとり妖怪……知ろうが知るまいが、あれはあれのままだ。今、アサシンと戦っている2組は……おそらく協力関係だろうな。他の組に情報を渡しはするまい。

 それにな、屠自古。お主の言う通り、知られて困る事など何もなかろう? 技を使うでもない、宝具を使うでもない。狂った脳のまま狂った様に凶を振るう、あ奴の力ならばな」

 

 物部布都、蘇我屠自古、この2者こそが他でもない、褪せた鎧のサーヴァントのマスターだ。

 通常、マスターとは単身でマスターとして活動する。令呪を用いる事でマスター権を譲渡、委託する事は可能だが、同時に二者がマスターとして存在する事は少ない。

 ……少ないと書くのは、決して無いとまでは言い切れないからだ。例えば契約の際に、マスターとサーヴァントをつなぐ魔力のラインに細工を加える事で、令呪をAが所持し、魔力供給はBが行う……という事例も、過去には存在した。

 この2人の場合、それに近いが更に楽な方法だ。布都が契約を結び、令呪を所持し、命令を下す。屠自古は、サーヴァントではなく、布都に魔力を供給する。布都と屠自古の間にもまた、使い魔契約にも似た関係性が有り、魔力の相互移動は比較的容易。

 聖杯戦争に参加するにあたり、2人は、片方を魔力タンクとする事でサーヴァントの宝具使用回数を増やそうと企んでいた。

 宝具を多く使えるということは、それだけ周囲に対し優位性を確保する事ができる。強力な宝具を持つサーヴァントを呼び出し、力任せに蹂躙する事が、理想の戦術だった。

 そしてこのプランは、布都が呼び出したサーヴァントが狂化の英霊で有った為、別方向に力を発揮する。

 本来なら狂化は、マスターの魔力を激しく吸い上げる事になる為、長期的戦闘には不向きである。だが、千数百年の眠りから覚め更に数百の年月を重ねた尸解仙と、二千年以上を過ごした怨霊のタッグならば、自らの魔力を枯渇させる事もなく、目的の場所にサーヴァントを解き放つだけで、目的を達成できるのだ。

 腹を減らした野獣を檻から放てば、気の向くように狩を始めるに違いない。理性を失った怪物を、この2人は御そうとすらしていなかった。

 

「……然し、何故こうも遠回りな事をする」

 

「遠回り、とはどういう事だ?」

 

「お前なら、あの校舎1つ丸ごと、爆薬で吹き飛ばすかと思っていた。或いは……顔が知れているのだ。家に火矢でも放つか、とな」

 

 望遠レンズを覗きながら、屠自古は、それが当然であるかのように問う。問われた布都もまた、おかしな事を聞かれたとは感じていない風の面構えで、

 

「そうさな、それが楽だろうて。今の世は銃器とやらも発達しておる。我らの腕では扱えずとも、数十kmの射程を持つ砲すら存在しよう。……が、我はそれを選びたくない」

 

 近代兵器の正確性と殺傷力は、魔術に決してひけをとらない。寧ろただの人間を殺害するという事に掛けては、魔術に大きく勝っている。

 魔術は、人の為の術だ。一方で武器とは、人を殺す為の道具なのだ。1つの用途に特化して発展を続けた武器に、魔術師が勝る道理はない。

 

「らしくもないぞ。理由は?」

 

 それが分かっているからだろう。屠自古は、詰問するような口調にもなる。自分と共に闘うこの小さな娘が、策謀と武に長けた厄介な少女だと知っているからこそ、自らの最大の武器を封印する事に、疑問を覚えたのだろう。

 

「屠自古、誇れるか?」

 

「誇れるともさ、勝つのなら。正道にて負けるなら、私は外道の勝利を誇るぞ」

 

 屠自古の思考は、良くも悪くも直線的だ。目的達成の為ならば、その他全てを犠牲にする事も厭わない。仮にそれが最善手となれば、己の命さえ、投げ捨てる様に差し出すだろう。

 

「例え太子が負けを喫したとて、太子に抱く我らの誇りは揺るぐまい?」

 

「……そうだな」

 

 忠義と、目的遂行の意思ならば、布都とて負けてはいない。だが彼女は、少しばかり理想に傾き過ぎていた。

 

「勝ちたいとも、勝って我らが主を取り戻す。死する前も死して後も、我が忠義に一筋の傷もない。だがな、屠自古。我らが主の尊厳、偉大なる精神は、敗北を経て猶もまだ崇高であった。ならば、それを我らが、我らの戦いで穢す事など許されまい」

 

「戦争だぞ?」

 

「分かっておるとも、勝たねば全ては綺麗事だ。全ての反則が推奨される場、それが戦場だ。

 所詮は自己満足よ、あの方の復活に一つの瑕疵も認めなくない。ただそれだけだ。我らに与えられた駒は暗殺者ではない。なら、我もまた暗殺者の真似事はせずに勝ち抜こう」

 

 言いたい事ならば、屠自古には幾らでも有っただろう。が、反論は声にならず、口を開いたままで暫く固まっていた。両腕を組み、軽く俯き、

 

「……やれやれ、年を取ると頑固になるというのは本当だな」

 

「すまんな、屠自古」

 

 呆れた様な、諦めた様な、だが不快感を示さない溜息を、屠自古は漏らした。

 本当に勝利だけを目的とするのなら、数十数百の策謀を重ねて、マスターだけを殺害する事も出来よう。勝利へ続く最短距離を敢えて走らず、大路の中央を行軍しようという布都は、自身と誇りに満ちていた。生前も、死後も、一度たりと自らの信じる所に疑問を持たなかった、異才の少女であった。

 

「……で、これからどうする……? と、戦闘の現状は……アサシンが白黒魔女を誘い出したらしいぞ。校庭に移動している」

 

「ああ、いつの間にか見えなくなっていると思うたら、そういう事か。屠自古、その白黒を観察しておけい。アサシンでは長くは持たんぞ。

こちらは……ああ、やはり強いな。だが勝てない程ではない……このままならば、だ」

 

 望遠レンズと知覚共有。正反対の手段で戦場を観察しながら、2人はこの戦争のプランを練る。彼女たちの目には、自らのサーヴァントが、敵サーヴァントと互角以上に戦っている様が映っていた。

 

「刀二振り、セイバーだろうな。おそらくはあれが最大の敵となるに違いない」

 

「では、あ奴らをアサシンに監視させるか。何か有れば、あのこいしとやらから我らに通達させる。狙い目は……そうさな、あ奴らが他のサーヴァントと遭遇した、その瞬間。我らは常に遊軍となり、戦闘が起こり次第そこへ介入するとしよう。最悪で1対1、あわよくば2対1以上の状況を作れれば、セイバーといえど勝算は高いぞ」

 

「……つまり、あの話の通じない娘の説得をしてこい、という事だな? 全く、私を文遣いか何かだと勘違いしていないかお前は……おまけに魔力まで搾取しよって」

 

「あれを我1人の魔力で養うのは無理だ。お前が居てくれねば、とうに我は干からびておるよ。あの大喰らいの鬼子、今も滝のように魔力を浪費しておる」

 

 2人の戦略の根幹は、いかにして数の不利を作らずに戦うかという事にあった。常に複数で動く敵を監視し、戦闘が始まり次第、自らのサーヴァントを投入して場を拮抗させる。それはとりもなおさず、1対1で戦うなら、自らのサーヴァントが最強だと信じている事に他ならなかった

 

「まだ持つか? 無理な様子なら、直ぐにでも魔力の供給を始める……これだけ離れていれば察知もされまい」

 

「うむ、頼もう。我の意識はサーヴァントに全て向ける。任せたぞ」

 

 過信はしない。過小評価もしない。全ての要素を適切に、正しい数値で捕え、判断をする。こと争いに関してならば、この2名以上に長けたマスターは、第5次聖杯戦争に於いて他にいなかった。

 白雪の丘に二つの影が、月に照らされ伏していた。




【ステータス情報が更新されました】

【クラス】アサシン
【真名】???
【マスター】古明地こいし
【属性】混沌・善
【身長】154cm
【体重】38kg

【パラメータ】
 筋力B  耐久D  敏捷D
 魔力B  幸運C  宝具C++

【クラス別能力】
 気配遮断:A+
 サーヴァントとしての気配を遮断する。完全に気配を絶てば発見することは不可能になる。
 ただし、自ら攻撃を仕掛けると気配遮断のランクが低下する。

【保有スキル】
 怪力:B
 一時的に筋力を増幅させる、魔物・魔獣が保有する能力。使用中は筋力をワンランク上昇させる。
 英霊としての格は低いアサシンだが、反面怪物・反英霊としての適性は高い。

 変化:C
 自分の姿を変化させる。ただし、姿形が変わろうとその能力は変化しない。
 老人に変化しようが幼子に変化しようが、アサシンの筋力や耐久が低下する事はない。
 あまりにかけ離れた存在への変化は不可能。

 ???:A+
 潜伏期間に比例して初撃の命中率が上昇する。低ランクの陣地作成を兼ねる特殊スキル。

【宝具】
『???』:ランクC 対人宝具
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