東方聖酒杯 〜The Lost Dreams of Her Ideals.   作:ハシブトガラス

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三日目、博麗神社、夜

 雪を掻き分けざっくりざっくり、神社にくっついた自宅にまで帰り付く。

 主が不在の家というものは、夜間の寒さを防ぐ術がないというのが困りものだ。外気と室内の温度に大差がない。玄関の戸を閉めても、まだ白く息は濁っている。

 

「おじゃましまーす、寒っ。暖房どこよ……の前に灯りのスイッチどこよ」

 

「スイッチはあんたの右手の直ぐ上。暖房はちょっと待ちなさい、ストーブ入れてくるから」

 

 壁に手をついているアリスに灯りを付けさせ、霊夢は一足先に居間は急ぐ。普段は袢纏を羽織って炬燵に入っていれば十分だが、今日は来客が有るのだ、ストーブくらい付けよう。別に日ごろ灯油をケチっている訳ではない。ただ、着火と消火がなんとなく面倒なだけである。

 マッチなんて不便なものは無く、使うのは、引き金を引くだけで火が付く簡易ガスライター。ストーブの芯に火が回り、やがて灯油の力で火力が増していく。

 或る程度火が落ち着いたのを見てから、霊夢は炬燵のスイッチを入れ、脚をそこへ押し込んだ。何かにぶつかった。固くはない、生き物の感触。何故、と思って見てみれば、

 

「あー、やっぱ冬に神社来たら炬燵だよなー。あと蜜柑」

 

「炬燵は凄いわよね、これは私の部屋にも欲しかったわ。あと蜜柑」

 

「……あんた達、なんで実体化してるのよ」

 

「そこに炬燵があるからだぜ」

「そこに炬燵があるからよ」

 

 一足先にサーヴァント2人が、肩まで炬燵の中に入り込んでいた。おかげで脚を炬燵に入れるのに一苦労。一番幅を取っているアーチャーの背中の上に、脚を乗せる事で決着を付ける。

 そしてアリスは、醜いポジションの奪い合いを傍観しつつ、ストーブの直ぐ前に陣取っていたのだった。

 

「……こーして見るとあんた達、和室が似合わないわよね……」

 

 霊夢の言葉も尤もだろう。炬燵から生えた首も金髪、ストーブの前で膝を抱えているのも金髪。3人中の2人は、雪の様なとでも形容できそうな色白で、目鼻立ちもはっきりした西洋人形的な容姿だ。部屋に釣り合う霊夢の黒髪黒目が、寧ろ浮いてしまいそうな程、部屋の現住人達は華やかだった。

 

「はあ……疲れが増すわ、あんた達を見てると。アリス、あんたもストーブに張り付いてないの。まず確認よ、あんたのサーヴァントの怪我はどうなの?」

 

「え、寒いのに……ええとね、傷の深さ自体はそこまででもないし、傷の修復にもそんなに魔力は使わないわ。問題は、そうね……傷を受けてから少し、アーチャーの動きとか反応が鈍いのよ」

 

「結構おおごとじゃないの、それ」

 

 先の戦闘による被害を確認しようとした霊夢は、いきなり顔を曇らせる羽目となった。

 

「私の事だから私が言うが……アサシンの爪、多分毒でも塗ってあったな。傷口だけ塞いだは良いんだが、どうも腹の中身だけじゃなく溜め込んでた魔力までやられたらしい。この程度で死にはしないが、毒が抜けきるまで、他の連中とやりあうのは危ないだろうぜ」

 

「付け加えると、私からアーチャーに流れてる魔力も、少し滞り気味ね。血管が詰まってる感じかしら、供給量を増やそうとしてもちゃんと流れていかなくて……」

 

 浮かない表情なのはアリスも同じだ。彼女のサーヴァントはアーチャークラスだが、魔法使いでもあるのだから。アーチャー、霧雨魔理沙は、本人の魔力生成量が多い為、現界させておくだけなら魔力消費量は少なくてすむ。それは実体化していようが変わらない。日常生活を送るだけであれば、彼女は非常に燃費のいい存在である。

 

「……いっそ霊夢くらいの魔力が有ればねー……詰まってるとか気にしないで、強引に押し流せそうなのに」

 

「否定できないな、それなら私もやりたい放題だ」

 

「いや、否定しなさいよ」

 

「私は正直者なんだぜ」

 

 だが、事が戦闘に及べば話は別だ。彼女は一挙一動全て、魔力を消費して戦闘を行う。

 空を飛べば、飛行速度の上昇。視力と動体視力のブースト、風圧に負けない為の身体強化。攻撃を受ける前には体を部分的に硬化させ、傷は治癒魔術を以て修復する。敵の位置を探るには探知魔術、発見した敵を撃ち抜く為に攻撃魔術、宝具『ミニ八卦炉』に注ぐ魔力――

 生前の彼女であれば、1人で賄えたのだろう。だが、魔術師としての練度で劣るアリスをマスターとしている今、アーチャーは枷を付けて戦っているも同然であった。

 そして、自分の魔力の供給量では、アーチャーが満足に戦えない事を、アリス自身が良く理解している。

 それは彼女が他ならぬ魔術師であり、アーチャーの技量がどれだけ卓越しているものか分かるからこそだったのだが、分かってしまうが故に、自分の力の及ばない事が――勿体無い、と感じていた。

 悔しいとか恥ずかしいとかではなく、勿体無い。本来発揮できる筈のスペック通り彼女が動けない、その理由が彼女の外にあるのが勿体無いと、アリスは嘆いていたのだった。

 

「はいはい喧嘩しない。話を続けなさいよ、毒とかなんとか一切合財纏めて。あの鎧の事は、その後に相談しましょう。このままじゃ夜が明けちゃうわ」

 

「えーと、怪我の状況だったか。毒がなけりゃあの爪はそこまで怖くないな。いやまあ普通の人間だったら、頭が腐った蜜柑みたいな潰れ方するだろうけど。私でもそこそこ耐えられたし、セイバーなら無防備でも大丈夫なんじゃないか?」

 

「私は死ぬかと思ったわよ? いきなり地面から爪が生えたかと思ったら、箒に引っ張りあげられて飛ばされて……流石はアサシンね、初撃を防ぎ損ねたらそれで負けるわ。……どんな風だったか、順を追って話すと……――」

 

 

 

 割れた硝子が残る桟に触れないように、靴で確かに踏みつけて窓枠を乗り越える。

 校舎の外は、街灯の光もあり、少なくとも屋内よりは明るかった。

 つい昨日の夜を思い出す。校庭の真ん中でぶつかり合っていた二つの影。見通しが良い筈の校庭に、先に飛び出した筈のアサシンは見つけられなかった。

 

「逃げたのかしら……いや、隠れてるのよね。アーチャー、アサシンがどこか分かる?」

 

「………………」

 

「ちょっと、アーチャー?」

 

「……正直分からん。気配遮断スキルは厄介だ――っと来たぜ!」

 

 アーチャーの言葉が終わるより早く第一撃。それは地中から襲ってきた。校舎内での襲撃と同じ、巨大な爪を――外骨格の脚が振り回していたのだ。

 さながら鎌、いやチェーンソー。触れただけで断ち切られかねない、巨大な刃。私を両断し、そのままアーチャーをも切り裂こうという軌道で振り抜かれた刃は、ひょうと高い音を立てて空を切った。アーチャーに引っ張られ後退した私の数十センチ先を、巨大な脚は通貨していった。

 

「ちぃっ、勘のいい奴めぇ……!」

 

「お生憎様、不意打ち奇襲はお手の物なんだぜ!」

 

 二撃、三撃目は同時に、アーチャーの背後から、やはり私を巻きこむように。空振りしたものとは別の脚が二本、アーチャーの首と腹の高さで横薙ぎに振るわれる。

 先程とは逆、前方に飛び出して、雪の上を転がるように回避した。

 正直に言えば、最初の一撃のほかは、然程速い訳でもない。アーチャーなら回避は十分に叶う速度だろう。でも私にしてみれば、軌道を見る事だけで精いっぱいで、とても避ける事など出来ない。この場にいる以上、私は案山子も同様。サーヴァントの戦闘に於いては、脆い荷物でしかなかった。

 四、五、更なる追撃。雪の上に転がったアーチャーに1つ、そして私の頭上に1つ。咄嗟に頭を腕で覆い屈んだ私の上に、アーチャーが体当たり気味に被さった。そのまま、私を抱え込むようにして前転、爪を逃れ――いや、逃れられない。背中に一筋、切傷が走る。

 

「アーチャー!?」

 

「大丈夫だ! 飛ぶぞ!」

 

 アーチャー程の魔力と技量があれば、飛行の際に補助道具など必要ない。だから、普段使っているのとは別の箒をわざわざその場で作ったのも、私を拾い上げる為のものだったのだろう。魔力を終結させ、形状を整えるまでに一度、アーチャーの腕を爪が掠める。

 振り下ろされた爪を側面に動いて回避し、私に駆け寄るまでに一度、脇腹の布を爪が引っかけていった。

 箒にまたがり地面を蹴る。跳躍から浮遊、上昇しようとして、

 

「逃ぃがしゃしないよぉ……!」

 

「こいつは――もっと〝長かった〟のか!?」

 

 私達の頭上に、二本の爪。地上からの高さは3m程になるだろうか。地中から伸びる腕は、爪も含めて1.5m程に見えていたし、実際にそれ以上の距離までは追ってこなかった。

 それを前提にアーチャーは回避を続けていたのだ。その計画が、上昇という単純な行動の途中で崩れた。

 精確に私達2人を、頭から貫き通そうとする爪。

 

 アーチャーは、箒を強引に後方へ進めながら、その片方を蹴りあげた。後ろに座った私を爪から逃がしつつ、降ってくる爪に対し、仰向けになりながらの爪先蹴り。頭蓋を貫通する筈の軌道は絶妙にずらされ、箒の側面を抜けて地面を穿つ。

 

「……っはは、怖いな! 殺す気か!」

 

「当たり前でしょうが! それよりアーチャー、お腹!」

 

「かすり傷だ、どうってことないぜ!」

 

 爪の軌道は、確かに掠る程度だった。だが、命中の瞬間に脚を開いて爪の角度を変え、更に脚を押し込むように突き出す事で、アサシンは魔理沙を捉えていた。

 爪の先が左肋骨の下端に引っ掛かり、数センチほど食い込み、斜め下に右脇腹へ抜ける長い傷。即座に治癒魔術の行使を始めながら、アーチャーは上方へと離脱していく。

 

「逃がさんと言ったら逃がさんさぁ、鼠捕りは十八番なんだからねぇ……!」

 

 地の底から、水飴を流したように粘ついたアサシンの声が、爪を振りかざし追ってくる。

 爪の先でアーチャーの腕と言わず肩と言わず突き刺し、引きずり落とそうとするアサシン。この瞬間は反撃の余地はなく、回避に徹するにも、3本の脚がそれぞれ3方から、内側へ掻きこむ様に繰り返し振り下ろされる。

 今から急制動、下降し、脚の横をすり抜ける事は出来ない。逆に最大の加速をし、閉じられる爪のドームに対し、強化魔術を掛けた両腕を盾に、アーチャーは急上昇した。

 幾度となく繰り返される斬撃が、生身のものとは思えない衝突音に弾かれる。だが、強化したとはいえ、元は脆い人間の体。人外の巨大な爪の前に、小さな傷が無数に刻まれていく。それでも、アーチャーは私に1つの傷も負わせず、爪の射程圏外に逃れおおせた。 代償として、アーチャーは両脚を突き刺される。深く爪が食い込む前に逃れたが、腹部程ではないものの出血が多い。忽ちアーチャーの白黒のスカートは、赤と黒に染まり、黒一色へ変わっていった。

 だが、アーチャーは怯まない。痛みに呻く事もしない。箒の上から地上に手を翳し、瞬間的に詠唱を終了する。高速詠唱に加え、自分自身の声帯を空気中に複製、二つの喉から別々に音を綴る。

 

『〝Viridi〟〝Rubrum〟〝Crocus〟〝Albus〟〝Niger〟〝五は其を以て一を為せ〟』

 

 アーチャーの周囲に五つの結晶が展開された。何れも宝石の如き輝きを持つ、平たい六角中の上下に角錐を張り合わせた形状。

 50cm前後の大きさのそれは、旋回しながらアーチャーの魔力を吸い上げ、自らの光を強めていく。

 

「正体不明の奴にはこれだ、景気良くぶっ放すぜ―――〝lapidis philosophorum〟!」

 

 五種の光が雪に照らされた光景は、この幻想郷にあってさえ、幻想的と呼ぶに相応しいものだっただろう。

 

 地上をアーチャーが指差した。黄色の結晶が、地面から生えた脚の中央に落下し、小爆発を起こした。

 雪を熱で溶かし、爆風で地を砕いて石を跳ねさせる。一瞬の後に、地中に隠れたアサシンの姿が曝け出された

 

「……あ、ありゃ?」

 

「〝山地剥〟、まずは防御を引っぺがして――」

 

 青の結晶が射出され、アサシンの頭上で炸裂する。

 

「―――〝風雷益〟、敵が見えたら躊躇うな」

 

「ぁがあっ……!? ぎ、あああアァッ!!」

 

 炸裂箇所を起点とした局地的暴風が引き起こされ、アサシンの痩躯を地上に押し付ける。

 骨の軋む音がここまで聞こえそうだ。風圧に押しつぶされたアサシンは、這い蹲り赦しを乞うている様にさえ見えた。

 

「そうらまだまだ〝天沢履〟、逃がしゃしないぜ〝坎為水〟」

 

 白の結晶が炸裂し、地上に針の雨を降らせる。五寸釘をネイルガンで撃ちまくった、と言えば分かりやすいか。

 風圧で動きの鈍ったアサシンは、頭と首を庇い、雨の下から抜け出すべく、抉れた地面から這い出す。

 既に針鼠になりかけたその背後で炸裂した黒の結晶からは、大量の水が溢れ出た。アサシンの足元の土を崩し、体を流し、また抉れた地面の上へ。

 処刑台に曝されたアサシンへ、アーチャーの指が向けられる。最後に残った赤の結晶は射出される事なく、アーチャーの指の前に移動し、吸収した魔力を以て特殊なフィールドを形成した。

 この結晶は、フィールドに突入した魔力を全て束ね、一点から射出するプリズム。アーチャーの膨大な魔力は、数段階の詠唱を経て、炎の魔力として完成する。

 これこそは、霧雨魔理沙という英霊の真骨頂。単純な火力に特化した超攻性魔術――

 

「〝離〟に〝離〟を重ねて〝離為火――幻想の光(イリュージョンレーザー)〟!」

 

 プリズムを潜りぬけた一筋の光は、大気中の微小粒子を燃焼させ、流星の如き光を放ち突き進む。莫大な熱を束ねた光柱は、アサシンの骸骨にも似た痩躯を焼き払い、灰燼に帰せしめんとし――

 

「ッチ……―――『服わぬ八握脛(アレネ・ドゥ・シャトー・ディフ)』!!」

 

 光が四方に散らされた。触れるもの全て燃え上がらせる光は、アサシンの胴体に着弾する前に、四本の爪で阻まれていた――精確には、巨大な爪を備えた四本の脚で阻まれていた。

 長さは約3m。付け根とは別に二か所の関節を備えた脚は、煎茶色の甲殻に覆われて尖鋭的な印象を見せる。針の様に短い体毛が甲殻の上に並ぶその足は、アサシンの腰から四本、スカートの様に生えていた。

 見て取れる通り、完全に防いだ訳ではない。その腕は、脚は炎に包まれ、立ちあがって尚も赤々とアサシンを照らす。だが、己の手足が燃えている事すら、この女は意に介さなかった。

 

「っ……! うおう、第一印象よりバケモンだな……」

 

「……バーサーカーとは違う意味で怖いわ……」

 

 骨が軋む程の暴風と釘の雨、散々に打ち据えられた体への駄目押しで、もう力など殆ど残ってはいないに違いない。にも関わらずアサシンは、怨みと嘆きの入り混じった目を頭上に浮かぶ敵2人に向けて、

 

「――使わせたな、この忌む身を」

 

 水銀を塗りつけたかの如く張り付き纏い付く音声で、血を吐くように言い捨てる。蒼白の面に浮かぶ激情は、暗殺者

アサシン

というクラスに、そして水の如き佇まいのこの女に、とても似合わぬものであった。

 

「ああ蔑むか! お前達も私を化け物と罵るかッ! 我々を地の底に貶めるかァッ!? その傲慢が気に入らんのさ、空を知っての増長驕傲が! 幾星霜を経て尚地上は斯くも奢り高ぶるかァッッ!!!」

 

 背の四つの脚が地面を指す。抉れた土を更に抉り、土砂を壁の様に巻き上げる。

 

「な……目晦ましか!?」

 

 噴煙を吸い込んでしまわぬ様に、アーチャーは口を押さえ、目を細めた。煙幕となった土の向こうにほんの一瞬、アサシンの痩躯が消えていくのが見えた。

 

「喰らわないと、もっともっと喰らわないと足りやしない。日に当たって焼け死なないくらい、腹を膨らませなきゃあ……。餌場をよこしなマスター、私の腹を満たしておくれな……―――」

 

 尾を引く声は地中に消える。何mか潜ったところで、私の感知では追えなくなった。おそらくは霊体化し、気配を遮断して逃走したのだろう。逃げ足という一点では、アサシンは上位のクラスかも知れない。

 

「けっ、陰気な奴。一方的にキレて逃げちまったぜ」

 

「……一応聞いておくけど、知り合いにああいう人――人? とにかく、いた?」

 

「さあな、幻想郷は狭いけど広いんだ。あんなのもいたかも知れんが……いちいち覚えてない。それよりアリス、戻るぞ。こんだけ時間を掛けちまった、セイバーがヤバいかも知れない」

 

「……ええ、分かった」

 

 箒の先を、校庭に出る際超えてきた窓枠へ向け、飛翔する。

 

「一応聞くわ。〝こんだけ〟って、何分掛かった?」

 

「そうだな、3分は掛かっちまったぜ」

 

 数度の死さえ有り得た攻防は、たったそれだけの時間の事だった。

 

 

 

 

 

「――と、いう感じよ。アサシンの宝具は見る事ができたけど、アーチャーは正体が分からなかった。私も思い出せないわね……というより、そんな伝承を読んだ事があるかどうか」

 

 四人で脚を炬燵に突っ込みながら――セイバーとアーチャーは腰まで引っ張り出した――アリスは、アサシン戦の顛末を語った。

 霊夢もセイバーも、相槌こそは打つものの、言葉をさしはさみはしなかった。何故なら、やはりこの2人も、その英霊の正体に心当たりが無かったのだ。

 

「地中を移動する、毒を使う、爪……確かに、そんな話を聞いた事は無いわね。毒の逸話なんて……うん、薬なら知ってるけど。セイバー、あんたは?」

 

「んー、分からない。検討もつかないわ……」

 

 四者四様、唸りながら首を捻っても、答えには辿り着かない。

 

「……よし、一度この話は脇によけておこう。考えが無い事もないんだ。それより今の問題はあれだろ? あの鎧の」

 

「バーサーカーよね、多分……」

 

 結局、アーチャーが持ち前の強引さで話題を打ち切り、次の課題を引き出してきた。アリスは、あれをバーサーカーだと推測している。意思の疎通が取れない程の狂気に、セイバーにも勝る暴力の塊。大まかな行動指針までなら制御されているのだろが、おそらく完全には律されているまいと考えているのだ。

 実際、アリス達からすれば、そうでなくては困る。あの狂霊が完全にマスターの意向通り動くのなら、よほどマスターがマヌケで無い限り、そのタッグは最強と言っていいだろう。

 

「バーサーカーね、燃費が悪いって聞いたけど。でも、宝具を使わないであれなんでしょう? アリス達や私達みたいに真っ当なマスターなら兎も角、平気で魂喰いをさせる様な奴だったら……

 どこまで無茶な燃費でも、休み休みなら十分に動かせるんじゃないかと思うわ」

 

「有り得るわよそれ。バーサーカーは、軽く私達の倍以上は魔力を食いつぶすらしいけど……じゃあ、普通にしてて得られるだけの倍の量、外から魔力を持ってくればいいって事なのよね。うん、ちょっとだけ夜に散歩するのを黙認してくれたら、私もちょちょーっと」

 

「それはダメ」

 

「分かってるわよ、その方針に文句もないし、そのやり方が気に入ってるわ」

 

 冗談めかしていいながら、セイバーはその策の効率の悪さを知っていたし、霊夢は実行に移す意思がない。

 人間を1人1人襲って魂を集めるなど、得られる魔力に対し、行動の際に消費する魔力が大きすぎる。最終的な収益はプラスになるのかも知れないが、時間と照らし合わせれば寧ろマイナスだ。その時間を探索と諜報に使い、敵の存在を確かめていく方がよほど有益であろう。増してやバーサーカーの燃費の悪さでは、移動と狩りの為の動きだけで、大幅に足が出る筈だ。

 ……ただし、通常なら、では。

 

「私としちゃ、まずアサシンを叩いておきたいな。あれをほっとくと後々ヤバい事になる。今回あの鎧のは、アサシンを狙うそぶりもなかった。私達と同じで、マスター同士手を組んでるんじゃないか?」

 

「アリス、アーチャー。あんた達魔術師、つまり専門家の意見を聞きたいわ。アサシンとあの鎧のマスターが手を組むと、どんな事が起こると思う?」

 

 霊夢の問いに、アリスは一つ咳払いをして、表情の真剣味を増して語り始めた。

 

「1つ、あのアサシンの結界は、魂と魔力喰いに特化した結界なのよ。それの恩恵をバーサーカーが受けられるようになったら、もう本当に手に負えないわ。唯一の弱点は燃費の悪さなのに、外部電源で動くようなものだから」

 

 続けて、アーチャーが炬燵の上に身を乗り出し、言葉を引き継ぐ。

 

「2つ、アサシンの気配遮断はかなり強力でさ、サーヴァントの気配探知でも見つからない。あれをいぶり出すには、それ相応の結界が必要で――まあ、この神社なら大丈夫だろうけど。それ以外の場所で取った全ての行動が、あの鎧の奴のマスターにも伝わる、と思っていいぜ」

 

「……つまり、私達の隙とかバレバレの上に、ほっとくと幾らでも強くなる?」

 

 霊夢が端的に纏めたが、軽く口にしては見たものの、実際は恐ろしい話である。

 あの鎧の狂霊と戦力を比較すれば、1対1で宝具を使わない場合、ややセイバーが不利。アーチャーを交えてようやく優位に立てる相手だ。

 技術を用いる事のない『狂化』スキル持ちは、ステータスがそのまま強さに直結してくる。これ以上かの狂霊が強くなれば、もはや2人掛かりでも勝利出来るかどうか。霊夢は不安を拭えない。

 

「やっぱり、私達の方から出て行って叩くのがいいだろうな。向こうは魂喰いで強化を狙ってるんだろうから、体調不良の人間が増えた所を探せばいいんだ。

 まずはアサシンを。鎧の方は、必ず私とセイバーが揃ってる時にだな」

 

「じゃあ、今夜から始めましょ。とにかく勘を頼りに歩き回って探し当てればいいのよ」

 

 善は急げとばかり、立ち上がろうとした霊夢の袖を、アーチャーが引っ張って座らせた。

 

「お前だとそれで成功しそうだから怖いけどな、悪いがそりゃ無理だぜ」

 

「なんでよ」

 

 不安が有る時に行動の指針を示されれば、人はそれに飛びつきたがるものだ。霊夢も例外ではない。その日から開始出来るプランを与えられたというのにすぐ取り下げられ、不満げな表情を見せる。

 アーチャーの言葉を引き継ぐかの様に、アリスが一度咳払いをする。

 

「……霊夢。私とアーチャーは、数日は戦闘を避けたいのよ。傷はもう塞がってるだろうけど、毒の正体が掴めないから……どう治療していいのか分からないわ。薬草で治せるものなのか、それとも魔術の領域なのか、そこから調べなきゃないの。

 貴女のセイバーと違って、魔力の供給が不十分なアーチャーは……ええ、足手まといになるわよ」

 

「悔しいが、そういう事だぜ。相手がアサシンで、私だけが事前に準備して戦えるなら、勝てる。それ以外だとかなり辛いし、あの鎧のが相手だったら確実に負ける。今の私はそんなもんだ。数日使って完全に回復させる間、私は……うん、新聞でも読みながらゴロゴロして過ごす」

 

「堂々たる引きこもり宣言はやめなさい」

 

「何を言う、立派な情報収集だぜ。あとはニュース番組とラジオも必要だな」

 

 炬燵の天板に顎を載せて、暖かさに頬を緩ませているアーチャーは、外見的には十全に見える。然し、魔力のパスでつながっているアリスには、その不調が手に取る様に伝わってきていたのだ。

 現状、アーチャーは戦力と数える訳にはいかない。どうしても数える時があるとすれば、それは攻め込まれた際の緊急避難に限る。僅かにでも不安要素は残せない戦争であるからこそ、霊夢も頷かざるを得なかった。

 

「しかたないわね、それじゃあ私とセイバーの二人で、夜に街を出歩いてみるわ。出来るだけセイバーは感知されやすいようにして、獲物を釣り出すくらいの感覚で。バーサーカーに襲われたら逃げる、それ以外は無理をしない程度に勝てたら勝つ、でいいわよね?」

 

「………………」

 

 返事が無い。一拍首を傾げ、もう一度。

 

「……いいわよね、セイバー?」

 

「………………くー、すー……」

 

「あららら――起きんかっ!」

 

「はぎゃっ!?」

 

 同意を求められたセイバーはと言えば、炬燵にまた肩まで潜り込んで寝息を立てていた。鎧の狂霊と撃ち合い、鉄杭の様な打撃をいくつか貰った。疲労の蓄積でいうなら、アーチャーにそう劣ってはいない。が、それとこれとは話が別だとばかり、霊夢のげんこつがセイバーの頭を打ちすえる。

 ご丁寧に、神秘に属するサーヴァントにダメージを与えられる様、拳を霊力で強化しての一撃であった。

 

「あたたたたた……もう、聞いてたわよー。私と霊夢は外を回る、魔理沙とアリスはニュースの分析。それで魔理沙の体が治ったら、アサシンを叩いてからバーサーカーよね?

 アサシンを潰すまでの間、あの結界を別な場所に張られてたら困るからどうにかしておきたいんだけど、それはやっぱり私と霊夢の仕事になるのかしら?」

 

「……ちゃんと聞いてるんじゃない。それでいいんじゃないの? 探してる途中でアサシンを見つけたら倒すし、アサシンの結界が有ったら壊すわ。他のマスターとサーヴァントも、私達の前に出てきたら倒す。簡単な話じゃないの。

 そーいう訳だからあんた達漫才コンビは、さっさと毒をどうにかしなさい」

 

「漫才コンビとは失礼な、私のマスターをボケ呼ばわりするんじゃないぜ」

 

「誰がどうみてもそっちがボケでしょうが! ツッコミは私よ!」

 

「ほら、漫才じゃない」

 

「霊夢-、眠いー、お布団敷いてー」

 

「こっちはこっちでああもう!」

 

 アリスとアーチャーは賑やかに掛けあいを続け、セイバーは目を擦って霊夢の袖を引く。

 4者の中で、この家の布団の場所を知っているのは霊夢しかいないのだから、セイバーの要求も的外れではないのだ。が、手伝いをしようというつもりは無いのかとか、言いたいことも浮かんだらしく、

 

「こうなったらもう……全員きりーつ!」

 

「は、はいっ!」

 

「イエッサー、だぜ!」

 

「あ、なになにー?」

 

 霊夢はドン、と畳を踏みつけ、蛍光灯がビリビリ震えるような声を出した。思わず丁寧な返事を返すアリス、やはりおちゃらけるアーチャー、妙な好奇心を押しだすセイバー。三人の前に立った霊夢は、襖をあけた向こう、押し入れを指差して、

 

「あそこに私とあんた達の布団が入ってます。4人で3組しかないけどね。寝たきゃ引き出して敷いちゃいなさい、さあ!」

 

「わーい、お布団だー!」

 

「おう、外泊はいつまでたっても楽しいなー!」

 

 号令一喝、無邪気に押し入れへすっ飛んで行ったのはサーヴァント二名。まこと人生を楽しんでいるようである。アリスは、その2人の背を見送った後で、

 

「え、泊まるの?」

 

 霊夢からすれば今更な事を確認していた。

 

「今何時よ、これから帰ってたら起きられないでしょ? どーせ1人暮らしよ、誰か泊めて文句言われる事もないわ。」

 

「布団が足りてないように聞こえたけど」

 

「あんたとセイバー痩せてるしアーチャーちっこいし、大丈夫でしょ」

 

「……まあ、大丈夫よねぇ」

 

 霊夢とアリスは、合理主義者だという共通点が有る。その為、これから帰宅して睡眠という手順を踏むより、ここで睡眠を取る方が有益だろうと判断したのだ。

 アリスに睡眠を取る必要は無いのだが、アーチャーの現状を思えば夜間に出歩きたくない。布団の数が足りていないというのも、少女4人の体格ならば問題は無いだろう。

 ただ1つ、アリスが最初、疑問形を霊夢に向けた理由はと言えば、

 

「大変だわ、霊夢。私、他人の家に宿泊するのって初めてかも知れない」

 

「それはよーござんしたわね、狭い部屋ですがごゆっくり」

 

 極めて平凡な、つまらないと言ってしまっていいだろうものだった。

 眠気が限界だったらしくもう眠っているセイバーに、枕に顔をうずめているアーチャー。彼女たちに少し横へ避けてもらって、霊夢とアリスも布団にもぐりこむ。暖房が消えて冷え始める室内だが、普段の4倍の熱量を抱きこんだ布団は、非常に暖かかった。

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