東方聖酒杯 〜The Lost Dreams of Her Ideals.   作:ハシブトガラス

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五日目、放課後

 放課後。霊夢はセイバーを引き連れて、さっさと家に帰ってしまった。

 マスター探しをしたい気持ちはあるだろうけれど、今のセイバーの状態では、とても戦闘なんて出来ない。夜に奇襲を受けない様にと祈りながら、回復を待つしか無い筈だ。

 が――それは私も同じことだったりする。

 

「そろそろ治らないの?」

 

「無理だなー、どうやってもあと三日欲しい」

 

 授業から解放された私は、学生服を着たアーチャー、偽名北白河ちゆりと共に街を歩いていた。

 

「しかし、どうだアリス? やっぱり学生になっといて良かっただろ。怪しまれないもんな」

 

「そうかしら……まあ、否定はしないけれども」

 

 確かに傍から見る分には、ただの学生同士の交友に――見える、のだろうか?

 実際に同級生なのは間違いない。然しながら身長は、小学生と高校生程の差が――数値にすれば20cm近くの差が有る。自分が現代っ子なのだと自覚した。

 

「いやまあ、そこはどうでも良いのよ。肝心なのは」

 

「治すには、だろ。分かってる、分かってるってば」

 

 それはさておき、現状は正直な所、逼迫している訳でも無いが芳しくない。

 正直に言えば、少し拍子抜けしている。何せマスターを直接殺害しようというサーヴァントは、あの一件以来お目にかかっていないのだから。

 だが、仮に狙われた場合、果たして自分が無事に切り抜けられるのか――贔屓目に見て、かなり難しい筈なのだ。

 

「……貴女、思った程強くないわよね」

 

「言ってくれるな、私は人間だったんだぜ。あと魔力不足が否めない」

 

 ここまでに遭遇したサーヴァント――セイバー、アサシン、褪色の狂霊に漆黒の影、この中でアーチャーが勝利出来るのはどれだろう?

 セイバーと狂霊の二者は、恐らく一対一では問題外。懐に飛び込まれた瞬間、アーチャーはバラバラに引き裂かれかねないのだから、勝利には少なくとも数kmの間合いが必要になる。

 あの漆黒の影には――不意打ち気味に一矢報いはした。が、手の内が割れた状態で正面から戦えば、相当の不利は否めない。アーチャーの得意とする遠距離戦闘も、あの速度の前にはほぼ無意味となるだろう。

 そうなると、勝ちの目が見えるのはアサシンだけだ。あれとは既に一度戦闘し、アーチャーも相手の札を幾つか見ている。

 元々の戦闘力に劣るアサシン以外、どれ一つとして勝てそうにないと言うのは、中々気の重い事だ。

 

「はーぁ」

 

「溜息吐くな、幸せが逃げるぞ」

 

「幸せは逃げないわ、歩けないもの」

 

「いやいや、あいつらは軽いからそよ風で吹っ飛ぶんだ」

 

 本当に他愛ない会話をしながら、雪掻きの施された歩道を歩く。見た目だけは平和である。

 けれども私は、この減らず口のサーヴァントにどういう感情を抱けばいいのか、それを考えるのに忙しく、平和を堪能しては居られなかった。

 アーチャー――霧雨魔理沙は、無能でも愚かでも無い。知恵も知識も度胸も有り、発想を形にする実行力もある。アサシンとの戦闘の折りに見た横顔は、小さな体に似合わず、歴戦の戦士染みた風貌だった。

 強さ、相性という面で見れば、確かにこの聖杯戦争に於いて、このアーチャーは強者と言い難い。だが、彼女と共に戦うならば、或いは私は命を保ち、この戦争を切り抜けられるかも知れない、と思うのだ。

 ――そう、〝かも知れない〟なんて、そんな程度に。

 別に、死にたい訳ではない。が、生き延びなければならない理由も、良く良く考えれば見つけられないのだ。

 内臓の大半を潰されて死にかけた時も、今にして思えば――死んでしまっても、困る事は無かった。ただ、視界の白が退屈で仕方がなかったから、どうにか目覚めようと足掻いただけだ。

 私には、自己保存の本能が無い。生き物ならば〝自分を重んじなければならない〟という固定概念を、引きずって歩いているに過ぎない。死ぬよりは生きている方が良いだろうが――死んだら死んだで、それで良いとさえ思っている。

 だが、そんな考えを、この小さな従者(サーヴァント)には告げたくないのだ。

 理由は無い――思いつかない。なんとなく嫌だ、という様な感情論で、無機質な自分の生死観を隠そうとしている。非合理的だが、思いつかないのだから仕方が無い。

 何せアーチャーと来たら、一度は死を経験した身であるくせに、とんでもなく生を謳歌しているのだ。食事の度に目を輝かせるし、家電製品を見れば隅々まで撫でまわす。アスファルトやコンクリートなんてありふれた代物でさえ、彼女は化石入りの大理石を見たかの様に興奮する。

 きっとアーチャーは、叶うならば生き長らえたいと、前向きに願う人間だっただろう。怯えるのではなく、生をより楽しむ為に、積極的に死を遠ざけようとする人間だっただろう。

 そうだ、私が彼女に対して感情を持て余すのは――彼女が私から遠すぎて、理解が及ばないからなのだ。

 

「なんで、貴女と私なのかしらね」

 

「ん?」

 

「組み合わせ」

 

 うーん、とアーチャーは一声唸って、腕を組んで首を傾げた。

 ざっくざっくと雪を掻き分けていた足も止まって、暫くは思考に没頭していた彼女だったが、

 

「私じゃ駄目だったか?」

 

 自分の顔を指さして、アーチャーはそんな事を言った。

 

「いや、駄目って訳じゃないけど」

 

「じゃあ、いいんじゃないか、理由とか。私だって別に、お前がマスターで困ってない」

 

 今度は私がうーんと唸って、

 

「そんなものなのかしらね」

 

「そんなもんなんだぜ、多分」

 

 何も解決はしていないのだけれど、とりあえず良しと言う事になってしまった。

 

 

 

 

 

「で、結局何処へ行くつもりなのよ」

 

「寺子屋の生徒が授業の終わりに、遊びに行くとしたら何処が相場だ?」

 

「ショッピングモールかゲームセンター、或いは駅ビルって線もあるわね。

 少なくともこの近辺は、駅どころか線路も走ってないと思うけれど」

 

 随分と歩かされる。何時の間にやら街の中心から外れて、家もまばらな地域に来てしまった。

 ここまで来ると、軽い食事を取ろうにも、8時で店仕舞のスーパーマーケットしか見つからない。飲食店の類など無いのだ。

 代わりに自然は豊富。時折は何処かの学生が、生物の生態研究の為に訪れるとか言うが――断言すると、退屈な地域である。

 

「図書館、このあたりにあるだろ? あそこで勉強会でもしようかなーって」

 

「……図書館だったら、駅前の図書館がお勧め。こっちのはちょっと……なんていうか、ふつうにうちの学校の方が本が有るわ」

 

 この近辺には、確かに図書館が一つだけ有る。使うのはもっぱら、絵本を求める近所の母親達か、或いは暇を持て余す老人くらいのもの。少し移動手段を持っていれば、駅前まで出れば、三階建ての大型図書館を利用出来るのだ。

 

「あれじゃ私には物足りない。古書が足りなすぎるし――目当ての本は、絶対に無いって言いきれるからな。

 絶対にこっちじゃあなきゃ駄目なんだ。悪いが付いてきてもらうぜ」

 

「まあ、良いけれども」

 

 一度動き出せば、有無を言わせないのがアーチャーだ。否も応も無く歩いては居たのだが――やはり遠い。

 森の木々の間を通る車道には、中央線も書かれていなければ、縁石の様な物も置いていない。

 が、めったに車も通らないので、車道のど真ん中を歩いていても問題が無い――無い無い尽くしだ。

 

「で、やっぱりあそこなの?」

 

「そう、あそこだ。いやー、やっぱり分かりやすいなぁ、あいつらの趣味」

 

 それを、暫く退屈を押し殺しながら歩き続けていると、湖の畔に出る。

 立地条件も悪ければ、所有する蔵書数も物足りない。こんな所まで付き合わされて何をするのかと、文句の一つも出そうになるが――

 

「さ、行くぞアリス! ちょっと走ろうぜ、ここは寒い!」

 

「あ! ……もう、私はインドア派だってのに……」

 

 やたら楽しそうなアーチャーを見れば、その声も引っ込んでしまう。

 これまた長い橋を渡り、湖の真ん中にぽつんと浮かぶ小島――その唯一の施設、『紅魔大図書館分館』へと駆け込んだ。

 

 

 

 

 

 『紅魔大図書館分館』――仰々しい名前にも程がある。

 成程、名前に相応しい真っ赤な建築物。右を向いても左を向いても、真っ赤な壁で目に悪い。目を背けて床を見ても、こっちはこっちでやはり赤い。

 駅前に建っている本館は、こんな趣味の悪い色はしておらず、勉学に励む者達を受け入れる聖地であるというのに。

 

「落ち着かないわー」

 

「本を読むのにはな。ほら見ろ、見事に閑古鳥」

 

 数人ばかり、本を読みに来たのか雑談をしに来たのか、そんな集団が出来ていた。子供に絵本を読ませておいて、自分は椅子に座っているだけの主婦だったり、特にする事も無いので散歩ついでに立ち寄る老人だったり――過疎集落の様な雰囲気だ。

 棚の数も少なく、首を一度右から左に動かすだけで、全てを視界に収める事が出来る。個人の家としてならば広いが、公共の建物にしては狭すぎる。

 こんな所では目ぼしい本も無いだろうけれど、それでも時間潰しに――と、歩き出そうとした途端、

 

「待て待て、そっちじゃないそっちじゃない」

 

「ぐえっ」

 

 アーチャーに襟首を掴まれた。身長差が有るものだから、背骨が直角に後ろ折れしかける。

 

「……ったたたた、少女にあるまじき悲鳴が出た……何すんのよ」

 

「何が悲しくてこんな所で読書しなきゃならんのだ、違う違う」

 

「図書館で読書以外に何をするのよ。人形劇でもお披露目?」

 

 ぷっ、とアーチャーが噴き出した。そんなおかしい事は言っていない筈だが、どうもツボが分からない。

 

「そうだな、何時かまたやって貰うかな。おーい司書さん、何処に居たー?」

 

「図書館ではお静かに……あれ、あれ?」

 

 少し大きな声で叫ぶアーチャーに、眠たげな顔の司書が近づいて来る。

 友人(表面的には)の愚行を詫びようかと思った私だったが――口を挟もうか、迷ってしまった。

 赤毛の司書の眼鏡の向こう、眠たげな目が一瞬で大きく見開かれ、

 

「……魔理沙さん、どうしてここに?」

 

「返してた物を借りに来たぜ。あいつは何処だ?」

 

 この時代には知られる筈の無い真名が、その口から告げられたからだ。

 

 

 

 

 

「生きてたなんて思いませんでしたよー。なんですか、結局気が変わったんですか?」

 

「そんな馬鹿な。私は人間だぜ、生きてる筈がないだろ?」

 

 赤毛の司書とアーチャーは、肩を並べて歩いている。私はその後ろを、あっけにとられたままで歩いていた。

 

「ちょっ……と、何処まで降りるのよ」

 

 図書館の奥に閉架図書室――そこまでは分かる。分かるのだが、片隅の床に隠された階段までは読めなかった。

 細腕の司書が、分厚い床をいとも容易く引っぺがした光景も凄絶だったが、寧ろ私が驚いたのは、地下から立ち上る空気の清浄さだった。

 

「エアコンとか使ってるの?」

 

「いいえ、地下に電気は引いてません。勿体無いですし、ねえ?」

 

「あいつには不要だよな、苦手そうだし。絶対録画とか出来ないだろ」

 

「ええ、テレビのチャンネルを変えるのにも苦戦してましたよ」

 

 私には誰の話題なのか分からないが、二人は旧知の友人の様に語り合いながら歩いている。きっとこの赤毛の司書は、『幻想の幻想』時代から生きているのだろうと――突拍子もない事だが、無理なく信じられた。

 

「なあ、アリス」

 

 唐突に、アーチャーが私の名を呼んだ。

 

「何?」

 

「今のお前には早すぎるかも知れないんだが……私の状況が状況だ。ちょっと我慢して貰うぞ」

 

「話が見えないわよ」

 

 先を行くアーチャーの顔は見えない。だが、その小さな背に似合わぬ力は感じ取れる。

 同じサーヴァントを除いては、恐らくこの地上に敵無しであろう彼女が――緊張しているのも、感じ取れた。

 

「見えなくても良い、その内に見えてくる。見えちまった方が大変なんだろうが……配慮してやる暇が無い。

 本当なら切りたくない札だ、軽々しく使っちゃならないカードだ。そこだけ思いだし――覚えておけよ」

 

 階段を最後まで降りて、分厚い扉の前に立つ。ドアノブも何もない扉は、赤毛の司書がそっと触れると、向こうから自然に口を開けた。

 

 

 

「〝あれから、二百十八万と七千九百四十三冊。六億と六千二百六十五万、跳んで二十八頁を読み進めた〟」

 

 ――その声は、耳を介してではなく、頭の中に直接紛れ込んできた。

 

「〝四十万以上の日没を超えて、四千以上の季節を超えた。そこを泳いでるのは湖の主、初代から数えて百二十二番目〟」

 

 目の前に開けた空間は、夢の中を歩くかの様に、現実から離れた所に有った。

 水圧を度外視したかの様に薄いガラス壁――そう、水圧。この空間は図書館の地下、湖の中に存在している。

 高い透明度、存在すら意識出来ない程の厚さのガラス。〝彼女〟が指さした先には、5mはあろうかという巨大なナマズが泳いでいた。

 

「〝けれども、まだ見終わらない。貴女に関わっている時間は、出来るなら極力抑えたいのだけれど〟」

 

 林の様に並び立つ書棚。高さは私の背丈の倍もあり、並ぶ書物には僅かの隙間も無い。蔵書の傾向は雑多――存在する全ての書を、ひとところに集めた様な風情。

 蛍光灯でも、また蝋燭の炎でも無い不思議な灯りは、林立する書棚の影を揺らめかせている。

 

「相っ変わらずつっけんどんな奴だなー、偶には日光浴してるのか?」

 

「〝髪が傷むからしないわ。粗野な貴女と一緒にして欲しくないわね、人間止まりの貴女と〟」

 

 きぃ、きぃ、と金属のこすれ合う音。何時の間にか私の隣には、一台の車椅子が止まっていた。

 

「一緒にするなら――せめて、こっちじゃないかしら」

 

 次の声は、間違いなく耳から聞こえた。私は咄嗟に音の方角、車椅子の有る方向に向き直る。そこには一人の少女が、膝掛毛布の上に本を乗せて座っていた。

 

「ようパチュリー、ぜんそくの調子はどうだ?」

 

「貴女の顔を見たら悪化したわ。ご機嫌よう、歓迎するわよアリス」

 

 歓迎されている――とんでもない。車椅子の少女の冷たい目に、私は思わず後ずさりしていた。

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