※pixivでは『普段は弄んでくるメジロアルダンが、実はそこまで恋愛耐性を持ってなかったというお話。』という名前で投稿しております。
普段は攻め攻めな娘がよわよわになるのって最高ですよねということで書きました。
とある平日の夜のこと。
「えいっ」
仕事を終え、帰路につくために一人夜道を歩いていると、可愛らしい掛け声と共に後ろから視界を
「今あなたの目を
聞き慣れた透き通るような声。
当然のことながらすぐに犯人の正体に見当がつく。
「……アルダン」
「正解です♪」
俺が答えると同時に、そっと手を離される。
振り向くと、そこには予想通りの人物___メジロアルダンの姿があった。
「こんばんは、トレーナーさん。こんな時間に
「……お、おう」
ドキマギする心をなんとか抑えつつ、冷静に返事する。
「もう、こんな遅い時間に一人で歩くなんて危ないですよ?」
「アルダンだって人のことは言えないだろ」
「ふふふっ、そう言われて仕舞えば返す言葉も無いですね」
純白のドレスを身に
普段は見かけない露出の多いドレスコードに身を包んでいることで、
「先ほどから私のことジッと見過ぎですよ?」
俺が見惚れていることに気づいたアルダンはクスッと笑うと、小走りで
柔らかくて温かい感触が伝わってくる。
突然の行動に動揺する俺をよそに、アルダンは上目遣いでこちらを見つめると、いたずらっぽく
「トレーナーさん、少しだけ、一緒に歩きませんか?」
●○●○●○
「流石トレーナーさんですね。エスコートがグッと上手になりましたね」
「何度もしていれば慣れてくるものだよ。それに、君に仕える身でもあるんだからこれくらいは出来るようになっておかないと」
夜の学園を歩き始めて数分。
最初は俺もに俺が緊張して会話もままならなかったが、今ではすっかりいつも通りの調子を取り戻していた。
俺は左腕をアルダンの腰に回して支えるようにして歩いており、彼女の右手にはブランド物の小さなバッグが握られている。
「それにしても、どうしてこんな時間にアルダンが外に? それもそんな格好で」
「実は、本家の方にて身内での
「とても似合っているよ。油断してたら
「ありがとうございます」
スカートの裾を持ち上げたアルダンは、優雅に一礼する。
オレンジ色の街灯に照らされたその姿は、ドラマのワンシーンを彷彿とさせる。
「ただ、その格好のままでこんな夜中に一人で出歩いては欲しくはなかったかな」
「それは、どうしてでしょうか?」
「ほらまあ、このご時世的に女性が夜遅くに出歩くのは危険だし、それに……」
「それに?」
「……いや、なんでもない」
思わず口をついて出そうになった言葉を慌てて飲み込む。
言えるわけがない。
”君のドレス姿をあんまり他の人に見られたくない”だなんて。
そんなことを言った暁には、アルダンからどのような
「ふふふっ、変なお方」
アルダンは俺の心の内を知ってか知らずかクスクスと笑い余裕
「それにしても、本当に真っ暗ですね」
そう言うと、アルダンは学園の方に視線を向けた。
夜の
「ああ、そうだな」
「……昼間とはまた違った雰囲気を感じます。なんだか、私達だけがこの世界に取り残されているみたいで。まるで二人きりの世界にいるような気分です」
「……」
彼女の言葉に思わず黙り込んでしまう。
確かに、この時間帯になると学園には誰もいないため、俺とアルダン以外の人影を見ることは決してない。
普段の生活では、決して味わえない非日常的な空間を二人で共有している。
「”二人きり”ですよ? トレーナーさん」
「そう、だな」
「今なら、他の人達に見られることなく、なんでもできちゃいそうですね」
「なんでも?」
「はい、なんでも。______見られてしまったら、困ってしまうようなことでも」
耳元でそっと囁かれる。
吐息がかかり、背筋がゾクッとする。
分かっている。
アルダンがこのように少し
ただ俺が平静を装って話を逸らせればそれで済む話なのだ。
今まで何度も行われてきた、俺とアルダンとのごく日常的なコミュニケーション。
なのに……、今日は何かが違う。
胸の奥がざわつき、体が熱くなる。
心臓が激しく脈打ち、理性が上手く働かない。
こんな感覚は初めてだった。
これほどまでにアルダンのことを意識してしまうのは。
アルダンが、とても綺麗だからだろうか。
夜で2人きりというシチュエーションのせいなのか。
それとも、俺の心の内に潜む情動のせいなのか。
はたまた、それら全てが原因なのかもしれない。
兎にも角にも、今の俺は大人としての良識、
意識するより先に、俺は先ほどのアルダンの言葉に返事をしていた。
いや、返事をしてしまったと言うべきか。
気づけば、無意識のうちに口を開いていた。
そう、言ってしまったのだ。
俺とアルダンの関係性を崩すかもしれない、決定的な一言を。
_____なら、本当に『見られてしまったら、困ってしまうようなこと』をしてみようか?
俺の発言を聞いた瞬間、アルダンの表情から笑みが消えた。
月明かりに照らされていた顔が一瞬にして無へと変わる。
目を大きく開き、ぽかんと微かに口が開いている。
それは、彼女が初めて見せる表情であった。
いつものアルダンからは想像もつかないほどに、その面持ちは呆気に取られているように見える。
(ああ、やってしまった)
自分が取り返しのつかない発言をしたことに気づき、思わず頭を抱える。
だが、もう遅い。
一度発せられた言葉は、二度と戻ってこない。
(こんなバカみたいな回答、高校生でもやらないぞ)
再度自分の愚かさを呪う。
どうして、あんなことを言って仕舞ったんだ。
仮に冗談だと誤魔化そうとしても、既に
アルダンは今、どんな表情をしているのだろうか?
信頼していたはずの成人男性に、こんな危ない場所で、こんなことを言われて。
きっと、ショックを受けていることだろう。
軽蔑されているに違いない。
そう考えるだけで、心が張り裂けそうになる。
「その、アルダン」
とりあえず今は、発言についての謝罪が先決だ。
謝らなければ。
誠意を持って彼女に接さねば。
そう思い立った俺は、すぐさまアルダンに声をかけようと顔を上げたその時。
「……ひぁぅ……」
可愛らしく小さな悲鳴を上げて、赤く染まった頬を隠すように両手で押さえるアルダンの姿があった。
予想外すぎる反応に、今度はこちらが
先ほどまでの
それにしても、えっ何この可愛い生き物?
超可愛いんだが??
「ア、アルダン……?」
「見、見ないでくださいぃ……」
弱々しく懇願され、思わず目を逸らす。
そんな姿を見てしまうと、余計に見たくなってしまうのだが……。
しかし、そんなことを言えるわけもなく。
結局、彼女の気が済むまで、俺はひたすら顔を背け続ける他なかった________
●○●○●○
「……コホン。トレーナーさん、先ほどはお恥ずかしい姿を見せてしまい、申し訳ございませんでした」
数分後、ようやく落ち着きを取り戻したアルダンは、小さく咳払いをした。
まだ、ほんのりと頬が火照っているような気もするが、そこはあえて触れないでおく。
「いや、こちらこそ悪かった。変なこと言ってしまって」
「いえ、トレーナーさんが悪いわけではないですから」
謝罪合戦に双方向矢印的な
互いに持参した水筒のお茶を口に含む。
「あのさ、一つ尋ねたいことがあるんだけど」
「はい、なんでしょうか?」
「もしかしてアルダンって、割とあういう大胆な言葉とか行動に対して耐性が無い感じだったりするのか?」
「っ……!?」
あっ、咽せ出した。
図星だったらしい。
アルダンは、しばらくゴホゴホッと咳き込んだあと、恨めしげな視線を俺に向けてきた。……正直なところ、めちゃくちゃ可愛い。
アルダンは少しの間ジト目を向けた後に、諦めたかのように大きなため息をついた。
そして、どこか吹っ切れたような様子で口を開く。
「ええ、その、なんと申し上げましょうか。短い言葉で直接的な好意を示されるのは平気なのですが……」
「うんうん」
「具体的かつストレートな表現には、どうにも慣れていないと言いますか」
「ほう」
「特に好意を寄せる異性の方から大胆に愛を囁かれることには、私は
「なるほど、そうなんだね」
「はい」
「……」
「……」
「そのドレスとても似合っているよ。余計にアルダンのウエディングドレス姿が楽しみになるなー」
「なっ……」
みるみるとアルダンの頬は紅潮していく。
あー
何だか頭がふわふわする。
アルダンはしおらしくなってモジモジと指を絡めながら話しているし、俺も俺でこの職に就いてから女性と関わる機会が昔と比べて少なくなっていた反動なのか、そっち方面の自制心のネジが何本か外れているような気がしないでもない。
まあでも、要するにそういうことだよ。………………。
つまりどういうことだってばよ? 自分でもよく分からなくなってきた。
「ちなみにだが、君の言う『好意を寄せる異性』に俺は入っていると考えて良いのかな?」
俺の質問を聞いた途端、またまたアルダンの顔がボッと一気に赤くなった。
そして、再び手で顔を覆うと、指の隙間からチラリと俺を見つめてくる。
「……言わせないで下さい。この鈍感さん……」
そう呟いて、アルダンは俯いてしまった。
耳が忙しなく動いているのを見るに、おそらく相当恥ずかしくて居ても立っても居られないのだろうか?
……やばい。今の一言、かなりグッとくる。
余裕のある普段の雰囲気とは真逆の
ああ、もうダメだ。
我慢できない。
「アルダン」
俺は、名前を呼びながら、アルダンの肩に手を置いた。
ビクっと身体が跳ねて、恐る恐るというようにアルダンが顔を上げる。
月明かりに照らされた瞳が、不安げに揺れていた。
そんなアルダンに俺は優しく微笑みかける。
「あのさ、俺と__」
______いざ、言おうとしたその時。
『アルダンさーん! どこにいるんですかー?』
『アルダンちゃーん! どこー?』
遠くから、アルダンを探す彼女の同級生たちの声が聞こえてきた。
「あっ、門限……」
時計を見ると、既に時刻は20時を回っていた。
いくらなんでも、遅すぎる。
恐らく、門限を過ぎても帰ってこないアルダンのことを心配になって探しに来たのだろう。
「ふふふっ、残念ながらトレーナーさんとの夜の密会タイムはここまでですね」
そう言って、彼女はいつものように
そして、おもむろに立ち上がって、服についた汚れを払う。
その表情からは、先ほどまでの初々しさは既に消え失せており、すっかりいつもの調子に戻っていた。
「さて、では最後に私から一言……」
クルリとその場を回ってこちらを振り向く。
「今日はとても、月が綺麗ですね。トレーナーさん」
澄み渡る夜空に浮かぶ神々しい月光を背景に、逸話を引用したアルダンの言葉が響く。
かつて夏目漱石が教師時代に『I love you.』を日本の婉曲表現に適合させて意訳したという由来。
文明開化という激流の時代の中で全く異なる文化がぶつかり合って完成した、『直接的表現』と『間接的表現』の双方の性質を持つ奇跡的な存在。
何度も使い古された台詞であるものの、今になっても『愛』という劇的な感情を伝えるのにこの言葉が的確なのはある意味当然の帰結なのかもしれない。
もちろんのこと、その言葉に込められた意味を理解した俺は、一呼吸置いてから、彼女と同じように笑って返した。
「好きだよ」
たった四文字の愛の言葉が、静かな夜の世界に溶けていく。
それは紛れもない俺からの告白だった。
アルダンの表情が
「……え? ……ええっ?」
「悪いな、間接的に伝えるのが苦手でな」
残念ながら、俺にはアルダンのような上品なお淑やかさを持ち合わせていない。
だからこそ、
___もっとも、彼女がこういうことを言われると弱くなるという事実を知ったから、という理由もあるだが。
「トレーナーさん、やり直してください」
「いや、どうして」
「いいからやり直してください!」
どうやらアルダンは一方攻勢なこの状況を気に入らないらしく、再度の返答を求めてきた。
ここは仕方ないので、
「愛してるよ」
今度は五文字。
先ほどよりも重めの表現だ。
その分、アルダンの動揺も大きくなる。
「じゃあ、また明日」
チェックメイトを確信した俺は、そう捨て台詞を吐いて、手のひらを頬に当ててずるずるとその場にへたり込むアルダンに背を向ける。
そして、背後から聞こえる悲鳴に近い叫びを聞かなかったことにしながら、俺は足早に正門へと向かっていったのであった。
fin.