『ジリジリジリジリ………』
「非常ベル………?」
甲高い非常ベルの音に目を覚ます。避難訓練は今日じゃないし、点検日なのかな? 桜先生に聞けたら良いんだけど部屋の電気がついていないから保健室には僕一人だと思う。僕が寝てる間に体調崩した人が来て、仕切り越しにある横のベットに寝てなければ。
「………ケルス」
状況を尋ねようと小声でケルスを呼んでみる反応なし。ベットから出て仕切りの中から出ると風が髪を揺らす。風の入り口、保健室の小窓に視線を向けるとちょうどケルスが1体?1匹? 通るには十分な隙間が空いていた。どうやら外に出たみたいだ。
「キャーーーッ!!」
「_ッ!」
背後から僅かに聞こえてくて悲鳴。なにかを考える事無くフードを深くかぶり、振り向きざまに駆ける。保健室の扉を乱雑に開き廊下へ。
『生徒の皆さんは先生の指示に従って避難してください!繰り返します! 3階の音楽室に向けて不審者が………』
非常ベルの音に交じり焦った教員の放送が聞こえてくる。放送を聞き流しながら奇跡的に誰もいない廊下は駆け抜け、階段の手摺を握り一気に駆け上がる。その最中聞こえてきた『3階の窓を突き破って入って来た』の一文。
先生も予想外の事で焦っているのかもしれないが、生徒の不安を煽るからそこまで放送で伝えなくていい。けれどそのおかげで不審者が人外じみた身体能力を持っているのは確定した。さらに言えば脳裏に浮かぶコウモリ怪人の姿。
「ケルス、コロク、遅い」
最後の段差を登り呟く。推測が合っていればケルスが居ないとどうにもならない。
「あぁ……… 誰ともすれ違わない訳だ」
音楽室まであと少しの所で立ち止まる。僕の視界に広がるはある程度筋肉質の男性教員が廊下のあちこちに転がる姿だった。糸に巻かれ身動き取れないまま壁に埋め込まれるように倒れている者、血を流し気絶している者、状態こそまちまちだが人ならざる者の仕業で確定するには十分の証拠。
「キャーーーッ!!」
再び聞こえてきた悲鳴。恐らく女性、それも子供のモノだと思う。声の元は進行方向の音楽室の方。時間がない、教員を放置して再び走り出す。横目で惨劇を見れば壁がえぐれていたり、血痕があったり、中には事切れた教員もいるのかもしれない。
音楽室が目前となった所で近くの柱に隠れ様子を見る。
「来ないで!」
血の様に赤い身体に紫の爪、身体中にまばらに広がる青く煌めく宝石の凹凸。ガラス越しに反射するその横顔は蜘蛛を想起させる。【スパイダーソニオ怪人】と言ったところかな?
『お待たせ夢!』
「行くよ」
品比べをするかのように生徒を観察しながら歩み寄るスパイダーソニオに飛び出そうとした時、背後からケルスの声が聞こえてくる。視線を向ける事無く左手を差し出す。関節が動く音を出しながらウィッシュドライバーに変形したケルスを腰に当てる。するとベルト両端から腰に沿うように闇が溢れ、紫色のベルト帯【ジャストレイトバンド】が巻かれる。
「キャッ!」
「大人シクシロ!」
ベルトのスイッチを押そうとした時にはスパイダーソニオは動いていた。口から吐いた糸で一人の少女を拘束、そのまま自身の手元へと手繰り寄せる。両手をふさがれて身動きが取れないながらも逃げ出そうとする少女を脇の下に抱えると、スパイダーソニオは窓と壁を壊し学校の外へ。
「変身」
『チェンジ・ウィッシュ!』
少女を抱えたスパイダーソニオは壁や柱に口から糸を出し、引っ張られるように宙を移動する。その姿を見つめながら右手でイネインスイッチを押し、左手で窓を開けた。風でフードが取れ色素がない髪が静かに揺れる。
視界の端に光を反射する僕の髪を気に留めず、窓の縁に上がり外へ。中央のケルスの顔がスイッチに連動しベルト中央に存在する赤い宝石【イネインマター】を加える。イネインマターから生成された光を通さない気体状のエネルギー物質に包まれる。
『アミナス!』
ベルトから四肢に向けて銀色のラインが伸びると共に身を包む闇、イネインエネルギーにより僕の身体が変化する。身長は小学生の物から成人男性程に、痩せ細った肉体は健康的で筋肉質に、白すぎて血の色で淡いピンクの皮膚は黒く強固に、生体アーマーが各所に生えてくる。
黒いケルベロスモチーフの異形の超人、仮面ライダーウィッシュへと変身した僕。重力に従い受け身を取りながら地面に着地。スパイダーソニオが去っていた方に向けて一気に駆け出す。
目の前に迫る信号やら電柱を破壊しながら腕に抱えた少女の負担など考えず、壁から壁へ移動するスパイダーソニオ。地上に出来上がった惨劇の後を駆け抜けるウィッシュ。やがてウィッシュの常人を超える視力がスパイダーソニオを捕らえる。
「___見つけた」
足に力を込め大きく跳躍、スパイダーソニオへの頭上を越える僅か一瞬に拳による一撃を繰り出す。痛みによって手放した少女を抱きかかえ、難なく着地したウィッシュは物陰に少女を隠しスパイダーソニオへと振り返る!
「カエセ!」
拳を振り上げ迫りくるスパイダーソニオ、その一撃を何とか回避したウィッシュは腹部に蹴りを入れ吹き飛ばす。道路の上を殻がるスパイダーソニオの様子を他所に視線を少女へと向けた。スパイダーソニオの無茶な移動のせいで気絶こそしているが傷一つない。
その事を確認したウィッシュはフラフラと立ち上がったスパイダーソニオへ跳躍し、体重載せた拳を突き出す。大きく後退したスパイダーソニオは雄たけびを上げウィッシュの胸部目掛けて爪を突き指す。咄嗟に左腕の装甲で受け止めたウィッシュ。
火花が血しぶきのように舞い、腕の装甲にスパイダーソニオの爪が深く刺さり装甲に穴を開けた。手首を捻り穴を広げようとするスパイダーソニオの頭部を痛みを感じないと言わんばかりに殴る。怯んだ後退したところにすかさず蹴りの一撃。
あまりの威力に空気が震え大きく吹き飛んだスパイダーソニオはビルの壁に背を埋めた。イネインマターが輝き、左腕に伸びる銀ライン【イネインドライブ】を通し送られたイネインエネルギーが腕の装甲を修復する。
「天使ヲヨコセ!」
一方、壁から抜け出したスパイダーソニオは背から6本の触手の様な足を生やし、ウィッシュを襲う。先端が尖ったソレを咄嗟に横に転がり込んだことで回避。ウィッシュが場所は大きく抉られ、後ろにあった植木は瞬く間に変色し液体へと変わった。
「………」
その光景を目の当たりにしたウィッシュは警戒を高め確実に触手を回避していく。しかし回避に手中するあまりにスパイダーソニオへ近づく事が出来ず、その場を動く事なくウィッシュを一方的に攻撃する。千日手な状況へと陥ってしまい、周囲への被害が広がるのみ。それでも怪我人が出ていないのは夢の唯一の抵抗だろう。
『___なぁ、夢。』
停滞する戦況を変えるべく、ドライバーと変形した影響で聞こえないはずのケルスの声が夢の頭の中で響き渡る。ウィッシュシステムである同化を応用した脳裏会話だ。
『ウィッシュは夢とオイラが同化して初めて変身完了なんだ。だから今の夢の意志だけで戦うのは本当のウィッシュじゃない。自分一人で戦おうとせず、オイラを頼ってくれよ…』
「______」
ケルスの悲痛な声が響く中、ウィッシュの頭部目掛けて迫る触手。複眼に先端突き刺さろうとしたその時、今までとは違いアクロバティックな動きで回避すると共に触手を踏みつけた。触手にも痛覚が通っているのか苦痛で染まった悲鳴を上げ、動きが止まったスパイダーソニオ。
「これで合ってるケルス」
『あぁ! ここからはオイラに任せてくれ!』
冷淡な夢に同意したケルスは今一度触手を踏みつけると一気に駆け出す。迫りくるウィッシュに残る触手を突き指すが意に返さすダイナミックな動きで回避していく。先程までの戦いのイロハも知らぬ見様見真似の初心者的動きから、自然界で生き残る捕食者の如き動き。
文字道理、別人の動きをするウィッシュに一切触れる事が出来ず接近を許したスパイダーソニオ。唖然と驚き固まった所をウィッシュの拳が問答無用で突き刺さる。
『決めるぞ夢!』
「ん」『ケルベロス!』
続けざまに放たれた後ろ回し蹴りを受け距離をいたのを確認したケルスが呟く。その声に従い必殺の一撃を放つべくウィッシュドライバー両端の頭部を手で持ち、口を閉じるように力を込める。両肩の顔を模した装甲【ショルダーフェイス】の瞳が怪しく輝きを放つ。
『アミナスブレイズ!』
口が開閉すると共に音声がが鳴り響き、イネインスイッチを2回押すことでイネインエネルギーが両腕へと送られる。腹部を押さえ蹲っているスパイダーソニオへと接近、拳を握りしめたまま右手を上にし左手を下にて胸元へ強力な一撃を放った!
「グァァァーーー!」
狼の様なエネルギーが打撃と共に3つ放たれスパイダーソニオへ噛みつき上空へと運ぶ。やがて大きな爆炎を上げ、イネインエネルギーに包まれて中年男性が地面へと優しく降ろされた。
「……………」
視線を物陰に隠した少女へと向けるとスパイダーソニオが倒された影響か、身を拘束していた糸は消え冬の寒さに身体を震わせながら横たわっていた。周囲に落ちていた旗の布部分で少女を包み、近づくサイレン音から逃れるようにこの場を去って行く。
「____そう言えばコロクは?」
物陰で変身を解いた夢が腹部に装着されたケルスに問いかける。
『ちょっと用事でな、今ここにはおらんわ』
ベルト帯が気化し自重で落下する中で変形、着地しながら夢の問いを答える。ケルスの言葉に納得しならフードを深くかぶり学校に方面へと歩み始めた。その左腕に袖から袖口にかけて粘り気のある赤い液体が染みこんでいることに気が付くことなく………
スパイダーソニオ怪人と戦闘を繰り広げた翌日の保健室。夢は左腕に包帯を巻く女性、桜から本来なら朝のHRで担任から離される内容を聞いていた。
「………と言う訳で本日は午前中で学校は終わりです。本当なら保護者が迎えに来て、寄り道する事無く家に帰ってくださいと言いたいところですが……」
夢の家庭事情を元々看護師を目指していた事もあり、何となく察している桜。そんな彼女の歪んだ表情を他所に夢は裾を下し少し赤く変色した左袖のパーカーを羽織る。
「紫吹さん聞いていますか?」
「聞いてる」
それはさっきの話か、以前桜から提案された事か、もしくはどちらか夢には判断が付かなかったが話自体はちゃんと頭の中に残っている。自分の事なのに他人事のように捉えている夢に今日こそ大人として申し出ようとした時、保健室の扉が叩かれた。
その音を聞き夢はベットの中へと赴き、溜息を小さく零しながら桜は扉へ体ごと視線を向ける。
「どうぞ」
「失礼します!」
保健室へと元気よく入って来た少女。既に仕切りに隔たれたベットの中へと入りこんだ夢に知る由も無いが、先日スパイダーソニオによって誘拐された少女その人であった。
「ちょっと!」
「~~~♪」
少女は先生の制止の声を無視し夢が眠るベットの仕切りの前へと鼻歌を歌いながら向かう。そのままカーテンを勢いよく開け、布団を剥いでベットに眠る夢に笑顔で声をかける。
「私は小波春菜! 君は?」
「___紫吹夢」
元気な自己紹介をする少女【
「夢ちゃんか… よろしくね!」
「僕、男だよ」
「……へ? ……………ええぇぇぇーーーーーーーーーーーー!?!?!?」
同年代より明らかに痩せり身長も低い中性的な顔立ちの夢を少女と見間違えるのは仕方ないだろう。そんな事を桜は思いながらも二人の様子を静かに見守っていた。
WAREコラム
【仮面ライダーウィッシュ:イネインエネルギー】
ソニオ結晶と全く正反対の物質で出来た人口反物質。ソニオ結晶で中和され互いに消失する特性を持つ。ウィッシュドライバー中央の「イネインマター」にて生成される。
外部からの光を通さない気体状のエネルギー物質であり、ウィッシュの装甲やベルト帯に固形化する。また自然には分解されない。自然環境やソニオ結晶を取り込んだ生物への影響は無いが、直接取り込むウィッシュシステム使用者の影響は不明。またソニオ結晶を取り込んだ生命体でも過剰に摂取すれば死に至る可能性もある。
【スパイダーソニオ怪人】
風柴町に住む理不尽なリストラ受けた中年男性の「天使のような演奏を毎日聞きたい」と言う願いと共に「ソニオ結晶」が取り込んだ事で誕生したソニオ怪人。
動き自体は鈍足だが口から吐く糸で相手を拘束、瞬間的な高速移動が可能。手から生える爪はウィッシュの装甲をいともたやすく貫く鋭さを持ち、背中から生やす6本の触手の先端から毒を流し込む。この毒は地球上には存在しない成分で出来ており、瞬間的に変色し液所に変貌させる。