春菜先輩の母親が運転する車のドアを開くと風と共に泳いでくるクリスマスソング。英語で紡がれる昔懐かしい、それこそ前世でも流れていたような洋楽が街に響く。
「それじゃお母さんは買いもに行ってくるから、春菜は夢君とこの辺で遊んでなさい。けど、あまり遠くへ行っちゃダメよ」
「うん!」
車の中にリュックをいたままケルスを連れアスファルトの上に立つと背後から親子の会話が聞こえてくる。ここは別にデパートでも商店街でもない普通の通り、あちこちでクリスマスイベントをしているから小さい子が退屈しないとは思うが、ここで子供を自由にさせるのどうかと思う。
まぁ、現世のでは普通なのかもしれない。なんせ比較対象となり得そうなのがネグレクトされてる自分自身だから何とも言えない。最悪、僕がどうにかすればいいか。
「あっちに行ってみよう!」
母親から受け取ったであろう小遣いを片手に腕を引っ張って来る春菜先輩。彼女にされるがままにイルミネーション輝く通りの中を歩く。そんな僕達の後をケルスは辺りをキョロキョロと見渡しながらついてくる。その様子を横目で見ながらふと思った。なんで春菜先輩は学校一嫌われている僕と関わるのだろうか?
僕の悪評や悪い噂は学校中で広まっており、時たま保健室に来る生徒と顔を合わせると汚物を見るような視線を受ける僕。そんな僕と関わる事は百害あって一利なしなはず。
「なぜ、先輩は僕と関わるの」
「っえ?」
楽しげな表情を潜め唖然とする春菜先輩。やってしまった、他人の感情も自分の感情も分からない僕が進んでコミュニケーションを取るものじゃないと改めて思う。歩みを止め見つめ合う僕達の間に気まずげな雰囲気が流れる中、春菜先輩がゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「___私さ、絶対音感っていうやつらしいんだよね」
【絶対音感】、確か音楽を聴くだけでその曲を演奏できるようになる人の事を指す言葉だったと思う。音程すら理解ができるとかそんな話を前世で聞いた事があるような気がする。しかし、それがいったい僕と関わる理由になるのだろうか。
「私先週ね、蜘蛛の怪物に襲われたの………」
スパイダーソニオ怪人の時か。
「その時に私を助けてくれた人がいるんだけど、その人の声が夢君と同じ特徴と言うか、夢君の声の出し方が似てる………… 説明難しいけど、私はその人が夢君かその家族なんじゃないかな~って思ってるの」
「___何が言いたいの」
「え~っとね、つまりお礼が言いたいんだ! でも確証がないんだけど、私の中では夢君があの黒い鎧の人なんだと思うの。違う?」
……なんて答えるべきなんだろう。恐らくあの時の春菜先輩は気絶してたと思ったけど、実際には目を開けるほどの体力が残って無くて音だけは聞こえてたんだろう。だから戦闘中のケルスとの会話が彼女に聞こえた。
それで確信を持ててないと言う事は薄っすらっと聞こえていたのかな? ともかく少ない材料でここまで推理できるのはすごい。正直、小学校低学年は園児と大して変わらないと思っていた。だけど子供には子供にしか分からない感覚があると言うのはあながち間違いではないのかも。
「な~んてね♪ そんなテレビみたいな事ないか!」
「…………」
腕を後ろで組みこちらに笑みを浮かべる彼女の言葉に僕は何も言える事が無かった。小降りの雪が降り始め、植木のイルミネーションが幻想的な輝きを放ち、通りに流れるクリスマスソングが彩を加える。そんなクリスマスイブの片隅で見つめ合う僕達。
白い息を吐きながら先の春菜先輩の言葉に答えようとしたその時、後方で事件が起きた。
「邪魔だ!」
「っきゃ……!」
女性の悲鳴で振り返る。どうやら30代ぐらいの男性が罵倒と共に女子生徒ぐらいの子を突き飛ばしたようだ。彼女の隣に歩いていた同年代ぐらいの男性が女子高生に駆け寄り怪我の有無を確認する。
「大丈夫か。 ………おいアンタ、いったいなんだよ! 俺達は普通に歩いていただろうが!」
「知るか! イチャイチャするなら外でするな! 家の中でやりやがれ!!」
男子高生が怒りを露にし突き飛ばした男性と言い合いを始めた。周囲の邪険な視線を一身に受けながらも男性は悪びれる様子がない。だんだんと口論が激しくなり、ついに男子高生をも突き飛ばした。
「リア充なんて、リア充なんて……… 爆発しやガレェェエエエーーー!!」
嫉妬の言葉を高らかに叫ぶ男子の身体が神秘的なベールに包まれる。身体の皮膚から鉱石の様な物が生え、皮膚を黒く染め上げる。身体の骨格が変化していき頭部は前世で見た、とある特撮ヒーローのカラス宇宙人を想起させる見た目に変化。
「うわぁぁあああ~~!」
「きゃぁーーーーっ!」
突然として怪人に変わった男性か野次馬が我先にと逃げ出し、高校生の男女が手を繋いでその場から離れる。そんな人々の様子など気にも留めずバード…… いや【カラスソニオ怪人】が腕の翼を広げ、周囲に黒い羽をばらまく。
「っきゃ!」
放たれた羽はクリスマスの装飾品を中心に小規模の爆発と共に破壊していく。その爆音に恐怖し春菜先輩は頭を両手で押さえしゃがみ込む。
「__逃げよう夢君」
蹲る彼女を立ち上がらせた時、触れた人肌で落ち着いたのか春菜先輩が服の袖を引っ張って提案してくる。その瞳には涙をため、声は震えていた。まぁ、普通は春菜先輩の様に怖いと思うよな…
「先輩正解」
「___え?」
突拍子のない言葉に疑問を浮かべる春菜先輩。そんな彼女の様子を他所に彼女の腕をそっと離す。
「だから、僕が戦う間に逃げて」
「__ッ! 待ってよ、あんなのと戦ったら死んじゃうよ!」
「大丈夫」
視線を出鱈目に羽を放ち続けるカラスソニオに向けながら春菜先輩の心配の声に答える。本当なら笑みを見せて安心させるべきなのだろうが、常に無表情の僕には戦闘よりも難しいから表情は見せない。
「ケルス」
『……本当に良いんだな?』
先程までの会話を静かにそばで見守っていたケルスに声をかける。ケルスの疑問に小さく頷く事で返答すると、何も言わずにウィッシュドライバーへ変形。手元に来たそれを掴み迷いなく腰に当てる。ドライバー背面左右の凹から溢れるイネインエネルギーが僕の腰に沿うように固形化。
「変身」
『チェンジ・ウィッシュ!』
脊髄の辺りで合流したエネルギーは【セイフティーリミッター】、要はベルト止めに変わる事で装着を終える。ドライバーから手を放し、イネインスイッチを掌で押す。するとベルト中央のケルスの顔が閉じ、口にくわえたイネインマターから一見すると闇にも見える紫色の気体が溢れ出し、僕の身を包む。
「___ッす……!」
『アミナス!』
春菜先輩が息を呑み込む音を聞きながらベルトから変身完了の音声が鳴り響く。何処か犬系の動物を想起させる頭部を春菜先輩へ向ける。
「___頑張ってね、夢君!」
その一言を残し去って行く彼女の姿を他所に再び正面へと顔を向け赤い複眼でカラスソニオを射貫く。こちらの様子に気が付いてないカラスソニオは羽を未だ放ち続け被害を拡大させていく。これ以上はビルの崩壊の危険性があると思う。無くてもこれ以上好きにさせないために駆けだすのは変わらない。
「爆発シロ!爆発シロ!爆発シロォォオオオオ!!」
出鱈目に周囲を破壊し続けるカラスソニオ。放たれる羽の嵐の中を無理やり駆け抜けたウィッシュの拳が後頭部に突き刺さる。
「グェ…… 邪魔スル奴モ、爆発シロ!」
顔面から地面を転がり、怒りを露にすると翼を広げて羽を撃ち出す。先程のまでとは違い、ウィッシュ一人に狙いを妨げたその攻撃を何とか距離を取る事で直撃を防いだウィッシュ。しかしながら地面に着弾した瞬間に起きた爆発によって吹き飛ばされ、今度はウィッシュが地面を転がる事となる。
体制を崩れたウィッシュへと追撃を放つカラスソニオ。一方、ウィッシュ両肩のケルベロスの頭部を模した装甲【ショルダーフェイス】の赤い瞳が不気味な輝きを放っていた。ベルトから左右それぞれの腕に向けて伸びるイネインドライブにエネルギーが流れ、両腕にかぎ爪と言う形で纏わりつく。
【ケルベロスクロー】で頭部を守るように合わせると羽から身を守る。次々と巻き起こる爆発により黒煙の中に消えたウィッシュ。煙の中でウィッシュは立ち上がり歩みを進める。
「_____ッ!」
悠々と黒煙の中から姿を現したウィッシュの姿に本能的に怯え後ずさったカラスソニオ。そんな自信の中に生まれた恐怖を振り払うかのように我武者羅に羽を放ってはウィッシュを攻撃。視界一派に迫りくる無数の羽をクローで切り裂き、弾き飛ばし意に返さない。
「グアァァ……!」
破れかぶれに振るわれたカラスソニオの爪を受け流してはクローで切り裂く。その切口から火花が血の様に噴き出すのを他所に右腕のクローを振り下ろし追撃。あまりの威力に吹き飛ばされ大きく後退したカラスソニオは翼を大きく広げ、大空へと飛びだった。
『よう!何やら大変な事になってるな夢』
「コロク」
小さくなっていくその背中を呆然と見つめるウィッシュ。そこにコロクがやって来た。コロクへと視線を向けるウィッシュを見つめながら背中にマウントしていたトライデントを手に取ると宙へと矛先を向ける。
『説明は後だ、今はソニオ怪人の方が先決だ。これを使え!』
その言葉と共に矛先から淡い緑色の光線を放つ。すると空に先程の光線と同じ輝きを放つワームホールが生成され、その穴の向こうから一つの影がウィッシュの元へと舞い降りた。
前後に付いた車輪、後方に伸びるパイプ、昆虫の頭部を想起させるフロントパーツ、全体的に有機的デザインをした緑色のバイクが静かなエンジン音を奏でる。片面に4本づつ走る銀ラインが粉雪の中で輝きを放つ。
「___バイク」
『こいつは厄災の中でも
【神甲虫】の瞳…… バイクで言うヘッドランプが点滅し、顔を一度ウィッシュに向けるとすぐにカラスソニオが去って行った方へと視線を向けた。気合いを入れるかのようにパイプから白煙を吹き出す神甲虫を他所に膝から崩れ落ちたウィッシュ。
『どうした夢!』
『夢!?』
神甲虫のサドルに手を置き何とか倒れずに済んではいるが、心配するケルスとコロクの言葉は夢の元には届いてない。
「はぁはぁはぁはぁ…………」
『コロク、夢にバイタルに異変が!』
荒い息を吐き、過呼吸状態に陥っている夢。そんな彼れのバイタル情報を地球には無い特殊なデータ通信でコロクと通信使強雨有する。しかしながら夢がこのような状態になったのか、神甲虫を含めた3体は分からずに見守る事しかできていない。
現在夢を蝕むものそれは【心的外傷後ストレス障害】、通称【PTSD】と呼ばれるものだ。過去に遭遇した
それにより医者はさじを投げてはいるが夢の場合は前世での死因となったバイクが原因であり、バイクが視界に入るだけで震えだしたり、横を走行時の音を耳にするだけで過呼吸を起こしていた。そして現在は神甲虫に乗って追わなきゃいけないと思った瞬間、身体が拒否反応を起こしたのだ。
(ダメ、意識が……………)
無理やり神甲虫に跨ろうとして意識を遠のくをどこか冷静な部分が認識する。されどもそれに抗うすべを夢は持っておらず、闇の中へと沈んで行った。