Edel Lilieを求めて   作:ふじのうぇ~ぶ

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錬金術師(トリスメギストス)(前編)

 

 ――人が人たらしめる要素はなにか?

 

 この問いに対する答えは人それぞれだろう。

 ある者は「意思だ」と答え、ある者は「叡智」と答える。

 

 私の場合はおそらくこうだろう。

 

「それは自ら選択し、その責任を負うことだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく。あいつらも随分と好き勝手にやってくれたものだ……」

 

 手にしている数十枚にもおよぶ「機密資料」という名の再生紙の束。

 その1枚1枚に書かれている記述や記載されている写真、画像、グラフなどに軽く目を通していく。

 

「しかしわずか3年でよくもまあこれまで……

 当初からこれだけ勤勉に働いてくれれば――いや、もう過ぎた話だな。今さら嘆いたところで過去は変わらん」

 

 用意された日本行きの旅客機のファーストクラスに背中を預け、一度紙の束から窓へと視線を移す。

 一面の蒼い空と、その下に延々と広がっている白い雲海がそこには映し出されていた。

 このなんにもない平穏な光景の下では、人とヒュージによる戦争、そして人と人による「政治」という名の戦争が今もどこかで繰り広げられているというのが嘘のようだ。

 

 私が今日本に向かっている理由――

 それは数日前、上からかつて私が立ち上げたあるプロジェクトが日本のとある地でひっそりと継続しているということを聞かされたことに端を発する。

 

 これといった成果を挙げられることもなく、ただ与えられた予算だけを無駄に浪費していくだけだったために発起人である私自身はとっくに見切りをつけた計画――

 だが、賛同者たちにとってはそうではなかったようで、規模や予算を年々縮小されながらも今日まで続けていたようだ。

 

「計画を起ち上げる際、研究資金を上から頂戴するためにでっち上げた謳い文句が連中にはよっぽど眩しく見えたのかもしれんな……」

 

 ため息をつき、座席に深々と寄りかかる。

 自分にとって楽な体勢になったところで再び己が目を手元の紙に戻した。

 

「――被験体もこれだけ集めていたのか。

 しかし、これではただの人的資源の無駄な浪費としか言いようがないな」

 

 今私が手にして目を通しているのは先の計画のここ数年間における記録をまとめたもの。

 そして、現在読んでいる項目はその数年間に投入された被験体――強化リリィたちのリストである。

 

 ――そのリストに並べられている名前のほとんどに赤い線が引かれて「LOST」という4文字が付け加えられていた。

 

「ん……?」

 

 そんな一覧の中にいまだに赤線が引かれておらず、かつ4文字が加えられていない名前がいくつかあった。

 そして、その中のひとつがふと私の目にとまる。

 

「こいつは……」

 

 その名前を目にした途端私の手は無意識に速くなり、紙の束を音をたてて次々とめくっていく。

 

 ――見つけた。

 

 被験体たちの個々の詳細な記録資料――その中で目当ての名前を発見する。

 そこには黒い髪と琥珀色の瞳をした特に印象に残りそうな外見的特徴のない――見る者によっては「可愛い」と評するかもしれない――10代半ばの少女の写真が載っていた。

 名前と写真を確認したところで、昨今その少女に対して行われた実験などの記録に目を通していく。

 

 

 ――2051年5月30日。4度目のヒュージ由来特殊技能の付与実験を試行。

 実験自体は「成功」と判断し、以後経過を観察する。

 

 

 …………

 

 ……

 

「そうか。まさかこれがな……」

 

 思わずそんな声が口から漏れる。

 なんとなく目にとまった名前――

 そんな名前を持つ者が、まさか自分が今回日本に行くことになった原因であったとはなんという偶然だろうか。

 

 

 

 

 

「――いや。仮にもしそうだとすれば必然だったのか?」

 

 自分自身に言い聞かせるようにつぶやかれたその言葉。

 窓のほうへと再び目を向けると、そこには相変わらず空と雲、そして窓に反射する自嘲気味な笑みを浮かべる私の顔が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、ですので計画の凍結に関してはあと1年……

 いえ、せめて今年度中は待っていただきたく――!」

「くどいぞ。すでに上は今年限りをもって計画凍結を決定した。

 わざわざ私をこんな極東の辺境にまで派遣したのもそれが嘘偽りでないということを示すためだ。

 この数年間、私にも無断でお前たちは随分と好き放題やっていたようだしな。

 いい加減ツケを払えということだろう」

 

 狭い部屋の中でこの研究施設のトップだという男と私の声が交互に響き渡る。

 とりあえず社交辞令も兼ねてこうして軽く話をしてみたが――正直言って話にならん。

 この程度の男が現在あの計画を引っ張っていると思うと、計画凍結を決定した上の判断は極めて妥当だと言わざるを得ない。

 3年というわずかな期間で人的資源を無駄に消費してきた理由もわかるというものだ。

 

「かの百合ヶ丘の管轄エリア内に研究所(ラボ)を設ければ、上層部も奴らを警戒して迂闊にここに介入はできない――

 同時に、百合丘側も自分たちの管轄内で我々が根を張っているなどとは思っていないだろうからここの存在には気づかない――

 そう思っていたんだろうが実に浅はかだな。

 確かに上は百合ヶ丘の動きを警戒してこそいたが、ここの運営に干渉することはやろうと思えばいつでもできた。

 それをこれまでしなかったのは、ほんの半年ほど前までお前たちの働きが()()()()()()()()からだ。

 同じことばかりを繰り返しながらも異なる結果を求めようとしていたがゆえに、上も呆れて捨て置いていた――

 ただそれだけ、それが真実だ」

 

 ――そう。

 ここの連中はかつて私が立案した計画の内容を今まで一切自分たちで手を加えることも変えることもなく、ほんの半年ほど前まで延々と続けていたのである。

 とっくに私が「失敗」という結論を出し、諦め、捨てた術をだ。

 実に滑稽。実に狂気的なことだろう。

 上がそれでも計画を凍結させずにこいつらを放置していたのは、「同じことしかやらないからこれまでどおりの予算(カネ)を与えておけば余計なことはしないだろう」という厄介払いにすぎない。

 

 

 ――だが、今からおよそ半年前を境にそんな状況に変化が生じた。

 

 

 これまでどおりのやり方でブーステッドスキルの付与実験を行っていた被験体のうちの1人に、あろうことか“ノスフェラトゥ”の獲得に成功した者が現れたのだ。

 ……いや、「()()()()()()()」と言ったほうが正しいだろう。

 それが引き金となり、ここの連中は今まで以上に狂気の深淵へ――さらなる闇へと足を踏み入れるようになった。

 

 ……要は「調子に乗った」のである。

 

 これまで以上の頻度で被験体――強化リリィたちにブーステッドスキルの付与をはじめとした様々な実験を行い、そのたびに被験体を喪失した。

 そして、そんなことをしているうちにただでさえ限りがあった予算を使い切ってしまい、実験ならびに研究の続行が不可能な状況までに自分たちを追い詰めてしまった。

 結果、この3年ほどの間それまで自分たちからは一切接触することがなかった上に対して臨時の追加予算を要求。

 当然上は認めるはずがなく、それどころかこいつらが貴重なノスフェラトゥ獲得者というサンプルを自分たちで独占しようとしていたことに腹をたて、とうとう計画凍結を決定したのである。

 

 …………

 

 ……

 

 アホらしい。

 

 完全に無駄遣いしてしまったから臨時の小遣いを要求する子供と、それに怒るついでに別の理由でも叱る親というべき構図である。

 本当になんで私がこんな茶番に付き合わされなければならないんだ……

 G.E.H.E.N.A.やその関連組織の者の中には私のことを「現代の錬金術師(トリスメギストス)」などと呼んで褒め称える者もいるが、実際はこのとおり上と下双方から振り回される中間管理職的存在――貧乏くじの引かされ役である。

 与えられた研究資金をもとに自分がやりたい研究だけにただ没頭するだけでよかった一研究者だった頃の自分に戻れないものだろうか――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はじめまして。こうしてお会いできて光栄です、ミス・トリスメギストス」

「その呼び名はやめろ。確かに私は医療の面でも少なからず成果を挙げたことはあるが……」

 

 ――その男と最初に出会ったのは、今からもう20年以上も前の話だ。

 

 「特徴がないのが特徴」と言わんばかりの、見た目も身にまとう雰囲気も冴えない黒髪黒目の東洋人。

 黒縁の眼鏡と、そのレンズの奥からのぞく少々垂れかかった目が余計にその男の頼りなさ気なイメージを増長させる。

 

「しかし……特に秀でた能力も実績もないただの医学者だと聞いたが、お前は何故(なにゆえ)この研究に参加しようと思った?

 すでに知っているだろうが、今回私がやろうとしていることは自分でも机上の空論だと言ってもいいほど成功の可能性は見込めないものだ。

 研究の過程で得られるものもあるかわからんうえに、どうやってもリスクだけは極めて高いという馬鹿馬鹿しいにもほどがある代物――

 そんな他に参加や協力に手を挙げた者は誰もいなかった研究に、お前はなぜ関わろうなどと思ったんだ?」

「それが……正直僕にもわからないんですよね……」

 

 そう言って苦笑いを浮かべながら、男は自分の頭をボリボリと軽くかきむしる。

 

「でもそうですね……

 あえて理由をひとつ挙げるとするなら――」

 

 男がその手をピタリと止め、一瞬だけ真剣そうな顔をしてすっと背筋を伸ばす。

 

「あなたに惚れました。

 ――ではいけませんかね?」

 

 男はまたしても苦笑いを浮かべながらそう言った。

 その顔は先ほどと違い、どこか照れくさそうな様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミス! 準備が完了しました!」

「うん……?」

 

 ――所長の声によって現実に引き戻される。

 どうやら私は知らぬ間に現実逃避とばかりに昔のことに思いふけっていたようだ。

 

「こちらを見ていただければ、我々の研究がいかに継続する価値のあるものだとお分かりいただけるはずです!」

 

 ――どうやら今日までの約半年間に行った実験の映像記録を私に見せるつもりらしい。

 正直そんなことされたところで私や上の考えが変わることなどあり得ないのだが……

 

「“()()()研究”、か……」

 

 はたしてその“我々”の中には私も含まれているのだろうか?

 正直どうでもいいが……

 

 

 

 

 

『やめて! やめて妙!

 こんなの……こんなことあなただって望んでいないでしょ!?』

 

 

 

 

 

「――っ」

「あっ……!?

 し、失礼! これは被験体50A033号にノスフェラトゥを付与する前の映像でした……!』

 

 そう言って所長が慌てて映像を早送りしていく。

 ――画面には髪の毛や肌を文字どおり真っ白に染めた少女と、それに襲われ全身のいたるところに傷をつくり出血している黒い髪の少女の映像が映っていた。

 間違いなく前者はここでの実験の果てにヒュージ由来の力が暴走して狂化してしまったリリィ、そしてもう1人は先日飛行機の中で目を通した資料に載っていた被験体の少女だ。

 

 

 被験体50A033号。

 それが()()のここでの呼び名らしい。

 

 

「いや、これは失礼いたしました……

 こちらが先日行われました被験体50A033号の実戦を想定した戦闘訓練時の映像です」

 

 所長のその言葉とともに画面が切り替わり、別の映像が映し出される。

 まず画面に映ったのは先ほどの映像に出ていた者とはまた違う、全身を白に染め四肢を鎖によって拘束された少女がそれを自力で解こうと暴れ狂う姿だった。

 その様子からしてこの少女もリリィ――加えて狂化していることは明らかである。

 そして――

 

『…………』

 

 それと向かい合う、これまた髪の毛や肌から色という色が抜け落ちて全身真っ白なリリィの姿が映る。

 こちらは四肢を拘束されておらず、その右手にはCHARM――ダインスレイフが逆手で握られていた。

 私は一瞬別人かと思ったが、よく見ると映し出されたその顔や姿形は先ほどの映像にも登場した被験体の少女――50A033号とまったく同一であった。

 色が変わるだけでこうも見た目のイメージも変わってしまうものなのか、と思わず口にしてしまいそうになる。

 

『――では始めろ、被験体50A033号!』

 

 この研究施設の職員と思わしき者の声とともに狂化リリィを拘束していた鎖が音をたてて一斉に外れる。

 それと同時に真っ白に染まった50A033号も動いた。

 

 

 

 

 

 ……一瞬。

 

 映像の早送りでもなく、文字どおり本当に一瞬の出来事だった。

 

 50A033号が動き、彼女が手にしていたダインスレイフのマギクリスタルコアが光り輝いたと思ったその刹那――

 

 狂化リリィの上半身が爆ぜ、実験場のあちらこちらに負のマギにより汚染されて青く染まった血や肉片、骨が飛び散った。

 

 

 

 

 

「…………」

「……いかがですかな?」

 

 いまだに黙ったまま画面を見つめている私をよそに、所長はいかにも上機嫌な様子で映像を巻き戻した。

 

「ご覧のように被験体50A033号は戦闘面においては完璧です!

 開始と同時にサブスキルであるインビジブルワンを発動し必殺の間合いまで対象に接近――!

 そしてもうひとつのサブスキルであるAwakeningを発動してダインスレイフの一撃を対象の急所に叩き込みます!」

 

 ――スロー再生されている映像を前に、所長がまるで自分のことのように楽し気に映像内の状況を解説していく。

 画面には50A033号の手にしたダインスレイフが深々と狂化リリィの脳天に突き刺さっていき、そのまま頭部を貫通した切っ先が上半身にまでずぶずぶと沈んでいく様子がスローモーションで流れていた。

 

「そしてここでダインスレイフをシューティングモードに変形させ、いまだに持続しているAwakeningの効果で一撃必殺の威力があるゼロ距離射撃!

 この訓練では御覧いただいたとおり()()()を相手にしておりますが、ヒュージが相手でも被験体50A033号は間違いなく戦果を挙げてくれるでしょう!

 現時点でもこれほどの戦闘能力があることに加え、リジェネレーターとアルケミートレースという戦闘に向いたブーステッドスキルを付与しております!

 そして言わずもがなですが、被験体50A033号はノスフェラトゥの付与に成功しているため加齢によるマギの減少とそれに伴う戦闘能力の低下という心配はございません!

 これほど強力なリリィを造り出すことに成功したのも、ひとえに我々の長年続けてきた研究の賜物と――!」

「これは何回目なんだ?」

「……はい?」

「50A033号と狂化したリリィを戦わせたのはこれで何回目なんだ、と聞いている」

 

 私のその問いに所長が慌てたように――訂正。実際慌てている――近くに置かれていた端末を手に取って操作しはじめる。

 

「の、ノスフェラトゥの付与成功後ではこれで7回目ですが……

 そ、それがなにか……?」

「……はぁ」

 

 所長の言葉に私は部屋中に響き渡るほど大きなため息をついた。

 

 …………

 

 ……

 

 そして数秒ほど部屋を静寂に支配させた後、私は睨むように所長に目を向け再び口を開いた。

 

 

 

「バカか貴様は?」

 

 

 

 私がまさかそんなことを言ってくるとはとは思ってもいなかったのか、所長があんぐりと口を開ける。

 ただでさえマヌケ面だった顔にアホらしさまで加わった。

 

「これが“戦闘”だと……?

 たわけが。50A033号は最も効率的かつ最短最速の方法で対象を“処理”しただけだ。

 おそらく過去6度以上行った同様の()()から経験・学習したんだろう。

 ――そう考えると、3年近くも無駄に時を過ごしていたお前たちよりも50A033号のほうがはるかに優秀かつ有能だな、ええ?

「い、いやしかし……

 50A033号に戦闘技術やブーステッドスキルを授けたのは我々ですので……

 これは十分“我々の成果”と呼んでよろしいかと……」

「インビジブルワンもAwakeningもサブスキル――言ってしまえば50A033号自らの素質だ。

 “戦闘技術”とやらもどうせ既存の戦闘記録映像やマニュアルどおりの動きをさせているだけだろう?

 今の映像のような単純作業、やり方さえわかってしまえば別に50A033号でなくてもすべてのリリィで可能だ。

 さらに言ってしまえば2051年現在の対ヒュージ戦においてリリィとヒュージが1対1で戦うなんてケースはまず発生しない。

 今の映像の内容であえてお前たちの功績を挙げるとすれば、50A033号にCHARMという仕事のための道具を与えたことだけだ」

「ぐ、ぐぎぎぎぎ……!」

 

 マヌケ&アホ面がその顔をみるみると赤くしながら歯ぎしりを始める。

 どうやら私が今言ったことが事実であると受け止めるだけの頭はあるらしい。

 

 ――だが、こいつとこれ以上話を続けるのは時間の無駄だ。

 そう結論づけた私は座っていた席を立つ。

 

「お前じゃ話にならん。

 かといってトップがこれなのだからその部下である他の職員と話しても私や上にはなんの利益もないだろう。

 ゆえに、ここは現場の者に話を聞かせてもらうとしよう」

「げ、現場の者……?」

「決まっている。

 ここにいる強化リリィ――50A033号だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 ――私たちの目の前に透明なシリンダー状の物体がある。

 私たちの身長よりもはるかに高いそのシリンダーの中には半透明の液体が満ちており、その満たされた液体の中心部には肉眼でとらえることは非常に難しい――直径1ミリにも満たない球状のモノが浮かんでいた。

 

「イーディス、これは……」

 

 隣にいる男のどこか喜びの色が含まれた声に対して、私は黙ってうなずき答えた。

 

「ああ。細胞分裂や胚盤胞の工程も終え――問題なく成長している。

 このまま何事もなくおよそ2か月経過すれば胎児となるだろうな」

「そうか……!」

 

 ――私が当時研究していたもの。それは簡単に言ってしまえば「人工子宮の開発」だった。

 ヒュージとの戦争が今後も数十年、100年と続いていけば、間違いなく人類の総人口はかつての半分以下に激減するだろう。

 そして、リリィという存在がヒュージとの戦いの主力となっている現状、特に女性の数が減少することは想像に難しくない。

 ――いや、「人間の女」という存在そのものが希少動物のような扱いをされる未来となる可能性も十分ある。

 そのような世界となった時、減りすぎた人口を――人的資源を補うための術が必要だ。

 そのためのひとつとして、当時の私はこうして隣にいる男と2人で何年もの歳月と莫大な金を投じて人工子宮の研究・開発に明け暮れていた。

 そして――形となった人工子宮の試作機で、この日この時ついに胚の成長が確認されたのである。

 

「やった……! やったよイーディス!

 僕たちはついに成功させたんだ!」

 

 ……感極まったのか、早くも涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにした男が私に抱きついてきた。

 

「落ち着け。まだあくまでも最初の段階を超えただけだ。

 “成功”と呼べるのは()()が人の形になり、やがて外に出て産声をあげた時だ」

「あ、ああ……

 確かに君の言うとおりだ。すまない……」

 

 そう言って軽く何度も頭を下げながら男が私から離れる。

 何年も共に研究・開発を続けているうちに、自然と私とこの男は互いのことを名前で呼び合う関係になっていた。

 もちろん、あくまでもお互いの関係は「同僚」「研究仲間」に過ぎず、そこに男と女としての感情はなかった。

 ――少なくとも私には。

 人工子宮内で浮かんでいる胚も私と男のアレやソレから作られたものではなく、私がとある方法を用いて用意したものだ。

 

 また、「名前で呼び合う」といっても、男が呼んでいる私の名前はファーストネームではない。

 自分のファーストネームが嫌いだった私は、男に名前で呼ぶ時はミドルネームで呼ぶよう当初から厳命していた。

 男はそれに素直に従い、以降私のことはミドルネームである「イーディス」と呼ぶようになった。

 

 そして私はというと、男のファーストネームを省略して呼んでいた。

 私は日本語は問題なく話せはするのだが、男の「フジノ」という名前のアクセント――“ノ”が高い――がどうも好きではなかった。

 ゆえに、私は男のことは「フジ」と呼んでいた。

 

 

「ねえイーディス。

 もしこの子が無事に生まれた場合……その時はなんて名前にするんだい?」

「気の早い男だな。

 まだ()()が男になるのか女になるのかもわからんのだぞ?」

 

 ――嘘である。

 私は()()が生まれた場合、100%女であることをこの時点で知っていた。

 

 G.E.H.E.N.A.の上層部から研究・開発のための莫大な予算を得るため、私は人工子宮はあくまでも副産物だと虚偽の申請をしており、表向きは人工子宮の中に浮かんでいる胚のほうを造り出すことがメインのプロジェクトということにしていたのである。

 そして男――フジはこのことを知らなかった。

 彼はG.E.H.E.N.A.の人間ではなく、私が各所のツテから個人的に募った結果やって来た民間人だったからだ。

 

「なんだったらお前がつけて構わんぞ。

 私はそんなめんどくさいことをするのはごめんだ」

「えっ!? いいのかい!?」

「ああ」

 

 ――実際名前を考えるのがめんどくさいと思っていたのは事実である。

 いくら生まれてくるのが女とわかっていても、私はそれの“親”になる気などさっぱりなかった。

 あくまでも私が完成させたかったのは人工子宮であり、子供ではなかったからだ。

 

 

 

 

 

 ――そして、まさかこんな投げやりな形で交わした口約束からフジが本気で生まれてくる子供の名前を考えるとはこの時の私はまったく思ってもいなかった。




 アストラルガーダー「……思ったけどさ、別に俺いらなくね?」
 リジェネレーター「ぼ、僕は精神攻撃相手だと無力だから……」

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