Edel Lilieを求めて   作:ふじのうぇ~ぶ

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錬金術師(トリスメギストス)(中編)

 

 私がG.E.H.E.N.A.に属することになったのは、生物学的な観点からヒュージという存在に興味を抱いたことがきっかけだ。

 今では科学や医療など様々な分野にも手を出しマギの研究や強化リリィの製造などにも関わっている身だが、当時の私は齢20にも満たない一介の学生にすぎず、人類の勝利だの未来だのといったことはまったくもって考えていなかった。

 

 ――私の人生、そして私自身の()()()が変わったのは、G.E.H.E.N.A.に身を置いたことで裏側の視点から当時の人類社会の実情を知ってしまったこと、そしてヒュージという存在に秘められた生物的可能性に魅了されてしまったからだろう。

 

 表向きは国家、人種、思想といった壁を越え一丸となって人類未曾有の危機に立ち向かっているフリをしながらその影では相変わらず国益やら利権やら面子やらにこだわり、それらに寄生虫のごとくしがみ付き続ける各国の権力者連中――

 そんな現実や未来に目を向ける気が一切ない盲目白痴な肉の塊どもにいいように利用されて消費されていく資源、金、人、そして回されていく世界――

 どれもこれも唾棄すべきものだと失望し、呆れ果てるのにそう時間はかからなかった。

 

 この世に「永遠」なんてものはない。

 不変、不滅、不動なものなどあり得ないし存在しない。

 それがこの世界、この宇宙における絶対の法則(ルール)であり、唯一の変わらないものだ。

 すべてのものに「終わり」は必ず訪れる。かつてこの星の大地を踏み鳴らしていた恐竜やマンモスも最後はその運命(さだめ)を受け入れ、そして姿を消した。

 ――それなら、我々人類もそれを素直に受け入れるべきだろう?

 

 神がやらぬのならば人がやる。私がする。

 

 意外なことかもしれないが、「錬金術師(トリスメギストス)」などと呼ばれている女は“人類をヒュージから生き永らえさせる”のではなく、“人類をヒュージに滅ぼさせる”という目的からすべてを始めたのである。

 

 同時に、私が「聖母」を意味する自分の名前を嫌うようになったのもこの頃からだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はじめましてだな50A033号」

 

 強化リリィに与えられた居住エリア内のとある一室に足を踏み入れた私の視界の中に1人の少女が姿を現した。

 

 被検体50A033号。

 1年以上前にヤマナシで発生したヒュージの大規模侵攻により死にかけたことがきっかけでこの地下研究施設の実験動物の仲間入りをはたした哀れな小娘――

 研究資料に載っていた写真では黒かった髪と色白ながらも黄色だった肌は度重なる実験の結果すっかり色素が失われてしまったようで、パーフェクトホワイトと呼んでしまってもいいくらい真っ白になっていた。

 

 そんな彼女は自分の机と向かい合って黙々と紙を折っている最中だった。

 確か「オリガミ」とかいうこの国の伝統的な遊びだ。

 ……よく見ると、机の上にはその折られた紙で作られた人形が並べられている。

 趣味なのだろうか?

 

「……なにか用ですか?」

 

 50A033号が紙を折っていた手をピタリと止め、その顔を私のほうに向ける。

 ――明らかに「邪魔するな」とも「不快だ」とも言いたげな表情と目だ。

 写真では琥珀色だったはずのその瞳は今や完全に真紅一色に染まり、幾度と繰り返されてきた強化によってヒュージ寄りの存在になってしまっていることを示唆していた。

 

「おいおい。ここはまず私が誰かを訪ねるものじゃないか?」

「別にあなたが誰かなんてわたしにはどうでもいいです。

 所詮G.E.H.E.N.A.はG.E.H.E.N.A.ですから。

 あと質問を質問で返さないでください」

 

 不敵気味に軽く笑みを浮かべる私に対する50A033号の反応は非常に冷めていた。

 だが、「所詮G.E.H.E.N.A.はG.E.H.E.N.A.」というその言葉には一理ある。

 だから私はそれを素直に認めて目の前の少女との会話を続けることにした。

 

「そうだな。確かにお前からすれば私の名前や地位などどうでもいいし関係ないものだった。

 では私のことは好きに呼んでくれ。

 ……ここ座るぞ?」

「座るな」

 

 ――近くにあった空いている椅子に腰を下ろそうとした私に対し、50A033号は殺意むき出しの声を投げかけてきた。

 その言葉を耳にした私は表情にこそ出さなかったが、身の危険を感じ瞬時に体の動きを止める。

 相手は強化リリィだ。たとえその手やこの部屋にCHARMがなくともただの人間である私1人を害することなどその気になれば容易いだろう。

 

「それは妙の椅子だ。お前がG.E.H.E.N.A.でどれほどの地位があろうと勝手に座るんじゃない」

「……OK、わかった。勝手に座ろうとして悪かったな。

 では、お前を見下ろす形になってしまうがこのまま喋らせてもらって構わないか?」

「……ご自由に」

 

 ――50A033号から向けられていた殺意が静まったと判断した私は、彼女のその言葉に対して無言で軽くうなずくと改めて口を開く。

 

「さて、まずはなにをしに来たかというということだが――これは言わずもがなお前に会いにきた。

 なにせ今のお前はG.E.H.E.N.A.にとって貴重なサンプルだからな。

 ブーステッドスキルの付与という強化実験の中でも特にリスクが高いものを4度も施術されてこうして正常を保って居られている者などそうそういない。

 ――特に“ノスフェラトゥ”持ちとなればなおさらだ」

 

 これは噓偽りない事実である。

 「強化リリィ」とはヒュージ細胞を用いた人為的な処置によってリリィもしくは非成人女性をヒュージに近づけたものの総称だ。

 そのため、どのような実験であれ使用されたヒュージ細胞の暴走による狂化――ヒュージ化のリスクがつきまとい、実験を重ねれば重ねるほど被験体はヒュージに近づいていくためヒュージ化する危険性も高まっていく。

 ――俗に「ブーステッドスキル付与実験」と呼ばれるヒュージの持つ能力をリリィに与える行為はそんな実験の中でも特にヒュージ化を引き起こす可能性が高く、強化リリィの研究・製造が始まって数十年が経過した今でも「ひとつ付与できれば成功。ふたつ付与できたら幸運」などとG.E.H.E.N.A.内で呼ばれているほどである。

 それを目の前にいる少女は4度も耐えきった――いや、「乗り越えた」と言ってもいい。

 これはたとえモルモットであろうとも素直に称賛に値する。人間の意志がヒュージの力に勝る可能性を示しているのだから。

 そしてノスフェラトゥ――ブーステッドスキルの中でも付与に成功した被験体はほぼいないとされるそれを獲得したこともまた50A033号の意志の強さを表している。

 もちろん肉体的な相性も大きいことは間違いないだろうが、それ以上にこの被験体は他の個体とは違う“()()()”をその胸の内に秘めていると考えるべきだろう。

 それが“生”に対する渇望なのか、はたまた別のものなのか、本人がそれを自覚しているのかはともかく、私としては非常に興味深い。

 

 ともかく、()()をこんな穴蔵にいつまでも飼い殺しにしておくのは人類にとって――否、この世界にとって損失だ。

 急ぎ上に報告して今後の対応を協議するべきだろう。

 

「――とまあ、だから私たちにとってお前は貴重なサンプルであり、優秀なモルモットというわけだ。

 今後もお前から得られるであろうデータは人類の未来のために役立てられるだろう」

「そう。すこぶるどうでもいい」

「ハッ。生意気な口をきくガキだ。

 まあ、こんなところに1年以上もぶち込まれているんじゃ心も腐るというものか……」

 

 私はもう一度不敵に口元を歪めつつ50A033号の体を観察する。

 ――髪の毛や肌の色素の喪失と瞳の色の変色具合からして、おそらくその体は負のマギに侵されやすい体質となっている可能性が高い。

 これ以上の強化や実験を()()の身に施せば、間違いなくヒュージ化するだろう。

 ここの連中がトチ狂ってバカな真似をする前に、やはりこいつは別の場所に移すのが賢明だ。

 

「……では、私はこれで失礼する。

 近いうちにまた来るかもしれんがな」

「来なくていい。というか来るな」

「やれやれ。この短時間で随分と嫌われたものだ」

 

 私はわざとらしく肩をすくめると、きびすを返して50A033号の部屋を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――はずだったのだが、部屋を出る直前ふと思い出したことがあった。

 

 研究資料に載っていた50A033号の名前と経歴――それがなぜかこの時私の脳裏をよぎったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……最後にひとつ尋ねてもいいか?」

「なんですか?

 帰るんだったらさっさと帰ってくださいよ」

「まあそう言うな。少し気になることを思い出しただけだ。

 お前、ここに連れてこられる前はヤマナシにいたそうだな?」

「――ええ。それがどうしました?」

 

 睨みつけるように50A033号が再びこちらに視線を向けてくる。

 目が合うと同時に私は今一番気になっていたことを彼女に尋ねた。

 

 

「――板橋(いたばし)不二乃(ふじの)という男を知っているか?

 聞いた話によるとヤマナシで医者をしているらしいんだが……」

「!?」

 

 ガタッと音をたてて50A033号が椅子から立ち上がった。

 

「……なんで?

 なんであんたがわたしのお父さんのことを知ってんの……?」

「別に大した理由じゃない。私は研究者であると同時に医師免許を持ったれっきとした医者でもあってな……

 20年ほど前にそいつと――フジとある仕事を共にしただけだ。

 ……言っておくが非人道的なことじゃないぞ?」

 

 倫理的には問題のあることかもしれないがな、とまではさすがに言わなかった。

 

 

 

 

 

 ――資料で名前と生年月日、そして「山梨出身」という記載を見た時まさかとは思っていたが、本当にあの子供だったとは。

 案外世界というものは私が思っていた以上に狭いものなのかもしれない。

 

「……いや、やはり必然かもな」

 

 今度こそ部屋を後にした私は、無意識にそのような言葉を漏らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく……

 ヤマナシ出身でヤマナシ育ちだと言っていたくせに、墓だけは随分といいところに設けているじゃないか……」

 

 ――あれから数日が経過した。

 今私はトウキョウのセタガヤという地にあるとある寺――どういうわけかは知らないが、やけに猫が多いうえに猫を象った置物があちらこちらにある――の墓所に来ている。

 目当ては私の前にひっそりと建てられている「板橋家」と彫られた墓標だ。

 

「悪いが墓参りに来たわけじゃないぞ?

 ご覧のとおり手ぶらだ。添える花もない。

 ――お前が引き取ったあのガキだがな、生きているぞ。G.E.H.E.N.A.のモルモットとしてだがな」

 

 

 その言葉とともに脳裏に浮かぶのは15年ほど前の光景――

 当時の上から人工子宮の研究・開発の中止を告げられた直後のあの男とのやり取りだった。

 

 

 

 

 

『ここまできて計画中止だって!? なぜ!?』

『単刀直入に言ってしまえば金だ。

 研究と開発に投じてきた予算に見合うリターンが見込めないと上が判断した。

 ……それだけの話だ』

 

 この時私が彼――フジに言ったことは半分は本当で半分は嘘だった。

 上がこの研究への投資に対する相応のリターンが見込めるかに疑念を抱いたことは事実である。

 

 

 ――だが、それは人工子宮に対してではなく、私が人工子宮の試験に用いた「胚」に対するものであった。

 

 

 当時私は研究資金を上から得るために、人工子宮の研究・開発とともにある研究も並行して進めていた。

 それは、「人為的にリリィとして最高のスペックを持った人間の創造」――

 大雑把に説明してしまうと、当時のG.E.H.E.N.A.に保管されていた様々なリリィの遺伝子とヒュージ細胞を合体させることによって作り出した特殊な胚を、人工子宮の力によって想定していた100%の能力と素質を持った赤子として生み出すというものであった。

 

 あまりにも机上の空論――いや、それ以下の妄想だ。

 サイエンスフィクションの世界でももう少しマトモな研究をしようとするだろう、と自分でも言いたくなる。

 だが、当時の上はいったいこんな与太話のどこに魅了されたのか、「よしやれ」の二つ返事で私に莫大な研究資金を投じてきたのである。

 

 

 ――結果、人工子宮の試作機は完成し、同じく完成した胚もその試験によって無事に赤ん坊として生まれた。

 

 

 計画は成功――そう思っていたが、ここにきて突然上がケチをつけてきた。

 

 

 ――想定どおり人間として生まれはしたが、それが本当にリリィとして最高のスペックを持っているのか?

 

 

 上がそう言いたくなるのも理解はできる。

 誕生した赤子は、ぱっと見では普通の人間の赤ん坊とまったく大差ない。

 ()()が本当にこちらの想定どおりの能力と素質を持っているかがわかるのは、赤子が成長してある程度の自我を有した子供となってから――つまり最低でも数年はかかる。

 

 

 ――長すぎる!

 

 ――我々にさらに金を出せと言いたいのか!?

 

 ――これではただの「子育て」ではないか!

 

 ――お前たちがやっているのは人類の未来のための研究ではなかったのか!?

 

 

 私が事実を正直に上に伝えると、彼らは揃いも揃って憤慨し、あっさりと手のひらを返して計画中止を決定したのであった。

 曰く「ただでさえ金も時間もかかるのに、貴重なリリィの遺伝子サンプルをこれ以上無駄にすることはできない」だそうだ。

 

 

『……今後の予算がなくなってしまった以上、これ以上研究・開発を続けることはできない。

 残念だけど中止命令には従うしかないか……

 だけど、()()()はどうなる?』

『さあな。上はそこまでは言ってこなかった。

 まあ、このままここで育てていても文句は言ってこないんじゃないか?

 貴重なサンプルであることには違いないんだからな』

『“サンプル”か……』

 

 そうつぶやいたフジの視線の先には、彼が自腹で用意したゆりかごの中で穏やかな寝顔を浮かべている赤ん坊の姿があった。

 

 

 …………

 

 ……

 

 

 それから数秒、数分と部屋の中は時計の針の音だけが響き渡った。

 そんな沈黙を先に破ったのはやはりフジである。

 

 

『――イーディス、この子はここじゃなくて僕の実家で育てるのはダメかな?

 サンプルとしてではなく人間として――僕の子供として』

 

 

 ……その時フジが私に見せた顔は、はじめて会った時に見せたあの真剣な表情にとてもよく似ていた。

 

 

 

 

 

「――なぜこんなことをわざわざ伝えにきたんだろうな、私は?」

 

 意識を再び目の前の墓石に戻し、答えが返ってくることなどない問いをそれに投げかける。

 正直、自分でもなぜここにわざわざ足を運んだのか――その理由がわからない。

 単に生死を確認するだけなら自分の権限でG.E.H.E.N.A.のデータベースにアクセスして調べるだけで片がつく。

 実際そうして調べ上げ、彼が昨年発生したヤマナシの一件で死亡していたことを知った。

 ――それなのに、なぜか私は彼の墓所まで調べ上げたうえにこうしてわざわざ墓前にまでやってきていた。

 

「おそらくG.E.H.E.N.A.の連中は()()が私たちの研究で生まれたガキだとは気づいていない。

 気づいていたら強化リリィになんてしなかっただろうからな。

 ……いや、わかっていても連中なら強化していたか?」

 

 またしても墓に対して一方的に問いかける。

 明らかに無駄な行為だとわかっているのに、なぜか自然と口は動いていた。

 

「それで、()()の今後のことなんだが――上に掛け合ってどこかのガーデンに編入させようと思う。

 これ以上モルモットにされたらヒュージ化しかねんからな。

 まあ、監視のしやすさなども考慮してG.E.H.E.N.A.のラボがある関東のガーデンのいずれかになるだろう」

 

 ――頭の中で候補となるガーデンをいくつかリストアップする。

 

 まずは私立ルドビコ女学院。

 トウキョウの主力ガーデンのひとつであり、在籍しているリリィや職員には隣接しているルドビックラボの関係者が多いと聞く。

 条件的には最有力候補といってもいいだろう。

 

 ――だが、問題もある。

 ルドビックラボがG.E.H.E.N.A.内でもあまりいい噂を聞かないということだ。

 最近は強化リリィの研究やヒュージを用いた生体実験にやたらとお熱になっているようで、学院の運営にも相当干渉しているらしい。

 

「……人類の未来のためなどという免罪符で肝心のガーデンとしての機能を疎かにするような真似は本末転倒だろう。

 そのうち自分たちの首を絞めかねんな」

 

 次にエレンスゲ女学園。

 関東を代表する親G.E.H.E.N.A.派ガーデンであり、その在り方は一言で表すとバリバリの実力主義だ。

 また、結果主義的なところもあり、「ヒュージの討滅」という結果さえ成せればどれだけの被害や犠牲が生じても構わないというスタンスであると云われている。

 ――そのせいか、評判はお世辞にもいいとは言えない。特に他のガーデンからの悪評や苦情は顕著だ。

 

「“結果さえよければ過程や方法はどうでもいい”というところは良くも悪くもG.E.H.E.N.A.らしいと言える。

 ……さすがに()()をここに放り込んでしまったらこれまで以上に都合のいい道具として使い潰されるのがオチか?」

 

 最後にイルマ女子美術高校。

 ルドビコと並ぶトウキョウの主力ガーデンであり、提携しているイルミンリリアンラボはG.E.H.E.N.A.でも屈指の穏健派として知られ、他のラボで実験体にされていた強化リリィの保護や後遺症治療にも積極的だ。

 ()()の身の事情から考えると、候補の中では最も合っていそうなガーデンだが――

 

「肝心の()()に芸術の才があるか、と言われるとな……」

 

 ガーデンであると同時に美術学校でもあるため、在籍するリリィはなにかしらの芸術の才を問われる。

 特に楽器演奏が必須課題となっているため、音楽系の才能がないといろいろと厳しいだろう。

 

 ――私の見立てでは()()に芸術の分野におけるセンスはなさそうだ。

 

「どれも一長一短か……

 お前だったら()()をどこに入れようと思う?」

 

 軽くため息をついた後、三度私は墓石に問いかけた。

 当然その言葉に答えが返ってくることなどなく、私の耳に入ってくるのは草木が風に揺れる音だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ヒュージのDNAは多層ゲノム重複を起こしており、人類を含む地球上で誕生したすべての生命体の遺伝子情報を内包している可能性がある。

 

 G.E.H.E.N.A.に所属してある程度の歳月が経過した頃、この事実を他の研究者たちと突き止めた時、私を襲ったのは衝撃以上に新たな謎、新たな疑問であった。

 

 ヒュージがこの地球上に出現したのは西暦2000年前後。

 そして地球上に生命という存在が誕生したのはそれよりも数億年も昔だ。

 ――それだけの時間の空白が存在するというのに、なぜそのようなことが起きる?

 なぜ数十年前に現れた本当に生命体なのかどうかも怪しい存在の中に、恐竜やはるか昔に絶滅した生物のデータが眠っている?

 

 ある研究者は言った。

 「ヒュージの正体は数多の神話や伝承に書かれた“方舟”なのではないか?」と――

 

 ある科学者は述べた。

 「ヒュージとマギ、そしてリリィが出現した謎を解き明かす鍵になるかもしれない」と――

 

 各々が持論を呪文のように次々と唱えていく中で、私だけはただ至高の海に深く深く沈んでいった。

 

 

 ――人類を含むすべての生物の遺伝子情報も有しているということは、ヒュージが人間や他の生命を襲うのは彼らにとって他の存在のすべてが不要であるからか?

 

 ――自分たちこそが地球上における唯一無二の「生命」であると考えている?

 

 ――仮にそうだとすれば、彼らはなぜ「殺戮」や「破壊」という選択をする?

 古き種を淘汰することによって自分たちを新たなる種として確立しようとする行為や、敵対する種を駆逐することによって自らの存在を確立すること自体は生命にとっては普通なことであるが、数億年も昔の生命の情報を有しているということは、逆説的に「それを得るだけの時間的余裕が十分存在していた」ということではないのか?

 人類や他の種が自然に滅びの時を迎えるのをじっくり待つことだってできたはずでは?

 

 ――それとも、はじめからそういう本能のようなものが奴らには存在するのか?

 すでに得ている情報を有している存在は抹消する――そのようなシステムが備わっていると?

 

 ――だが、なぜそんなものを奴らは持っている?

 どこで? どんな理由で? どのようにしてそんな衝動ともいえる機能を手に入れた?

 先も述べたとおり、異なる種を排除しようと行動することは生命としては間違ったことではないが、彼らはその在り方自体が既存のどのような生命からも逸脱しているうえに、そもそも「生命」というカテゴリーに属せるものなのかどうかすらわからないというのに――

 

 

 …………

 

 ……

 

 

 

 

 

 ――気になる。

 

 気になって仕方がない。

 

 知りたい!

 

 解き明かさずにはいられない!

 

 

 

 

 

 当時私がヒュージの研究をしていたのは「ヒュージに人類を滅ぼさせるため」だ。

 だからこそ知りたかった。彼らがなぜ人類という種族を殺し、その命や尊厳、そして存在を徹底的に凌辱し、否定し、抹消していくのかを――

 

「……お前がその答えを私に教えてくれるのか?」

 

 その時私の前にあったのは、すでにこの時点で研究用にG.E.H.E.N.A.が無数に手に入れていたヒュージ細胞のサンプルのひとつ――

 

 

 この中のどこかに私が求めている解答(もの)がある!

 

 

 そう結論づけた私は、以降ヒュージ細胞の研究にのめり込んだ。

 「ヒュージが人を滅ぼそうとする理由」――それを解き明かすために。

 

 

 

 

 

 ……そして、どこで回っていた歯車がおかしくなったのか、いつ車輪が線路から脱線してしまったのかはもう自分でも思い出せないが、気づいた頃には私はこのような考えを抱くようになっていた。

 

 

 ――謎が解けるその日まで死ぬわけにはいかない。

 

 いや、()()()()()()()()()()()()()()

 

 ヒュージはなぜ人を襲い、人を殺すのか――その謎を解明できずに人類が死滅するなど、それこそ人類にとって大きな損失だ!

 

 滅びるのなら、絶滅するならせめてこれくらいは明らかにしてからでも遅くないだろう!?

 

 

 ……こうして、「人を滅ぼす研究」をしていた女は「人を生かす研究」へとその活動分野をシフトさせた。

 そして、私にはそっち方面の才能があったのか、本業であった生物学だけでなく医学やマギの研究などでも様々な結果を遺すことになった。

 「三重に偉大」という意味を持ち、その名を持つ伝説上の人物にちなんで「錬金術師(トリスメギストス)」と呼ばれるようになったのもそれからだ。

 

 ……いつ思い返してみても本当におかしな話である。

 だが、だからこそ私はあの計画に着手し、そしてあの男と出会ったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……G.E.H.E.N.A.もここまで堕ちたか」

 

 直属の上司との連絡を終えた私は、自分以外は誰もいないホテルの一室でそう愚痴を漏らした。

 別に組織の人でなしっぷりに嫌気がさしたわけではない。そもそも私自身がそんな人でなし集団に属する外道の1人で、G.E.H.E.N.A.をそんな組織へと変貌させる片棒を担いだ存在である。

 

 

 ――「50A033号のガーデン編入」という案を即答で却下された。

 

 

 これ自体は大した問題ではないのだが、その理由が問題だった。

 簡単に言ってしまうと、上はガーデン――そのバックについているG.E.H.E.N.A.の別部署・別派閥に()()()()()()()を奪われるのを嫌ったのである。

 あの施設とそこで勝手に行われていた研究・実験を何年も放置しておきながら、いざそこが50A033号という「成果」を挙げていたと知るや自分たちの手柄として事実上それを強奪したくせに、自分たちがそれをされるのは嫌だという。

 おまけにそんなワガママを言った理由が自分たちのもとで50A033号のさらなる研究・実験を進めたいからではなく、単に自分たちの保身・利権のためとくれば愚痴のひとつやふたつは吐き捨てたくなるというものだ。

 

 組織が世界規模であるがゆえにG.E.H.E.N.A.も一枚岩ではなく、その内にいくつもの派閥や流儀が存在し、生まれていることは周知の事実だが、組織自体が掲げている目標は「ヒュージとの戦いにおける人類の勝利」と一貫している。

 当初の私のように個人的な目的や理由から籍を置いている者も少なくないが、組織そのものの運営にも関与している立場の者が、組織の理念や利益ではなく私益のため()()に自分たちのワガママを押し通そうとしているなど、決して許されるものではない。

 それは紛れもなく人類に対する裏切りであり、人類を滅亡という結末に一歩近づける行いだ。

 個人的な理由から人類を1日でも生き永らえさせたい私としても、人類をヒュージとの戦いで勝利させたいG.E.H.E.N.A.としても、見過ごしてはならぬ「悪」である。

 

 ――絶対に叩き潰さねばならない!

 

 そうと決まれば行動だ。

 私は座っていたソファーから立ち上がると、近くに脱ぎ捨てたまま放置していた上着を掴み取り足早に部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……結局他に選択肢は見つからなかったな」

 

 あれからさらに数日が経過した。

 結論から言うと、50A033号をガーデンに編入させることには失敗した。

 上に私の行動がバレたとか察知されたわけではない。50A033号を編入させるべきガーデンが見つからなかっただけだ。

 

 ――親G.E.H.E.N.A.派のガーデンでは。

 

 リリィたちの教育・養成機関であるガーデンは各々でG.E.H.E.N.A.に対する姿勢は異なる。

 ルドビコやエレンスゲ、イルマのようにG.E.H.E.N.A.のラボと提携していたり、G.E.H.E.N.A.自体が運営に関わっている「親G.E.H.E.N.A.派」もしくは「親G.E.H.E.N.A.主義」と呼ばれるガーデンもあれば、その逆に「反G.E.H.E.N.A.派」または「反G.E.H.E.N.A.主義」と呼ばれるG.E.H.E.N.A.との関わりを禁じていたり断っているガーデンも存在する。

 

 私は編入後の情報入手の難易度から当初は親G.E.H.E.N.A.派のガーデンに50A033号を預けようと考えていた。

 しかし、候補に挙がったガーデンがどこも各々の理由から()()を預けるには難があった。

 

 ――ではどうするか?

 決まっている。親G.E.H.E.N.A.派がダメだったのならその逆――反G.E.H.E.N.A.派のガーデンに預ければいい。

 そして幸いにも、そんな反G.E.H.E.N.A.派のガーデンのひとつに50A033号向きな学び舎がひとつ存在していた。

 

 ――百合ヶ丘女学院。

 奇しくも研究施設と同じ鎌倉府に存在する日本を代表する名門ガーデン。

 そして国内における反G.E.H.E.N.A.派ガーデンの総本山。

 表向きは職員、リリィ問わず接触を一切禁じているほどに対立姿勢を明確にしているバリバリの反G.E.H.E.N.A.派であるが、間接的であれば簡単に接触できてしまううえに実際そういう「裏口」での接触は頻繫に行われているのは内外問わず暗黙の了解となっているのが実情だ。

 その理由として、このガーデンが掲げている方針のひとつに「リリィの保護」があるからである。

 これはなんらかの理由で現在在籍しているガーデンにいられなくなったリリィを迎え入れるという一種の受け皿的な意味なのだが、同時にG.E.H.E.N.A.の研究・実験の被験体たちの駆け込み寺であるということも意味していた。

 現に、調べたところによると百合ヶ丘には数多くの強化リリィが在籍しており、そのほとんどが自らの意志ではなくガーデン側が保護したことがきっかけで籍を置くことになった者たちだった。

 ――現在の理事長が強化された元リリィであるだけのことはある。

 

「さて、はたして鬼が出るか蛇が出るか……」

 

 そうつぶやく私の前に存在するのは、そんな百合ヶ丘の麗しい正門。

 これから私はここのトップ――理事長()()に50A033号の「保護」を直談判しにいく。

 G.E.H.E.N.A.内で一定の地位にいる人間が反G.E.H.E.N.A.派ガーデンに直接乗り込んで交渉を行うなど、彼らからすれば信じられないことだろう。

 間違いなくなんらかの策略か罠だと思われるに違いない。

 

 ――しかし、こうして今門は閉ざされることなく開かれていることから察するに、話は聞くだけ聞いてくれると考えていいだろう。

 こちらからすればそれだけで十分だ。

 

「最悪こちらの身柄を拘束される可能性もあるが……

 まあ、それはそれで構わんな」 

 

 くつくつとこれからなにが起きるのかを少しばかり楽しみに思い笑いながら、私は百合ヶ丘の敷地内へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の子供としてだと?

 ……言っちゃ悪いが、お前のような男に子育てなんてできるのか?」

「君にそう言われると自信をなくしてしまいそうだね」

 

 私の言葉にフジは見るからに耳が痛いとでも言いたげに苦笑いを浮かべた。

 突然珍しく真面目な顔をしたと思いきやこれだ。本当にコロコロと表情を変えておかしな男である。

 

「たとえ血や遺伝子が繋がっていないとしても――

 その願いが歪なものであったとしても、この子は僕たちの願いを一身に受けてこうして生まれてきたんだ。

 それなら、この子は十分僕たちの子供と言えるんじゃないかな?」

 

 ――勝手に私の子供でもあると決めつけないでくれ。

 私がそう言い返すよりも先に、フジは「それに」とつぶやいて着ていた白衣の胸ポケットから1枚の紙を取り出した。

 

「こうして名前も必死に考えたんだ。

 無駄にしたくはないよ」

 

 取り出されたその紙には人の名前――それも女性名だけがいくつも書き綴られており、そのうち2つの名前以外にはすべて上から横線が引かれていた。

 

「なんとか2つにまで絞り込むことはできたんだけど……どちらにしようか迷ってしまってね。

 イーディス、この子の名前はどちらがいいと思う?」

「知るか。お前が決めろ。

 ()()の親になるのはお前なんだ。親が決めずしてどうする?」

「そうか……

 まあ、そうだよなあ……」

 

 フジはそう言いながら、自らの頭をかきつつ眉間にしわを寄せる。

 どうやら本当に悩んでいるらしい。

 その様子を見て、私は「親になる」と言ったことも本気のようだと察した。

 

 

 

 

 

 ――それから数時間後、さんざん悩んだ末にフジは「こちらのほうが全体的に響きがいい気がするから」という理由で、2つの名前のうちの一方を赤子に与えた。

 

 こうして赤子は彼の娘として生きていくことが決まったのである。

 

 当然これはG.E.H.E.N.A.の知ることではなく、私と彼だけが知っていることなのは言うまでもない。




 シエルリント女学薗「親G.E.H.E.N.A.派総本山なのに、なんでうち候補に挙がってないの?」
 錬金術師「お前ら秘匿主義すぎるんだよ」
 シエルリント女学薗「(´・ω・`)」

 そろそろシエルリントに関する情報もう少し明かしてくれてもいいのよ公式さん?

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