Edel Lilieを求めて   作:ふじのうぇ~ぶ

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錬金術師(トリスメギストス)(後編)

 

 12月24日。世間ではクリスマスイヴと呼ばれる日の夜。

 私は今、鎌倉府のとある列車の高架下で1人タバコをふかして立っている。

 

 ――別に私はヘビースモーカーというわけでも愛煙家というわけでもない。

 ただ、今右手に持っている加熱式タバコがここで会う約束をしている相手に対する目印となっているので、せっかくだから吸っているだけだ。

 そうでなければこんなものを私はわざわざ持ち歩いたりも購入したりもしない。

 

「……想像していたよりもマズいなコレは」

 

 なんでこんなものを目印に指定したんだ、と当時の自分を問い詰めたくなったところでふいに人の気配を感じた。

 

 

「――情報提供者というのはあなた?」

 

 

 声のしたほうへ目を向けると、私から見て高架下の出口となる場所に複数人――人数はそれなりにいるが10人はいない――の女が立っていた。

 

 ……いや、“女”と称するのは間違いだろう。

 なぜなら、全員見るからに10代前半から10代後半――いまだにその外見に子供の面影を残しているからだ。

 つまり、“女”ではなく“少女”と称するのがこの場合は正しい。

 

 彼女たちが全員リリィであることはその装いからすぐにわかった。

 全員が同じデザインの黒いマントを羽織り、各々細かいところは異なるものの共通した服装をしていたからだ。

 ――なにより、全員がその手や背に自らのCHARMを収めているであろうケースを持っている。

 おそらくレギオン――それも今回のために即席で編成されたものではなく、以前から今回のような()()()()()()()()()()()を行うことを主としてきた部隊だろう。

 ――なぜこんな真冬の夜にノースリーブのブラウスなんだとツッコみたくなったが、リリィはその身をマギによる見えない膜のようなもので覆って無意識に身を守っていることを思い出してやめた。

 それに、私自身も現在外にいるというのに研究所や部屋にこもっている時に着ている白衣を身にまとっているのでお互い様だ。

 

「――ああ。そうだ。

 はじめまして……などと呑気に自己紹介をする必要はなさそうだな」

 

 タバコを白衣のポケットの中に押し込みながら相手側のほうに2、3歩ほど歩いたところで足を止める。

 止めた理由はひとつ。相手側からいつぞやどこかの誰かから向けられた殺意にも似た感情がこもった眼差しを一斉に向けられたからだ。

 

(――なるほど。こいつら全員強化リリィか)

 

 私はそんな視線を身に受けつつ、彼女たちが何者であるのかを瞬時に悟った。

 百合ヶ丘女学院はG.E.H.E.N.A.の人体実験の被験体である強化リリィの保護を積極的に行っているガーデンだ。

 ゆえに、そうした保護された強化リリィたちによる対G.E.H.E.N.A.専用のレギオンが秘密裏に編成されていてもなんら不思議ではない。

 今自分に向けられているこの怒りや怨讐も、厳密には私個人ではなく私を通してG.E.H.E.N.A.という組織そのものに対して向けられているのだろう。

 ――いや、もしかしたら何人かは私個人に向けている可能性もあるが、少なくとも私には相手側の顔に覚えがないのでどうでもいい。

 いちいち顔なんて覚えていられないほど多くの実験体(リリィ)とこれまで関わってきたということでもあるが……

 

「予定していた待ち合わせの時間よりもまだ30分近く早いが……まあいいか。

 では早速行くとするか。ついてこい」

「いえ。場所さえ教えていただくだけで結構です。

 そうすれば後は私たちのほうで済ませますので……」

 

 研究施設のある場所に案内しようときびすを返した私の背中に、先ほどと同じ少女の声が突き刺さる。

 どうやらG.E.H.E.N.A.の人間の手など借りたくはないらしい。声の様子からそれが容易に伝わる。

 それほどまでにG.E.H.E.N.A.が嫌いか。まあ彼女たちの身の元を考えれば当然だろうが――

 

 しかし、残念だがそれは叶わない注文だ。

 

「――場所を教えてやること自体は簡単だが、お目当ての施設には私がいないと入れんぞ?」

 

 くつくつと口元を歪めながら首から上だけ振り返る。

 そこにはいかにも苦虫を嚙み潰したような顔をした少女たちの姿があった。

 

 ――こっちはお前たちの何倍も生きているのだ。

 それも一歩でも間違えれば文字どおりの意味で()()()()()()()()()()()ような世界を何十年もな。

 

「まあ、今は騙されたと思って黙ってついてこい。

 見てのとおりこちらは今大したものは持ってない。その気になれば私のような女1人そちらはいつでも殺せるぞ?」

 

 本当に殺す気がそちらにあればの話だがな、とからかい混じりに付け加えて私は視線を再び前に戻し歩きはじめる。

 

 ――背後から少し距離を置いて私の後をついてくる人の気配と、先ほどよりも明らかに禍々しさが増した視線を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先に結論から言ってしまうと、あの日私は百合ヶ丘女学院の理事長代行との交渉をひとまずは成功させた。

 こちらから出せるだけの情報をいろいろとあちら側に提供することになったが、それで被験体50A033号を「保護」してもらえると考えれば安い出費だった。

 

 しかし、50A033号のいる研究施設にはG.E.H.E.N.A.の特定の人間しか足を踏み入れることができないようになっている。

 そのため、私がこうして百合ヶ丘から派遣されてくる人員への案内役を直接買って出ることになった。

 

 12月25日――日付がクリスマスイヴからクリスマスに変わると同時に、50A033号は百合ヶ丘女学院に「保護」される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……燃えているな」

「ええ。激しく燃えているわね」

 

 呑気にそのようなことを言い合いながら、私とここまでついてきた百合ヶ丘の強化リリィ御一行様は目の前の光景を眺めていた。

 

 ここは鎌倉府のとある内陸部。

 ヒュージの出現・侵攻が多い沿岸部に比べ、比較的危険度が低いことからいまだに人々の営みが強く残っている居住可能区域。

 そんな場所の一画にひっそりと建てられていたごく普通の数階建てのオフィスビル――それが今、激しい紅蓮の炎に包み込まれて全焼していた。

 

 そのビルには昔とある中小企業のオフィスがあったが、鎌倉府にヒュージが本格的に侵攻を開始すると避難も兼ねて東京へと移転してしまい、そのまま廃ビルとなった――というのがG.E.H.E.N.A.によって用意された表向きの設定だ。

 実際は建物自体が50A033号のいる研究施設を隠すために建造されたダミーであり、ビル内のエレベーターに関係者のみが所持しているカードキーを通すことで施設に通じる地下通路へとエレベーターが降りる仕掛けになっている。

 

 ――そんな文字どおりのダミー会社ビルが轟々と燃えていた。

 近隣の住民から通報を受けたのか、すでにその場には消防車が何台も派遣されており、消防隊員たちが忙しく消火活動にあたっている。

 そしてその周囲には物珍しそうに火災と消火作業の様子を見物する多くの野次馬たちの姿があった。

 

「……あなたのことがG.E.H.E.N.A.にバレたんじゃないの?」

「まさか。これでもそれなりの地位にいる身だ。

 G.E.H.E.N.A.の人間で私の近隣や昨今のことを調べ上げられる者など本当に限られる。

 それに、大した成果をこれまで挙げていなかったとはいえラボはラボだ。

 一度造ってしまった以上はG.E.H.E.N.A.だってそう簡単に自分たちの研究施設を破壊しようとはしない。金がかかるからな」

 

 現に目の前で炎上しているビル、そしてその地下に隠されている研究施設は百合ヶ丘がこの辺りを管轄区域としてから一度放棄されている。

 それを数年前に金をドブに捨てる才能だけはある者たちが勝手に改装して再稼働させた。

 このように、いずれまた利用する機会がくるかもしれないと閉鎖が決まったラボや施設を取り壊さずそのまま残しておくことはG.E.H.E.N.A.でも頻繁に行われている。

 いくら世界規模の組織とはいえ常に金に余裕があるわけではないからだ。

 

「この様子だと地下の研究施設も今頃はメチャクチャにされているでしょうね」

「いや。そうとは限らんぞ?

 この火災がG.E.H.E.N.A.に仇なす者の手によるものか、単なる放火魔の仕業かは現時点ではわからんが、どちらであれお前たちのように地下に降りるための手段は持っていないはずだ。

 末端の研究施設とはいえ仮にもG.E.H.E.N.A.のラボ。セキュリティに関しては一級品だからな」

「……このまま私たちに地下施設に突入しろっていうの?

 深夜でもこれだけの人がいるのよ?」

「安心しろ。出入口はひとつだけじゃない。もうひとつある」

 

 G.E.H.E.N.A.が内外に多くの敵を作りながらも今日まで組織が健在でいられることの理由のひとつにはその用心深さがある。

 人間ゆえの異常と称せるほどの臆病さがあったからこそ、G.E.H.E.N.A.はG.E.H.E.N.A.足り()るのだ。

 彼らはおそらくこの世界の人類の誰よりも自分たち人間の弱さを理解している者たちである。

 歪んでいるとはいえ、それは彼らなりの「人間であること」に対する一種の誇りともとれる。

 

「秘密基地とはいえ万一の場合に備えて別の出入り口くらいは用意するさ。

 ――ついてこい」

 

 どこから湧いてきたのかいまだに野次馬が次々と集まってくるその場から私は足早に立ち去る。

 当然足早とはいえ周囲の者たちの目にとまらぬようできるだけ自然に、目立たぬようにだ。

 長年G.E.H.E.N.A.に身を置いていたことで自然に身に着いた術のひとつである。

 たとえリリィでなくともこれくらいのことは時間と経験さえあれば人間は誰もが会得できる。

 

 

 ――先ほどと同様背中から私についてくる人の気配を感じたが、殺意までは感じなかった。

 その代わり、困惑した様子がひしひしと伝わったが。

 

(私が敵なのか味方なのか判断しかねているといったところか?

 まあ、“どちらでもないの”が正解だろうよ)

 

 私の後をついてきている小娘たちの顔を想像しながら私はまた口元を歪ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それで、日本に戻ったらどうするつもりなんだ?」

「う~ん……

 イーディス、君はどうするのがベストだと思う?」

「知るか。お前の人生だ。お前が選んでお前が決めろ。

 なんで私が他人の人生まで面倒を見なきゃならんのだ」

 

 フジが赤ん坊を連れて日本へ帰国することになった日。

 私はなぜか彼らを見送りにこうして空港まで足を運んでいた。

 

 ……理由は本当にわからない。

 別に彼と別れることに名残惜しさも寂しさも一切感じていないのに、私は気がつけばなぜかここにいた。

 

「それもそうだね。

 とりあえず、山梨の実家に帰ってからじっくり考えてみるよ。

 ――この子と2人でね」

 

 そう言ってフジは自分の腕に抱かれている赤ん坊に目をやる。

 赤ん坊は自分たちがどういう状況であるのかなど知るわけもなく呑気に眠りこけていた。

 

「……まあ、僕にできることなんてたかが知れているけど。

 さしずめ山梨のどこかで町医者でもするんじゃないかな?」

「そうだな。お前程度の男ならそのほうが性に合っている」

「最後まで厳しいね君は」

「生憎とこういう性分なのでね」

「とっくに知ってる」

 

 呆れたようにフジが笑う。

 この見るからに頼りなさと情けなさを感じさせる顔もこれで見納めかと思うと、喜び半分残念半分である。

 

 ――正直こいつがしがない町医者以外の職に就いている姿が想像できないのは本心だ。

 というより、この男は人が善すぎる。

 これ以上G.E.H.E.N.A.に――私たちのような人間とは関わらないほうがこの男のためだし、なによりお互いのためだろう。

 人類のための仕事をするのならば、この男は邪道・外道ではなく正道・王道を行くべきだ。

 

 私のようなろくでなしにすらそう思わせるくらいフジには人としての“なにか”があった。

 助手としてはいてもいなくても大して変わらないレベルの人材だったが。

 

「――ああそうだ」

 

 はっとなにかを思い出したようで、フジが上着の内側に右手を突っ込む。

 そして、数秒ほど己の胸元をまさぐったところで、そこから右手と共になにか四角い箱状のものをゆっくりと取り出した。

 

「最後に君にこれを渡しておきたかったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――では生存者はあいつ1人だけだったと?」

「ええ。施設内のG.E.H.E.N.A.の人間と思わしき研究員や警備員は全員殺されていたわ。

 ――あの子以外の強化リリィの子たちも」

 

 百合ヶ丘の強化リリィたちのリーダーらしき銀髪の娘からの話を聞きながら、私は彼女たちによってここまで連れ出されてきた50A033号を見やる。

 50A033号は私の存在には気がついていないようで、他の百合ヶ丘の強化リリィたちの前で「シャバの空気はうまい!」などと叫んで笑いを取っていた。

 

 

 ――あの後、炎上するオフィスビルからの施設への潜入を諦めた私たちは、そこから少し離れた居住可能区域の別の一画に自然と設置されていたマンホールの前までやってきた。

 このマンホールの下は当然下水道があるのだが、ここから下水道に入った場合、特定のルートを巡れば研究施設のもうひとつの出入り口に通じている地下通路に入れるのである。

 もちろんそれはそう易々と巡り着けるようなものではない。下水道自体が巨大な迷路となっているうえに、こちらも研究施設内に入るためにはオフィスビルのエレベーターの時と同様にカードキーが必要という念の入れようだ。

 

 さすがにこちらのルートは一度も使ったことがなかった――おそらく研究施設の連中も誰1人として使ったことはないだろう――ので、銀髪娘にカードキーと下水道と研究施設内の地図を渡して後は任せることにした。

 私とて知らない道を案内できるほど器用な人間ではない。

 なによりこれ以上他人に道を案内をするというのが面倒くさかった。

 

 

 ――こうして当初の予定とは少々違った内容となってしまったが、50A033号の「保護」は無事に達成された。

 しかし、私としても気になる点がいくつか存在した。

 

 まずひとつ目が、百合ヶ丘の者たちが潜入するよりも先に何者かが施設内に潜入――いや、襲撃を仕掛けていたということ。

 聞くところによると、研究員や警備員、そして50A033号を除く実験体は1人残らず殺害されていたらしい。

 それも凶器として使用されたのはCHARMの可能性が極めて高いそうだ。

 

 ふたつ目が、施設内のあちらこちらが荒らし回されて機材などは破壊されていたが、コンピューター内のデータなどはほぼすべて手つかずで残されていたということ。

 それも盗まれたり外部に流出したらしき痕跡も見られなかったという。

 

 そして最後3つ目が、襲撃者は50A033号と直接顔を合わせているということ。

 銀髪娘たちが50A033号から聞いた話によると、襲撃者は仮面で顔を隠した長い髪のドレス姿の女で、自らを「サンタさん」と称していたそうだ。

 50A033号に対してなにやら意味不明なことを一方的に言ってそのまま去っていったらしいが、見逃されたことも含んでその理由は50A033号にもさっぱりわからないという。

 

 ……正直私でもこれだけの情報では「なにがなんだか」というのが素直な感想だ。

 少なくともわかるのは、オフィスビルの火災も襲撃者である仮面の女の手によるものだろうということ――本当にそれだけである。

 

 

「お前たちには酷なことを言うが、あれ以外の実験体に関してはむしろ死んでいてよかったと思うぞ?

 とっくにヒュージ化していたはずだからな。

 ――青かっただろう、そいつらの血は?」

「…………」

 

 銀髪娘はなにも答えない。

 ただ黙って私に鋭い視線を向けるだけだ。

 それが答えだろう。

 

 ――最後に私が施設を訪ねた際、施設の連中は口減らしと50A033号の戦闘データ収集のために彼女以外の被験体の「処分」を決定していた。

 要するに意図的にヒュージ化させて人間(リリィ)としての生を強制終了させることにしたわけである。

 ヒュージは食事を必要としないので、強化リリィもヒュージ化させてしまえば食事を与える必要はなくなるだろうという安直な考えから決まったことであった。

 薬殺などによる安楽死や最後に成功率が低い強化実験のモルモットにするといった選択を連中がしなかったのは、やはり予算の凍結による資金不足ゆえであろう。

 普通に殺処分するよりもヒュージ化させるほうが安上がりだったというわけだ。

 

 その様子からおそらく銀髪娘もそのことには気がついている。

 だが、あえてそれは――いや、それだけは絶対に口にはしない。

 彼女たちを突き動かしているのは私たちG.E.H.E.N.A.に対する恨みつらみや殺意だ。

 ゆえに私たちの行いを少しでも肯定したり容認することは決してない。

 ――実際、今回処分された強化リリィたちもG.E.H.E.N.A.に目を付けられさえしなければ普通の人間としての生を送っていたであろう者たちである。

 他人の人生を狂わせ、破壊する人でなしどもである私たちG.E.H.E.N.A.は彼女たちからすれば許されざる存在――

 今さら許してもらう気などまったくないが、彼女たちが私たちに敵意を向けるのも、私たちの存在を容認しないのも当然のことだ。

 

 

「なっ……!?

 外人女、どうしてあんたがここにいる!?」

 

 私の存在にようやく気がついたようで、50A033号がそう言いながらこちらに近づいてきた。

 ――“外人女”か。

 あまりにも安直すぎる呼び名に、血は繋がっていなくても実にフジの娘だと思わず笑ってしまう。

 あいつもネーミングセンスだけはお世辞にもよくなかった。

 

「――彼女があなたの保護を私たちに依頼してきたのよ。

 正直いいように利用されている気がしてこちらとしては不本意なところもあるんだけどね……」

「はあっ!? こいつが!?

 なんでG.E.H.E.N.A.の人間が反G.E.H.E.N.A.のガーデンと手を組んでんの!?」

「G.E.H.E.N.A.も決して一枚岩ではないということだ。

 お前がこのまま強化実験のモルモットとして飼い殺されていくのは都合が悪い人間がG.E.H.E.N.A.にはいるのさ」

 

 私は浮かんでしまった笑みを誤魔化すために再び加熱タバコを取り出してそれをふかした。

 こちらの真意をこいつらに悟られるわけにはいかない。

 

「――ともあれ、これでお前は実質自由の身だ。

 これから先どう生きていくかは自分で考えて自分で決めろ」

「言われなくてもそのつもりだよ。

 これであんたと会うこともなくなるだろうと思うとせいせいする」

 

 言ってくれるじゃないか。

 せっかくタバコで誤魔化していたというのに思わず笑みがこぼれてしまう。

 こういうところはフジとは大違いだな。

 

 ――ともかく、こちらがやるべきことはこれでほぼ終わった。

 あとはこいつに渡すべきものを渡して退散するとしよう。

 

「ほれ。持っていけ」

「……なにこれ?」

「見ればわかるだろう?

 通帳と印鑑だ。

 この先どのように生きていくにしてもある程度の金は必要になる。

 お前はG.E.H.E.N.A.によって表向きはヤマナシの一件で死んだことになっているから私のほうで新しい名前とそれを用意しておいた。

 今後はその名前とその口座の中の金を使え」

「……これ、なんの冗談?

 口座の中に入金されているお金の額おかしくない?

 し、下の桁のゼロの数字だけでも9つくらいあるんですけど……?

 

 手渡した通帳の内容に軽く目を通した50A033号が「信じられないものを見た」と言わんばかりの顔と視線をこちらに向けてくる。

 彼女の口から漏れた言葉は最後明らかに震えていた。

 それを耳にした周囲の強化リリィたちもえっと言わんばかりに一斉に50A033号のほうを見やる。

 ――中には50A033号の背後から彼女が手にしていた通帳の中を実際に覗き見て「うわっ……」と声を漏らした者もいた。

 やはり強化リリィといえど人間の範疇に属する存在である以上、“金”という概念には思わず反応してしまうらしい。

 

「おかしいか?

 もともとのお前の口座やお前の父親の貯蓄や資産を考慮したうえでの額だぞ?」

い、いや、さすがに多すぎると思うんだけど……?

「遠慮するな。

 クリスマスプレゼントだと思って素直に受け取れ。

 ――そういうところもフジにそっくりだなお前は」

 

 フッと、またしても笑みがこぼれてしまう。

 なぜかこいつと面と向かって話をするのは悪い気がしない。

 

「……わかったよ。

 今さら返すだのいらないだの言ってもしょうがないし……」

 

 50A033号ははあっと一度ため息をつき、諦めたような顔をしてそう言った後、再びこちらに視線を戻して口を開いた。

 

「――ところで、この名前の意味は?

 なにか理由とかでもあるの?」

「別にその名前自体にはなんの意味もないぞ?

 ただ適当にファミリーネームとファーストネームで語呂が悪くない組み合わせにしただけだ」

「おいこら。

 もう変えようがないとはいえ、人の名前なんだからもうちょっと考えて名付けろ」

 

 ――実際は半分本当で半分は嘘である。

 ファミリーネームはかつてこの地を支配していたというサムライの一族の名前から拝借し、ファーストネームのほうはフジが考えていたこいつの名前候補で最後まで残った2つのうちのひとつ――つまり採用されなかったほうを拾ったものだ。

 

 

 ――(みなもと)心思(みこと)

 それが50A033号に私が与えた新しい名前である。

 

 そして、おそらく私からのこいつへの最初で最後のクリスマスプレゼントとなるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――さて、この後はどうするかな?」

 

 その後、私は50A033号こと心思を百合ヶ丘の者たちに預け、1人あの場をそそくさと立ち去った。

 

 そして今、やることもなくなってしまったため、彼女たちとの待ち合わせ場所としていた高架下に特に理由もなく戻ってきてこうして三度加熱タバコをふかしている。

 

 今回の一件は完全に私の独断だ。

 このままG.E.H.E.N.A.に戻ろうものなら彼らは心思を百合ヶ丘に引き渡したことを――私とは完全に無関係な何者かによる研究施設襲撃の件と合わせて――糾弾してくるだろう。

 最悪、私を「裏切り者」として()()する可能性も十分ある。

 

 ……まあ、今さらどうでもいいことだが。

 

 とはいえ、しばらくは雲隠れをしたほうがいいだろう。

 何か月、何年続ければいいかはわからないが、G.E.H.E.N.A.側が折れるまでは表舞台からは姿を消すことにするか――

 

 

 

 

 

「こんばんはマリア先生」

 

 

 

 

 

 ――口の中に溜まった紫煙を吐きだそうとしたところで、ふいに声をかけられる。

 

 無意識に加熱タバコを持っていた手に力が入り、それを握り潰しかけた。

 ――私の力ではそんなことは100%不可能ではあるが。

 

 

 先ほどの百合ヶ丘の強化リリィたちと同様に、私から見れば高架下の出口側となる場所。

 そこに白衣を着て眼鏡をかけた女が1人立っている。

 

 その女に私は見覚えがあった。

 

 ――というより、嫌でも覚えている。

 私のことを嫌いなファーストネームで呼ぶ――おそらくわざとだろう。こちらが嫌であることをわかっていて呼んでいるに違いない――うえに、私のことを「先生」と称する輩は1人だけだからだ。

 

 

「――いつも言っているが、私は弟子や門下生を取ったことはないぞ中原(なかはら)?」

 

 

 思わず呑み込みむせそうになった紫煙を吐き出し――当然相手側に悟られぬよう冷静にだ――ながら私は声をかけてきた相手のほうにはっきりと目を向ける。

 

 中原・メアリィ・倫夜(ともよ)

 かつてG.E.H.E.N.A.のとある施設にて当時私が行っていた研究の手伝いとして上が派遣してきた女だ。

 関わっていたのはその時のたった一度だけだが、先の理由からムカつくほど私の記憶にその存在が刻まれてしまった。

 

「そうは言われましても、私にとってマリア先生は私の人生に強い影響を与えてくださった先達ですので~」

「だから文字どおりの意味で“先生”だと?

 アホらしい。

 ――それで? いったいなんの用だ?」

「ふふ……

 この状況でこうしてお会いしているんですよ?

 先生ならとっくにわかっているんじゃないですか?」

 

 

 ――中原がその顔に笑みを浮かべるのと同時に、私の視界に入る人影がふたつ増えた。

 

 シスターと思わしき青い修道服を身にまとった女が2人――

 

 その2人の女の手にはそれぞれ異なるCHARMが握られている。

 

 あの服装とCHARMは確か――

 

 

「……ルドビコ女学院の教導官か」

「はい。

 私、今ルドビックラボでちょっとした研究を行っておりまして……」

「そうか。

 ――で? そんな連中を引き連れてわざわざここまで来た理由は?

 偶然近くにいたから昔のよしみで声をかけたってわけじゃないんだろう?」

「…………」

 

 中原は笑みを浮かべたまま、黙って眼鏡を外す。

 そして一度ふうっと息を吸って吐いた後、再び口を開いた。

 

「単刀直入に申し上げますマリア先生。

 “ジウスドラ”の研究データを渡してください」

 

 

 ――ジウスドラ。

 それは以前私が立ち上げたとある研究プロジェクトのコードネームだ。

 

 古代の言葉で「永続する命」という意味の名前を持つこの計画は、大雑把に言ってしまえばヒュージによる人類の絶滅を回避するために「ヒュージの打倒・殲滅」以外で人類存続の方法を見つけ出そうというものだった。

 

 そして、その一環として私は「死なない人間を生み出す」という馬鹿げた研究テーマを掲げたのである。

 確か研究資金欲しさにでっち上げたものだったと記憶している。我ながら恥ずかしい話だ。

 

 

 ――言うまでもなく、今回私がこうして日本に来ることの原因となったプロジェクトの大元である。

 

 

「――施設を襲撃したのはお前たちか?」

「まさか。

 それなら研究資料やこれまでの成果はすべて私たちがいただいています」

「だろうな。

 では別の者の犯行ということになるが――

 お前は誰の手によるものなのか目星がついているか?」

「残念ながら私たちにもわかりませんね。

 ――ただ、今回の一件をやりかねない者には1人心当たりがあります」

「ほう?」

 

 言い分からして中原は研究施設を襲撃した仮面の女が何者であるか知っているようだ。

 正直に言うと今この場で聞き出したいところではある。

 ――が、今はそれどころではないことも十分理解しているのでやめた。

 

 今の私にとって重要なのは今すぐこの場から逃げることだからだ。

 

「ルドビコで造った強化リリィか?

 聞いた話では相当恨みを買っているそうじゃないか?」

「確かに恨まれて当然のことをしているという自覚はありますよ?

 ですが、私たちにとってそのようなこと些細なことではないですか?」

「違いない」

 

 自嘲的な意味合いも含んで思わず顔が歪んでしまう。

 お互い今さら罪悪感だの善性だのに心を動かされるような身ではないのは百も承知だ。

 

「それで、話を戻しますが……

 ジウスドラの研究データをいただけませんか?

 先ほど先生が見知らぬ輩たちを施設に招き入れてしまったせいで、あそこにはもうなにも残されていなかったので……」

「悪いが私の手元にもあれに関する資料やらデータやらは一切残っていない。

 私はあの計画には早々に見切りをつけたからな。

 その時に自分のところにあったデータやらなにやらはすべて処分してしまった」

 

 ――わざとらしく肩をすくめて苦笑いを浮かべる私に対して中原は相変わらずその顔に笑みを浮かべている。

 

 ちなみに今の発言は半分は嘘だ。

 ジウスドラに見切りをつけた後も私はあの計画に関するデータや資料など諸々のものは手元に残していた。

 しかし先日、百合ヶ丘に心思の「保護」を依頼した際にそれらはすべて百合ヶ丘にくれてやった。

 だから「手元に一切残っていない」というのは本当のことである。

 

「そうですか……

 それは本当に残念です……」

「ああ。残念だったな」

 

 中原がまた一度目の前で息を吸って吐いた。

 ただし、今度は「ふうっ」といった感じのそれではなく、「はぁ……」といった感じの――呆れや失望の意味を含んだものだ。

 

 ――私の意志は「逃げるなら今しかない」と全力で訴えかけてきているが、私の体はそれを全力で拒否していた。

 今逃げ出せば中原からは逃げられるだろうが、そのそばにいる教導官たちからは間違いなく逃げられないと悟っていたことが理由のひとつ。

 そしてもうひとつは、中原が私の目の前に現れた時点でもう遅いというのを頭も体も理解してしまっているからだ。

 それでもなお頭が私に逃げろと命じ続けているのは、生命の持つ防衛本能にほかならない。

 

 ――中原が外していた眼鏡を再び自らの顔にかけた。

 

「では、先生から直接お聞きするしか他に方法はありませんね」

 

 中原のその言葉とともにそばに立っていた教導官たちがCHARMを構えて一歩前に出た。

 

 ――完全に詰みだ。

 

 だが、だからといって素直に捕まってやる気も、易々と機密保持のために「処分」されてやる気もない。

 

「…………」

 

 とっくに冷めきってしまった加熱タバコをポケットに入れ、代わりに懐からあるものを取り出す。

 それは一般的に「リボルバー」とか「マグナム」などと呼ばれている拳銃だった。

 昔から護身用や気休めのために持ち歩いていたものである。

 もちろん、こんなものでヒュージやリリィを相手取れるなどとはまったく思っていない。

 おそらくこれの弾丸が貫くことになるのは私の頭だろう。

 

「やってみろ」

 

 私が不敵に顔を歪め拳銃を中原に向けて引き金を引いたのと、教導官たちが私に飛びかかってきたのはほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……馬鹿かお前は?

 こんなものを私が受け取るわけないだろ」

「わかってる。

 だから受け取るんじゃなくて預かっていてほしいんだ」

「預かる?」

「ああ」

 

 フジは力強く頷くと、改めて口を開き語り始めた。

 

「おそらくだけど、いつかこの子と君はどこかで巡り会う予感がするんだ。

 だから、その時が来たらこの子に()()を渡してほしい。

 ()()がきっと証となるはずだから……」

「証? なんのだ?」

「――たとえ普通の子とは違う方法で生まれてきた命であるとしても、この子は他の子どもたち同様に親である僕たちから祝福されて生まれてきたということのさ」

 

 

 

 

 

「……“祝福”だと?

 “呪い”の間違いじゃないのか?」

 

 青い空の彼方へと飛翔していく飛行機を見つめながら、私は右手に持っている()()を遊ぶように転がす。

 

 ――フジから()()()()四角い箱。

 その中に入っていたのは金色の指輪だった。

 いわゆる婚約指輪(エンゲージリング)というやつではなく、結婚指輪(マリッジリング)というやつである。

 金色であることを除けば特になんの特別なデザインもされておらず、宝石の類も付いていない、文字どおりの指輪だ。

 ――しいて言うならば、内側に「From Fujino.I 2036」という文字が掘られていることくらいだろう。

 

 最後の最後にこんなものを渡していくなんて、本当にろくでもない男だ。

 

「“いずれ巡り会う”?

 馬鹿馬鹿しい。そんなことあり得んだろう。

 私はG.E.H.E.N.A.の人間で、お前たちはただの一般人だぞ?

 どこで今後接点が生まれるというんだ?

 そもそもお前は医者だろう?

 いつから占い師か予言者になったんだ?」

 

 普段の私らしくもなく、私の口からは延々とフジに対する不満や愚痴が吐き出される。

 

 視界からはとっくに飛行機の姿は消え、青空のみが広がっていた。

 

「……だが、まあ預かるだけならいいだろう。

 別に私が受け取ったわけじゃないんだからな」

 

 私は自分を納得させるようにそうつぶやくと、指輪が収められていた箱を乱暴に右手ごとポケットに突っ込んだ。

 

 

 ――自らの意志で人の道を外れることを選択した。

 

 その時点で結婚とか「人としての幸せ」なんてものは考えもしなくなった。

 

 そもそも人でなしが人並みの幸福を得たり望んだりすること自体がナンセンスだ。

 

 だというのに、あの男は――

 

 

「ああ、本当に面白い男だった」

 

 

 ――何年振りかもわからぬほど、今の私は視界に広がっている空のようにすっきりと澄み切っていた。

 

 そして、なぜそうなったのか、その理由だけはついぞわからなかった。




 【ジウスドラ】
 かつてG.E.H.E.N.A.で行われていた人類存続を目的とした計画のコードネーム。
 ジウスドラとは古代メソポタミアの言語で「永遠の生命」または「永続する命」を意味する。
 その名が意味するとおり、「死なない人間」を生み出すことも研究テーマのひとつであったが、本来の目的は「ヒュージの打倒・殲滅以外の方法による人類の存続」であり、研究テーマの中には「人類とヒュージの共存・共生」も含まれていた。
 強化リリィを生み出していたのは上述した「死なない人間」を生み出すための研究の一環だが、計画を立ち上げた人物である「錬金術師(トリスメギストス)」が早々に見切りをつけてプロジェクトから抜けてしまって以降は、「不死」という概念に魅了されてしまった者たちによって「ヒュージを倒すための不死身のリリィ」を造り出す研究へと歪曲・縮小していった。

 【錬金術師(トリスメギストス)
 G.E.H.E.N.A.の様々な分野において多大な功績を挙げた女性研究者。
 灰色の瞳をした金髪の白人。
 その研究が人類社会にも大きく貢献していたことから「現代の錬金術師」と呼ばれ称されていたが、生物学、遺伝子学、マギの研究に特に秀でていたため、いつしか「3倍偉大」という意味を持つ「トリスメギストス」の名で呼ばれるようになった。
 これは本人が自分の名前を嫌っていたことも理由である。
 曰く「自分は人でなしなのに、聖母を意味する名前を持っているのは皮肉なんてレベルじゃない」。
 2051年12月。とある理由から日本に赴いた際、G.E.H.E.N.A.に対する背信行為におよび、それ以降消息不明となった。
 ちなみに本名はマリア・イーディス・ウエストウッド。


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