「LP-041、スレッタ・マーキュリー。出ます!」
宇宙港のカタパルトから〈高機動型エアリアル〉が射出された。高機動型エアリアルはバックパックを〈ホビーハイザック〉の物に換装し、さらに皆でジャンクから再生したミラソウル社製のフライトユニットとプロペラントタンクを装備している。
「スレッタ、バックパックの接続は大丈夫?」
小型ランチに乗ったニカが尋ねた。
「今確認しますねっ!エアリアル、バックパックは大丈夫?」
エアリアルのAIがシステムオールグリーンを示す合図を出した。ホビーハイザックのバックパックとフライトユニットはシン・セーの純正品ではないため、エアリアルのOSに認識されない可能性があった。
「大丈夫ですっ!」
「そう、良かった〜。次は戦闘機動をやってみて」
「了解です!」
スレッタは操縦桿のバーニア、スラスター噴射ボタンを押した。エアリアルが加速してフロントから離れていく。
「ニカさん!右のフライトユニットが少し鈍いです。あとハイザック?の右スラスターの稼働軸にエラーが……」
「ちょっと待ってねー」
ニカはスレッタからの報告を全てタブレットに打ち込んだ。バックパックもフライトユニットもほぼガラクタ同然だったモノを使えるようにしたためか、エラーが多い。
「タイピング速いわね」
ニカがタブレットに高速でエラー内容を打ち込んでいる様子を見たミオリネが感想を漏らした。
「えへへ。経営戦略科の主席に褒められるなんて」
「なに?エアリアル、どうしたの?」
エアリアルの声が何かをスレッタに伝えようとしている。
「え?うわぁぁぁぁぁ!」
右スラスターの稼働軸が突然動き出してエアリアルは錐揉み状態に入った。しかも勝手に軌道が修正されて小型ランチに突っ込む軌道に入った。タブレットを見ながら問題点の解決方法を考えていたニカが顔を上げて機外を見た。
「アンタ何やってんのよ!こっちに来んな!」
高速でぐるぐると回転しながらエアリアルが小型ランチに突っ込んできた。ミオリネとニカはランチの操縦桿を目一杯引っ張った。スラスターとバーニアが噴射されてエアリアルの予想軌道から外れた。
「そ、そんなこと言われても!」
「バックパックの燃料供給を切って!あとはこの前教えたAMBACで何とかしなさい!」
「は、はいぃ!」
バックパックのノズルから光が消え、エアリアルは機体内蔵の姿勢制御スラスターと四肢を動かしながら少しずつ減速した。
「はぁー助かったぁ〜」
スレッタはコックピットの中で安堵した。
「スレッター、修正プログラムを送るからこっちに戻って来て〜」
「今度は突っ込んでこないでよね」
「は、はい!」
姿勢制御スラスターとフライトユニットを使ってゆっくり小型ランチに近づいて腕を伸ばした。マニュピレーターで優しくランチの側面に触れた。
「修正プログラムを送るね。さっきのはハイザックの姿勢制御パターンがバックパック側に残ってたみたい。だからエアリアルの姿勢制御パターンと噛み合わなくて暴走して……」
「なるほど!あ、インストールできました!もう一度やってみます!」
「うん。今度はうまく行くはず」
今度は何の不調もなくハイザックのバックパックが正常に動作した。エアリアルが青い軌跡を曳きながら宙を舞っている。
「スレッタ、評価試験は終わったから帰投して」
「ニカさん!あの、少し行きたい所があるんです!お二人は先に帰っておいて下さい!すぐに戻ります!」
エアリアルが姿勢制御スラスターで向きを調整して小型ランチから離れていった。
「え?別にいいけど、ミオリネはいいの?」
ニカは驚いた表情でミオリネを見た。
「少しくらいいいわ。私は理解ある花嫁なの」
「エランさんに会わせて下さい!」
エアリアルに乗ったスレッタはペイル寮の学園艦が停泊しているブロックに侵入し、学生たちを巻き込まないように着艦した。
「エアリアルだ……」「すげー」「なんかバックパックデカくね?」
学園艦の飛行甲板で作業をしていた学生たちが突然現れたエアリアルに釘付けになった。
「突然すみません!LP-041、スレッタ・マーキュリーです!エランさんに会わせてくれませんか?!」
エアリアルは艦橋に触れてペイル寮艦との接続回線を開いた。
「ペイル寮オペレーターのアールトン・ウェルズだ。アイツは誰とも会わない。帰ってくれ。作業の邪魔だ」
本社から運んできた補充のGUNDミサイルを納めたコンテナをドローンや何人かの生徒が運んでいた。
「そこを何とか!どうしても話したいんです!」
何度か同じようなやりとりを繰り返してウェルズは埒が明かないと思い、学生手帳を開いた。
「ハァ……分かった呼んでやるから少し待て」
「はっ、はひぃ!」
「……早く出ろよ……。……あっ、エラン。俺だ、ウェルズだ。スレッタ・マーキュリーがお前に会いたいって」
「帰ってくれと伝えてくれ」
エランはそう言うと電話を切った。
「アイツめ……」
ウェルズはエアリアルを見つめた。
━━━絶対帰らないよな……。早く寝たいなぁ。
「ハァ……なんで俺が……。スレッタ・マーキュリー、今から寮内放送とお前の学生手帳を繋ぐからIDを転送しろ」
「おい、いいのか?」
副オペレーターの男子生徒が驚いたような表情をしている。
「だってあいつ絶対帰らないぞ……。さっさと帰ってもらうにはこれしかないだろ」
ウェルズたちは昨日の夜からミサイルの輸送に当たっていてまともに眠れていない。それに加えてテロ対策や海賊対処だなんだと言って各社が保有する艦隊が航路を警備しているため関係各所への提出書類の処理に追われていたのだ。
副オペレーターたちも無言で頷いた。面倒ごとはさっさと片付けて眠りたいのだ。
ウェルズはエアリアルから送られてきたIDを寮内放送機とリンクさせた。
「エランさん、エランさん聞こえますか?スレッタ・マーキュリーです……」
殺風景な自室で横になっていたエラン・ケレスの耳に聞こえるはずのない声が聞こえてきた。
「なんであんな事言ったんですか?!」
エランは学生手帳を取り出した。数少ない連絡先の中からウェルズを選択し、電話を掛けた。
「エランからだ……」
「無視しとけ。絶対放送を止めろって言ってくるぞ」
「分かってるよ!」
エランは中々出ないウェルズに久しぶりに苛立ちを感じた。その間もスレッタからの放送は続いていた。
「……ハッピバースデートゥーユー……」
スレッタがバースデーソングを歌い出した。その歌声はどこか悲しげだった。艦橋にいるオペレーターたちは黙ってバースデーソングを聴いていた。
「エランさん?!」
スレッタが歌い終えた後に、エランから電話がかかってきたみたいだ。
ウェルズは無言で寮内放送とのリンクを解除した。
「帰ってくれ。言ったはずだ。僕に誕生日なんてものはない」
エランは忌まわしい記憶を必死に脳から掻き消そうとしながら学生手帳に告げた。
「嫌です!」
「本当に無いんだ。僕に誕生日は」
フラッシュバックした記憶が少しずつ実体を得ていく。ぼんやりと揺れる火とそれをもつ人間が見える。見てはいけない。こんなもの!
「なら、なら!今日を誕生日にするっていうのは!どうですか?!」
掻き消そうとしていた記憶が消えた。エランは自分を落ち着かせるためにベッドから起き上がった。顔に手をやると冷や汗をかいていた。
「やっぱり君は━━━」
スレッタはその後に続く言葉を待った。コンマ数秒しかないような間だったが永遠のように感じられた。
「鬱陶しいよ」