ベルメリアはタブレットをファラクトの戦闘データが入ったタブレットを持って会議室に入った。先の決闘を踏まえてのファラクトの今後の方針を決める会議だ。
「強化人士4号の売却先、決まったわよ」
ニューゲンCEOが冷たくつぶやいた。
「え?ま、待ってください!もう彼の命は長くありませんし、それにまだアナハイムとの決闘が……」
それを聞いてベルメリアは取り乱したように発言した。
「アナハイムとの決闘はもういいわ。戦闘データならジオニックが提供してくれるし、GUND特有の反応も検知しているわ。次のインキュベーションパーティでデリングとアナハイムは潰す」
ゴルネリが拳でそれらを纏めて握りつぶすジェスチャーをしながら言った。
「な、なぜそれを今言ったんですか?!まだ強化人士5号の調整も済んでいませんし、それに市民権を与える約束だって……」
「あら?何か勘違いしてるみたいだけど、それは勝ってからのご褒美よ。彼は負けたじゃない。それにデートにも行ったわ。負けたのにデートなんて随分ご立派な実験体だと思うけど」
ニューゲンの強化人士4号を対等な人間と見做していないその発言にベルメリアはひどく動揺した。しかし、この部屋にいる誰もがその考えに特に反応している様子は無かった。
「それは……」
「良いから席についてくれるかしら?もう時間は過ぎてるんだけど」
「……」
ベルメリアはカルに促されて椅子に座った。椅子はいつもより冷たく感じられた。
「まったく、これだから民間人は困る」
既に席に座っていた男がため息を吐きながら発言した。その男は黒い軍服に身を包み、金の立派な口髭を生やしていた。軍服の右腕にはセツルメント国家議会連合の記章がついていた。
「申し訳ありません。ジャマイカン大佐」
ジャマイカンと呼ばれた男は機嫌が悪そうに座り直した。
「会議を始めましょうか。ベルメリア博士、今回の決闘の所見を聞かせてもらえるかしら?」
「は、はい……今回の決闘で、ファラクトの戦闘データ収集と対レーダー塗料の実戦テストは完了しました。次に問題点ですが……やはりGUNDミサイルはGUNDビット対策になり得ません」
モニターにファラクトのGUNDミサイルに関する情報が表示された。
「テスト全体を通しての命中率は89%と高いですが、対GUNDフォーマット機に対してはほぼ0%に近い命中率です」
GUNDミサイルは静止目標や通常のモビルスーツ、艦艇に対しては高い命中率を誇っていたが、今回の決闘でガンダムの前では無力であることが証明されてしまった。
「バスク中将は貴社のガンダムに強い関心を持っておられる。議会連合の力の象徴として最強のガンダムを我が物にできれば、貴社も我々も地球圏の支配者として君臨できる」
ジャマイカンは得意そうな顔でそう語った。確かに議会連合がガンダムを手にすれば、何百、何千という単位でオーダーがペイルに入るだろう。しかし、生命倫理問題が解決していない以上、次期主力機にガンダムが選ばれる可能性は極めて低いはずだ。
「待ってください、まだ生命倫理問題が……」
「それについては我々の機関が生命倫理問題解決のために目下研究中だ。だから博士はガンダム開発だけに注力すればよい」
ジャマイカンはベルメリアを見下しながらそう発言した。ベルメリアはムッとしたがなんとか顔に出さないよにした。
「話を戻しますが、やはり当初の計画通り、コラキを装備します」
コラキはGUNDミサイルの開発の影響で凍結されたが、既にコラキ自体は何機も完成しており、あとはファラクトに乗せてテストをするだけだった。
「コラキでGUNDビットに対応できるのかしら?」
ネボラが尋ねた。彼女のバイザーには何か文字のようなものが表示されている。報告書を読んでいるのだろうか。
「はい。今回の戦訓からコラキの高機動化とロングレンジ化を進めつつ、GUNDビット群が構成する多重防空層を突破可能なものを開発します。続いてですが……」
強化人士4号が目を覚ますと、そこは本社の病室だった。
「おはよう、俺」
4号が声の方に顔を向けると壁にもたれかかった自分が居た。いや、自分ではない。彼こそが本物のエラン・ケレスで自分は彼の姿を真似ただけの強化人士だ。
「どうも」
「なんで俺がここに居るか分かるか?」
「……見舞い?」
4号は真面目な顔でそう答えた。
「ハハハっ。お前変わったな。前のお前なら絶対にそんな事は言わなかったぞ」
エランは腹を抱えて笑った。ひとしきり笑ったあと、エランは真面目な顔になった。仕事モードの顔だ。
「いいか?よく聞け。お前は売られた。ここでお前に取れる選択肢は2つある。大人しく売られるか、逃げるかだ。今すぐ選べ。時間がない」
4号はベッドから起き上がってエランを見た。彼が嘘をついているようには見えない。
「僕は……」
4号はスレッタ・マーキュリーとのデートの日を思い出した。図書館で一緒に勉強したり、初めてハンバーガーを食べたり、下らないことで笑ったり、普通の人間が普通に体験することを初めて体験した。それらはとても新鮮で、昔の自分なら絶対に体験できなかったことだろう。
しかし、彼はずっと彼女にしてきた仕打ちや言動を謝ることができなかった。酷いことを言ってしまった。
「逃げたら、一つ。進めば、二つ。です。お母さんが教えてくれたんです。さあ一口だけでも!どうぞ!」
初めて見たハンバーガーに拒否感を示した時にスレッタに教えてもらった言葉だ。
「僕は……逃げない」
デートは楽しかったが、どこか彼女との壁を感じた。彼女と僕が一緒にいたら、きっと彼女に悪影響を及ぼす。僕みたいな心が壊れた改造人間なんかと一緒になってはいけない。
「お前……なんで……売られたらアスティカシアに戻れないんだぞ……」
エランは予想外の回答が返ってきて呆然としてしまった。既に彼用の市民IDと逃走用のルートも確保したと言うのに。
「構わない。もう未練は無い」
「……お前の意見を尊重することにするよ。あばよ、俺」
エランはそう言うと、静かに部屋を出た。
「……ありがとう」
出ていくエランの背中を見ながら4号は小さく呟いた。