俺が目を覚ましたのは、初めてこの島で目覚めた時と同じ場所だった。あの時と同じパンツ一丁で、何も持っていない状態でだ。全てを破壊されてまた同じスタートラインに戻される、まるで賽の河原だ。こんなことがあと何回続くのだろうか。これから何度も訪れるであろう悲劇に俺の思考は、自然と鬱屈してしまう。本当にこの島からの脱出なんてできるのか?もう何もかもが無駄な足掻きの様に思えてきた。どうせ足掻いた所で、またとんでもないモンスターが現れて蹂躙されるに決まっている。そんな悲観的な感情に支配される。これから俺はどうすれば良いんだ?もう俺には前みたく物資を整えるだけの気力も体力も残っていなかった。今の俺にはただ、ゾンビの様に海岸を彷徨うことしか出来なかった。
空を舞う生物の一団が見えた。全体的に青い体色と黄色い鶏冠が特徴的なプテラノドンみたいな外見をした翼竜?の群れが空高く飛行している。鳥の何倍も大きな生物が優雅に飛翔するこの雄大な光景は、今の俺には何よりも、変わらずこの島を照らし続ける太陽よりも眩しく感じられた。俺は羨ましいんだ。あんな風に何者にも縛られずに大空を飛ぶことが出来たなら、俺はどれ程救われたのだろうか。もしかしたら、アンジャナフやリオレイアの様な存在と遭遇しても生き長らえる事が出来たかも知れないし、そもそも背中の翼を羽ばたかせてこの島と早々におさらば出来たかも知れない。そんな有り得もしない妄想だけが頭を過っていく。
それから、しばらくの間海岸付近を当ても無く彷徨っていると、ふと甘い匂いが俺の鼻腔を突いてきた。俺はその方向へ歩を進める。その先には、高さ2 [m]程の背丈の低い細い木の先にぶら下がるグレーの球体状の物体があった。その下からは、琥珀色のドロドロとした液体が溢れ出ており、地面に溜まりを作っていた。間違いない。これはハチミツだ。俺はすぐにでもその場に駆け寄りたいという衝動に駆られた。本格的な甘い物を食べるのは、この島に来てから初めてだ。俺は甘い物が特別好きという訳ではないが、やはり何日も食べていないと無性に恋しくなるものだ。気分が落ちている時と言えど、俺は人間だ。当然腹は減る。しかし、そうは問屋が卸さない。先客がいたのだ。俺は反射的に近くの茂みに身を隠した。その際に草葉を揺らしてしまい、ガサゴソと誤魔化しきれない音量のざわめきが響き渡ったが、幸い、向こうはこちらの様子に気付く気配はない。未だに舌を垂らして目の前の甘味を味わっている。どうやら、あいつは食事で忙しいらしい。
そんな食事にご執心の生物はクマだった。だが、やはりこの島の生物、誰しもが想像する平凡な個体ではない。まず、体格からして違う。体長は6[m] 程の巨体で、手足は太く、動物園で見た事があるツキノワグマと比較して体感で、三倍くらいの大きさはあると思う。下手をすれば、かの有名なグリズリーよりも巨体なのではないだろうか。そんな巨躯を維持するのに、栄養価が高いとはいえ、ハチミツだけで物足りるのか何だか心配になってしまう。そんな感情が芽生えるのは、まるで好物を目の前にした子供の様に一心不乱に、ハチの巣にむしゃぶり付く様がどこかコミカルな雰囲気を漂わせていたからかも知れない。全身は哺乳類では珍しい青みがかった体毛で覆われている。そして、奴の身体で最も目を引くのは、背中や前脚を覆う、我々哺乳類には縁遠い器官、甲殻だ。奴の背中を包み込む甲殻は黒ずんでおり、ゴツゴツとした突起物が連続して生えている。その様子は、如何にも鎧という感じだ。腕も見た目だけでもかなり厳つく、肩から手先まで人間と同じ程度の長さと太さを持ち、その殺傷力の高さを窺わせる。さらに、そこから生える鬼の金棒の様にも見える棘と、ドスランポスの物ほどではないが長く鋭利な爪が、その印象に拍車を掛ける。あちらは一向にこちらへ気付く気配が無い。このままここで隠れ続けられれば、やり過ごせる。あわよくば、お零れにも預かれるかも知れない。そう思っていた時だった。
何者かに背後から押されたのだ。いや、正確には突き飛ばされたと言った方が正しいだろう。あろうことか、屈んで身を潜めていた俺の腰に全力でぶつかってきやがった。それは明らかに人間の出せる馬力ではなかった。一瞬で腰に鈍痛が広がる。それと同時に、俺は車に轢かれたかの如く軽快に吹き飛び、気付けば元の場所から100 [m]以上離れた、あのクマがいる所に転がっていた。痛みからか、もう下半身は動かせない。俺は辛うじて動く首から上を何とか捻り、俺を吹き飛ばした奴の姿を目に入れる。俺の目に飛び込んで来たのは蹄で力強く地面を掻いている、一際大きな牙が特徴的なイノシシだった。何て事をしでかしてくれたんだと心の中で悪態を吐く。その癖、あのクマがあいつの方向を少し見ただけで、一目散に踵を返して早々に退散して行きやがった。クソがっ!あの場で俺を突き飛ばす必要なんて無かっただろ!そんな不満をぶつけたとて、もう遅い。クマは俺の方を向くと、持っていたハチの巣を手放し、代わりに俺を掴んできた。首から下が動かない俺はもはや抵抗することなどできない。奴に為されるがままだ。奴は俺を顔の目の前まで運ぶと、どこか興味あり気な瞳でこちらをジロジロと見てくる。下手な肉食獣よりも鋭利な奴の牙が目に入ってくる。もう煮るなり焼くなり好きにしてくれ。こうなっては、命など既に無い事なんてとっくに分かり切っている。
しばらくしたら、クマは両腕を下から上に思いっきり振り上げ、俺をまるで手毬の如く投げ放った。俺はとんでもない速さで上空を舞っていた。だが、不思議な事に俺の目に映る景色は全てがスローモーションだ。そんな俺が最後に目にしたのは、何事も無かったかの様に、再びハチの巣を貪るあのクマの姿だった。
ああどうか、どうか、叶うことならば、どうか、どうか、どうか、この島で二度と目覚めませんように。
「グシャリ」と落下の衝撃で首の骨が砕ける音が反響する中、俺は意識を手放した。
冒頭で登場した翼竜はMHWorldの古代樹の森に出現するメルノスです。また、イノシシはみんな大好きブルファンゴ、クマはモンハン界のマスコットキャラことアオアシラです。ブルファンゴは何気に初代から登場する古株で、お邪魔虫性能の高さからモンスターハンターシリーズである意味一番恐れられているモンスターともいえます。アオアシラはMHP3rdで初登場した牙獣種で、その独特の愛嬌から根強い人気を誇る序盤のモンスターです。
さて、災難続きの裕太君ですが、次回は何か希望を見つけ出すようです。
それでは、次回もお楽しみにお待ちください!