冷たくも温かい明月の光が島全体を包み込む夜。この天に浮かぶ箱舟のとある海岸では、そんな
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「ここは…」
俺はまた全てを失ってしまった。今回もまた何も出来なかった。今度の試みは、アンジャナフによって破壊された前回のそれを大きく超える量の物資を作り、臨んだ、謂わば最後の希望だった。俺には海路からこの島を脱出する方法しか思い付かない。だが、それすらも今やあの憎き海竜、ラギアクルスの存在によって空虚な絵空事と化している。加えて、ラギアクルスの脅威をどうにかして搔い潜れたとしても、あの光の壁を突破する手段を持ち合わせてはいない。つまり、俺は実質的にこの島から脱出する事は永遠に不可能なのだ。俺がこの島で何度も命を奪われても、その度に立て直すことが出来たのは、偏に家族や親友たちと再会するためだった。俺はその僅かな可能性に縋って今日この瞬間まで生きてきたが、もう限界だ。これからこんなクソみたいな島で何を糧にして生きて行けばいい?こんな事になるなら、いっそもう二度と蘇られなくなって本当の意味で死んでしまう方がどれ程楽だろうか。今は只々憎い。この島の全てが、俺がこんな事になるよう差し向けた奴が、そして何より自分自身が。もっと両親に親孝行をしておけば良かった。なけなしのバイト代をソシャゲのガチャなんかに使わずに、プレゼントでも買ってあげればよかった。当時の俺は社会人になってからでも考えれば良いやという楽観的な思考だった。だが、今では嫌という程分かる。日常というのはふとしたタイミングで突然に崩れ去るのだと。弟にも、もっと兄貴らしいことをしてあげれば良かった。そんな後悔が止めどなく無く溢れ出してくる。みんなごめんなさい。俺は愚図でダメな人間だったよ。せめて、家族や二人の親友たちだけには、俺のことなど綺麗さっぱり忘れて平穏な人生を歩んで欲しい。
いつもと同じ海岸。夜の景色も、もう見慣れたものだと思っていた。だが、今日に限ってこの場所の空気はいつもと違っていた。夜なのにもかかわらず、明るいのだ。夜の街中と同程度の明るさ、凡そこの大自然に囲まれた場所には不釣り合いなものだ。この原因となっているのは、ホタルの様に光る虫だ。いや、見た目はホタルよりもコガネムシに近いか。この辺の空を完全に覆い尽くさんとする勢いで、その昆虫たちは青白い光を発しながら空を舞っている。昆虫の腹部の裏側に発光する器官と思しき物があり、そこから一匹当たりが放つ光量は明らかにホタルや前に出会った導蟲のそれよりも大きい。それに、中には尻から尻尾?の様な細長い管の様にも見える器官が生えている個体もちらほらと確認できた。
今、この場所は月明りと、虫たちが放つ青い光によって、ファンタジーの世界に迷い込んだかの如き幻想的な趣に包まれている。俺はまるで黄泉の国にでも誘われたかのような、どうしようもない脱力感と、自身の未来への諦観、そして、ここを最後にもう終われるかもしれないという少しの喜びを感じていた。嗚呼、きっとこれまでの生死の繰り返しは神の気まぐれの様な何かだったのかも知れない。その神もついにお遊びに飽きたのだろう。俺の頭を過るのは、そんな荒唐無稽な妄想だけ。縋りつく希望を須らく失った人間の哀れな末路だ。
海岸の奥にある森から数多くの生物たちがこちらに押し寄せて来た。数十匹単位で群れを成したケルビやガーグァ、ブルファンゴが森を抜け出し、海岸の方へ走ってくる。その様子は何処か尋常ではない。何か生命の危機を感じた様な、鬼気迫るオーラを誰もが放っている。その一の団の中には、あのアオアシラや通常の個体より二回りほど体格と牙が大きなブルファンゴが紛れており、それがこの事態の異様さを引き立てている。モンスターたちは、こちらを襲って来るでもなく、海岸から四方八方に向けて韋駄天の如き速さで瞬く間に走り去って行った。俺が奴らを認識した数瞬の後には、完全にモンスターたちの姿は消えていた。俺はあの群れを見た時、真の最期を迎えられる最大のチャンスだと思い、心が躍ってしまった。アオアシラの元にでも駆けよれば、その場の流れで引き裂かれでもして簡単に死亡できるとも思った。なのに、俺の身体は全くと言って良いほど命令を聞かなかった。俺の精神は追い詰められ、果てたいと願っていても、奥底の本能だけはまだ生きようと躍起になっているようだ。度重なる理不尽を経験し、最後の希望すらもあの海竜に踏み躙られたというのに!俺はこの矛盾に絶望する。
そんな時、大量にいた虫たちが、ある一つの方向へと一斉に飛び始めた。それと同時に、大地を踏みしめる勇猛な足音が辺りに鳴り響く。俺は思わず、その方向に目を向けた。音の主、そして恐らくこの異常の元凶たる存在が姿を現した。その姿は狼を彷彿とさせるものだが、あらゆる点において様相を異にしている。体格はあのリオレイアに迫る大きさで、全身の筋肉はそれとは比較にならない程、強靭に発達している。全身を体毛で覆われた普通の狼とは異なり、あいつの全身は堅牢な甲殻と鱗で覆われている。胴体を覆う碧の鱗、前脚から背中、尻尾までを守る黄色の甲殻、そして背中から尻尾にかけて生える白い体毛、その全てがこの青白い光を伴った月の光に照らされている。まるで、この環境の全てが奴のために存在するのではないかと錯覚させる程、威厳に満ちた威風堂々とした佇まいだ。のしのしと大地を一歩ずつ踏みしめるその緩慢な歩行さえも奴の武者然とした風格を引き立てるだけの材料となっている。月光から覗く二本の角が生えたその顔立ちはとても凛々しく、端整だった。これが神獣か何かの類だと言われれば、信じざるを得ない程の威光を奴はその身に宿している。
周囲にいた光る昆虫たちは一斉に奴の背中を目掛けて飛び始めた。それと同時に、奴は天を仰ぎ、甲高い遠吠えを上げ始めた。それからは、虫たちの飛翔はさらに勢いを増していった。奴の周りには、光の粒子がドーム状に広がっているかの様な神秘的な光景が繰り広げられている。そのドームを構成する虫たちは次々に奴の背中に向かって引き寄せられるかの如く舞っている。そして、奴は最後の雄叫びを上げる。その声は、先程までの甲高さを含みつつも、野太い野性的な力強さが前面に押し出されていた。その声が号令となったのか、次の瞬間には奴の胴体を中心として青く眩い光が弾けた。俺はその光量に耐えられず、思わず目を塞いでしまった。その直後、落雷が間近で発生した時の様な、鼓膜を破壊しかねない凄まじい轟音が鳴り響いた。目を開けると、そこには想像を絶する変貌を遂げたモンスターの姿だけがあった。信じられないことに、奴の背中は帯電しているのか、青く細い光の筋が無数にバチバチと弾け、その身体はあの昆虫たちが放つものと同じ色の光に包まれていた。さらに、背中の白毛は天を目掛けて逆立っており、全身を覆う甲殻も展開され、怒髪天を思わせる、力強くも荒々しい姿を披露している。そんな、人知を超えた生物が悠々と月明りの海岸を闊歩する様には、もはや一種の神々しさすらも覚える。
俺の中で何かが壊れた音がした。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
乾いた虚ろな笑いだけが残った。度重なる理不尽と喪失の応酬。サバイバーの人格はついに限界を迎えた。
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雷光を身に宿した無双の狩人は、その腕全体に雷を纏わせ、上体を大きく振り上げた。そして、その拳は彼の身体をいとも簡単に物言わぬ肉塊へと変えたのだった。
今回登場したモンスターは、言わずとも知れたあのジンオウガです。モンハンで一番人気と言っても過言では無いモンスターです。ジンオウガは、小説本編にも出て来た虫、雷光虫と共生することで、彼らから電気を分けてもらい、それを使って自身の身体能力を強化して戦うという生態があります。
最期に、サバイバーの人格が崩壊する描写がありますが、ARK Genesis Part1での記録では、様々なサバイバーが過酷な環境を前に壊れていく様が読み取れます。この島では、これまでに一体どれだけのサバイバーが死んでいったのでしょうか?ARKのストーリーを知ると本作品をより楽しめますので、あんまり知らないよって言う方は、ARK日本語wiki様に載っていますので、そちらも読んでみてはいかがでしょうか?
ARK日本語wiki様
https://wikiwiki.jp/arkse/%E6%8E%A2%E7%B4%A2%E8%80%85%E3%81%AE%E8%A8%98%E9%8C%B2