あれ?また目覚めたのか?何がいけなかったんだろうか?そうだ!きっと前回の死に方が悪かったんだ。きっとそうに違いない。あっ!名案が下りて来たぞ!別の何かに殺されずに自分から生命を絶てば、もう目覚めないんじゃないんだ。そうだ!絶対にそうに決まっている!これが間違っている事なんてある筈がない!それで、次に目覚めたら自宅のベッドの上だろう。夢から醒めたらきっと総てが元通りにならなければいけないんだ!ああそうだ、思い出した。明日は西洋史学のレポートの提出日じゃないか。まだ一文字も書いてないんだった。こうしてはいられない!善は急がなければ意味は無いからな!
はぁ、疲れたけど、高台に辿り着いたぞ!ここから跳べば全て無かったことになる。楽しみだ!
また間違えたのかな?そうだ、今度は斧を使おう!
そうか、答えは水の中だ!
おかしいぞ。
何が悪いんだ。
オカシイ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
side ???
システムは島の内部を常に映し出している。汚染率は問題ないだろう。それに、生態系も正常に作用している。私は島の景色を見る度、懐古の念に駆られる。
かつてヘレナがまだ島を旅していた頃、島の生態系は現在のそれとは全く異なる様相だった。かつての島は、失われた太古の生物達が時代を超えて集う楽園、もとい動物園とも言える場所だった。また、数多くの部族が鎬を削り、血で血を洗う抗争の場でもあった。だが、現在の島には往時の面影は殆ど無い。
私はある時この島の管理者とそのシステムのコードに干渉する事が出来たのだ。その結果、古代の生物たちは皆、新たに設計した屈強なモンスターたちに取って代わられ、人々も物言わぬ、文字通り魂の抜けた肉塊となり朽ちていった。もう、アルゲンタビスがあの大好きだった美しい空を舞う事が無いのは非常に残念だが、仕方の無い事だと割り切る他ない。
私は永遠に無力な存在だ。ただ待ち続けることしか出来なかった。「影の王」を打ち破る者の登場を。私は目的のため、いたずらに多くの人間を犠牲にした。数百、数千、数万?今となってはその数すらも思い出せない。死を乗り越えられる者、「挑戦し続ける者」を産み出し、何度も学びを継承させ、最後に奴にぶつけるという戦略、これ以上のものを私は思い付かなかった。だからこそ、私は多くの人間を実験体にし、死後、新たなクローンにインプラントを通して記憶と人格を移植しようとした。しかし、どれだけの試行を行おうと、まったく同じ物を作る事は叶わなかった。皆、自我を失い生きながらに死んだ人形へと変わり果てていった。私は数千年の間、時間という概念が曖昧なものに変わり果てるまでの間、ひたすら繰り返し続けた。そして、漸く彼の番で成功したのだ。
いま、海岸で虚ろな目をして彷徨う彼は、ある種の狂気に飲まれかかっている。しかし、幸いなことに、彼には僅かな人間性が残っている。彼までも死んでいった者達やロックウェルの様に哀れな存在に変える訳にいかない。私は計算を開始し、彼を導くための準備を始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
side 桃園裕太
何かいるのか?朦朧としていた俺は、突如こちらへ漂ってきた黄色い粒子によって現実へと引き戻された。見覚えのある虫たちが俺の周りに集まっている。何だったかな。そうだ、導蟲だ。もしかして、俺を探し出したのか?真相は不明だが、俺は直感的にそうなのではないかと感じた。彼らは最初に出会ったときと同様に、俺の周りを漂っている。しばらくした後、彼らはあの時と同じように飛び去って行った。俺は無意識にただ、彼らの事を追い掛けていった。
そうして、たどり着いた先は大海を望む丸みを帯びた崖の先端だった。虫たちはその崖の下に降りて行った。あいつらは俺をどこに連れて行くつもりなのだろうか?まさか俺をこの崖から突き落とすつもりなのか?我ながら酷い被害妄想だ。このまま、ここでじっとしていた所で、現状は何も変わらない。日本に帰れないのなら、もうこの魔境でモンスターたちに怯えながら生き続ける理由も無い。それならば、いっそ風に身を任せてみるのも一興かも知れない。そして、俺はこの断崖から一気に跳び降りた。
そんな俺を待ち受けていたのは、精巧に加工された直方体のタイルが組み合わされてなる石の床だった。落下した高さはせいぜい人ひとり分程度だ。多少足腰にくる物はあったが、動けなくなる程致命的な痛みではない。導蟲たちはこの人工物の上に置かれた、ある物を指し示していた。どうやらこれを俺に見せたかったらしい。それはこの一面の大自然には似つかわしくない代物、コンピューター端末だった。端末と言っても、パソコンの様な既知の物ではない。SF情緒が漂うどこか近未来的な外見の見た事が無い物だ。古式ゆかしい石畳の上に時代を千年も間違えた様なハイテク機器が安置されているのは、かなり違和感が強いものだ。その水色の画面の中央には左腕のインプラントと同じ造形のオブジェクトが映し出されている。操作方法はよく分からないが、取り敢えず画面を触ってみよう、何か変化があるかも知れない。そう考えた俺は、画面にタッチした。その時だった。周囲の景色は暗転し、気付けば何も無い真っ暗な空間に俺は一人佇んでいた。
ここに来るのは初めてではない気がする。そんな心当たりなど何処にもないにもかかわらず、俺は漠然とそう感じるのだ。それに、どうしてかこの空間は落ち着くし、居心地が良い。この久方振りに感じた安堵感と、これまでの生活の中ですっかり染み着いていた緊張感との間にあるギャップに俺は戸惑ってしまう。この空間は何なのだろうか?疲弊しきった精神が見せる都合の良い甘い幻覚なのか?そういった疑問が俺の中に沸々と湧いて出てくる。
答えの出ない堂々巡りを繰り返す中、突如として彼女は現れた。青白い光の筋が形作る人型のシルエット、それが今俺の目の前に現れた彼女だ。彼女は俺に語り掛けてきた。その音声は俺の耳に鮮明に響く。
「きちんと計算通り、来てくれたようだね。」
彼女が何の話をしているのか、またどういった存在なのか俺には要領を得ない。なのに、何故だか彼女とは初対面ではない気がする。生命体とは異なる異質な存在、ある意味ではモンスターよりも非現実的な印象を受ける。もしかすると、俺が島に流された過程と何か関係があるのだろうか?島に漂流してからずっと気になっていたことであり、ずっと目を背け続てけて来たことでもある一つの疑問が俺の頭に浮かび上がってきた。だからこそ、俺は彼女に尋ねる。
「あなたは一体、何者なんですか?それにこの島はどこにあるんですか?そして、何故俺がこんな所に連れて来られなければならなかったんですか?」
俺は気が付けば、捲し立てるように、彼女に迫っていた。だが、彼女はそんな俺の様子を気に留めること無く、淡々と答えた。
「私は何者かという質問ね。そうね、今の私は”待つ者”とでも言っておこうかしら。私は永い時間あなたを待ち続けていた。」
どうやら彼女は簡単に素性を明かしてはくれないらしい。それに、俺を待ち続けていたという発言についても、何故そんな必要があるのかとか、どうして俺の事を知っているのかといった、核心に迫る重要な情報は読み取れない。俺は思わず顔を顰めてしまう。
「何も理解できないという顔ね。でも、申し訳ないけれど今私の口からあなたの知りたがっている情報を言う事は出来ないわ。それはあなた自身が発見すべき事柄だから。島の所在についても、あなたがこの島にいる理由についても同様にね。」
飽くまでも話せないという事か。だが、俺が発見すべきとはどういう事なんだ?彼女は俺に何を望んでいるんだ?それに、その口ぶりだと彼女はその答えを既に知っているという事になる。結局何も分からず仕舞いか。だが、最後にこれだけはどうしても知らなければならない。何としてでも聞き出さなければ。俺は振り絞るように喉元からその言葉を捻り出す。
「他の事が答えられないのなら、それでも構いません。でも、これだけには答えて下さい。もし、俺がそちらの要求に従えば日本に、家族の元に帰れるんですか?」
俺は藁にも縋る思いだった。この事について彼女が満足な回答をしてくれる保証は無いし、もしかすると彼女ですらその可否に関して知らないという可能性だってあり得る。彼女の次の発言を待つ間、俺の心臓が張り裂けんとばかりに、その鼓動を強める。内面が強い不安感と僅かな希望で満たされてゆく。この沈黙が何よりも恐ろしい。俺は今か今かと彼女の次の言葉を待つ。きっと大丈夫だ、と俺は何度も自分に気休め言い聞かせ、平静を保とうとしている。しかし、彼女の言葉は俺にとって最も残酷な物、まさに処刑宣告とも捉えられる凶器だった。
「それは、…もう出来ないわ。あなたには本当に申し訳ないと思っている。あなたの望みも理解しているわ。でも、それはどうあっても不可能なことなの。」
それは俺が最も聞きたない事実だった。俺は膝から崩れ落ちた。嘘だ。嘘に決まっている。これまでの経験から薄々と気付いていたが、それでもこうして面と向かって突き付けられた時のショックは計り知れない。俺はどうにかして都合の良い方向に思考を進めて自分自身を守ろうとする。だが、その度に彼女の言葉が脳内で反芻し、思考は掻き消される。涙が、全身の震えが、不快な汗が、動悸が、全部何もかもが止まらない。俺はこの場で蹲って、幼子の様に泣き喚くことしか出来なかった。
しばらくしたら、その感情は怒りへと変わっていった。それは、どうする事も出来ない理不尽へのやり場のない怒り。どうして俺だったんだ?どうして大切な存在を奪われなければならない?俺の人生は何だったんだ?そんな怨嗟の念が心を支配する。気付けば、俺は立ち上がり声を荒らげていた。
「帰れないだと!人様を勝手によく分からん島に連れ込んでおいて、よくそんな口が叩けたな!お陰でなぁ、俺の人生はもう滅茶苦茶なんだよ!一生あんな化け物だらけの島で暮らし続けろだと!ふざけるのもいい加減にしろ!お前に死ぬ時の痛みが分かるか?何回も何回も全部奪われた時の辛さが分かるか?俺は家族にまた会いたい一心でここまで生きて来たのに!分かるわけねぇよなぁ!お前みたいな人間もどきには!」
俺は内にある怒り、憎悪、溜め込んで来た全ての汚い感情を吐き出した。そんな事をしても現状が変わるでも、ましてや家族の元に帰れるゆえもないのに。ただただ虚しいだけだった。そして、目の前の彼女はどこか悲し気な声色で応えた。
「人間もどき…そうね、私は今となってはあなたたち、サピエンスとは異なる存在ね。確かに、その感情の多くは、永い年月を経てもう理解できなくなってしまった。でもね、これは必要なことなの。あなたには申し訳ない事をしたし、私は他にも数えきれない人々を犠牲にしてきた。それでもね、私の、先達たちの、かつての英雄たちの悲願を達成するためにはこの方法しか無かった。」
その真剣な語りからは、彼女にも並々ならぬ事情がある事が察せられた。彼女はきっと何か大きな使命を背負っていて、なおかつそれに誠実なように思える。だが、それはそれだ。どんな事情があろうとも、一人の人間を破滅させ、怪物の餌にするなど許されるはずがない。モヤモヤとした感情が決して晴れることは無いまま、彼女はさらに続けた。
「かつての私もあなたと同じだった。島で目覚め、冒険し、やがて真実に辿り着いた。でも、私は多くを成し遂げることは出来なかった。今の私は何も出来ない無力な存在でしかない。だから、あなたに全てを託すしかなかったの。」
彼女の悲壮な語り口に負け、俺は思わず尋ねてしまった。
「その、先程は声を荒らげて罵る様な真似をして申し訳ありませんでした。きっとそちらにも止むに止まれぬ事情があるのだと思います。その、この島では一体何が起こっているんですか?あのモンスターたちの存在は明らかに生物として常軌を逸しています。そんな島に一介の大学生を送り込むだなんて、どれほど切迫した理由があったにせよ悪手でしかないでしょう?」
俺の問いかけに、彼女はやや逡巡してから答える。
「さっきも言ったように、私の口からそれら全てを話すことは出来ない。あなが自分自身の目で確かめなければならないの。あなた自身の成長のためにはね。ただね、ヒントなら与えられる。確かにあの島に巣喰うモンスターたちは人間など物の数に入らないくらい強大で残酷な存在よ。でもね、同時に彼らはどんな存在よりも人間に従順で忠実な生物でもある。きっと彼らはあなたが島で闘う時、探索する時、何かを作る時、あらゆる局面において、あなたの助けになる。これだけは確実に言えることよ。多くの仲間を作りなさい。あなたは彼らの力を嫌という程理解しているはずよ。だからこそ、彼らの力をその手中に収めなさい。」
結局のところ、俺にはもう島で生きる以外の選択肢は無いという事か。納得出来るはずがない。割り切る事も到底出来ない。それ程までに失うものが大きすぎる。それでも、覚悟を決めなければならないのは薄々理解している。ここで何もせずに永遠に生と死を輪廻し続けるか、それとも、苦難に立ち向かい何処とも知れぬ地点を目指しひた走り続けるか。どちらにせよ、俺にとっては救い用の無い選択であることは明白だ。だが、それを踏まえても決定は下さねばならない。思えば、あの時の記録の中のウォーカー博士も俺と同じ選択を迫られたのかも知れない。あの断片的な記録からは、その葛藤は伺い知れない。しかし、一つだけ言えるのは、彼女はここで言う後者を選択したということ。前進するにせよ停滞するにせよ死地に身を置いている事に変わりは無い。ならば、選択は最初から決定付けられていた様なものだ。もはや覚悟を決める他ない。そんな俺の様子を察したのか彼女はさらに続ける。
「あなたはヘレナの記録を見つけのね。素晴らしいわ。ヘレナだけではない、この島にはもっと多くの先人たちの記録が眠っているわ。それらは必ずあなたの道しるべとなる。先人たちの事績から多くを学びなさい。そして、その知恵をあなた自身の力に変えるの。そして、いつの日か私を見つけて欲しい。あなたならきっと出来る。あなたこそが"サバイバー"なのだから。」
彼女が言い終えると、俺の視界はホワイトアウトし、気が付けば元の石畳の上にいた。まだ消化しきれない部分はあるが、幾ら俺が喚いた所で現状が好転することなどない。時として、行雲に身を任せなければならない場合もある。不幸中の幸いと呼ぶには余りにも代償が大きいが、彼女、「待つ者」との邂逅により、この島で生きる上で有益な情報を得ることが出来た。俺は天高く聳え立つ赤いオベリスクに目を向ける。これまで、俺は敢えて見ないようにしてきたが、いずれあれについても知らなければならないのかも知れない。もう俺に逃げ場は用意されていない。俺はグッと拳を握り締めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「やっぱり、そうだ!」
崖の上から聞き覚えのある懐かしい声が聴こえた。
今回の裕太君の視点では「待つ者」は悪役の様にも見えますが、彼女には彼女なりの葛藤や使命があります。そんな彼女の物語はARK本編のエクスプローラーノートやそれらをまとめてあるサイト等で確認できるので、気になる方は是非ご確認ください。
さて、今回で長かったチュートリアルは終了し、次回から本格的にARKの世界の冒険が始まります。まだ見ぬモンスターや島に隠された謎など新たな展開をご用意しておりますので、次回以降もお楽しみにお待ち頂けると幸いです。