それでは、本編始まります!
オベリスクがある岬からギガノトサウルスの頭骨を隠しておいた岩陰まで戻って来た。骨を入れた箱は無事だった。特に荒らされた形跡はない。それが確認出来ると隆翔は物凄く安堵した様な表情を浮かべ、胸を撫で下ろしていた。俺たちは箱を丁寧に持ち上げ、拠点の方角へ歩みを進めた。
重い箱を揺らさないよう気を遣って歩くのは中々にしんどい。歩いても、歩いても一向に進んだ気がしない。そのうえ、箱の重量が肩にモロにのし掛かっている。だが、落としてはならないので、とにかく意志を強く持って震える腕をなんとか同じ高さで保とうとする。
涼しい顔をして箱を持ち続ける隆翔とは裏腹に、一人奮闘していると、周囲の警戒を行ってくれていた秀夫が急に大声を上げた。
「二人とも!速くそれを捨てて逃げるんだ!」
秀夫が声を張り上げるのは珍しい。何か重大な危機が起こったのか?呆気に取られていると、その元凶はすぐに現れた。背後からバサバサと凡そ普通の鳥の物とは思えない音量の羽ばたき音が聞こえた。モンスターか?!こんな状況で現れるなんて!
初動が遅れた。箱を地面に置いて、身軽になった瞬間には、既にモンスターは地に舞い降りていた。
俺たちの目の前に出現したのは、奇妙な鳥の様な姿をしたモンスターだった。翼や胴体など身体の大部分は鮮やかな黄緑色の皮膚に覆われており、翼の前縁部には紫色の鱗が生えている。尻尾は平たくて細長い団扇の様な形をしており、見方によってはビーバーの尻尾に似ているようにも思える。喉元から胸にかけては大部分が赤く、また胸部はややせり出している。両翼の先端、人間で言うと親指に当たる部分には、火打石を思わせる色をした肥大化した爪が生えている。俺が知っている鳥とは、大きくかけ離れた姿ではあるが、背中からは紫色の羽毛が覗き、辛うじて鳥らしさを保持している。嘴は全体が黄色く、アヒルのそれを縦に伸ばした様な形状をしているが、その狭間からは鋭い歯が見え隠れしており、その様はこいつが紛れもなくモンスターである事を俺に強く意識させる。全長は8 [m]程だろうか。リオレイアより一回り小さく、あちらと比較するとこぢんまりとした印象はあるが、直立した体勢になっているためか、体高は高くリオレイアと同程度はある。そのためか、間近にした時の威圧感は中々のものだ。
「あ、あれがモンスター、なのか。」
隆翔は初めて目にする巨大なモンスターに恐れ慄いている。なんとか立ててはいるが、脚は震え、額からは多量の冷や汗が滝の様に流れている。秀夫は腰を抜かしてその場で動けなくなっている。このままでは最悪の場合、二人ともお釈迦になりかねない。二人にあんな苦しい思いをさせて良いのか?否、それは絶対に駄目だ。ここは俺が二人の身代わりになる。死ぬのが怖くない筈はない。あの鳥の姿が目に映る毎に過去の数々の痛みがフラッシュバックする。同時に俺の中の悪魔は甘く囁く。今ならまだ逃げられると。だが、それと同時に僅かばかりの人間性も最後の問い掛けを行ってくる。二人と出会った時の事、みんなで馬鹿やった事、たまに喧嘩した事、幼稚園の頃から今日に至るまでの俺たちの思い出が頭を過っていった。二人を見捨てて自分一人助かるなんて非道な行いなど、俺に出来る由は無かった。俺は爪が食込む程拳を強く握り締めた。そして、俺は二人を、庇う様にして前へ躍り出た。
「ふ、二人とも、は、早く逃げるんだ!まだ間に合う!」
俺は呂律の回らない舌をどうにか動かして叫ぶ。
「そ、そんなこと、出来るわけ!」
隆翔は異議を唱える。しかし、事態は一刻を争う。だからこそ、俺は更に語気を強めた。
「早くしろ!秀夫を抱えてとっとと行け!」
不運とは続くものだ。長い首を前後に動かしながら海へ向かって歩んでいたあの鳥がこちらを視界に捉えてしまったのだ。やつがこちらに向くなり、元から赤かった喉元はより赤味を増し、風船の様に膨らませて吠え始めた。明らかに威嚇されている。ということは、やつは確実にもう直こちらへ向かって来るだろう。最早なりふりなど構っていられない。俺は目一杯息を吸い、渾身の叫びを張上げた。
「おーい!こっちに来やがれっ!」
同時になるべく二人から離れた場所目掛けて全力で走り出した。背後から「止せ」という声が聞こえたが、俺は振り返らずに進み続ける。目論見通りと言うべきか、あの鳥は俺に釘付けになった様だ。やつは翼を振り上げ、小さな歩幅でなおかつ脚を小刻みに動かすという独特な走行フォームでこちらへ迫る。これで良い。この状況ならば、二人がやつの視界の外側にまで逃走するだけの時間は稼げる筈だ。そう思っていると、予想外の出来事が起こった。
「オラッ!もうどうにでもなれ!」
野太くハリのある声が周囲に響き渡った。この声の主は隆翔だ。隆翔はいつの間に拾ったのやら、手中に複数の撒菱にも見える鋭利に尖った物体を包み込んで、それを掲げた後地面に向かって投げつけた。三叉状に広がった葉っぱのような淡い緑色をした鋭い針が三つ、四つと、この砂浜に現れた。その様はさながら時代劇のワンシーンの様であった。だが、あの撒菱をよく見てみると、僅かではあるがウネウネと動いているのが見て取れる。虫か何かなのか?とにかく、隆翔は俺の身を案じてくれていたのだ。自分から脅威が離れつつあった状況下にもかかわらず、己の身を挺してでも敵を引き付ける程に。お互い様という訳か。親友の胸の内すら考えずに独断で先行してしまった自分が心底情け無い。俺から隆翔までの距離は100 [m]はある。あの鳥との速力の差を考慮すれば、今から俺が全速力でダッシュしたとしても恐らく間に合わない。指を咥えて友人が蹂躙される事を見る他ない現実に俺は押し潰されそうになる。済まない、俺がもっとしっかりしていれば。これから繰り広げられるであろう惨状に俺は目を覆った。しかし、現実はそんな予測とはかけ離れた方向へと流れてゆくのだった。
同じ直線上にいた二人は、奴の突進の餌食に、なるかに思われた。俺は思わず瞼を閉じた。二人の断末魔が響、く事はなかった。代わりに奴の痛がる様な呻き声が辺りに木霊したのだった。その瞬間俺は目を開ける事が出来た。なんと、奴は、隆翔がバラ撒いた撒菱を踏んづけ、怯んだのだ。これで急場は凌げたのか?撒菱の形をした虫みたいな生物はあの巨体の下敷きになったにも関わらず、一切の傷を負っていないようで、何事も無かったかかの様に地面の中に潜り、消えてしまった。
あの鳥は隆翔と秀夫の方を恨めしい様な目付きで睨んでいる。先程の一撃を痛がってはいたが、大したダメージにはなっていない。隆翔の機転のお陰で運良く一撃をお見舞いする事が出来たが、状況は好転しなかった。むしろ、相手を怒らせてしまい、より大きなピンチを招いたのだ。だが、あの怯みが無ければ二人が無事では済まなかったのもまた事実だ。だからこそ、あの場では僅かばかりの可能性に縋って投げられる物は投げる他、選択肢は存在しなかった。結局の所、今の俺たちではどんな手を打っても数瞬の延命にしか漕ぎ着けないのだ。俺たち三人はそんな非情としか言えない現実をむざむざと突き付けられる。やはり、強大なモンスターの前には人間が幾ら知恵を絞り出しても無意味なのか?俺たちの生殺与奪は目の前のモンスターに完全に掌握されている。せめて二人だけは守りたい、その決意は果たせないようだ。モンスターを目の前にして無力感に苛まれるのはもう何度目なのだろうか。いつまでも現状を変えられない自分の不甲斐なさがもどかしい。
自然は時として人に許しを与える事もままあるらしい。眼前の鳥は喉元を赤く染め、風船の様に膨らませた。それと同時に扁平な細長い尻尾も赤みを帯び、正しく扇の様な要領で広がった。それから一瞬の間を置いた後、どこか掠れた、だが威圧的な咆哮が辺りに轟いた。忘れもしない。その声はあのリオレイアと酷似した物だったのだ。だが、それはリオレイアよりも野太くどこか男性的な印象を持つ点において異なっていた。慌てて周囲を見渡してみるが、それらしき影はない。間違いない。正真正銘、あの鳥が放った音なのだ。咆哮を上げた鳥は突如として飛翔し、いつの間にかこの場から姿を消していた。余りにも突然の出来事で面食らってしまったが、俺たちは助かったのだ。張り詰めた緊張の糸が切れ、体中の力が抜けてゆく感覚がする。取り敢えず、二人が無事で何よりだ。
「祐君、ごめんね。僕、怖くて何も出来なかった。」
秀夫が謝罪の言葉を口にした。だが、無理もない事だ。俺も最初にモンスターと遭遇した時は、腰が抜けて動けずに只々蹂躙されるだけだった。むしろ、あの場で声を上げて知らせられただけでも十分だ。
「それを言うなら俺の方もだ。最初に動けないばかりか、裕太に危険な役割を押し付けてしまった。そもそも俺がギガノトサウルスの頭骨を持ち帰ろうと言わなければこんなことにはならなかったのに、すまない。」
隆翔も同様に気にしているようだ。
「とりあえず、さ。こうして三人とも無事なんだから言いっこはなしにしようぜ。俺だって、二人よりは島に慣れてるからホントは色々先導しなきゃいけなかったのに何も出来なかった訳だし。みんな反省ってことで今日の所は一旦終わりにしようぜ。」
俺がそう言うと、二人の表情は緩み、沈んでいた空気も幾らか軽くなった。それによって、今回は本当に助かったのだという実感が湧き、胸が熱くなるのを感じた。ここで、一つ気になった事を隆翔に尋ねてみる。
「そういえば、さっき隆翔が投げてたの何なんだ?」
「ああ、あれは秀夫がオベリスクの操作をしている時に、手持ち無沙汰だったから近くの岩場を探してたら見つけたんだ。多分昆虫の類っぽい。手頃なサイズだったから持って帰って観察でもと思ったんだ。まぁ、あそこまで頑丈だったのには驚かされたが。」
やっぱり虫だったのか。それにしてもモンスターを一瞬だけとは言え、足止め出来るその底力には驚嘆させられる。今回は偶然だったが、ああいった小型の生物を上手く利用すればモンスターに対抗出来る可能性は十分に有り得るんじゃないか?あの虫だけではない。これまでに遭遇した種類も含めて組み合わせて使えば時間を稼いで逃げるくらいの戦況になら持ち込めるかも知れない。ほんの一筋だが、確かな希望を見出す事が出来た。そういった意味でも今回の調査は有益だったと言える。
それから、俺たちは頭骨の事を思い出し、急いでその在処に駆け寄った。残念なことに、箱ごと奴に踏み潰された様で中の骨は原型を留めない程にバラバラに砕け散っていた。仕方の無いことではあるが、隆翔も秀夫も落胆の色を隠せない様子だ。貴重な資料の価値が分かるだけに、失われた瞬間のショックは計り知れないのだろう。俺もその気持ちは痛い程に理解出来る。これ程質の良い標本はおいそれと入手可能な物ではない。こんな海岸を少し掘り返した位で発見出来たのは正に奇跡と言っても過言ではない。隆翔は骨の残骸をおもむろに漁り出した。何かをあるのだろうか?その意図が分からず疑問に思っていると、隆翔は数本の歯を取り出した。どうやら牙の何本かはまだ元の形を保っているようだ。
「全体像が崩れたのは残念だが、最悪これだけあればまだ調べようはある。日が暮れるぞ。そろそろ帰ろう。」
空は夕日を携え、この島は夜を迎えようとしている。何時までもここにいる訳にも行かない。俺たちは拠点へ向けて再び歩み出した。そう言えば、あの鳥が最後にリオレイアに似た声を出したのは一体何なのだろう?自分より強いやつの鳴き声を上げて俺たちを驚かせようとしたのだろうか。それとも、あの撒菱の形をした虫にビビって逃げ出す時の、負け惜しみの最後っ屁みたいな物なのだろうか。ともあれ、今はそう深く考える必要は無い。あって欲しくはないが、仮に奴ともう一度遭遇すればその辺りのつっかえは自ずと解消されるだろう。今はこの現実を喜ぼう。
そう考えていた矢先、空の上から飛来する影が一つ。それはどこか血相を変えた落ち着きのない様子で乱暴に着地した。そのシルエットは薄暗い夕暮れの中でも異様なまでに圧倒的な存在感を放っている。あの鳥ですら可愛く見えるその姿は、将にワイバーンそのもの。
「り、リオレイアだと!」
どうやら俺たちが自然からの赦しを貰うにはちょっとばかり時期尚早だっだようだ。
今回登場したモンスター・環境生物は、クルペッコ、マキムシです。クルペッコは現状MH3シリーズにのみ登場する鳥竜種のモンスターで、他のモンスターの鳴きまねをして呼び寄せるという厄介な性質を持っています。呼びよるモンスターはリノプロスやメラルーといった小型からドスジャギィやリオレイア、果てはイビルジョーまでと油断なりません。最後に登場してから10年以上が経過しているので、そろそろ復活しても良い頃合いなのかなとも思いますが(笑)
また、マキムシはMHRiseに登場する環境生物の一種で、その名の通り、撒菱の要領で地面にばらまくことで使用できます。一応、確定で怯みを取れますが、他が余りにも強力すぎてイマイチ活躍の場が少ないなぁと個人的には思っております。