side秀夫
眼下で繰り広げられる凄惨な光景に僕は何も出来ずにいた。正直言って、僕は浮かれていた。ドスジャグラスに丸呑みにされて死んだ後は、何をするにしても怖かった。森の中で少しでも物音がすると動悸がするようになってしまった。時折あの噛まれた時の感覚が反芻する事もあった。でも、ドスランポスを倒してから、翼竜をテイムして空を飛べるようになってから、それらは収まっていった。これまで絶対的な存在だったモンスターと闘えたこと、逃げられるようになったこと、これが僕を安心させたんだ。それからは沢山の動物をテイムしたり、物資が潤ったりして色々と上手くいっていた。そのせいで良くも悪くも僕が身近に死を意識する機会は無くなっていたんだ。
あの巨大なヤドカリに真っ二つに裁断された友人の亡骸は僕にこの島の厳しさを思い出させた。もし、僕があの時油断してガミザミの攻撃を受けなければ、裕君はこんな事にならずに済んだかもしれない。あのヤドカリは自らの両鋏を掲げて威嚇している。その鋏は鎌のように湾曲しており、しかも金属の刃物を彷彿とさせる程に鋭い。あの鎌が振り上げられた時、金属が削れた様な音が鳴った。慣れ親しんだ音のはずなのに今はそれがむしろ恐ろしかった。このままでは翼竜たちが降りられずに、まだ下にいる隆君やオリバー君が危ない。何か、何か取れる手段は無いのか?頭の中が一杯になって何も考えられない。
ふと右腕に違和感を感じた。腕に止まったマルドローンが脚をピクピクと動かしている。僕にはその様子が語り掛けて来ている様に思えた。そうだ。片足を怪我して碌に使い物にならない僕でもまだ出来ることはある。
「ありがとう。それと、ごめんね。僕の代わりに二人を助けてあげて。」
僕は攻撃的の口笛を吹き、マルドローンをあの青いヤドカリに向かわせた。間一髪だった。ヤドカリは7,8 [m]は明らかにある。外骨格生物ならば本来有り得ない大きさだ。なのにも関わらず、脚は機敏に動き、鋏による斬撃は視認できない速度で放たれている。一発の縦切りが隆君を襲った。運良く避けられたみたいだけど、咄嗟の動きだったためか、沼地のぬかるみに足を取られ、もはや二発目に対処できる体勢ではない。オリバー君もガミザミの群れに囲まれており、助けに行くのは不可能だろう。巨大ヤドカリはそんな隆君の隙を見逃す筈はなく、地面に刺さった左鋏を意に返すこともせず、右の鋏を振り上げた。寸でのタイミングでマルドローンはヤドカリの顔面を急襲した。大きなダメージは与えられなかったものの、意識を反らす事には成功した。ヤドカリは頭上を飛ぶマルドローンに釘付けで、なんとか撃ち落とそうと鎌を振り回しているが、当たる様子はない。
僕は追従の笛を吹き、マルドローンを呼び戻した。一先ず成功だ。巨大ヤドカリは攻撃が届かない空中にいる僕に釘付けになっている。その間に二人がメルノスに乗れれば、この場から離脱できる。欲を言えば、裕君の遺体や遺品を野晒しのままにはしたくないのだが、この状況では悠長に回収することなどまず不可能だ。僕は裕君に心の中で謝って、移動笛を吹こうとした。その時だった。
突如として高圧の水流が僕を目掛けて飛んで来た。それを認識出来た瞬間には僕の身体はメルノスの脚から離されていた。僕は咄嗟に怪我をしていない方の脚を突き出した。しかし、それが災いした。その足から地面に叩き付けられたことで、とうとう両足が使い物にならなくなってしまった。そして、僕の隣には胴体にバカ穴の開いたメルノスの亡骸が横たわっている。僕は自分の末路を嫌でも理解させられた。僕は最後の抵抗、とは言えないかもだけど、マルドローンに未だ空中に浮かんでいるホルクへの追従命令を出した。現状では僕よりもこの猟中の方が戦力としての価値は高い。だからこそ、せめて生き残って二人の助けになって欲しい。そして、次の瞬間には金属音と共に僕の首は胴体と泣き別れしていた。
side隆翔
秀夫と猟虫の活躍によって俺たちは退散出来たかと思った。だが、事はそう上手く推移する物では決してなかった。なんと、あの青いヤドカリ、ショウグンギザミの尾節から見るからに超高圧だと分かる噴流が発射されたのだ。俺はその光景に呆気に取られ、翼竜を呼ぶことさえも忘れてしまっていた。次の瞬間には秀夫は首を斬り取られ、一瞬のうちに息絶えてしまった。あれは正に死神だ。もはやここから生きてなど帰れない。そんな錯覚さえ起こる程に眼前の存在は強大で、そして異質だ。まったく誰がこんな凶悪な甲殻類が生息していると予想出来ると言うんだ。駄目だ。ここで弱気になっては駄目だ。俺の懐の中にあるプラントXの種子、これだけは何が何でも絶対に持ち帰らなければならない。これを失ってしまったら、裕太と秀夫の死を無駄にすることになる。俺は抜けそうになる力を再び足に込める。
違和感に気付いた時には俺は宙に打ち上げられていた。地面を踏みしめているのにも関わらず、直下に土が無く、足が抜けて行ったのだ。それに気付いた時には、地震が起こった時のように地面が大きく揺れ、その中から黄色の甲殻に全身を包まれたリオレイアを超えるサイズの大蛇が姿を現した。大蛇とショウグンギザミはお互いに威嚇し合っており、今にも戦い始めそうな様相だ。幸いなことに俺は、両者から離れた位置に落下した。だが、両足は骨折し、動けない。痛みの所為で、無意識に息を吐き続けており、もはや口笛も吹けない。オリバーが俺のメルノスに命令してくれたのか、今にも俺の肩を掴もうとしてくれている。肩に乗ったエンエンクだって無事だ。あの大蛇もショウグンギザミも縄張り争いに夢中で俺たちは蚊帳の外だ。今ならまだ逃げられる。
安堵したのも束の間、またしても事態は起きた。大蛇が円盤状に広がった尻尾を振るうと、無数の甲殻にも思える程の硬さと厚みを持つ鱗であろう器官があれを中心に放射状にばら撒かれた。不運にも、その一つが俺の腹部に命中し、突き刺さる形となってしまった。甲殻は鋭く、脇腹に深く突き刺さっている。それでも、姿勢は乱れつつもメルノスは離陸し、徐々に高度も上がっている。しかし、飛び上がってしまったのがむしろ仇となってしまうとは予想だにしなかった。大蛇は、あのリオレイアすらも上回る音量の咆哮を上げた。俺のメルノスはその音に驚いたのか姿勢を崩し、墜落してしまった。俺の腹に刺さった甲殻は先程の音波によって共振を起こしたのか、グラグラと体内を抉りながら揺れた。あまりの痛みに目の焦点を合わせる事もままならない。大蛇の咆哮の周波数は高くなっていく。そして、それがピークに達すると俺に突き刺さった鱗は体内で破裂した。地面には俺の物と思われる血液が散乱している。メルノスは甲殻の破裂に巻き込まれた影響で負傷し、飛行不可能な状態に追い込まれている。万事休すだ。俺は決死の形相でオリバーにアイコンタクトを送った。すると、何かを察したのかオリバーは再び地上に降りて来てくれた。
「た、頼、む、これを、拠点、まで、」
俺は最後の力を振り絞ってプラントXの種子をオリバーに託した。オリバーは何も言わずに頷くと、迅速にメルノスに掴まり、裕太のホルクを追従させて、拠点がある方向へと飛び去った。これで良い。あの種を失ってしまえば、この遠征が、二人の死が無駄になってしまう。ならば、せめて無事な者が送り届けるべきだ。また気が付けば拠点のベッドで二人と再会していることを祈る。俺は震える手に鞭を打ち、二度、三度と手拍子をした。これでエンエンクがガスを出してくれるはずだ。これでしばらくは、万が一にも二匹のモンスターの敵意がオリバーの方へ向くことはないはずだ。エンエンクにメルノス、すまない。俺たちの勝手な都合でテイムしたにも関わらず、最後まで飼い主としての責任を果たすことができなかった。気が付けば、俺は大蛇が形作る円環の中に囚われていた。それにしても、嘴の付いた蛇か。本当にこの島の生き物は分からない事だらけだ。まあ、そのまだ見ぬ一端を見られただけでも良しとしよう。珍妙な形質の大蛇に噛まれるというのも、記念になると考えれば安いものだ。そう考えると、俺はそっと目を閉じた。
今回登場したモンスターはガララアジャラです。2013年に発売されたMH4が初登場のモンスターで、現状では亜種などのバリアント種を除けば唯一の蛇竜種の大型モンスターです。当時を経験したハンターの方は色んな意味で印象に残っていると思います(笑)。私はMH4時代はこいつの片手剣を作ってたまにオンラインに潜っていました(双剣使いなのに)。