side裕太
目が覚めると俺は拠点のベッドに横たわっていた。その様子は、さっきまでの沼地の光景が全て夢だったのでは錯覚させる。だが、この誰もいない閑散とした拠点と、毎回恒例の衣服を失ったパンツ一丁の姿がそうではないと訴える。みんなはまだ沼地にいるのだろうか。あの後無事にやり過ごせたのだろうか。俺はどうしようもない不安に駆られ、家の外をうろついては、空の向こうを見上げるという無意味な行為を続けていた。正直今から沼地へ一人で向かうのは難しい。代わりの翼竜がいない以上、徒歩で行くか、アプトノスのラッキーを頼るしか俺の移動手段はない。そんなことをしても間に合うとは限らないし、もしみんなが無事でも入れ違いになって無駄な心配を掛ける可能性だってある。それならば、みんなを信じて大人しくしているのが吉だろう。そんなことを考えて無理やり自分を納得させる。
外にいても仕方が無いので、俺はカモシワラシのキナコと戯れつつ、家の中で物資の整理などをして気を紛らわせている。キナコと触れ合う時は鼻がむず痒くなってしょうがないが、可愛らしいからつい構ってやりたくなるのが悩ましい所だ。カビの胞子が舞うから部屋の中だと気軽に撫でられないのがもどかしい。
しばらくそうやって過ごしていると、部屋の中に突如として青い粒子の様な物が現れ、漂い始めた。光の色合いは雷光虫が放つものに極めて似ている。ジンオウガが出現した時の状況が頭を過り、俺は思わず身構えてしまう。だが、光の様子をつぶさに観察してみると、雷光虫と決定的に異なる点を見つけられた。それは、光源となる発光体が目に見える形で存在しないという事だ。当然この光の正体は導蟲でもない。それに加えて、周囲にはモンスターの鳴き声や、巨体が歩行する時に特有の振動は発生していない。そこから考えるに、この光はモンスター由来の物ではないと思われる。この現象の正体はまるで分らず、不気味だ。この光を見たからと言って俺の身体に何らかの異常が生じてはいない。キナコについても同様だ。であれば、今の俺に出来ることはこれから何事も起こらぬよう祈る事だけだ。
光の粒子は時間が経つほどにその数を増している。そして、俺の視界を埋め尽くす程にまで増加した瞬間、家の中は眩い白い光に包まれた。それは一瞬の出来事だった。青い光の粒子は消えていた。部屋の中に大きな変化は見られない。何かが無くなった訳ではないし、ましてや何かが壊れたという事も無い。ただ一つの点を除けば拠点はいつも通りだ。
あれから、屋内の見回りを行っていると、ベッドの一つに見覚えのある人物が眠っていた。秀夫だ。俺はずっと家の中にいたが、ドアが開いた事は無かった。それは勿論、あの光が現れた最中にあってもだ。すなわち、秀夫は今この瞬間にワープして来たことになるのだ。信じられない物を見てしまったという感覚と同時に、どこか納得してしまう自分がいた。恐らく過去に俺が死んだ時も毎回今の秀夫と同じプロセスで復活していたんだろう。それにしても、テレポートか。オベリスクや供給品クレートなんかも21世紀の技術水準と比較するとトンデモな代物だが、ワープともなると俺たちの時代の知識では原理からして理解出来た物ではない。ここが未来の世界であることを改めて思い知らされた気分だ。
「う、ううん。ここは?」
「秀夫、大丈夫か?ここは拠点の中だ。」
「拠点?あっそうだ!まだ隆君とオリバー君がまだ戦って!」
秀夫に俺が死んでからの事のあらましを教えて貰った。どうやら、俺を殺したあの巨大ヤドカリはショウグンギザミと呼ばれる種らしく、奴と遭遇する前に倒したガミザミの成体に当たるモンスターらしい。秀夫を襲ったガミザミを倒したのが奴の逆鱗に触れたのだろう。秀夫はショウグンギザミとの交戦中に不意の一撃を貰って、メルノスごと墜落した挙句命を刈り取られたそうだ。なにより、隆翔とオリバーは沼地に取り残されたままだ。あの時、俺がもう少しだけ早く襲撃に気付いていれば状況はもっとマシな物になっていたかも知れない。悔しさが滲む。だが、ここで後ろを見過ぎても仕方が無い。もう一度やり直せる。切り替えは必要だ。それから、俺は秀夫が拠点に現れた瞬間の出来事を話した。
「テレポート、か。俄かには信じられないけど、改めて言われるとやっぱり存在するんだね。」
秀夫は複雑な顔を浮かべている。これまで信じていた法則が否定する様な事実を何度も突き付けられるのは、ずっと共に生きて来た秀夫にとっては少なからずショッキングなのだろう。これは隆翔にとっても同じ事だろう。俺は科学に対してそこまで大きな関心があった訳ではないので、どう声を掛けて良いのか分からなかった。
「裕君はさ、未来の世界に来ちゃったことどう思ってる?」
秀夫は何処かバツの悪そうな様子で尋ねてきた。
「俺は、はっきり言ってこの島が、モンスターが、この島に連れて来た奴らが嫌いだ。俺たちは普通に暮らしてただけなのに、なんでこんな目に遭わなければいけないんだって。もしかすると、もう二度と俺たちの知る日本に帰れないかも知れないんだ。贅沢は言わない、せめて、俺はもう一度だけ故郷の土を踏みたいんだ!」
言葉は次第に熱を帯び、いつの間にか頬に涙が伝っていた。秀夫は小さな手で俺の背中をさすってくれている。
「ごめんね。裕君。きっとこれから僕の言う事を聞いてしまったらきっと君は僕を嫌いになっちゃうかもしれない。」
秀夫は悲しげな声で語り始めた。
「ホントの事を話すとね、僕はこの世界が未来の世界かも知れないって分かった時、すごく嬉しかったんだ。僕は小さい頃から工学が好きだったから、未知の機械やシステムを見れた時はとんでもなく興奮してしまった。日本に帰れないっていう事実よりも空に浮かぶ巨塔に触れられた喜びが勝っちゃったんだ。きっと僕はおかしいんだろうね。」
秀夫が機械いじりに熱を上げていたのは俺も知ってる。外で遊ぶよりもそっち方面の遊びが好きだったもんな。俺はそんな秀夫の飽くなき熱意を尊敬しているし、昔からその知識には助けられてきた。だからこそ、否定なんてしたくない。
「そんなことはない。過酷な状況でもそうやって前向きに思える秀夫がいたから、俺はまたやり直そうと思えたんだ。お前やみんなに出会えなければきっと俺は、死と復活を繰り返すだけの人形になってたかもしれない。そうならなかったのは秀夫のお陰なんだ。だから、自分の事をそんな風に言うなよ。」
強張っていた秀夫の顔は柔らかくなった。それと同時に俺の胸に顔を埋め、泣き始めた。こういう所は子供の頃から変わらないな。とはいえ、親友の胸のつかえが一つでも落ちてくれたのなら俺は嬉しく思う。
しばらくして、秀夫が落ち着くと、再び先程と同じ青い光の粒が部屋の中を覆い尽くした。そして、また同じように白い光に包まれた。十中八九またテレポートの予兆だろう。まさか、隆翔とオリバーの二人までやられてしまったのか?将又、見知らぬ第三者が現れるのか。俺たちは身構えた。目を開けると、隆翔がベッドの上に眠っていた。
隆翔の目が覚めてから話を聞いてみると、どうやら秀夫が死んだ後にショウグンギザミとは別のヘビ型の大型モンスターが乱入したことにより、立て直す間も無く、という事らしい。その際にオリバーにプラントXの種を授けており、オリバーは無事に沼地から脱出できたようだ。取り敢えずは、オリバーだけでも無事で良かった。あそこで全滅していれば、いたずらに犠牲を出しただけで遠征に出た意味が無くなってしまう。そういう意味では最期に命を懸けて種を託してくれた隆翔と生き延びてくれたオリバーには感謝しかない。それから、俺たちはお互いに目撃した物事について共有した。隆翔はテレポートの実在に大いに興味を持っていた。二人の知的好奇心はこの島を探索するうえで大きなモチベーションになっている。それが在るお陰で俺も折れずに背中を押されている節はある。それにしても、地中からこちらに襲撃してくるモンスターがこうも多いとは。この島の陸路は俺たちが想像していた以上に危険に溢れていた。かと言って空路や海路が安全であるかと云えば、決してそうではない。リオレイアやイャンクック、ラギアクルス等の存在を考慮すると、寧ろより恐ろしいとも言える。やはり、今後の課題は、どの道程を往くにしろ戦力が心許なさ過ぎる事だろう。確かに、アプトノスは牽引力や踏破能力に優れているし、ホルクやメルノスは高速の移動手段として重宝している。だが、彼らには大型モンスターに対する決定力が著しく不足している。辛うじてホルクがどうにか戦えはするが、それにも限界はある。このままでは島の何処かにあるコントロールセンターを発見するどころか島の全貌を把握する事すら困難だ。俺たちにはもっと強大な戦力が必要だ。それこそ、大型モンスターを複数従える程度の。
俺たちがしばらく今日のことを話し合っていると、不意に家の扉が開いた。そこには全身の毛並みが赤く染まったオリバーの姿があった。
「オリバー君、血塗れだよ!早く治療しないと!」
秀夫はそう言うなり、拠点にある布や薬品なんかを掻き集め始めた。
「心配はご無用ニャ。これは自分の血じゃないニャ。」
よく見ると、オリバーの右手には紫がかった体毛の生えた何かの尻尾らしき物が握られている。
「翼竜を休ませてる時に、アンジャナフと遭遇して戦ったニャ。これはその時に切り取った物ニャ。それと、連れてたホルクとメルノスは空の上に避難させた状態で戦ったから無事だニャ。」
俺達の伺い知れない所でそんな事があったとは。度重なる苦境を乗り越えてプラントXを持ち帰ってくれたオリバーには感謝しかない。
「とにかく、オリバーが無事で良かったよ。消臭玉の準備はしとくから、水でも浴びて来てくれ。そしたら今日はもう休もう。」
今後の方針など話し合いたいことは山程あるが、今日はみんなそれどころではない。
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あの沼地への遠征から二週間ほどの時間が経過した。菜園に植えたプラントXは無事に成長してくれた。入手した種子は6つだけだったが、それらが成長する事で種を落とすようになったので、現在は拠点の外周を丸々覆う程の菜園を用意して成長を待っている。プラントXという植物は、俺が思っていた以上に巨大な物だった。見た目は熱帯にありそうな食虫植物に似ている気がするが、その背丈は大人の人間一人分程もある。太ったピーナッツ型をした茎の周囲を覆うように赤い花が付いており、さらに茎の上部には触手のようにも思える程の長さの器官が伸びている。赤い花から黄緑色の液状化した胞子を弾丸の要領で飛ばすのだ。これにより、外敵に対して攻撃することが出来る。ちなみに、これに被弾すると勿論衝撃を受けて滅茶苦茶痛いのだが、更にそれに加えて視界が真緑に染まって殆ど周囲が見えなくなり、駄目押しと言わんばかりに粘っこい液体によって機動力も奪われる。これはモンスターにも同様で、小型モンスターであればパニックになって逃げ出そうとした所をハチの巣に出来る。
外敵を攻撃する仕組みは隆翔の観察によってある程度明らかになった。上に向かって伸びる触手みたいな器官は、どうやら複数の感覚器官が詰まっているらしく、それによって外界の情報を得るばかりか、胞子を発射する対象の選別までをも可能にしているようだ。通常、植物の胞子は風に乗せて周囲の空間へと拡散させるために粉末状になっているのが主であるが、プラントXの胞子は液体状だ。そのため、風を利用して広範囲に拡散させるのは難しい。その代わりとして、動物に胞子を当て、その当たった動物が逃げるなりして移動する事で広範囲に拡散させられるのではないかというのが隆翔の仮説だ。その際に重要となるのが先述した感覚器官だ。隆翔が行った実験によって、あの触手には周囲の温度勾配を検知する機能が備わっていることが判明した。分かり易く言えばサーモグラフィーみたいな感じで周囲より温度が高くなっているのが分かるらしい。実験の内容は簡単なもので、人肌程度の温度まで温めた石と、そうではない拾ったばかりの石を同時にプラントXへ向けて数十回以上投げ込むという物だ。結果は前者に対しては百発百中で撃墜していたが、後者に関しては一発も撃たなかった。そこから、、プラントXは動物から放たれる放射熱を感知して、その熱源に向けて胞子を撃っていると判明した。
だが、これだけでは同じ熱を放つ生物であるにもかかわらず、俺たちが撃たれない理由の説明にはならない。実はもう一つプラントXが検知している要素が存在していたそうだ。こちらも隆翔による調査のお陰で分かった。そのもう一つの要素とは、周囲の空間における胞子の濃度だ。胞子の濃度がある一定範囲の値にある時、プラントXはその物体に対して発射しないことが分かったそうだ。その時の胞子の物質量は掌に丁度収まる程度の量の時、これは発射される量と比較しておよそ四分の一程度である。ここから何が言えるかというと、俺たちがその量の胞子を身体に纏わり付けていれば、撃たれる事は無いのだ。逆に撃たれる側に関して言うと、一発の量的に撃たれない時の量になる事は無いので、ほぼ確実に撃ってくれることになる。これには胞子の粘性も有利に寄与しており、風で拡散しにくいのが濃度の低下を抑える結果になっているのだ。
まとめると、プラントXは生物の放つ放射熱を触手状の器官で検知し、その熱源に胞子を放つことで、やや粘性の強い液体でも広い範囲へと拡散させる。さらに、その器官には周囲の胞子の濃度を測る機能もあり、ある一定の濃度で纏っている生物に対しては撃たないという性質もある。それを逆手に取る事で、敵だけを攻撃し、俺たちにとっては安全という訳だ。また、プラントXは高速で土壌から栄養分を吸い取る事が出来る能力があり、それによって肥料が持つ限り迎撃が行える。そのため、肥料の量産が急務となり、俺たちの糞尿や食料にした魚や動物の臓物や骨などを総動員している。その際に、発酵を劇的に速められるキナコのカビは必需品となっている。まさかカモシワラシが食料供給ばかりか拠点の防衛にまで直結する程の生物だとはこの島に来たばかりの俺には信じられなかっただろう。ともあれ、隆翔の文字通り身を粉にした調査のお陰でプラントXを安全に運用できるようになったのは非常にデカい。それによって、拠点の敷地を拡大でき、以前から栽培していたジャガイモやニンジンなどの食料の他にも、火薬草やネンチャク草などの戦闘物資のための作物も栽培可能になった。
拠点に増えたのはこれだけではない。もう一つ忘れてはならない物が出来た。それは墓標だ。このまえの遠征で犠牲になった光蟲とエンエンク、そして二匹のメルノスのための物だ。危険地帯へ赴く以上、多少の犠牲は覚悟のうえであったが、実際に直面すると命の重さという物を思い知らされる。ペットとして愛着を持って接していた存在が一瞬にして失われるというのは、やはり辛い。彼らは俺たちと違って蘇れないのだ。置いて行かれた様な気分になる。これが、秀夫や隆翔、オリバーだったら?そんなもしもを想像するだけで身の毛がよだつ。この時代には俺を知る人はみんな以外に誰もいない。俺はもう独りにはなりたくない。何も失わないためには、これ以上この墓石を増やさないためには、力を付けるしかない。俺は秀夫のように技術の知識は無い、隆翔と違って生き物の事はからっきしだ、そしてオリバーの様に戦闘力が高くも無い。そんな俺に出来る数少ない事、それは先人の経験を盗むことだ。幸いこの島には過去の人間の痕跡が残されている。であるなら、みんなの役に立つよう、それらを探し出してまとめるのが俺の役割だろう。俺はまだ見ぬ記録を求め、導蟲を伴い出立した。
今回出てきたプラントXの設定は、原作ゲーム(ARK)にはない本小説独自の解釈となっておりますので、ご注意下さい。