ゲリョスの”ゲンキ”をテイムしてから数日、俺たちはレッドウッドフォレストの探索に向けた準備で忙しなく動いていた。今回は危険地帯の調査とあって、かなり大掛かりに行う。ゲンキが加わったことで、物資の空輸が現実的な物となった。そのため、次の探索では予め作製した建材を輸送してレッドウッド近辺に拠点を建築してから本格的な調査に臨もうという算段を立てたのだ。
その夜、雨脚が近付いてきたのでペットたちを東屋の下に避難させ、また濡れて困る物は屋内に移した。これだけを見れば、何の変哲も無い雨の前の一幕なのだが、心配なことが一つだけある。それは、導蟲が青く染まっているという点だ。正直、この現象の引き金である”エレメント”なる物質の正体が分からない上に、それが原因だと思われるあの幻覚を見た後だと嫌でも不安になってしまう。
今のところ俺やみんなに体調面や精神面での異常は見られないが、何かあるかも知れないと懸念が次々と浮かんできて落ち着かない。ペットたちもそんな俺たちの空気を察したのか、元気が無い様に見える。いつも幸せそうに食事をしているアオアシラの”ヨルン”でさえも、今日はどこか悲しそうな表情を浮かべている。メルノスたちは何かに怯える様に、身を寄せ合って震えている。ホルクの"ホルン"は海の向こうの一点をただひたすらに見つめ続けている。念のため、彼らには無抵抗笛を吹き、怯えている子たちは撫でてあげて少しでも落ち着きを取り戻せるようにした。
思えば、この島で天気が変わる際によく導蟲が変色している気がする。生き物たちが不自然なまでにソワソワと落ち着きを無くすのも同じだ。天候が変わるメカニズムに何か秘密でもあるのだろうか?考えても答えに辿り着けるわけではないが、不安を少しでも紛らわせられるのならそれでも良いのかも知れない。強くなり続ける雨音がより一層不安を煽る。
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明朝、昨日の荒れ具合が嘘のように島の空は雲一つなく晴れ渡っていた。拠点内をくまなく点検したが、ペットたちや建物に被害は無かった。外周を覆うプラントXも全て無事だった。みんなの体調確認も行ったが、全員何も異常は見られなかった。どうやら昨日の心配は杞憂に終わったらしい。一先ず安心して良いだろう。みんな、気疲れもあるだろうから今日は最低限必要な作業だけして休息を取るのも悪くはないだろう。そんな事を呑気に考えていると、ベリーの採集に出ていた秀夫と隆翔が血相を変えて戻ってきた。ベリー採集にしては早い帰還に、何か嫌な予感を感じざるを得なかった。
「大変だ裕太、オリバー!ここのすぐ近くにアンジャナフの物と思われる足跡と粘液を見つけたんだ。それも結構新しめの物だった。拠点に接近する可能性も考えられるから、追い払う準備を始めた方がいい。」
そう発言する隆翔は、珍しく焦りを隠せないでいる。その間にも秀夫が屋根に登って、「望遠鏡」を使って周囲の警戒をしてくれている。望遠鏡はエングラムから製作できる道具で、ゲンキをテイムした後で余った水晶を用いて作ったのだ。これによって、飛行と組み合わせる事で遠くをすぐに確認出来るようになったので、探索が一気にやりやすくなった。閑話休題、事態は想像以上に切迫しているようだ。秀夫からの報告がそれを顕著に物語っていた。
「数百メートルくらい先にアンジャナフが見えたよ。こっちにはまだ向いてないみたいだけど、いつ来るか分からない。それに、翼が開いて、顔も赤くなってるから多分相当気が立ってそうだよ。戦いは避けられないかも。」
アンジャナフは島の生物の中でもとりわけ筋力に優れている。単純なパワーだけの対決という観点から考えても、ヨルンとゲンキが束になっても押し負けるだろう。さらに追い打ちと言わんばかりに、下手な火炎放射器を超える火力を持った炎を操る事が出来る。オリバーによると、アオアシラもゲリョスも火をとても苦手とするモンスターらしい。これらを総合すると、現状の戦力で正面から奴と衝突しても押し負けるのが関の山だ。となれば、ここは人間らしく搦め手をふんだんに利用するに限る。俺は戦闘用の物資を詰めた収納ボックスまで走った。実のところ、こういった襲撃を想定して各々が使う道具などは事前にみんなで共有してある。それに、大方の先方の流れも決めてあるのだ。
全員が使う分の道具は取り敢えず引っ張り出せた。肩に乗せる子たちの準備も万全だ。俺は肩にシビレガスガエルを乗せた。後は覚悟を決めて、全戦力を持って打って出るだけだ。
「ヤバいよ!アンジャナフがこっちに向かってる!」
秀夫の声が響き渡った。どうやらもう開戦の狼煙は上がってしまったらしい。
「ここは俺がエンエンクを使ってプラントXの所まで誘導しよう。集中砲火を受ければいくらあの体格でも多少は来るものがあるはずだ。」
隆翔はそう言ってメルノスと共に白いガスを纏ってアンジャナフの元へ飛んで行った。俺は、新たにサドルを取り付けたゲンキに騎乗し、ヨルンとホルンに追従を掛けて、拠点を覆うスパイクウォールの外側に出た。一旦、プラントXから離れた場所に陣取る。アンジャナフが気を取られている間に、背後から奇襲を仕掛けるのが目的だ。オリバーはプラントXのフォローをするため、秀夫はマルドローンに指示を出すため、拠点の方に残っている。拠点を破壊されないためにも二人の役割は重要だ。今回の方針は、搦め手を使って奴をなるべく動かさない事だ。特にブレスには細心の注意を払う必要がある。木造の拠点にあんな大出力の火炎が降り注いでは、これまでの全てが瞬時に水の泡に成り果ててしまう。とにかく何があっても撃たせないのが大事になるだろう。
メルノスの翼がはためく音が聴こえた。それと同時に、大地が揺れ始めた。とうとう奴のお出ましだ。隆翔はプラントXの群れから数十メートル程離れた場所に着地し、その後すぐに真上へと飛翔した。アンジャナフは隆翔たちを追うのに躍起になっている。首を大きく持ち上げ噛み付こうとしているが、当然届かない。そうこうしていると、ついにプラントXが胞子を放ち始めた。10株以上が同時に粘液状の胞子をアンジャナフ目掛けて一心不乱に攻撃している。胞子は着弾すると如何にも痛そうな鈍い音を立てる。それが幾度となく繰り返される度、胞子は奴の身体中にドロドロと纏わり付き動きを制限していく。最初は、纏わり付く物を剥がそうと身体を震わせていたが、それが無駄だと分かると、アンジャナフはプラントXを潰すためジャンプをして距離を詰めようとした。だが、明らかにその動きは鈍いことが分かる。俺が最初に遭遇した時は、一瞬だけ脚に力を込めたかと思うとすぐに跳んで来たものだが、今回は貯める動作も緩慢であるし、上がろうとするまでも何拍も間を置いていた。奴が手間取っている隙に、秀夫はマルドローンに指示を出していた。いざ跳躍しようとしたその瞬間に、マルドローンは奴の顎先を下から突き上げたのだ。アンジャナフは上体を大きく仰け反らせ、怯んだ。生じた隙は逃さず、マルドローンは何度も奴の頭部に突撃し、翻弄している。マルドローンの飛行速度は特別に速いという訳ではないが、粘液が絡まった上に視界を奪われた状態のアンジャナフでは追い付けない。そんな一方的な攻撃が十回ほど続いた時、奴は横向きに倒れてからのたうち回り始めた。よく見れば、薄ら赤く光っていた顔が元に戻ってもいる。
今こそが絶好の好機と踏んだ俺は、ゲンキ、ヨルン、ホルンの全員に攻撃命令を出した。ゲンキの手綱を引っ張り、先行させる。ゲリョスの十八番である毒ブレスが背後から数発直撃する。それを確認すると、俺はゲンキに上空への移動指示を出した。続いてヨルンがアンジャナフの正面に回り込んで引っ搔き攻撃を連続で当て続ける。ホルンも滑空して爪による連続攻撃を繰り出している。かなりダメージを与えられた気がする。このまま大人しく逃げでもしてくれれば理想的なのだが。
しかしそんな空想も虚しく、アンジャナフは立ち上がり、咆哮を上げた。それと同時に顔面の赤い光が戻ってくる。丁度、間の悪い事にプラントXの発射も終わってしまった。拠点では秀夫とオリバーが菜園に肥料を詰め直すために奔走している。このまま拠点に狙いを付けられてしまうと、間違いなく壊滅する。少しの逡巡の後、俺は断腸の思いでペットたちに攻撃命令を出して奴の注意を引き付ける。
ヨルンは命令通り、果敢にもアンジャナフに殴りかかるが、体格差が大きすぎるためか奴のタックル一つで押し返されてしまった。その際に、ヨルンは尻もちを付き、それが仇となる。アンジャナフも粘液が絡み付いた状態に慣れたのか、乾いたのか、はたまたその両方か、普段の力強い動きを取り戻していた。ヨルンはそれに対応する事が出来ず、奴の強靭な顎によって首根っこを掴まれてしまう。手足をばたつかせて抵抗しているが、焼け石に水。そのまま天高く持ち上げられて、地面に投げつけられてしまう。熾烈な攻撃は止むことはなく、アンジャナフはヨルンの身体を足で強引に押さえつけ、口内で炎を迸らせている。
「マズい!!」
このまま奴の火炎放射が直撃すればいくら大型モンスターのヨルンと言えど、命は無いだろう。俺はゲンキの手綱をいつもより強く握り、攻撃命令を出す。これは閃光の合図だ。同時にホルンにも突撃させる。ゲンキが閃光を放つまでの時間稼ぎと、アンジャナフの視界をこちらに向けさせるのが目的だ。ゲリョスの閃光は光蟲のそれよりも強く、相手の行動をより長い時間制限する事が出来る。ただ、これは諸刃の剣で、敵味方関係なく平等にその影響を受けてしまう。幸いなことに、ホルクは閃光に対して強い耐性があるのか、一発食らった程度ではびくともしない。
「みんな、閃光を出す!目を庇うんだ!」
俺は全身全霊の声を張り上げる。それを受けて、隆翔はメルノスを地上に降ろし回避姿勢に入った。オリバーと秀夫も問題ないようだ。ホルンは展開された、アンジャナフの背中の翼に爪を突き立てながら噛み付いている。そこが弱点なのか、奴はヨルンを押さえつける事を忘れて苦悶の表情を浮かべている。ホルンを追い払おうと首や背中を捻ったり、上体を揺らしたりしているが、ホルンの機動力の前には大した効果は無い。奴の狙いは完全にホルンに向けられている。それを確認すると、俺はホルンに追従命令を吹き、アンジャナフ諸共こちらへ来るよう仕向ける。アンジャナフは俺の真上で滞空するホルンに向かってブレスを放とうと構えている。アンジャナフのブレスは、リオレイアの球状のそれとは異なり直線状の起動を描く。よって、奴の機嫌によっては俺たちも十分射程圏内ではある。だが、心配はもはや不要だ。俺はサドルの取っ手から片手を離して目を覆うと同時に、合図の笛を吹いた。閃光が放たれる時、ゲンキは背中を上げるので、俺は振り落とされない様に掴む右手に力を込める。それに必死でどうなったのかイマイチ把握出来ずにいたが、アンジャナフの情けない鳴き声が聴こえたのと同時に目を見開いた。
奴は目を窄めながら項垂れている。足元も覚束なくなっており、再度動きを封じられたようだ。一先ず安堵した俺は、ゲンキから跳び降り、所持していたグレネードを三発、奴の頭に向けて投擲した。爆発までのタイムラグはあるが、奴が動けないこの現状ならばそれも問題にならない。その内の二発は狙いを外れ、アンジャナフの足元近くで爆発する。奴を点灯させるには威力不足ではあったものの、右足に大きな傷を付ける事に成功したので、我ながら及第点と言える。残る一発は、地面近くまで下がった下顎付近で爆発し、その衝撃で怯ませられた。だが、その弾みかは分からないが、奴は再び力強く大地を踏み締め、特大の咆哮を上げた。
その直後、アンジャナフは首を後ろに大きくねじり、力を溜める様に一拍置いた後、大顎をこれでもかという程に開きこちらへと迫って来た。狙いは完全に俺へと向けられている。先程の咆哮で咄嗟に耳を塞いでしまっていたので、対応が遅れた。死を覚悟し、視界が暗転したのも束の間、俺の真ん前でポップコーンを作る時の様な、何かが弾ける音がした。アンジャナフは突然の出来事に動作を中断させ、周囲を見渡すような動きをしている。俺はすかさずゲンキに再騎乗し、上空へと避難するよう指示した。その際に見えたのが、今のは背後から隆翔がパチンコで間一髪のところを援護してくれたらしい。心の中でお礼を言う。どうやら今隆翔が使用したのは、ただの石ではなかったらしい。その正体は、「はじけクルミ」。一見すると、大きいだけのクルミの実なのだが、殻を割ろうとして金槌なんかで叩くと、その名の通り中身の実が弾けて辺りに飛び散るという性質を持っている。その性質故に、食用としては難があるが、今の様に生物に当てれば殺傷こそ出来ないものの、その衝撃や音で注意を引く事が出来るのだ。
隆翔は次なる弾をパチンコにセットする。そこから一瞬だけ遅れて、アンジャナフも先程と同様の噛み付き攻撃の構えを取った。刹那、パチンコから拳大の茶色い物体が放たれる。大きく開かれた奴の口に、その弾は気味良く吸い込まれる様にして入っていく。飲み込んでしまったのか、吐き出そうと藻掻いているが、しばらくすると大量の涎を垂らしながらその場で立ち尽くすようになった。今のは、「シンドイワシ」という魚のすり身を小石に纏わせた隆翔考案の弾丸だ。シンドイワシには毒性があり、誤って食べてしまうと酷い倦怠感や疲労感を引き起こす。しかもそれに加えて、即効性も非常に高いという恐るべき性質を秘めている。俺は一度、知らずにイワシが釣れたと喜んでその場で食べてしまった経験があるのだが、その時は食して数分後に突如としてマラソンを走り切った直後の様な疲労感に襲われ、しばらく動けなかった。これはモンスターにも一定の効果があるらしく、今回隆翔が使用したのは、何匹ものシンドイワシを使って効果を高めた特別な物だ。間違ってつみれ汁に入れようものなら大惨事を招く。
疲労したアンジャナフを見て、俺はすぐに地上へ引き返した。今なら力比べでも奴を上回れるかも知れない。攻撃笛を聞いたゲンキはアンジャナフに向かって突進を敢行した。アンジャナフに衝突したゲンキは連続でついばみを奴の顔面にヒットさせた。奴も押されまいと寸での処で踏ん張ってはいるが、徐々に姿勢は低くなっていく。ゲンキは器用に尻尾を伸縮させて鞭で叩く様に奴へと打ち付けている。ついにアンジャナフは地面に倒れ伏し、ゲンキが馬乗りになった。ゲンキはそのままの勢いでブレスをゼロ距離でお見舞いしようとするが、アンジャナフは発射までの僅かな隙を突いてゲンキの首元に噛み付くと、地面を転がりその勢いでゲンキを引き剥がした。ゲンキはふき飛ばされて地面に叩き付けられてしまう。疲労や脚へのダメージによって大分制限されているとはいえ、その体格に恥じない流石の膂力だ。アンジャナフは這う這うの体ながらも立ち上がり、涎が滴る牙を剝き出しにしてゲンキの元へ迫ろうとする。俺はヨルンやホルンに聞こえるよう、大きな音で攻撃的の口笛を吹いた。アンジャナフは容赦なく牙を突き立てようとする。
今まさに、牙がゲンキの皮膚に触れようというタイミングで、ヨルンは後脚に力を込めて渾身の大ジャンプを見せた。そして、隙だらけだったアンジャナフの背中に飛びつく。ヨルンはその状態で前脚の爪を奴の皮膚にめり込ませ、さらに噛み付いている。アンジャナフは振り払おうと、上半身を上下左右に激しく揺らしている。なおもヨルンはしがみ付いているが、時々刻々と奴の抵抗は激しくなり、なりふり構わず周囲の木々や岩に体当たりをし始めた。その際の衝撃はヨルンにも伝わり、ついには投げ飛ばされてしまう。俺はホルンに対して何度も攻撃命令を吹く。ここで追撃を喰らえば、今度こそヨルンが危ない。賢いホルンはそんな俺の心配を察してか、上空から滑空で急降下し、噛まれる危険を厭わず奴の鼻っ柱に一発、鉤爪をお見舞いした。流石はスピード自慢のホルン、奴が噛み付きを繰り出す前に間合い外の上空へと瞬時に離脱していた。
俺は立ち上がろうとするゲンキに、ある「特別な口笛」を小さく吹く。それを聞くなり、ゲンキは断末魔を上げて再び地面に倒れ伏す。当然、これは絶命した訳ではない。ゲリョスがお得意の死に真似だ。
「隆翔、エンエンクを頼む。ゲンキの所におびき寄せて不意打ちをかますぞ。その隙に俺はシビレガスガエルを使うから、後の事は任せていいか。」
隆翔は一瞬だけ躊躇する表情を浮かべたが、眼前の光景を見るなりすぐに頷いた。手拍子をすると、隆翔の身体は白いガスに包まれる。隆翔は上空のホルンに掴むよう命令し、アンジャナフの方向へと飛んだ。ガスの臭気を奴が感知したのか、その視線は隆翔とホルンに一身に注がれている。そして、そのままホルンをゲンキの後ろまで移動させ、着陸した。アンジャナフは隆翔との距離を詰めるため、5 [m]以上の高さまで跳び上がるという、その体格からは想像できないアグレッシブな跳躍を披露する。だが、驚いている暇など無い。むしろ、今こそが最大のチャンスなのだ。俺はゲンキの隣でここ一番の攻撃命令を吹いた。
途端、ゲンキは目にも留まらぬ速さで起き上がり、奴の顎先にタックルをかました。アンジャナフは転倒こそしなかったものの、大きく怯んだ。俺は全力で奴の顔まで走り、手拍子をして肩の上にいるシビレガスガエルにガスを噴出させた。肩の上に乗せている都合上、どうしてもガスに巻き込まれてしまう。地面に置いてから能力を発揮してもらうのも良いが、それだと確実にシビレガスガエルが命を落としてしまうので、生息数がそれ程多くない現状ではあまり宜しくない。今回は助けて貰える当てがあるので力技に出たのだ。なるべく息を止める様に努めていたが、全力疾走をして息が上がっている状態では続く筈が無い。ガスを吸い込んだ瞬間、俺は身体が痙攣して地に倒れ伏した。程なくして、鼻孔が膨れ上がった奴の顔が俺の顔の目の前に迫り、あわや捕食される所だったが、ほんの僅か手前で奴も麻痺してなんとか命は繋がれた。ただ、流石はモンスターと言うべきか、奴は麻痺こそしているが俺とは違って倒れる事は無く、未だに立ち続けられている。
気が付けば、俺はメルノスに掴まれ宙に浮いていた。かなり速い速度で飛んでいるはずなのに、いつもの様に風の流れを感じられない。ともあれ、隆翔は上手くやってくれたようだ。拠点では、秀夫たちがプラントXの肥料の再装填を完了させてくれていた。恐らくあと数分もすれば再び発射してくれるようになるだろう。また地上では、動けないでいるアンジャナフに対して猛攻が繰り広げられている。ホルンは奴の翼を執拗に引っ掻き、ゲンキは毒ブレスを顔面に乱射し、ヨルンは足元を殴り続けている。奴の両脚と背中は傷だらけになっており、さらに毒が回ったのかこれでもかという量の紫色の涎を垂らしている。隆翔の口笛が響いた。それと同時にみんな攻撃を中断し、隆翔に追従する形でアンジャナフから距離を取った。それからワンテンポ置いて、アンジャナフは雄叫びを上げて再び動き出した。
みんなの尽力もあって俺は、無事に拠点まで運び込まれた。それと同時にプラントXが胞子を吐き出す音が耳に入ってきた。オリバーは地面に潜って戦場へと飛び出して行った。秀夫は藁で作った即席の寝床を用意してくれ、俺の介抱をしてくれている。さっきまで重い肥料を何度も担いで走り回っていたにも関わらず、有難い事だ。秀夫から外の様子を聞くに、現在はプラントXの弾幕が奴に直撃し、動きを鈍らせる事に成功したらしい。その隙に乗じてオリバーは奴の足元から無理やり背中へとよじ登り、ナイフで突き刺して攻撃しているそうだ。アンジャナフは一連の攻勢で相当消耗しているらしく、闘いは大詰めに差し掛かった。
アンジャナフの鳴き声が聴こえなくなってからしばらくして、俺は漸く動けるようになった。秀夫に水を貰ってから拠点の外に出た。既にアンジャナフは横たわり、亡骸に変わり果てていた。あの後、ペットたちは疲れが見えたため戦線を離脱し、オリバーが隆翔のパチンコによる後方支援を受けつつ、脚を引き摺り逃亡を試みる奴に止めを刺してくれたそうだ。
「みんな、ありがとう。」
俺は感極まって涙ながらにそう言った。思えば、最初にまともに作った拠点を破壊したのはアンジャナフだった。あの時は独り為す術も無く蹂躙される他無かったが、今ではこうして戦力が整い、辛勝ではあるが絶対に敵わないと思っていた存在を討伐するにまで漕ぎ着けた。ここに至るまでの道のりは長く険しかったが、それも無駄な足掻きでは無かったと証明されたのだ。俺たちはしばしの間、抱擁を交わしこの勝利を喜び合ったのだった。