俺たちが草食島へ移住してから、はや一週間。生活の再建は順調に進んでいた。前の時の経験のお陰か、的確かつ円滑に行動をする事が出来たのだ。幸か不幸か、形ある物は失われても残っていた物は確かに存在した。その甲斐あって、この草食島の小高い丘の上には見事な木造二階建てが姿を現している。ちなみに、ぼっとん式ではあるがトイレと、各々の個室は完備されている。それに加えて、今では秀夫が追加で物資を保管するための蔵を離れとして建築してくれている。
食料や衣服の事情に関しても大分改善したものだ。草食島にはケルビやムーファ、時折ブルファンゴなどが出没するのだが、どうやら彼らは本島から泳いで渡って来ている様なのだ。日本でもたまにシカやイノシシなんかが海を泳ぐ姿が目撃されるので、それ自体はなんら不思議な事ではない。草食島のベリーは何故か本島の物よりも大きく味も良質だから、それに引き寄せられて来るのだろうか。そういった背景もあって、島のベリーは取り尽くさずに残している。お陰で、定期的に肉や毛皮を入手出来る機会に恵まれているのだ。それに関連してだが、草食島の植物や木々の伐採はなるべく避ける様にしている。前述の理由もあるが、一番は拠点が目立たない様にするためだ。モンスターの目に建物が入ると、やはり刺激してしまうので、拠点を木々に隠す形にする事である程度そのリスクを軽減するのが狙いだ。
環境生物のテイムもオリバーの活躍によってそれなりに進んだ。肥料づくりにおいて発酵させるカビを出して活躍してくれるカモシワラシに、戦闘ではお世話になるシビレガスガエルと光蟲、そして新顔の灯蟲が既に拠点で飼育されている。灯蟲は掌より少し小さい程度の大きさのホタルの様な昆虫で、導蟲に似た黄色い光を放っている。発光するという特性は光蟲と同様ではあるが、こちらはあちらと違いモンスターでさえも昏倒させるような凄まじい光量を放つ訳ではない。普通のホタルよりは高いが、精々懐中電灯程度の当たり障りのない強さだ。ただ、それが丁度良い塩梅で、雷光虫の様に放電する事も無いので夜間の照明として気兼ねなく利用できる。そのお陰で、灯蟲の数が揃った今では、夜間での作業といった活動も現実的な物となっている。拠点の整備がトントン拍子に進んだのは灯蟲の存在も要因の一つとしてあったのかも知れない。
今、俺は隆翔と二人で草食島内で畑作を始めるために土を耕している最中だ。これはこの島の全域で言える話だが、海岸の砂浜などでも多少掘り返せば、砂の層の下に壌土の層が広がっている。幸いにも、そこから得られる土壌は非常に肥沃で、すぐにでも作物を育てられる程に質が良い。草食島でもこの法則は例外ではなく、前の拠点の時と同じように農業を始められそうだ。思えば、ヨンキ氏の記録では島全体がシステマティックに管理されている事が仄めかされていたが、こうした地質の構成でさえも何者かの意図が介在しているのかも知れない。一体この島を作るためにどれだけの労力が投入されたのやら。考えただけでも末恐ろしい。
ひたすらに木製のシャベルで地面を掘り返し、露わになった壌土を菜園へと移してゆく。ここでは菜園を配置可能な面積が限られている。草食動物が上陸する海沿いを避けるため、畑の設置場所は高台下の窪みとした。そこであれば、浜からの入口は一箇所しか存在しないため、そこをスパイクウォールで閉じてしまえば侵入は防げる。ただその都合上、育てる作物は絞る必要があった。一先ずは、島に自生する植物で唯一主食となりうる作物であるジャガイモと、対モンスター用の物資を作製する上で重要となる火薬草とネンチャク草を優先して栽培する。他の作物は、世話が少々面倒だが本島側に配置したい。
しばらく耕していると、シャベルに何か引っ掛かる感覚がした。俺はその場で屈みつつ、手で土を払った。
「何だこれ?」
出てきたのは左右に突起がせり出したハンマーのような石、というか骨の様な塊だった。俺が塊を余所に運んでいると、隣から隆翔が覗き込んできた。
「それは、アンキロサウルスの尻尾だな。」
どうやらこの主は俺でも聞き覚えのある恐竜だったらしい。
「ああ、それなら博物館で見たことがあるな。尻尾がハンマーみたいになってた奴だろ。」
「その通りだ。ただ、成体の骨格標本と比べて大分小さいな。この個体は幼体か、将又既知の種よりも小型だったのかも知れない。」
そう言うと、隆翔は俺がアンキロサウルスの骨を発見した場所の周囲をそそくさと掘り返していた。別の部位の骨を発見したいようだ。少しその様子を見ていると、耕している途中の土がムクムクと動いているのが見えた。逃げ足が速く、あわやという所ではあったものの、俺はすかさずその動きの主と思われる者を掴んだのだった。
その生物には見覚えがあった。何時かに海岸で発見したモグラに似た環境生物のモギーだ。モグラと言えば農作物への被害を多く出していることで有名だ。モギーの生態がどれほど日本のモグラと近しいのかは分からないが、今後の事を考えるのならここは駆除しておくべきだろう。不憫ではあるが、こちらにも生活が懸かっているのだ。俺は腰に据えた石斧を手に取り、モギーを手を掛けようとした。
「裕太、ちょっと待ってくれ。」
そんな俺の様子を見るなり、隆翔が慌てた様子で声を掛けてきた。
「どうした?」
「すまないが、そいつは放してやってくれないか。」
突然の出来事に驚きつつも、隆翔はその理由を説明してくれた。曰く、このモギーという生物は島の生態系において不可欠とも言える重要な役割を果たしているらしい。彼らは一般的なモグラの様に植物の害になるどころか、むしろその逆で生育を促進する働きをしているという。まず前提として、モギーは蹄状に発達した分厚い爪によって地中を掘削する事に非常に長けている。また、それにより地中の広大な範囲を移動し生活圏にしているそうだ。その影響から、島の土壌は非常に流動的で土の循環が生まれている。その循環により植物には絶えず、通常の土壌と比較して膨大な量の栄養素が供給される。ベリーの再生が数日足らずと、異常なまでに速い原因は、植物の品種改良のみならず、島の土壌的な要因も存在すると考えられるらしい。隆翔によると、あるで意味モギーは島の生態系の根幹を成す生物と見て間違いないという。俺は恐れ多くもそんな有難い存在を手に掛けようとしてしまっていたのだ。危ない所を止めてくれた隆翔には感謝しかない。モギーが数を減らせば、回りまわって飢え苦しむ事になるのは俺たちに他ならない。
隆翔はモギーの生態を調べるのに導蟲を利用したそうだ。導蟲ならば一度マーキングしておけば、例え地中に逃げられてもある程度なら地上から追う事が出来る。そうして、彼らの道筋を可能な限りマッピングした事で結論に辿り着いたそうだ。一般的なモグラは植物の根を切りながら掘削を進めていくそうなのだが、ことモギーに関しては反対に根を避けながら移動するため害にはならない事が判明したという。ちなみに、マッピングに使用した地図も隆翔の用意した物だ。メルノスに掴まれた状態で上空から島を見て、前拠点の周囲だけではあるが地形を書き起こしてくれていたのだ。だが、そんな努力の結晶もバゼルギウスの爆撃によって容赦なく焼失したのが悔やまれる。余談だが、隆翔はもう少し早くこの成果を報告したかったそうだが、不運にもその予定日があのアンジャナフとバゼルギウスが襲来した日だったため、今まで有耶無耶になっていたそうで、謝られてしまった。
「怖がらせてごめんな。」
俺は地面に向かってモギーを優しく放してあげた。モギーは一目散に地中へと逃げ去って行った。素早い動きをしているのに、眠そうな目はそのままなのが何処か可笑しかった。
そんな一幕がありつつも、俺たちは畑の準備を終わらせ家に戻り、椅子に座って一息吐いていた。種はもう入手してあるし、後は肥料の発酵を数日間待つだけだ。秀夫の方も倉庫を完成させ、さらには製錬炉も稼働できる状態にまでしてくれた。明日からはみんな総出で採掘を行おう。この調子なら、あと一、二週間もすれば鉄器文明に再び返り咲く事が出来る。そこまで辿り着けば、最低限の生活水準は確保できたと言えるだろう。
「みんなお疲れさま。そうだ裕君、さっきこんな物を見つけたんだ。」
秀夫が家に入るなり、謎のノートを手渡してきた。恐らく、これも先人たちの記録の一つなのだろう。隆翔やオリバーも興味があるのか、こちらに集まって来た。俺はオリバーを膝の上に乗せると、早速ノートを開いたのだった。
『種:Megalania muruspede
時代:完新世後期
食性:肉食
気質:攻撃的
野生下
Megalania muruspedeは島の複数の洞窟に現れる最大級の生物です。体長は3メートルにも達し、強力な爪のおかげで洞窟の壁を垂直に横切ることも難なく熟せます。幸いなことに、メガラニアはその大きさから、外敵に対して忍び寄ることはまずありません。しかし、残念ながら洞窟の探索者にとって彼らは危険な生物である事に変わりはありません。他のオオトカゲ科の生物と同様、メガラニアは毒を保有しているのです。毒自体は遅効性ですが、希少な解毒剤を使用しない限り、負傷者は死ぬまで生命力と体力を奪われ続けます。ただ、メガラニアの獲物となれば大体、毒の効果が完全になる前に引き裂かれてしまいます。
飼育下
断崖絶壁を難なく踏破する稀有な能力によってメガラニアは、非常に人気の高いマウントとなっています。決して最速でも、最強でも、タフなマウントでもありませんが、難なく山をよじ登り、バリケードをよじ登り、木に隠れたり、逆さまになったりできるため、どのトライブの厩舎でも常に居場所があるのです!』
手記の挿絵には人間を遥かに凌駕する大きさのトカゲの様な、恐竜の様な生物が描かれている。どうやら著者はあのヘレナ・ウォーカー博士であるようだ。恐らく、この手記は生物学者である彼女の研究活動の一環として記された物なのだろう。古代の生物が須らく消え去ってしまっている現状、このメガラニアが現存している可能性は著しく低いため、実用的な知見はそう多くは得られないだろう。勿論、歴史的な資料としての価値は高いと思うし、俺個人としてはこういった資料は幾らでも集めたい。
「ねえ隆君、メガラニアの学名ってMegalania muruspedeじゃなかった気がするけど、どうだったっけ?」
秀夫は手記を怪訝な面持ちで眺めながら隆翔に尋ねる。
「その通りだ。昔、メガラニアと呼ばれていたのはMegalania priscaだ。muruspedeなる種は確認されてなかった筈だ。恐らく、未来になって新たに発見された種か、この島の独自の種なのだろう。そもそもメガラニア属は廃止されているから、生物学的に、このメガラニアは俺たちの知ってるメガラニアとは、全くの別物と言えるな。」
小難しい事はよく分からないが、古代生物たちも何かしら曰く付きだったのかも知れない。それにしても、壁に貼り付いて移動できる生物か。飛行とはまた違った方向性の機動力だから、テイム出来れば探索や戦闘の幅を広げられそうだ。何か近しいモンスターはいないものか。
「そういえば、前に隆翔がメルノスで飛んだ状態だと地上のモンスターを誘導しにくいって言ってたけど、このメガラニアみたいに陸上の生き物でかつ壁に貼り付けるモンスターならもう少し地上での誘導が楽にならないかな?」
確か、エンエンクのガスを使ってモンスターの頭に血を登らせても、攻撃が当たらない空中にこちらがいた場合はモンスターの種類によっては、冷静さを取り戻して誘導し難くなると言っていたはずだ。それならば、地形の起伏と垂直移動の能力を活かして攻撃が当たるか否かのギリギリの場所でモンスターの注意を引けないかと考えたのだ。俺の問いにオリバーが答える。
「このトカゲとはちょっと違うけど、壁に貼り付けて、なおかつ脚の速いモンスターならトビカガチっていうムササビみたいなモンスターがいるニャ。でも、電気を纏うから乗りにくそうだニャ。あと、壁に付くのとは違うけど、ビシュテンゴっていう猿のモンスターは尻尾を使って木にぶら下がれるニャ。両方とも滑空が出来るから機動力は申し分ないニャ。」
移動と戦闘を両立した生物というのは、今後レッドウッドフォレストへ赴く際に重要となるだろう。やはり、移動用の翼竜だけでは不測の事態に対処し切れない。ゲリョスの様な戦闘も行える飛行生物と併せて陸上の戦力もいずれは充実させなければ、無事にガルクのテイムまで漕ぎ着けないのは明白だ。アオアシラとゲリョス以外の大型モンスターのテイムの方法は未だに把握できていない。鉄鉱石の採掘と並行して、モンスターの生態を知る必要がありそうだ。俺も先人の手記を探して、何か流用出来そうな知識がないのかを調べる事としよう。
最近モチベの関係で投稿が滞りがちですが、少しずつ執筆して行こうと思います。多少お待たせするかも知れませんが、ご了承ください。